雷震子の発雷によって雷の直撃を食らった太公望とスープーシャンはアフロになるという、非常に説明が難しい状態へ陥ったわけだが、それにより雷震子の怒りも闘志もそがれたようで、ひとまずは二人の戦いはひと段落ついたと言ってもよいだろう。とはいえ争いの元になった、太公望が雷震子に代わり町民に水を与えたという事実、雷震子がこの町でヒーローになれなかったという事実は変わらない。
 そんな雷震子に対して、太公望は「先ほどの戦いは対等とはいえない」と再び煽るのであった。そして太公望が次に雷震子に示した案は、武器ナシで戦うことであった。当然普賢は反対したが、太公望には何か策があるようで「まぁ見ておれ」と笑うばかりである。
「……困ったね」
「そうかしら。太公望はちょっと楽しそうだけれど」
「そう、なのかな。僕は時々望ちゃんが何を考えているのかわからないから」
「私もです。きっと雷震子ももう太公望のペースに乗せられてるんでしょう。普賢、行くんでしょう?」
「うん」
 ヴン、と空間が歪む。耳鳴りのような音がしてそして気づけば白琥が立っていた場所には芭蕉扇をくわえた堂々たる白い虎が鎮座していた。虎の言葉は耳朶に直接響くようで、どこか不思議な音に聞こえる。李伸や李伸の雇った用心棒、そして雷震子を親分と呼ぶ義賊たちは皆揃って驚いたが、普賢が白琥にまたがるや否や、白琥はさっと空中に蹴りだした。
 空中で風が収束し、それを足場に、しなやかな虎の体が宙を舞う。その背にまたがる普賢は太極符印で太公望とスープーシャンそして雷震子の追跡をしながら、白琥に話しかけた。
「どこにいくんだろうね、この辺りは山ばかり……」
「どうかした?」
 頭に直接響く虎の声。普賢は「……山の間に何かあるね」と呟くと正面を見た。すでにそれは白琥の目でも捕らえられる距離に近づいており、まじまじとそれを見つける白琥はポツリと呟く。
「闘技場、かしら」
「そのようだね、ああ望ちゃんと雷震子が降りたよ。僕たちは少し下がって」
「ええ」
 白琥は四不象と同じ位置まで降りる。
 手出し無用といわれた四不象は不安げに太公望と雷震子が拳を交わすのを見ていたが、人間界で独自に修行を続けてきた雷震子と仙人界で修行をしてきた太公望では頭の冴えもあり、一歩太公望が勝っていたらしい。途中桃を食うなどトリッキーな方法で雷震子を惑わせた太公望だが、そういった点も含めて太公望のペースに巻き込まれた雷震子の完敗であったといえるだろう。
 勢いを殺しきれず闘技場からリングアウトした雷震子は潔く負けを認め、自ら退場しようとするが、それを太公望は許さなかった。
「望ちゃんはここまで予想していたのかな」
「そうかもしれないわね」
「望ちゃんにはきっとこの先が見えているんだよ。その先にあるものが仙人界と人間界に何をもたらすのか……それも含めて、ね」
「いきましょう、決着はついたわ」
 白琥が大きく踏み出し闘技場へと着地する。白琥から降りた普賢と人型に戻った白琥が太公望に近づくと、負けたにも関わらず生かされた雷震子はひどく荒れていたが、そういったすっきりとした気持ちのいい性格が彼を盗賊団の頭にさせていたのだろう。強い正義感、相手を尊重し、民を思いやるその性格はどこか姫昌に似たものもあったのだろう。それゆえに太公望もあえて雷震子を仲間にしようとしたわけだが、だがまさか本当に姫昌の息子であったとは。さすがの太公望もこの奇妙な縁に驚いた様子であったが、運命とはまさにそれのことなのかもしれなかった。
 普賢と白琥が見守るうちに話は変わり、雷震子は朝歌へと向かおうとするが、当然太公望はそれを止める。太公望ですら妲己の知略・知見にはかなわなかったのだ。まさか雷震子をたった一人朝歌に向かわせることはないだろうと思っていたが、まさにその通りで、雷震子は太公望の言葉を聞きぐっと拳を握り締めると仙人界へと今一度戻る決意をするのであった。
「決めたぜ太公望、盗賊団は解散だ」
 雲中子の不思議な杏の実験台にされ生えた翼を大きく広げ、雷震子は飛び上がる。
「強くならなきゃなんねぇ、オレ様は仙人界でレベルアップしてくらぁ!強くなったら今度はキサマも皇后もまとめてぶっとばしてやるから覚悟しておけよ!首を洗って待ってな、太公望!」
 雷震子はそう叫ぶとゴォ、と風を切り仙人界へ向かって飛び立ったのであった。
 それを見送る太公望は満足げな表情であった。その表情の意味を知っている普賢はくすりと笑うと「僕たちも帰ろうか」と白琥に声をかけるのであった。
「なんじゃおぬしらも帰るのか」
「うん長く洞府を開けていられないから。それに来るべき時にはきっと僕の弟子も望ちゃんの下へ向かうことになると思う、その時のために準備しないとね」
「そうじゃのう、その時は白琥もくるか?」
「ええ勿論」
 白琥は胸を張って答える。
「私、普賢の一番弟子ですもの、私の力が必要なら、その時はいつだって」
「そうか……」
 そう答えた太公望はほんの少し寂しそうであった。その真意がどこにあるのか、普賢にも白琥にもわからない。ただそのわずかな表情の変化は、これから先の厳しい戦いを示しているようで、白琥は少しだけ不安になった。
 だが普賢が何も言わない以上白琥も口を出すことは出来ず、虎の姿に再び戻ると普賢を背に乗せて飛び上がる。
「それじゃあまたね望ちゃん」
 普賢がそう言うと、白琥芭蕉扇で生み出した風を背に、空を蹴り猛烈な速度で宙を駆けていく。その速度は四不象が全力を出しても競えるほど、その速度で宙を駆けているとやがて先に飛び出した雷震子においついた。
「おう!あんた速いな、オレだって全力じゃねぇが相当な速度だと思っていたんだけどよ」
「ええ貴方は速いわ。ただ私の宝貝は風を操るから、追い風を受けられるの折角だし一緒に帰りましょう」
 そう白琥が言うと同時に雷震子の背後から彼の背を押すように強い風が吹く。一瞬バランスを崩した雷震子だが、羽の扱いには随分と慣れているようで、すぐに態勢を立て直し、追い風に乗って飛び始める。
「こりゃすげぇ!なぁそういやあんたらはあの太公望の弟子だって聞いたぜ?何で一緒に仙人界に行くんだ?」
 そういえばと白琥と普賢は顔を見合わせる。そういえばそんな設定で話をしていたような気がする。ただ実のところ普賢も白琥も太公望の弟子であると正式に名乗ったことはなく、精々白琥が「オシショウサマ」と太公望を呼んだ程度だ。だが勘違いをさせるには十分な言葉であったことは確かだろう。
「僕も白琥も望ちゃんの弟子じゃないよ」
「ええ、それに太公望は一度も選任だとは名乗ってないわ、あの人は道士よ」
「へぇそうだったのか、ん?じゃああんたらなんなんだ?」
 雷震子の疑問はもっともなものであった。普賢はくすりと笑うと「挨拶が遅れちゃったね」とのんびり言う。
「僕は崑崙十二仙、九宮山白鶴洞の洞主・普賢真人、それでこっちは」
「普賢の妻の白琥よ。太公望とは同期だから今回は偶然様子を見に来ただけ」
「こ、崑崙十二仙!?じゃああの雲中子よりも上の仙人ってことか!?」
 雷震子は驚いてバランスを崩しかけたが、そこは長いこと羽を使っている彼のことだ、すぐに元に戻って咳払いする。
「それじゃああの太公望より強いのか?」
「どうだろう、僕は争いごとが嫌いだから……」
 普賢はそう答えたが白琥ははっきりと「単純に宝貝の力比べをするなら私のほうが強いわよ」と言うのだった。
「雲中子さまの修行がつまらなくなったらいつでも私のところへ来たらいいわ。私の宝貝も風を操るから、風の使い方なら教えてあげる」
 虎の姿ではあるが、白琥がふふんと胸を張っている様子が容易に想像できる。
「……ああ、その時は頼むぜ」
「あら素直ね」
「そりゃ早く強くなって親父を助け出さなきゃいけねぇからな!」
 威勢のいい雷震子の言葉に白琥はくすくすと笑い扇で仰ぐ。
「じゃあ急いで仙人界に帰りましょう」
 
 山中を歩く旅人はふいに吹き荒れた風に荷を吹き飛ばされないよう思わずその場にうずくまった。もしもその時上を見上げていたのなら、白い虎に乗る仙人とコウモリの翼を持つ道士の姿を見ることになっただろう。だがそれも一瞬のこと、追い風に乗って三人はふわりと青い空に消えた。
 


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2018.09.08