私は怖いんです、と少女は囁いた。その声は木々のさざめきに消えてしまいそうなぐらいに小さかった。

 昔は何も感じなかった。一人でいることに対する寂しさも、誰かから何かを言われる辛さも、皆がうそつきと囁く声も。なにもかもは、気にするほどの物ではなく、妖ゲツとして人に変化できるようになっても、人というのはなんと騒がしいものなのだ、と思っていた。
 自分は人とは違う。それはなにも自分が特別であるということを言いたいわけではなく、本当に私は人ではないのだ。崑崙では私のような存在を「妖怪仙人」と呼ぶのだけれど、文字通り私は妖怪である。私の本来の姿は真っ白な毛並みの虎。突然変異によって生まれ、その姿から身内にすらも厭われ捨てられた虎の子。
 それが何の因果か知らないけれど千年も生きて、そしてその結果、私は元始天尊さまに拾われ崑崙山にやってきた。
 私は賢かった、とは言わないが、獣の直感のように、自分は崑崙ではたやすく受け入れられる存在ではないことを、早々に理解した。それからは私は人前では常に人の姿でいるようになり、自分は人間であると思いこんでいた。元始天尊さまはそんな私の様子をあまり好まない様子だったけれど、崑崙山における妖怪仙人の差別的意識については理解されていたから修行に励む限り元始天尊さまは何も言わなかった。私もそれでいいのだと思っていた。
 正直に言って、私は今でも自分が妖怪であることを人に告げるのは怖い。そう思うようになったのは、いつからだったか、そう、私が普賢や太公望と出会ってからだったように思う。彼らは私が妖怪仙人であったことに驚きはしたものの、それがどうだというのだ、とはっきりと言い切った。気にしない、のではない。気にならないのである。私はその時も、いえ、今も素直にはなれない。自分は妖怪仙人ですと素直に口に出して言うまでにとても長い時間がかかる。でもそうやって言う勇気をくれたのは確かに普賢と太公望だった。

 趙公明の部下との戦いで私は半妖態となった。それまでは隠したくて隠したくてしょうがなかったのだけれど、守りたいと思ったものを守るためには、私はあまりにも力がなかったのだ。人形では空を飛べぬ。原形では仰ぐことはできぬ。しかし負けることは許されず。
 勝つためにどうすればいいのかはわかっていた。私の力を存分に出すためには半妖態になればいい。半妖態であれば空を駆けることも、扇を振りぬくことも容易に出来る。ただそれを成すには自分を縛る恐怖から抜け出さなければならなかった。
 それでも私はその一歩を踏み出した。頭の中の恐怖に縛られていた体は、一度半妖態になってしまえば思っていたよりもはるかに軽く軽く宙へと踏み出すことができる。この戦いに勝たなければ次はないのだと思えば、もはや何も恐くなかった。全力を出さずに死ぬことのほうが恐ろしい。太公望のためにも周のためにも、そして普賢のためにも今ここで趙公明に勝たなければ何ができようか、と思ったとき体は自然と動いていた。
 諦めたわけではなかった。
 全ての戦いが終わったあと、何を言われるのかが恐かった。いっそこのまま逃げてしまおうかとも思いもしたが、太公望、貴方はよい仲間を見つけたのですね。私は普賢と貴方と出会うことができてこれほど幸せなことはありません。


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2018.10.13