宝貝の力で黄巾力士よりも速く移動できる白琥は、一足先に崑崙山へ到達すると、崑崙山ではすでに太公望を中心に急ピッチで金鰲島との戦いに向けての準備が進められていた。
白琥は人形に戻ると、忙しなく動く仙道たちの間を縫って、崑崙山の中枢へと向かう。案の定、底には太公望と太乙真人、竜吉公主そして普賢真人が居た。
「よかった、ここだったのね」
「お帰り白琥」
普賢の言葉に白琥はにこりと笑う。
「おお白琥か!さすがに早かったのう!」
「ええ、大急ぎで来たから、今手伝えることはある?」
「うむ」
白琥の言葉に太公望は何かを悩むように顎に手を当てる。そして非常に言いにくそうに頬をかきながら、「そのことなのだが」と話を始めたのだった。
「ええっと、要約すると私と楊ゼンで崑崙山のバリアになれ、ってことであってるかしら?」
「趙公明との戦闘で崑崙山もエネルギー不足なのだ、おぬしなら風で崑崙山全てを囲んで守れるじゃろう?」
太公望の言葉にうーん、と手を組んだ白琥だったが、すぐに顔を上げると明るく笑って見せる。
「ここで力を温存しててもしょうがないわね、わかった崑崙山の守護に関しては私と楊ゼンに任せて」
白琥がそう答えると、太公望はほっとした様子で「頼む」と言うのであった。
白琥はちらりと普賢の方を見るが、集中して何事か太極符印に打ち込んでいる。声をかけたいのは山々だが、それ以上に邪魔をするのも憚られたため、白琥はそっと足音を殺して外へ出た。
寂しさがないわけではない。長いこと人間界で太公望の手伝いをしていたから、普賢に会うのは久しぶりだった。できることならもっとゆっくり話をしたいとも思う。だがそんな余裕は今はなかった。
通天教主との和解という太公望の提案はあまりにも輝かしい未来に、白琥には思えた。太公望ならば成し遂げてしまうのではないか、という思いがどこかにあったことも否定しない。金鰲島と戦わずに済むならば、それに越したことはないだろう。そうすればきっとまた昔のように__天化の傷も治すことが出来て、殷は周に変わり仙道は人間界から手を引いて、そんな眩い未来は願望に過ぎないことを白琥はとうの昔に知っている。昔を懐かしんでも今は進まない。今を進めるためには戦わなければならない。
白琥は胸の裡に幾度も繰り返し去来する不安を押し殺すように頭を振る。今は不確定な未来や願望的な未来のことよりも、今やるべきことを考えるべきなのだ。白琥はそう自分に強く言い聞かせるとまさに今到着しようとしている楊ゼンたちを迎えに向かう。
黄巾力士はある一定以上の道士でなければ動かせないため、楊ゼンはあえて周に残り黄巾力士を使って皆を移動させたのである。その仕事が終わった今、次なる任務が楊ゼンを待っている。
太公望と楊ゼンは出会ってまだほんの数年だ。それでもなお太公望は楊ゼンをよく信頼し、信用していた。それが白琥には少し羨ましいような悔しいような、そんな気持ちがないわけではない。だが楊ゼンの実力を認めているのも確かであり、白琥は黄巾力士から降りた楊ゼンの後ろに立つと「よーうぜん」と呼びかける。
「びっくりしたな、白琥か。今から太公望師叔のところへ行こうと思うんだけどどこにいるか知っているかい」
「ええ今は中枢にいるわ、直に__」
崑崙山が動き出す、と白琥が言おうとしたまさにその瞬間、崑崙山全体を揺るがす大きな振動が走りそれと同時にゆっくりと崑崙山が動き出したのである。
「言う前に動いちゃったわね。崑崙山はこれから金鰲島へ向かうわ、太公望はどう乗り込むつもりか分からないけれど崑崙山の守りを楊ゼンと私に頼むと言いつかったわ」
白琥がそういうと楊ゼンは呆れたようなはたまた信用されていることを喜ぶべきかとばかりに少し笑みを浮かべてわかったと答えるのだった。
「バリアが必要になるのはもう少し金鰲島との距離が近づいてからかな、それまで砲台の様子を見に行こう。白琥も手伝ってくれるだろう?」
「ええ、勿論」
白琥はそう答えると楊ゼンと共に崑崙山の表に出る。
大きな雫形の石のてっぺんを削り取ったような形の崑崙山には、もう相当長い間使われていない砲台が一応用意されている。元々何を想定して作られたものかはわからないが、恐らくは金鰲島との戦いに備えてなのだろう。だが、長きにわたりこう着状態に陥っているこの状況下で、長いこと使われていない砲台のほとんどは使い物にならなくなっている。修理には速く見積もっても丸一日、だが金鰲島との接触はそれよりも早いだろう。
「全く時間がないというのに困ったものだ」
「まぁ仕方ないわね、私も金鰲島と崑崙山が動くなんて思ってもみなかったもの、あっ、そこ、もうじき金鰲島が見えてくるわ、早めに避難を」
白琥と楊ゼンはぐるりと崑崙山の表をめぐりながら使えるものから準備を進めていく。主に作業に当たっているのは宝貝をまだもらっていない道士たちだ。すでに宝貝を持っている仙道は太公望の指示で集められ、外壁付近に残っているのは崑崙山のバリア役を負かされた楊ゼンと白琥ぐらいなものだろう。楊ゼンと白琥は一通り確認を終えると、崑崙山の進行方向の最前線に立ち、大きくそびえる雲を眺める。戦う場所は普賢がすでに割り出しているはずだ。太公望はその場所へ崑崙山を移動しまた金鰲島を誘導し戦う腹積りなのだろう。楊ゼンと白琥はもはやすることもなく、ぴりぴりとした空気を感じながらも、表面上は平素を装い金鰲島を待つ。
ふとそんな中で口を開いたのは楊ゼンだった。
「白琥が妖怪仙人であったことに僕は少し驚いたんだ、実のところね」
白琥は積極的に自分が妖怪仙人であることを触れ回ってはいない。しかし殷の道士との幾たびもの戦いを経て、白琥の半妖態を見た仙道は多かっただろう。それゆえに誰に言われずとも自然に、白琥が妖怪仙人であることは知れ渡っていた。崑崙山において数少ない妖怪仙人となる白琥をみて、誰がどう思ったのかはわからない。ただ多くのものは驚きをもって白琥の姿を迎えたようだった。そしてそれは楊ゼンも同じことだった。
「そう、でどうだった?」
「どう?」
「そうよ綺麗だったでしょ」
私の毛並み、と白琥が続けると楊ゼンは少し驚いたような顔をしてから「そうだね、うんとても綺麗な白い虎だった」と言葉を続けたのだった。
楊ゼンはそれから何かを言おうとして少し戸惑うように、迷うように口を動かした。その口からきちんと言葉が出たのは十分に余裕を置いてから、楊ゼンはまっすぐに白琥を見ることなく少しうつむくようにこんなことを尋ねたのだった。
「怖くは、なかったのかい」
「怖い?__そうね、正直なところとっても怖かったかも」
白琥は大きく伸びをしながら言う。
「怖いのよとっても怖い。だって崑崙山って妖怪仙人は少ないでしょう。それに妖怪仙人って言うほどだから、やっぱり偏見も多いわ。だから私の半妖態を見て__少なからず嫌悪感を抱いた人も多いんじゃない」
最後の言葉はどこか自虐的だった。だが楊ゼンが口を挟む間もなく白琥は続ける。
「確かに妖怪仙人にとって原形をとるのは屈辱と考える人も少なからずいるわ。でも私はそうは思わない。私の原形も半妖態も綺麗だって言ってくれた人がいるから」
「それは普賢真人さま?」
「ええそう、それから太公望も。私と普賢と太公望は同期なの。私は千年の下積みがあるから本当の意味で同期かはわからないけど、でも人の姿で修行した時間はほとんど同じ。二人とも私の姿を見ても驚きはしたけど、責めはしなかった。どうして教えなかったんだなんて言わなかった」
白琥の独白のような語りに楊ゼンは口を挟まない。じっと何かを考え込むように白琥の言葉を聞いている。
「だからね、私は自信を持てたの。本音を言えば、他の誰かに姿を見られて何かを言われるんじゃないかって怖いわ。でも普賢と太公望は絶対に私のことを見捨てないし貶すこともない、ありのままの私を受け入れてくれるって知っているから、信じているから崑崙山のために妖怪として戦うことができる」
そう言って楊ゼンの方を振り返った白琥の表情は晴れやかだった。
楊ゼンはその時素直に、ありのままの自分であることをやめない白琥の姿に、確かに美しいものを感じたのだ。それは楊ゼン自身の、未だ自身をさらけ出すことの出来ない隠れた心の内から来ているものかもしれない。未だ決着をつけきれない自分の気持ちに引け目があるわけではない。人間社会の中で人間であると自身を偽ることは難しいことではなかった。それでも白琥を見ていると、もしもっと早くに太公望に出会っていたらもしかしたら今の自分はもっと違うのではないかと思ってしまうのだ。
白琥は何かを考え込むようにじっと黙り込んだ楊ゼンを見ながらふいと顔を背けた。白琥には楊ゼンが何を抱えこんでいるのか分からない。しかし、なんとなく、なんとなくではあるが楊ゼンには自分と近しいものを感じる時がある。それがどこに由来するものなのかわからないが、それでもきっと太公望ならば楊ゼンと共に上手くやっていけるだろう。
(私の側に、普賢がいてくれたように。楊ゼンの側には太公望が居てくれる。その未来があれば)
きっと何もかも上手くいく。
それでいいのかと己を問う声がする。その時太公望の隣に居ないであろう自分と普賢はそれで構わないのかと問われれば構わないと迷うことなく答えられるだろう。願わくば普賢もまた、太公望の隣に居てくれることを__
楊ゼンがふっとこちらを見た。その楊ゼンの瞳には先ほどの迷いはどこにもなく、崑崙の天才道士としての自負と誇りを映し出している。
「ところで白琥は普賢師弟のところにいなくていいのかい?」
言外にここは僕一人でも大丈夫だけどといわんばかりの楊ゼンの言葉に白琥は愛嬌たっぷりにウィンクして見せた。
「あら、今はそんなこと言ってる余裕はないから、普賢がいる崑崙山を守るのも私の仕事よ」
そして白琥は半妖態をとると芭蕉扇を握り締めすっと遠くを指差す。
「来たわ」
楊ゼンはその白琥の指先がかすかに震えているのに気づいたが、何も言わずに白琥が指差す先を見た。
雲をかきわけるようにして巨大な山が姿を現す、これだけの距離をもってしてもなお大きく見えるということは金鰲島は崑崙山と比べても相当大きいことがわかるだろう。
あそこに聞仲がいる、と楊ゼンは静かに始めて聞仲とであったときのことを思い出す。あの時は手も足も出なかった。だが今はどうだろう。聞仲そして金鰲十天君という強敵を前にして不安なのは皆同じだ。先行きの見えないこの仙界大戦を前に、楊ゼンは不穏な暗雲が崑崙山を覆っている気がしてならなかった。
「太公望師叔、あなたにはどこまで見えているのでしょう」
「楊ゼン、何か言った?」
「いいえ、そろそろ僕も配置につかないと、と思っただけだよ。それじゃ白琥、後方支援よろしく」
その頃、中枢では普賢の太極符印が金鰲島との距離を性格に測り、崑崙山の停止位置を数センチ単位で確定していた。
聞仲と太公望の最後の交信は、結局大した実りを見せることなく金鰲島からの攻撃が始まったのだった。
「頼むぞ、楊ゼン!白琥!」
祈るように手を組む太公望を見ながら普賢はほんの少し微笑む。
「大丈夫だよ望ちゃん、心配しないで。僕も白琥もこの日のために積み上げてきたものがあるから、必ず望ちゃんの力になるよ」
「普賢……」
「いくら争いが嫌いでもね、どうしても必要な時があるのはわかってる」
普賢は太極符印を抱え込みながら言う。その瞳に確固たる意思があることに気づいたものはいただろうか。
「それより公主!元始砲の準備は?」
「うむ、今のところは順調じゃ」
竜吉公主は頷き、微妙な位置を調整していく。
「おそらく敵主砲が先に来る。余波で崑崙山も流れると思うから、主砲発射確認と同時に元始砲の射程距離に一気に詰めよう」
普賢、太乙、竜吉公主の言葉を聞きながら、太公望はじっと映し出される外の映像を見ていた。
金鰲島からのミサイル攻撃は止むことなく、猛烈な火力で崑崙山に迫るが、バリア役として抜擢された二人は最前線で善戦していた。
楊ゼンはついに部分変化を完成させ、かつて戦った四聖が一人高友乾の混元珠による水のバリアを展開し、それによってほぼ全ての砲撃を無力化してしまう。
「あらこれ本当に私の出番ないかも」
楊ゼンの位置より一歩引いて、崑崙山の頂上で戦闘の様子を眺めていた白琥は口に手をあて感心したようにそんなことを口にする。もとより楊ゼンの実力は知っていたが、まさかここまでとはと感心していると、金鰲島も方針を変え、黄巾力士に似た宝貝ロボを投入してくる。水のバリアをなんなく泳ぎ中に突入した蒼巾力士はバリア機能とあいまって楊ゼンを押すが今度は白琥の番だ。
白琥は芭蕉扇で大きく仰ぐと風が崑崙山を包み込み蒼巾力士を巻き込んで大嵐を引き起こす。ごうごうと唸りを上げる風が崑崙山全体を包み込んでおり、これでは蒼巾力士のバリアも自由に移動できる飛翔能力も形無しで、蒼巾力士同士が激しくぶつかり合い次から次へと封神されていく。しかしそのうちのいくつかは風に煽られ偶発的に崑崙山側に入ってくるが、そこは李兄弟がすかさず倒していく。崑崙山にバリアを張るよりもはるかに正確な連携で金鰲島の攻撃をしのいでいく様は、圧巻で、崑崙の道士たちにもこれならばと思わせるものがあった。
しかし金鰲側も負けてはいない。蒼巾力士の直接攻撃がかなわぬのならばと楊ゼンの水のバリアと白琥の風のバリアの間で蒼巾力士が火を吹いたのである。
炎は風に煽られ激しさを増し、一気に崑崙山全体を包み込んでしまう。
「いけない!このままじゃ蒸し焼きだ!」
楊ゼンが混元珠を使って水をおろそうとするが、それを止めたのは白琥だった。
「大丈夫、芭蕉扇は風を操るだけの宝貝じゃないわ」
白琥はそう言って芭蕉扇を振りかざす。一度仰げば風を呼び、二度仰げば雲を呼び、三度仰げば雨が降る。そして四十九度仰げばどんな炎も消し止める霊水を降らせる、それが白琥の持つ芭蕉扇の力だ。扇であるため風を操る能力ばかりが目に付くが、本来はこのように宝貝より生み出される、普通の水では消せない炎を消す力こそが芭蕉扇の本領発揮といっても過言ではないだろう。
崑崙山の上空にむくむくとわきあがった暗雲より振り落とされる霊水が、崑崙山を包む風に混じり炎を消し去っていく。そしてさらに範囲を広げた風は待機していた蒼巾力士を巻き込んでもはや崑崙山は嵐の中にぽっかりと浮かぶ一つの島となっていた。
楊ゼンがこれならば、と思った、そのときである。徹底的に攻めの姿勢を見せていた蒼巾力士が揃って一斉に向きを変え金鰲島へと引いていく。それと同時に崑崙山を守護する五名の脳に直接響く声がする。普賢の声だ。
『崑崙山、緊急回避!全仙道、謁見の間まで緊急退避!』
「何……?」
『白琥!そこは危険だ、逃げて!』
耳朶に直接音が響いた時だった。水のバリアをつきぬけ、高エネルギーの何かが白琥のわずか数メートル下方を通りぬけ、崑崙山に激突した。
「きゃあ!」
通天砲の一撃は楊ゼンの水のバリアも、白琥の風のバリアも容赦なく吹き飛ばす。白琥もその衝撃に吹き飛ばされ、崑崙山に叩きつけられる。ほんのわずかに移動が叶ったため、崑崙山は直撃こそ避けたものの上部の損傷が激しく、そこからいくつもの魂魄が封神台へと飛ぶのが見えた。
白琥も通天砲の直撃こそしなかったが、受身を取りきれず、腹部から胸部にかけて、特に半妖態の人間の部分に激しい衝撃が走る。くわえて崩壊しつつある崑崙山の上部にて、足元が揺らぐ感覚を覚え、立ち上がろうとするが、息が出来ず足に力が入らなかった。
「くっ」
このまま崩壊に巻き込まれれば白琥もただではすまないだろう。
(こんなところで)
こんなところで負けてなるものかと白琥は意思一つで立ち上がろうとする。叩きつけられた全身が痛みに呻きそのまま横になれと脳が警鐘を鳴らすが、それは許されなかった。
「こんな、ところで!」
負けてなるものかと息を吸えば胸が激しく痛むそれでもなお息を吐き、虎の爪が崑崙山の凹凸のある岩肌を引っかいたときだった。
白琥の足元が崩壊する。芭蕉扇を振りぬくには瓦礫が邪魔で、跳躍をするにもまだ足に力が入らない。伸ばした手は空をかき、まさに崩壊する瓦礫に白琥の体が巻き込まれようとしたその時だった。
「姐さん!」
白琥の手を掴むものがある。全身の激痛にチカチカと今にも暗転しそうな視界の隅に、見慣れた顔が映った。
「木タク!」
「姐さんちょっと待ってな、今引き上げ……姐さん重くねぇですかい!?」
「失礼極まりないわね木タク!」
叫んだ瞬間に激痛が走り手の力が抜ける。それでも木タクが手を離さなかったおかげで、白琥はかろうじて落ちることを免れた。なんとか足場を探そうとするが、まさに突き出た岩の先端にいるようで、白琥の真っ白な毛に包まれた四足は空をかくばかりだ。
「んぎぎぎぎあんちゃん手ぇ貸してくれ!」
「あいよ!白琥、もう片手を!」
金タクの言葉に白琥は痛む胸を宥めながらもう片方の手を伸ばす。そして四足でほとんど逆さになっているような岩に爪を引っ掛けると、人の足よりもはるかに強靭な虎の脚にぐっと力を入れた。
「そぉ、れ!」
白琥が脚に力を入れると同時に木タクと金タクが白琥の体を引き上げる。そのまま崩壊の少ない場所まで駆けて、なんとか一息ついたところで、白琥の脚から力が抜けた。
「ありがとう木タク、金タク」
「どうってことねぇですよ姐さん、それよりその姿」
「ああ、半妖態よ」
今の白琥は下半身が尻尾が二股に分かれた真っ白な虎、そして上半身が人の姿をしている。半妖態であれば芭蕉扇を使って飛翔することも、芭蕉扇で仰ぐことも容易だ。封神計画が始まるまで、崑崙山ではほとんど見せなかった姿だが、今はもうこの姿を見せることに白琥は戸惑いも迷いもなかった。そういえば木タクと金タクはそれぞれ東西南北別の場所に配置されていたから見せていなかったなと思いながら、白琥があっけなく言うと木タクもあっけなく「やっぱり」と返すのだった。
「なんだ木タク知ってたのか」
「うーん、なんとなく?普賢師匠の側にいつもいる姐さんが、虎の時だけ姿が見えないんで。それに師匠から姐さんの方が年上だって聞いてから、もしかしたらとは思ってましたよ。それより姐さん!楊ゼンさんが!」
「そうだ、楊ゼンさんが居なくなったんだ!」
「! まさか封神されてはいないと思うけど……いいわここは他に任せて一旦太公望のところに行きましょう、乗って!」
白琥は虎に変化すると芭蕉扇をくわえ、木タクと金タクに背を向ける。二人は恐る恐るといった様子で白琥にまたがるが、毛にしがみついた途端にごうと大きく風が吹いてあわや振り落とされるところであった。
『しっかり捕まって!ナタクも一旦引くわよ!』
白琥の言葉に上空で待機していたナタクも一旦崑崙山へと戻る。ナタクに怪我はないようだが楊ゼンが居なくなったのはただ事ではないだろう。白琥は一直線に崑崙の中枢に向かうと、太公望が難しい顔をしてじっと映し出された情報を見ながら沈思しているところだった。
「太公望!」
着地すると同時に人形に戻る。木タクと金タクを思わず振り落としてしまったが二人ならば問題はないだろう。
「おお、白琥に金タク、木タクそれにナタクもよくやってくれた、一旦休んで__」
「それより楊ゼンよ!普賢、楊ゼンの位置確認できるかしら」
白琥は跳躍して普賢の隣に座ると太極符印を覗き込む。
「今の一撃の余波でほとんどのエネルギー波が観測不能だよ、楊ゼンの位置も不明」
「そうか」
普賢の言葉に答えたのは白琥でも竜吉公主でも太乙でもなかった。
「望ちゃん?」
「いや、あやつが死ぬはずがない。楊ゼン!すまぬがおぬしに命運賭けさせてもらうぞ!」
その言葉に白琥と普賢は顔を見合わせたのだった。
2018.10.13