基本的に崑崙十二仙である普賢真人は、その時が来るまでは人間界には関与しない、特に太公望が導く封神計画に関してはそういうことになっている。なぜならもしも崑崙十二仙である普賢が戦いに出れば、金鰲島の十天君も必然的に出てこざる得なくなるからである。だが、此度のことは封神計画とは関係ない(……と少なくとも白琥と普賢にはそう思えた)ことであり、単純な人助けであるということで太公望の手助けをすることを了承したのであった。  再び白い虎にまたがり山を降りれば仙人様だとありがたがられるわけだが、話を始めたのは普賢ではなく太公望であった。彼は四不象から降りると「これより仙人の特別な力を持って水を出して進ぜよう」と堂々たる姿で演説をするのだった。

「あら、オシショウサマの言うことならば断る理由がありませんわ。芭蕉扇の力とくご覧あれ」

 白琥はくすくすと笑いながら芭蕉扇を大きく仰ぐ。そうすると空にはみるみる暗い雲が集まり、もう一度仰げば雨が降り始めたではないか。恵の雨に喜ぶ民たち、彼らを前にしながら白琥はわざとらしく太公望に問う。

「でもオシショウサマ、私の芭蕉扇はあくまで一時しのぎ。他に策がなければここの皆様がお困りのままでは?」
「わかっておる、だがどの道雨は必要なのだ。水脈は見つけてあるが、これだけの広い畑に水を行き届かせるのは至難の業、水脈から水を引いてすぐに畑が潤うわけでもないからのう」
「恐れ入りましたわオシショウサマ」

 そこで太公望はすでに見つけてあるという水脈を打神鞭で掘りぬこうとすると、それをさえぎったのは普賢だった。

「待って、そこに穴を開けたらここの畑の人が困っちゃうし、あの屋敷に水がいかなくなっちゃうよ。そうしたらきっとまた争いが起きる」
「……おぬしは本当に争いごとが嫌いだのう…。ならおぬしの太極符印でなんとかせい」
「わかった……地層データの収集、解析……いくつか地層の隙間に溜まり水があるね。それに今の井戸の位置では飲み水としてもいずれ枯れてしまう」

 普賢が手をかざすと、すっと球体の宝貝が現れる。それをかちかちと弄りながら普賢は何事か呟いていく。

「あっちだね……あの家の隣に井戸を掘ればいい。それから井戸を掘るまでの間、すぐに水を引くなら、一時しのぎだけれど、ここを掘ると地層と地層の間に溜まった水を利用できるよ」

 おおさすが仙人様だと民は沸く。だが普通に水が沸くまで掘るというのは並大抵のことではない。仙人様が言うのであるから水はあるのだろうが、しかし掘るまでの間に畑は持つだろうか、資材を集めねば、と町民は次の問題に当たり困り顔であった。

「なるほどなるほどでは早速わしの出番ということか」

 そこで満を持して現れたのが太公望である。彼は打神鞭を大きく振るうと風の刃を地面に向けて打ちはなった。一つ、二つ、地面が大きくえぐれる。三つ、四つ、地面の色が変わり始めた、じわりと水がにじむ。そして風の刃が七つ目を数えた時、ブシュっという音と共に水が勢い良く噴出したのであった。その水は勢い良く噴出し、太公望が掘った穴に溜まっていく。その様子を見て町民は大きく沸き、そして喜んだ。普賢はにこにこと笑いながらその様子を見ているだけで特にそれ以上何も言うことはない。白琥も普賢が黙っている以上特に何かを言うこともなく待っていると、わいわいと喜ぶ人だかりがさっと横にそれたのだった。そちらを見れば共の者を数名つけたいかにも金持ちといった様子のでっぷりと太った男が立っている。太公望のその行動をどこからか見ていたのか、現れた金持ちの男は李伸という、空の兄弟が宣戦布告をした屋敷の主であった。  元々あまり町民からはよく思われていないらしく、町の者たちは太公望や普賢そして白琥に小声で礼を言いながらそそくさと散らばっていく。だが李伸はそんなことを気にした様子もなく、太公望とその弟子の二人を是非屋敷に招きたいというのであった。
 四不象は驚いき太公望を止めようとするが、四不象に向かってにやりと笑った太公望に「また何か企んでるっスね……」と少々呆れ顔で呟くのであった。白琥と普賢もまた特に何を言うこともなく顔を見合わせて少し笑うとその後をついていく。

「いやあすばらしい手際でしたな、さすが仙人様だ」
「わしは道士なんだがのう」
「そうでしたか失礼いたしました、ささどうぞこちらへ。是非道士様にお伺いしたいことがあるのです」

 そういわれ三人が案内されたのはこれまた見事な細工の窓のある大きな部屋であった。庭は水に溢れ、その水の上に立っている屋敷は傍から見れば美しく実に絵になる様子で、町の水不足とはまるで無縁にも思える。白琥は窓から外を覗いて「綺麗なものね」と呟くと李伸は「そうでしょうとも、これだけの水を集めるのには苦労したのだ、ところで道士さま是非お話を聞きたいのでこちらに」とこそこそと太公望に話しかける。ふむ、と一つ頷くと李伸についていく太公望に四不象はもう一つため息を吐くのだった。

「スープーシャンも苦労してるのね」
「そうっスね、時々ご主人が何を考えてるかわからないっスから……でもまたきっと悪巧みしてるんスよ」
「知ってる。私の知ってる太公望もそういう人だったもの」

 白琥はくすくすと笑う。四不象はため息を吐きながらも太公望についていき、部屋に残されたのは普賢と白琥だけになった。

「置いていかれちゃったねぇ」
「まぁここの者たちは皆私と普賢を太公望の弟子だと勘違いしているようですもの、面倒がなくていいですわ」
 そういうと白琥は大きな虎の姿に戻り尻尾をくるりくるりと回す。
 普賢は虎に寄りかかって座ると窓から見える綺麗な月を見た。山間の町であるから夕陽はほとんど見えなかった。また屋敷が明るいために夜になっているのも気づかなかったが、こうして窓から覗けば煌々と月が輝いている。
 そんな中、部屋には静かな沈黙が落ちる。夜の静寂に包まれていると洞府に戻ったようでなんとなく落ち着いた。そんな静かな夜に普賢は呟く。

「……時々ね、人も妖怪も道士も仙人もいがみ合うことなく争いのない世界があったらいいのにと思うよ」
「……普賢は本当に昔から何も変わらないわ」
白琥も変わらないよ」
「それは普賢が私と知り合って百年も経ってないからよ。私はただの虎だった。ただ素質があるだけの虎。元始天尊さまが見つけてくださらなかったらただの虎として死んでいた。昔はこれでも相当荒れてたのよ?人間の多い崑崙山では妖ゲツもあまりよく思われないから。でも元始天尊さまが貴方たちと私を引き合わせてくださったから変わったの」
「そうなの?」
「争いを好まない貴方と、私が妖ゲツであろうと人間であろうと全く気にしない太公望だから私は本当の姿を見せたの」
「……望ちゃんもおいでよ」

 いつの間にか帰ってきていた太公望はむぅと口を尖らせて部屋の中に入ってくる。

「人の部屋でのろけるでないわ」
「ちゃんと貴方のことも褒めてたじゃない」

 普賢はぽんぽんと自分の横を指す。
 太公望がそこに座って窓から月を眺めると、それはまるで昔に戻ったようだった。

「……人間界の争いはもう止められないの望ちゃん」
「うむ。妲己がいる以上、いずれどうあがいても止められない状態になるじゃろうな。もし仮に崑崙山総戦力で妲己を倒すことができれば、もしやすると人間界の争いは止められるかもしれん」
「でもその時は僕たちは金鰲島の仙人や道士と争わなくちゃならない、そうだよね望ちゃん」
「……うむ」

 普賢の言葉に太公望は何かを考え込むように頷いてそれきり黙りこくった。
 月の光だけが美しく三人を照らし出す。かつて修行をサボって人間界に来た時もこんな風に三人で月を見上げた時があったと普賢は思い出しながら、ただただ沈黙していた。太公望もまた沈思する。普賢はこの時間が悠久に続くものではないと知りながら続けばいいと思う。白琥は長くを生きた、故にこの時間もまたあっという間に過ぎてしまうものだと思う。そして太公望は来る日のために、待っていた。
 ひゅっと遠くで風を切るような音がする。白琥がぱち、と目を開け白琥に寄りかかっていた二人もその異変に気づき目を開ける。

「どうしたの白琥
「何かが来る、早い、この屋敷に向かっている」
「きた!!」

 太公望は白琥のその言葉を聞くと、立ち上がってベランダへと駆け出した。暗闇の中、月明かりに照らされて、羽の生えた人間のような、ナニカが一直線にこの屋敷に向かってきているのが太公望にも見える。

「な、あれはなんすかご主人!」
「わしが待っていたものじゃよ、……まてあやつもしや」
「このままの進路だと」

 普賢がそういいかけたときであった。
 猛烈な速度で飛んできたそれは誰が止める暇もなく、あっという間に李伸の寝室へと壁や柱を破壊しながら突っ込んだのである。がらがらと崩れていく建物の煙の向こうから李伸の悲鳴と「予告どおり来てやったゼェ!」という威勢のいい男の怒鳴り声が響くのだった。李伸の悲鳴が響く中、李伸が金に物を言わせて雇った者たちは、いきなり頭を抑えられてしまい手も足も出せない。何せ下手に動いたら金を払う相手がいなくなってしまうのだから、当然といえば当然だった。
 原型から人型に変化した白琥と、太極符印を手にした普賢は李伸から借りた部屋からひょっこりと顔を覗かせる。

「太公望、これを待っていたの?」
「うむ、だがまさか李伸の寝室に一直線で飛び込むとは、なんと面白い奴!」
「……でも望ちゃんはこうなるって予想してたんじゃないの?」
「普賢よ、それはわしを高く買いかぶりすぎじゃぞ。ただまぁ、なにかやらかしてくれるのではないかと期待はしてたがのう」

 李伸の叫び声が響く中、それに関与するつもりは一切ない太公望、そして白琥と普賢は成り行きを見守る。
 結局のところ飛び込んできたコウモリ人間の方が雇った連中よりも手馴れており、あっという間に捕まった李伸と動けない用心棒たちを前に背中に奇怪な翼を生やしたコウモリ人間、雷震子は屋敷に溢れる水を見て満足そうに頷くのだった。
 そんな雷震子を見て李伸はふんっと鼻で笑う。

「水だと?水なら旅の仙人が地下水を掘ってもう解決したよっ!だからこんなことをしても無意味なのさお前は最初から」
「なんだと?」

 ふっと雷震子の視線が太公望へ向けられる。
「ほらあの仙人さ!今更民に水をやったって、誰も喜びやしないんだよ!」
 李伸はしてやったりとばかりに雷震子を鼻で笑うが、そんな李伸と雷震子をよそに太公望はのんべんだらりんと桃をかじっている。

「望ちゃん、僕が話をしようか?」
「いや普賢と白琥は下がっておれ。これはわしの問題でもあるからのう」
「そう、望ちゃんがそういうなら、きっと何かあるんでしょう」
「全く普賢はわしを買いかぶりすぎじゃ。まぁしかしあれを盗賊の頭にしておくのはもったいないとは思うがな」

 けらけらと笑う太公望に雷震子はずいっと爪より、その手足についた爪をぐっと太公望へと伸ばす。

「テメェは誰だ?旅の仙人だと言ったな?」
「いや仙人ではない。わしは崑崙山の道士、太公望。確かに水を見つけたのはこっちの二人じゃが、そうさせたのはわしじゃのう」
「崑崙山の道士、太公望……?」

 雷震子にはどうやら何か覚えのあるようだ。間抜け面を評されながらも、今までに太公望が成してきたことについてはそれなりに噂として聞いているらしい。
 太公望自身もそこまで知られているとは思っておらず思わず「わしも有名になったものだのう」とぼやくが、雷震子にとっての問題は、今回の水の件についてであった。これに関して許し難い事情がある雷震子は太公望に詰め寄ると「てめぇがでしゃばったせいで水を盗みに来たオレ様がまるでマヌケじゃねぇか」と怒鳴り込む。その勢いのよさに思わず一歩下がりながらもいいではないかと反論するが、雷震子にとっては自分よりも早くこの町のヒーローとなったことが非常に重要なのだ。
 太公望に笑われた雷震子は怒り背中に仕舞っていた羽を広げる。それはまさにコウモリの跳ねのようにしなやかで、そして力のある羽であった。雷と風という文字が浮かぶその羽を広げ一つ仰げば雷震子の体は軽く宙へと浮かぶ。それを見ていた白琥はぼそっと呟いた。

「妖怪仙人って感じじゃないわね。変化(へんげ)というよりは変化(へんか)したって感じだわ」
「ねぇ望ちゃん、やっぱり僕が話をしようか?このままじゃ望ちゃんは彼と戦わなきゃいけなくなるよ」
「よいよい、見ておれ普賢。時にはこうして拳で語ることも作戦のうち。いくぞスープー!」
「ご主人……まさか地下水をわざわざ掘ったのも……」

 スープーシャンは何か言いたげな目で太公望を見るが、太公望はそんなスープーシャンの言葉には答えず「どうかのう」と誤魔化し雷震子と同じ場所まで飛び上がった。
 朝日が昇り始める中、李伸の屋敷の上空に留まった二人はしばしにらみ合って後、ごうごうと風が唸り始めた。

「……望ちゃんにはきっと彼を何とかするイメージがあるのだろうけど、彼なら争わなくても話し合いで解決できるんじゃないかな。白琥、やっぱり僕が__」
「いいえ普賢、太公望がやると言ったのです。彼に任せましょう。それに私には彼は話だけでどうなる相手とも見えません」
「そうかな、でもこちらから歩み寄ればもしかしたら違う可能性があるかもしれない」
「普賢のそういうところはいいところだと思うんだけれど……」

 ふぅ、とため息を吐いた白琥、普賢は特に気にした様子もなく「だめかな」と首を傾げるのだった。

「まぁ町の水の件に関しては問題ないでしょうけど、仮にですよ。仮に彼がキンゴウの仙人あるいは道士だとしたら、ここで崑崙十二仙の貴方が出たら問題がこじれますもの。もし出るのであれば私がでます」
「そっか……」

 壊れた屋敷の屋根の上、雷と風が荒れ狂う空を見ながら答えた普賢の声は少し寂しそうであった。

「彼は決して悪い人ではないみたいだし、出来ることなら望ちゃんにも争わないで欲しいのだけれど……白琥
「はい」

 普賢の語調が変わる。

「少し下がって、他の人達もほら」

 普賢の手元の太極符印は、内部に三次元の座標が表示されている。そのうちの一つは太公望とスープーシャン、そしてもう一つは雷震子だが、雷震子の周囲から空にかけて急激にエネルギーが高まり始めていた。
 李伸の縄を解いた普賢は、李伸だけでなく用心棒の者たちも一旦屋内へと避難させる。その瞬間、雷が太公望とスープーシャンを直撃した。この中で一番空にいたから偶然雷が落ちた、と言うわけではないようだ。空はいつの間にか暗雲が立ち込め今にも雨が降りそうである。だがこれは白琥の芭蕉扇が呼んだ雲ではない。その証拠に雨は降らず、ごろごろと雷の音が雲の合間に鳴っている。

「これは彼が呼んだのかな」
「多分、あの羽、十中八九宝貝でしょうね」


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2018.09.08