花語り-はなかたり-

桜の花びらが舞い散るある日、私と僕はあの教室で出会った。それは奇跡のようで、必然のようで、そこから始まった出会いは、きっと私の運命を変えてくれる。

出会い

「ねぇねぇ、君が傑君?」

 通学路を桜が埋め尽くし、一寸先を見るのも難しいような桜吹雪の中、新しいランドセルに黄色いカバーをつけ、黄色い帽子をかぶった新一年生たちが通ってくる。入学式はつい先日だった。もう学校には慣れたのか、それともこの桜吹雪が楽しいのか、新一年生たちはみな宙を舞う桜をつかもうとして飛び跳ね失敗し、時には捕まえた桜吹雪を友達に見せて笑いあっていた。
 春風を取り入れようとあけられた窓、そこから一枚、二枚と桜の花びらが教室にも吹き込んでくる。ひらりひらり、くるりくるりと舞遊ぶ桜の花びらは、まるで踊りを踊っているようだ。捕まえようとしてもするりと手の中から逃げていくのは、桜の花びらがこちらにおいでと誘っているのだろうか。桜の花びらを追いかけて一年生の一人が側溝に足を引っかけて転びうわぁんと泣き声を上げる。周りの年長の子供たちが痛くないよと慰めているうちに教師がやってきて、傷口を消毒するために学校の中に入っていった。桜の花びらはそんな児童たちを笑うようにきゃらりきゃらりと降り注ぐ。そんな桜の花びらが風で窓まで噴き上げられて、教室に入ってくる。それは誰に導かれるでもなく傑の机の上に乗った。それを特に何の感慨もなく傑が手で払おうとしたそんな時だった。

「君が、傑君?」

 まだ拙い言葉で話しかけてきたクラスメイトがいたのである。
 傑の椅子ががたんとなる。なにせ傑には今まで自分に話しかけてくるような友人はおらず、クラスが変わってもそれは同じだったため、驚いたのだ。傑が恐る恐る顔を上げると、少し紫がかった髪色をした傑よりちょっとだけ背の低い少年が傑の机の前に立っていた。名前は確か__確か……つい先日クラス替えがあったばかりだったので、自己紹介を行ったはずだが、傑にはこの少年の記憶がさっぱりと失われていた。ただ顔は見たことがある、それだけだ。
 そんな傑の不安を察したのか、はたまた初めから挨拶するつもりだったのか、少年はたれ目を閉じてにこりと笑って手を差し出す。

「僕、板花竜巳。同じクラスになったんだよ。ねぇ傑君ってさ、ゆうれいが見えるんでしょ」
 
 ああ、と傑は落胆した。その話は聞きたくもなかった。折角きれいに見えた桜の花びらも灰色がかって見える。その話はしたくない、その話は聞きたくない。

「……見えないよ。みんなそういうけどそういうのは小学校に入学した時から見えなくなった」

 傑はぷいっと横を向いて嘘をつく。そもそも傑に話しかけてくる人は稀であったため、そういう嘘をついたこともなかったが、こういう場合には嘘をつくのが一番いいと理解していた。

「そうなんだ。じゃあ、これは?」

 竜巳はふらり、ふらりと手を揺らす。だが奇妙だったのは手ではない。手の中につかまれた、奇妙な、蠅のような何か、だ。大きな目、大きな口、翅は小さいが時折素早く羽ばたいては、折りたたんでいる。

「ようとうっていうの。そんなに可愛くないけど、さっきそこで捕まえたんだ」
「これ……」

 はたから見たら奇妙な会話だろう。竜巳は手をふらふらとさせるし、何を話しているのかさっぱりわからない。だが、昼休みの静かな教室の中で、その会話を聞いているのは、傑の机の上に舞い降りた桜の花びらだけだ。
「傑君が見えるのはね、ゆうれいじゃなくてじゅれいっていうんだよ。それでね、じゅれいは危ないんだ。だから近づかないほうがいいよ、って言おうと思って」
 傑はぽかんとしたまま蠅頭を受け取った。唖然とした。何が起こっているのか傑にはさっぱりわからなかった。傑に話しかけてきたという意味でも驚いたし、それ以前に、ゆうれいについて詳しい話を知っている子に出会ったのも初めてだった。

「あっ、昼休み終わっちゃうね。ねぇ一緒に帰らない? 僕は友達はいるけど、じゅれいのことを話したことないんだ」

 だから友達になろう、と差し出された手を傑は驚きながら受け取った。

 
 それが夏油傑と板花竜巳の出会いだった。


 その日の帰り道のことを傑はよくよく覚えている。桜の花びらはこんなにも鮮やかな色をしていたのだろうか。川のせせらぎはこんなにも美しかったのだろうか。そしてなにより、自分に手を差し伸べてくれる人がいるというのは、こんなにも心躍ることだったのだろうか。
 傑と竜巳は河川敷を並んで歩きながら色々なことを話した。特に傑は、幽霊やお化けだと思っていたものに、「じゅれい」という名前があることに驚き、そんな世界があるんだ……と少しばかりあっけにとられていたので、とにかく呪霊についての話を竜巳にせがんだ。竜巳は「僕もね、まだせんもんかじゃないんだ」と言いながら少しずつ呪霊の話をしてくれる。
 竜巳の話をまとめると、幼稚園の頃傑に憑いていたり、見えていたりしたものは「ゆうれい」や「おばけ」と呼ばれるものではなく「じゅれい」と呼ばれるものであること。「じゅれい」とは「呪霊」と書くのだということ。(ノートに竜巳が書いた字は大きくバランスが悪かった。まだ傑も竜巳も習っていない字であった)呪霊は人間の悲しいと思ったり怒ったり憎らしいと思う感情から生まれるということ。そしてなにより呪霊は危険であることを教えてくれた。
 傑にはそんな世界があること自体が驚きに満ちていた。今まで父母を悲しませていたのは自分が悪いのではない、ということがわかって、今までよりずっと心が晴れやかな気持ちになる。
 だからこそ逆に気になったのは、竜巳がなぜそんなことを知っているのか、ということだった。傑は少し迷ったが、それを素直に聞いてみることにする。

「……竜巳は、なんでそんなこと詳しいの? 僕、今までいっぱい先生のところにも行ったし、おはらいも受けたけど誰も知らなかったよ? みんな見えてなかったし」
「……僕の家はね、じゅじゅつしのいえなんだ」
「じゅじゅつし?」
「うん、じゅじゅつしはね、こうやってかくんだよ」

 竜巳はランドセルを降ろしてノートを取り出すと、先ほど呪霊、と書いた横に「呪術師」とやはり下手な字で文字を書く。傑は見たこともない字であったので首をかしげたが、竜巳は満足そうに笑いながらかけた! と言った。

「じゅじゅつしはふだんはかくれているから、皆には見つからないんだ。たまに呪霊をみえるひとを探すこともあるけど、ふだんは隠れているんだよ」
「どうやって隠れているの?」
「うーん僕の家はね、呪術師の家だけど、生け花教室もやってるんだ。お昼間は生け花教室をやってて、夜になったら呪霊退治するの」

 かっこいいでしょ、へへん。と竜巳は胸を張る。それはまるで戦隊モノのヒーローのような気がして、傑にもとてもとてもかっこよいものに思えた。それと同時にそんな家に生まれた竜巳に憧れが生まれる。もし自分が呪術師の家に生まれていたら? そうしたらお父さんにもお母さんにも苦労をかけることはなかったんじゃないか? だけれども、そんなことを言っても仕方のないことだ、ということを傑は知っている。だから憧れで留めておいた。
 竜巳はノートをランドセルの中にしまう。片付けが下手なのか、ランドセルの中は様々な紙がぐしゃぐしゃに詰め込まれていた。傑は几帳面だったので、思わず「うわ……」と思ったが、そういうことを口に出さない分別はある。傑は黙って次に竜巳が何をするのだろう、と竜巳の手元をまじまじと見る。
 竜巳はしばらくランドセルの中をごそごそと漁って、おかしいな、どこいったかな、と呟き、ぐしゃぐしゃになった紙を一枚一枚広げ始める。そのうちにランドセルのポケット部分に目的のものをいれていたことを思い出したらしく、ランドセルのポケットに手を突っ込んでラミネートで加工された何かを取り出した。

「傑君はこれ何に見える?」
「これ?」

 竜巳が傑に見せてくれたのは押し花だった。傑はあまり花には興味がなかったため、その花がなんだったのかはわからない。ただこれは傑も作ったことがある。花を摘んできて、本などでよく押しつぶしたものを先生が綺麗にしてくれて本の栞にするのである。傑の手の中にあるのはまさに栞のようなもので、違いと言えば、頭にリボンがついていないことぐらいだろうか。しかし、その押し花は傑が見たこともないほどに生き生きと輝いている。少しだけ変だと思う。例えそこらに生えている花でも、こんなに生き生きとはしていないし、なによりどんなものでも輝くことはない。きらきらと星を飛ばすような輝きを見せるのはアニメの中だけの話だ。それがどうだろう、竜巳に手渡された押し花は、まるで生きているかのように美しい紫色の花を咲かせ、茎も葉も花も、きらきらと輝いている。少なくとも傑にはそう見えた。

「きらきらしているでしょ」
「うん」

 傑は夢中になって押し花を眺めた。輝きは竜巳の手の中にあるから輝くのではなく、傑の手の中でも輝いている。これはなんだろう、という気持ちが溢れて出てくる。

「これ、なに?」
「押し花。僕の術式」
「じゅつしき?」
「そう、呪術師はね、術式ってものを生まれつき持ってるの。それで、僕の術式はお花」
「お花のじゅつしきなの? へんなの」
「へんじゃないよ! けっこう強いんだよ!」
「じゃあ竜巳は強いの?」
「……」

 竜巳は傑の言葉に沈黙する。そしてしばらくの後「もう少しすれば、強くもなるかも」とぼそりと呟いた。

「ね、ね、じゅつしきって僕にもあるかな」
「わかんない。皆がみんなもってるわけじゃないから。そうだ! 今度うちに遊びにきてよ! おばあちゃんが見たらわかるかも」
「本当? 行きたい!」

 竜巳の言葉に傑は前のめりになって答えた。自分の持っている力が何なのか、知りたくて知りたくてたまらなかった。仮に竜巳のようなじゅつしきがなくとも、なぜ皆が見えるものが見えないのか、それがわかるだけでも充分だ。

「そろそろ帰ろ」
「……うん」

 もう帰っちゃうのか、と思うと、それは少し寂しいことのように思えた。

「じゃあまた明日ね傑君」
「う、うん!」
「その押し花あげる!」
「ありがとう!」

 夕日に包まれた河川敷は、川がきらきらと夕日を反射して眩しかった。ちょうど下校時間なのか、制服に身を包んだ中学生や、自転車に乗った高校生の一団が、河川敷を通り抜けていく。河川敷から川へと下る坂道、草花が生い茂るところで隠れるようにしゃがんで話をしていた二人が立ち上がると、踏みつぶした草の香りと、ひっついた泥棒で体中草まみれだ。ランドセルの中にも泥棒は潜り込んでいる。
 傑は竜巳を見送ってから、反対方向に歩き出す。今までは通りゆく人々が羨ましくて仕方なかった。しかし今、傑の心はうきうきとスキップをしているようだ。
 初めてできた友達、呪霊の見える友達、そんな友達ができたことそのものが何よりも嬉しかった。帰ったらまずお父さんとお母さんに友達ができたことを伝えなきゃ、と思うと傑の足は自然速足になって、帰路につく生徒たちに紛れる。黒いランドセルはぴょこぴょこと楽しげだった。