海と嵐と消えた船 2
ベネットの酒場は夜遅くまで盛況で、ムルを除いた二人が眠りについたのは、閉店の作業をすべて終わらせた朝五時のことだった。布団のぬくもりが恋しく切なく体にしがみ付いてくる。その欲望になんとか打ち勝って、午前の十一時頃目を覚ましたフィシェリは目をこすりながら窓の外を見て、今日もまた荒れそうだなぁとぼんやりと思った。ベネットの酒場の二階からは海が良く見えた。まだ眠い気持ちを押しこらえて、寝間着からいつものカマーベストに着替えると、靴を履いてそっと外に出る。昨日の雨の痕跡があちらこちらに水たまりという形で残っていた。水たまりを避けながら、神酒の歓楽街を抜け、朝の市場へ向かう。すでにほとんど撤収していたが、幸いにして昼食のための出店があちらこちらでぽつりぽつりと旗を立てており、フィシェリは焼きたてのパンと新鮮なフルーツを使ったジュースをそれぞれ三つずつ購入することができた。シャイロックが起きたらサンドイッチにでもしようと思いながら、石畳の坂道を下って行く。
神酒の歓楽街はそのすぐ隣に港町と繋がっている。神酒の歓楽街は海を臨むリゾート地だが、それを支えるのは国外から様々なものを輸入する港町があってこそなのだ。港町までは歩いて十分といったところだろうか、あるところでがらりと建物も人の雰囲気も変わるので、それで港町に入ったことがすぐにわかる。
港町の市場を歩く間、あちらこちらから声をかけられた。長い前髪を左右に分けて、海の色をした髪の毛を揺らすフィシェリのことを魔法使いだと知っている人間はそれなりにいる。長いことこの港町に住んでいる人間であれば、いつまでも姿かたちの変わらないフィシェリが魔法使いだとなんとなく察しているだろう。シャイロックのこともそうだ。だが北の魔法使いたちと違って、ごく普通の人間のように日常を楽しみ、平穏な時間を過ごす魔法使いたちのことを嫌う人間は少なかった。特に人当たりの良い性格のフィシェリとシャイロックは町の者たちからも受け入れられ、時折シュガーを買いに歩いている途中声をかけられることもあれば、また魔法使いと知って頼みごとをしに来る人もいる。そんなわけで、坂道を下って行く最中も採れたてのりんごをやらミルクやらをいただいて、フィシェリはいつの間にか大荷物になりながら港へと足を進めたのだった。
港にはグンカンドリが漁師のこぼした魚を狙って空を飛び回っている。猫もまた漁師の運ぶバケツから魚がこぼれるのを待っていた。フィシェリはここまで来る途中でもらったりんごをかじりながら海の様子を眺める。空は晴れ渡っていたが、海は昨日の風の影響でまだ荒々しい波が残っている。港に並んだ船を叩きつける波は、高く、海辺の洞窟に入り込むには不向きだ。それを確認したフィシェリは今日一日の予定を改めて組み直しながら、坂道を登って<ベネットの酒場に戻るのだった。
ミルクと果物それからパンにフルーツジュースをカウンターの上に置く。まだムルもシャイロックも起きてきていないようだった。だがそろそろ空腹でめまいを起こしそうだった、りんご一個をかじった程度では、あいにくとこの空腹は収まりそうにない。だからフィシェリはシャイロックを起こすことにする。フィシェリは掃除は得意だったが、あいにくと料理はあまり得意ではなかった。いつも焦がしてしまうか生焼けな上、なぜか毎回厨房を燃やすか爆破してしまうため、シャイロックには厨房に出入りすることを禁じられていた。炎上も爆発も不可抗力によるものだ、と弁明してみたが、シャイロックには許されなかった。
トントントンと階段を上って、二階のシャイロックの部屋の前に立つ。二階にはシャイロックとフィシェリが寝泊まりする部屋とそれから来客用の一室が用意されていた。来客室は主にムルが使うので、ほとんどムルの個室と変わりがなかったが、一応念のためフィシェリは毎日来客用の部屋を掃除していた。
二度ほどノックすると眠そうなシャイロックの声が帰ってくる。
「シャイロック、市場でミルクとパンと果物を貰ってきたんだ。何か作ってくれないか」
それからしばらくの間ごそごそと音がして、ようやっとシャイロックが顔を見せたときには、眠そうな彼はどこにもおらず、バーテンダーとして店に出るシャイロックがそこにいた。
「確かハムとレタスがあったはずですから、簡単なサンドイッチでも作りましょうか」
「ムルは起こす?」
「そのままにしておきなさいな。出来上がってから呼んだ方が静かでいいですよ」
「確かに」
シャイロックの言葉に笑うと、フィシェリはシャイロックに続いて階段を下りた。
酒場は昨日の賑やかな様子とは打って変わって静けさに満ち溢れていた。机も椅子もどこか何か物足りなさそうで、客が訪れるのを待っている気がする。酒場の奥の厨房は、厨房と言うには小さい、一人暮らしの賃貸のキッチン程度の作りだ。元々酒を出す場所であり、作ると言っても少しなものだから、キッチンは流しとまな板を置くスペースが一つあれば十分だった。温めるのは魔法で事足りる。その小さいキッチンからトントントントンという包丁の同じ調子の音が聞こえてくるのが心地よかった。昨日は夜遅くまで起きていたので、なんとなく眠気を誘われて大きなあくびをすると「マナーがなっていませんよ」とキッチンからサンドイッチを持って現れたシャイロックにたしなめられたのだった。
「ムルを呼んでくる」
「ええそうしてください。彼も昨日の夜は議論に忙しかったようですから寝ぼけているでしょうけど」
シャイロックの言葉を聞きながら二階に上ると、フィシェリはムルの部屋をノックする。
「ムル、ムル起きてる?」
「んー……」
眠そうな声が聞こえてくる。それを無視してドンドンドンと繰り返しドアを叩くと、部屋の中でドタッと落ちるような音、それからずるずる這いまわるような音が聞こえて最後にがちゃりと扉が開いた。
「眠そうだねムル。シャイロックが朝ご飯を作ってくれたから食べに行こう」
「……行く」
「ほら寝ぐせを直して」
ムルの髪はさらさらと指どおりが良い。寝ぐせはいつの間にか紫色の短い髪の毛に紛れて消えてしまった。衣服を整えさせるころにはムルも目がはっきりしてきたようで洋服の裾を自分でズボンの中に突っ込んだ。
「早く行こうフィシェリ! 今日はフィシェリのマナエリアに行くんだろう?」
「おあいにく様、今日も残念ながら行けそうにないよ」
「えーっ! フィシェリのマナエリアはそんなに気難しいの?」
「うーん気難しいかと言われれば、そうだね、気難しいのかもしれない。海が怒っている時にはまず入れないし、海が怒っていないときでも、入るのは難しい。だから僕のマナエリアにしたんだけど」
「じゃあ人間は入れない?」
「普通は入れない。魔法科学技術の発展でいつかは入れるようになるかもね」
「ふぅん」
ムルとの会話も慣れたものだ。ムルの魂が砕け散ってしまった始めの頃はまるで野良猫のようでとても会話ができる状態ではなかった。しかしシャイロックの地道な情操教育の結果、言語能力は以前の物を取り戻したらしい。しかしその表現方法は以前より難解になっていた。野良猫のムルらしいと言えばいいのか、ムル独特の表現にフィシェリもシャイロックも最初は戸惑ったものの、最近はすっかりとその表現にも慣れ、会話もするするとかわせるようになっている。
走って階段を下りるムルを追いかけるようにフィシェリも速足で階段を下りた。階下からは空腹をかきたてる美味しそうな香りが漂ってくる。美味しいものは美味しい、魔法使いにもそう感じる感覚がある点で人間とあまり変わらない。ときどき魔法使いと人間との違いは何なのかと自身に問いかけることがある。まるで魂が砕けてしまうまえのムルのようだ。いつも結論はでなくて、ゆるゆると続く長い紐のあるところでぷつりと切られる。そこが魔法使いと人間の境だったが、思考するたびにその位置は変わった。ムルなら答えは出せただろうかと思いながら、サンドイッチを頬張っていると、そわそわとした視線をシャイロックから感じた。
普段は凜として揺るがないように見えるシャイロックも、長い付き合いともなれば、彼は割と簡単に揺らぐし、割と表情が表に出るということを知ることができる。これは長いことシャイロックと付き合いがあるフィシェリの特典といってもいいだろう。
「心配しないでシャイロック、とても美味しいよ」
「そうですか」
明らかにほっとした空気に変わって、フィシェリは思わず笑いたくなるのをこらえた。シャイロックは感情を隠すのが得意だ。シャイロックは自分の感情を暴かれるのをあまり好まない、というか人間だれしも逐一自分の感情を暴かれ他人に披露されるのを好む者はあまり多くはないだろう。だが残念ながらそこのところの情操教育が今のムルには足りていなかったようだ。
「あー! シャイロック今ほっとした! なんで? なんでほっとしたの? フィシェリが美味しいって言ったから? その一言だけでシャイロックの胸のつかえはとれるもの?」
「ムル」
「教えて教えてシャイロック。シャイロックの腕は確かなのに、それでもやっぱり気になるものなの? それとも言った相手がフィシェリだから? でもフィシェリは____」
もごもごもご。そこから先はシャイロックが言わせなかった。シャイロックがいつも纏っているショールがムルの顔に巻き付いて、物理的に言わせなかったのだ。
「あっはっはっは」
君たちを見ていると飽きないね、とフィシェリは付け加えて、貴族らしさをかなぐり捨ててサンドイッチに噛み付いた。レタスのぱりぱりとした触感、ハムのジューシーな肉感。合間に挟まるのはシャイロック特性のドレッシングの少し舌にぴりっとくる辛みと甘みと旨みだ。
「美味しいよシャイロック」
「そうですか」
つんと澄ました表情のシャイロック、今度は表情を読ませまいとしているのかよそ行きのシャイロックだった。こうなるとフィシェリでもシャイロックの感情の一欠片だって読み取るのは難しいので、フィシェリはさっさと朝ご飯をすませたのだった。
「今日はどうする? 朝、海を見てきたけど今日は無理だね。となると必然的に今晩もここを開くことになるわけだけど、買い物、手伝う?」
「そうですね、お酒の貯蔵は充分ですが……おつまみになるものがだめになっているものもありまして……少々心配だなと思いますので、荷運びを手伝っていただけます?」
「勿論、僕はベネットの酒場のウェイターだからね。そのぐらいはお安い御用だよ」
昼の用事は決まった。
ようやっと静かになったムルからショールが外れて、解放されたムルは、先ほどまでの問いかけを忘れたのか、それとももっと他に考えたいことができたのか、シャイロックにそれ以上の問いかけはせず、目の前のサンドイッチにかぶりついたのだった。
少しばかり遅い朝の掃除を終えたら、シャイロックの手伝いで再び港町の方へ行く。フィシェリが朝行ったのは鮮魚市場である。今回は酒のつまみにするためのドライフルーツなどを仕入れるために、鮮魚市場よりももっと大きなマーケットへと向かう。マーケットでは食料品だけでなく、国外から船で運び込まれた様々な舶来品が立ち並ぶ。シャイロックとフィシェリはあっちへふらふら、こっちへふらふらとしながら、新しいカップを注文したり、酒場に飾る南の国の飾りものを注文したり、長期保存が可能なおつまみになるものを注文したりと忙しい。ムルはこの間どこかへ出かけているようだったが、その行先はあいにくとシャイロックもフィシェリも知らなかった。
気づけば時刻は昼の三時になっている。マーケットの広場で遅い昼食をとりながら、次の予定を探す。
「そうですね……おつまみも充分仕入れましたし、今日はこのぐらいでいいと思います」
ずらりと並んだ購入予定品目にはそれぞれぴっと線が入っている。あと購入してないのはシャイロックが前々から気に入っている店で購入しているカットグラスぐらいなものだが、あいにくと今日は仕入れがなかったらしい。
「カットグラスを手に居られなかったのは残念ですが、今日にこだわる必要もないので今回は諦めます」
「じゃあ帰る?」
「ええ、そうしましょう。海を見ていきますか?」
「いや、いいや。今日はどの道は入れないだろうし」
朝仕入れられた魚は綺麗に油で上げられて、かりっとした触感が口の中で弾けるのが楽しい。それらを食べ終わるころには人々の足取りも落ち着いて、皆帰り支度を始めているようだった。シャイロックとフィシェリもまた酒場に戻るため荷物をまとめ、抱えて立ち上がる。
「さぁ今日はどんな話が聞けるかな」
大きく伸びをしたフィシェリは、ぼんやりと空に向かって呟いた。
「昨日は何か面白い話があったんです?」
「ああ、うん、別に……雑談を普通にしてただけだけど……いや一つ奇妙な話があったな船が消えるとか、なんとか」
「船が消える?」
「うん、なんでも西の国に入ってくる船が消えるとかなんとか」
「船ほど質量があるものを消すのは大変ですね」
「あっとごめん言い間違い。正確には水夫が消えるんだって。空っぽの船だけが沖合の島に潮流の関係で流されて、座礁しているらしい。話をしてくれた魔法使いの知り合いの水夫も消えちゃったんだって」
「それはまた奇妙なことがありますね。今日マーケットがざわついていたのもそのせいでしょうか」
「うーん否定はできないな。船が入ってこないのは大問題だろうし、特にこのマーケットではね」
「ふむ」
風が吹いてシャイロックのショールを揺らす。もうじき夏になろうという季節の間、まだ涼しい夕方の風は不吉な香りを孕んでいた。花々は花弁を地に落とし、青々とした緑が木々を賑わせるこの季節に、西の国で一体何が起ころうとしているのか。それはシャイロックにもフィシェリにもわからない。ただ、久方ぶりにマナエリアに帰ろうと思っただけの帰郷は、思わぬ事件に巻き込まれようとしているのかもしれなかった。
もうじき夏になる。魔法使いになった長く時を生きているために忘れてしまいがちだが、一年と言うものは人間にとってはとても重要なものだ。自分たちが生きているという証を残すために、人間たちは必至であがく。だから変化を楽しみ変化に怯えるのだ。魔法使いはそういった強烈な熱意をつい忘れてしまう。
酒場までの道のりは静かなものだった。神酒の歓楽街はリゾート地だ。現世に疲れた金持ちたちがこぞってやってきて屋敷を建ててくつろいでいる。酒場はいくつもあれど、そこからは狂気に満ちた叫び声は聞こえない。あくまで静かに、ときに激しく議論を交わす声ばかりだ。それもまだ酒場が開いてないとなれば静けさに包まれている。そんな歓楽街の路地の奥、小さな扉の向こうにベネットの酒場は広がっている。魔法使いのみがたどり着けるこの酒場が、今日も開くのを待っている人は確かに存在していた。そんな人たちのために、シャイロックは酒場を開ける。
客が来る前の掃除を済ませて、フィシェリは開いた時間で二階の個室の掃除をしながら、なんとなく心の隅のもやもやを消せないでいた。それは昨日聞いた話のせいなのか、手伝おうか、とキッチンに入ろうとした途端フィシェリをはじき返した結界のせいなのかわからなかった。何も結界を張るまでして自分を拒むこともないのにとフィシェリは思わないでもなかったが、フィシェリが過去にやらかしたキッチンでの事件をシャイロックはきっちりと覚えているようだった。それで、二階でも掃除してらっしゃいと放り出されて今、掃除をしているわけだが、なんとなく釈然としないものがあるのは気のせいではないだろう。
階下からもうじき開けますよという声が飛んでくる。フィシェリは掃除用具を抱えて「わかった」と返事をすると、とんとんとんと階段を下りて掃除用具を所定の場所に片付けると、あとは客が来るまでのんびりと待つことになる。
客はすぐにやってきた。
「こんにちはー! やっほーシャイロック久しぶり」
「アンドレア、久しぶりですね」
「シャイロックの酒場が開いてるーって話を聞いて飛んできちゃった。フィシェリも久しぶり」
「はーい久しぶり」
この店に来るのはほとんど常連ばかりだ。一見の客は常連の誰かに連れられてやってくる。常連の客はこの人をベネットの酒場に連れて行っても問題が起きないかどうか、事前によく考えてから連れてきてくれるので、ベネットの酒場で議論が白熱しようと、暴力や魔法で物を言わせようとする魔法使いはほとんどいなかった。まぁ、仮にいたとしても店主であるシャイロックに店のそとにぽいっと放り出されて終わりなのだが。
フィシェリは今日はあまりフルートを吹く気分ではなかったので、店の片隅に座ってのんびりと、客たちの動向を見守っていた。シャイロック目当てに来た女性客、議論目当てでやってきた二人組、酒を楽しみたいのか誰とも喋らない一人客、いろんな魔法使いがやってきて、皆シャイロックに一言二言声をかけて、それぞれのやりたいことに没頭する。そんな魔法使いたちを眺めながら、フィシェリもカウンターで会話に入っていく。
会話は日常のなんて事のない話から、どんどんと広がって、最後は大抵魔法科学技術の話で終わる。魔法使いたちにとって魔法科学技術はあまり好ましいものではない。少なくともそれなりの数の魔法使いがあの技術を毛嫌いしている。それがかの有名な哲学者ムル・ハートが開発したものとは知らずに、だ。
だが今日はいつもとちょっと風向きが違った。魔法使いたちは皆一つのことを気にかけているようだった。
「そうだシャイロック、最近船が消えるって話知ってる?」
「船が消える、ですか。そういえばそんな話をどこかで聞いたことがありますよ。でもそれがなにか?」
客は首を横に振る。
「船が消えるっていうのは正確じゃないな。実は船に乗っていたクルーが丸ごと消えるんだ」
「船員が、ですか」
「そう、残ったのは空っぽの船だけ。操り手のいなくなった船は近くの島に座礁して、船の残骸が山となってる。今までは名前のない島だったのに今は船の墓場って呼ばれるようになったんだよ、あの沖合の島が」
「それはまた、奇妙な話ですね」
「賢者の魔法使いのシャイロックなら何か知っていると思ったのだけれど……」
「残念ながら……いえそういえば賢者様がそんなことを言っていたのような気がしますね」
「それ僕も聞いたよ」
昨日の話だけど、とフィシェリは客の隣に座って話題に入り込んだ。実は昨日船員が消えた船の話を聞いてから、気になってしょうがなかったのだ。
「船の乗組員が片っ端から消えていくんだってね? 魔法使いが見に行っても何もなく終わったって聞いたけど」
フィシェリは昨日の話を思い出しながら話をする。
「本当かい? 俺の知り合いの魔法使いは調べに行ったきり帰って来ないんだ」
「ええ? 魔法使いが?」
「そうさ、ちょっと調べに行ってくるって言ったきり、もう五日になるよ。魔法使いだから時間の感覚が曖昧になりがちだけど、箒にのれば半日で行ける場所だろ? そこを調べるのに五日かかるなんて……」
ふむ、とフィシェリは手を顎にあてる。どうやら何かあるようだ。
「シャイロック」
「はいはい言いたいことはわかってますよ。調べに行きたいのでしょう」
「だって気になるじゃないか。このままじゃ海の物流は止まるだろ、そしたらシャイロックだって仕入れができなくなって困る、なら僕たちが調べに行くべきだと思わない?」
「……まぁ賢者様も同じようなことをおっしゃっていましたから、どの道私たちが行くことになるのかもしれませんね。わかりました、私とムルとフィシェリで調べてきましょう」
おお、ありがたいとカウンターに座る魔法使いたちはざわめいた。賢者の魔法使いであるシャイロックとムルが動いてくれるならきっと大丈夫だろうという安堵が魔法使いたちに広がったようだった。実のところ賢者の魔法使いだから必ずしも強いというわけではないのだが、それでも<大いなる厄災>と戦ってくれる賢者の魔法使いは、普通の魔法使いとはどこか一線引いたようなところがある。魔法使いたちの口から洩れたのはシャイロックとムルが調べに行ってくれるならもう大丈夫だ、という安堵のため息だ。
「となると明日は早くなりますね、今日は早めに閉めることにしましょう」
「了解だよシャイロック」
20210518 サイト初出