時間は容赦なく過ぎていく。太公望は楊ゼンを信じ崑崙山を発射させるが、それは太公望を知らない誰の目にも愚策に思えただろう。だが太公望は楊ゼンを信用しそして信頼しているのだ。短い時間であったが、楊ゼンと過ごした時間を太公望は信じているのだという。
 太公望が楊ゼンを信じるのならば、白琥と普賢は太公望を信じるだけであった。
 緊迫した空気の流れる中、白琥と普賢はそれ以上太公望と共にできることもなく、そっと崑崙山の中枢から抜け出した。あとはもう太公望の采配に身を委ねるしかない。そしてその時がきたら即座に動けるように準備をしておくべきなのだ。
 二人が中枢を離れた、それとほぼ同時に、静かに振動しながら崑崙山が発射する。ゆっくりと金鰲島が大きくなっていくのを見ながら白琥も普賢も何も言うことはなかった。心配は何もない。太公望が楊ゼンを信じ、そしてその太公望のことを信じているのだから、きっと楊ゼンはやり遂げてくれるのだろう。
 もはや自滅とも思われる形で崑崙山は金鰲島へと向かっていく。そして金鰲島へあと少しで接触する、という段階で金鰲島のバリアに激突したのであった。崑崙山全体が揺れていた。金鰲島のバリアは強固で、まっすぐに突っ込んだ崑崙山は表面が融解していく。揺れはますますひどくなり、そしてそれが頂点を迎えたと思われたとき、金鰲島のバリアが、まるでシャボン玉が割れるように崩壊したのである。崑崙山は全速力で進むそのままの勢いを保って、通天砲に直撃した。
 立っているのも困難なほどに激しく揺れる崑崙山の中で、白琥は腹部と胸部に響く痛みを感じながらも、半妖態となり四足でしっかりと地面を掴む。普賢はそんな白琥に捕まって揺れを凌ぐ。
 土煙が激しく躍り上がり、崑崙山の中に立てられた柱は天井や床と共に多くが崩壊した。やがて一陣の風が吹き、土煙を吹き飛ばすと、崑崙山は完全に金鰲島の一部となっていたのだった。先の通天砲の一撃と異なり、先に通告があった激突であったため、幸いにも死傷者はゼロであったが、崑崙山はなおも今回は死傷者はゼロであったが、果たして次に金鰲島に乗り込むときはどうだろうか。
 白琥と普賢はシンと静まり返りまるで誰もいないような崑崙山の中を、他の十二仙の待つ場所へと移動する。幾箇所で柱が折れもはやあとは落ちるだけであろう崑崙山の中は、その静寂と相まってどこか不気味な雰囲気が漂っていた。いつもならば誰かしらがいるはずなのに、今ここには白琥と普賢の二人しか存在しないような、そんな錯覚を覚える程に世界は沈黙を守っている。
「そういえば白琥、はい、これ」
 ふと思い出したようにそんなことを言った普賢は、懐から仙桃エキスと痛み止めを取り出すと白琥に手渡す。
「気づいてたの?」
「勿論、通天砲で太極符印のレーダーはほとんど使えなかったけど映像は開いていたから。あれだけしたたかに打ち付けられて無事ではすまないから」
 白琥は少し苦い顔をしながら、渡された仙桃エキスと痛み止めを飲み込んで、そっと腹部に手を当てる。触れるだけで痛むが、傷はほとんど見えていないためバレていないと思っていたのだが、そう簡単にはいかなかったようだ。
「でもまだ戦える。まさか私のことをおいていくなんて言わないわよね、普賢」
「うん、言わないよ。白琥には……もしかしたら辛い選択を迫ることになるかもしれないけれど、それでも僕と一緒に来てほしい」
「そうでなければ私があなたの隣にいる意味がありませんもの」
 白琥はそう言いながらクスクスと笑った。

 楊ゼンを迎えに行った太公望たちを待つ時間はひどく長い時間であるように思われた。不老不死である仙人たちが今まで積み重ねてきた時間に比べればほんのわずかであっただろうに、誰かを待つということは、こうももどかしいものであったか。
 彼らが出て行った穴から、彼らがひょいと顔を覗かせて笑ってくれるのを誰もが待っている。そうであってくれたらと誰もが願いながら言葉を交わすこともなく待っている。
 普賢は祈るように手を合わせて何も話すことはなかった。白琥もまた普賢のそばに立って、長い長い時間を待ち続けた。いっそ追いかけていってしまった方が気が楽だったのかもしれないが、太公望が金鰲島に侵入している今、崑崙における指揮権は元始天尊に戻っている。白琥一人が追いかけるわけには行かなかったのだ。
 白琥が体感した時間からすれば、太公望たちが金鰲島に入り込み楊ゼンの救出に向かった、その時間はさほど長くなかったように思う。千年の時を生きた白い虎からすれば、一日にも満たない時間はほんの数秒前のことのようにさえ思える。しかし、そこに誰かを待つという行為が加わるとこんなにも長いものなのかと不安になる。普賢の袖にそっと触れると普賢がこちらを見るのがわかった。顔を上げると「望ちゃんなら大丈夫」と静かに、諭すように言われる。そんなことは白琥にもわかっているというのに、それでも不安が顔に出たことが白琥は少し恥ずかしかった。
「わかってるわ、そんなこと。太公望なら何がなんでもきっと帰ってくる、そうでしょう」
「うん、絶対に帰ってくる」
 でもね僕も恐いよ、と普賢は言った。平静を保ちながらその裏側に恐怖を抱えているようにはとても思えないその様子に、白琥は目を逸らした。そうだ、皆恐いのだ。これから先が全く読めない未来に、太公望までも姿を消して。一体どうなるのか。
 崑崙の仙道がざわめいたのはまさにそんなときであった。センギョクを先頭に、太公望らが帰ってきたのである。だがそれにしては少し様子がおかしく、共についていったはずの玉鼎真人はいつまでたっても姿を見せない。
 太公望はそのまま他の誰と話すこともなく、元始天尊と雲中子と共に別室へと向かう。真っ先に土行孫のところへと駆け寄ったセンギョクの表情もどこか暗く、誰一人として何も言うことはなかった。
 先ほど一つの魂魄が封神台へ飛んだ。
 それがいみするところを分からぬほど、崑崙の仙道は馬鹿ではない。帰ってきたのは太公望、センギョク、四不象そして楊ゼンのみ。その楊ゼンも後から聞いた話ではひどく弱っており、とてもこの後の戦いに臨める様子ではないとなれば、崑崙十二仙も黙っているわけにはいかなかった。
 だが太公望とてそれを黙って全て受け入れるわけにはいかない事情がある。
 太公望は十天君の宝貝が空間を使う特殊なものであることを理解した上で、全滅を防ぐためにチーム分けを提案する。二・三人のチームでばらばらに十天君を叩く、その上で通天教主と聞仲を残った戦力で倒すというのが太公望の提案であった。
 太公望が崑崙山に戻った以上、指揮権は再び太公望に戻っている。その太公望の策に反対案もなく、くじ引きという形でチームを分けることになったのは、太公望がかねてから思案していた方法になったといってもよいだろう。とはいえ太公望もまさか白琥と普賢が同じチームになるとは思ってもいなかったに違いない。とはいえ一度くじで決ったものを勝手気ままにひっくり返すわけにもいかず、道行天尊より韋護という彼の弟子を共にしてもらうことになり、最終的には四不象もくわえ五名が太公望のチームとなった。
 全員が実にシンプルな作戦を頭に入れて金鰲島へと向かう。果たして何人か生き残れるのか、それは誰にもわからない。

 時は流れて二日後。広い金鰲島の中を黄巾力士で飛び回る太公望・普賢・白琥そして四不象の四人は道行天尊の弟子と合流することも出来ず、また十天君と出会うこともなくひたすらに飛び回っていた。
 白琥は先に受けた傷を治すために先ほどからずっと眠っている。普賢と太公望はこの先どうするのか、静かに会話をしていると、ふと普賢の太極符印に反応があった。
「これは空間のひずみ?」
 まだ何も見えないが、この付近に何かがありそうだと顔を上げたとき、球体だらけの空間に八角形の土台をした奇妙な植物が植えられている苗床を四不象が見つけたのである。
 奇妙な果物が生えているそれは奇怪な香りを放ちながら、その場にじっと留まっていた。周囲の星はゆっくりと動いているのにそれだけ動くことがない。
「普賢、あれか!?」
「十中八九、ひずみの出所はここだね」
 八角形には太公望も少し思うところがある。先の十天君との戦いにおいて、十絶陣への入り口は八卦図であった。この球体だらけの空間に八角形のナニカがあるだけで十分におかしなものであり、さらにそこに空間のひずみが存在するとなれば十絶陣でほぼ間違いないだろう。
 一足先に太公望が、続いて四不象が踏み込むとそこは一瞬のうちに二人を飲み込んで、八卦図へと変化するのだった。
「……白琥
「わかってるわ、行くんでしょう」
「うん、行こうか」


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2018.10.13