「砂に埋もれなければもう少しまともな入り口もみれるんだろうけど、あいにくと長い年月の間にほとんどの墓の入り口は砂に埋もれていて発掘するなら偶然に発見されることも多い。墓荒らしに見つかっている奴は別だけど」
イシスはそう言うとあまり迷うことなくアビュドスの墓が密集した地帯を歩き始めた。荘厳な石の柱が立ちながび、様々なところにいくつもの入り口が顔を覗かせている。シャルナークは観光客向けに入り口に用意されていた地図をちらりと見て、その一瞬で谷の全容をつかんだ。
「おいイシス待てよ!」ウボォーギンが声をかけるとイシスは立ち止まって振り返る。イシスの背が小さいせいで少々遠近観がおかしい気がする。別に対した距離じゃないというのにやたら遠くまで行っている気がするのだ。
「あ、そういえばウボォーさんって強化系だよね?」
半ば確定しきっているようなイシスの物言いに、ウボォーギンもそのときばかりは閉口した。自分の能力を知られることは、彼らのようなA級犯罪者にとっては死に直結するような大きな出来事なのだ。シャルナークはイシスの言葉に対し一切表情を変えなかった。
「ううーん、えーっとむしろその体格で強化系じゃないって言われたら驚くんだけど、答えたくないならいいよ。どっちにしろあんまり大きな技は使わないでほしいって話だけだから。ここであんまり破壊力の大きいというか、まぁそんな感じの技を使われたりするとね、死者の書ごと土の中に埋もれちゃう可能性があるから・・・・」
ウボォーさんは多分普通にパンチするだけでも危ないかも、とイシスは言った。
穴凹だらけ、ということはちょっとでも石がずれたりした場合連鎖的に崩壊していく可能性があるということである。死者の書が崩壊に巻き込まれる可能性はもちろん、できることなら貴重な遺跡群は保護したいというイシスの考えである。
ウボォーギンはそれを聞いて肩をすくめただけだったが、イシスはそれを了承の意と受け取った。それからシャルナークを見て「多分シャル君だったら平気だと思うけど」と言った。
「ここから先は古典的な罠がすごく多くなるから気をつけてね。あとできれば墓の中に入ったら念は___」
イシスが墓の中では念を使うなと言おうとしたとき、ざら、と砂の流れる音がした。雪崩ではないが、このような場所でも砂の山が崩れて生き埋めになることはある。砂ならばまだいいもののこれが石の塊だとしたら最悪だ。反射的に音の出所を探ったが、そこで三人が見つけたものはただ単なる砂山や岩山が崩れるよか遙かに面倒で気味が悪くいやなものだったのだ。
「うわぁ・・・」
「・・・・念だよな。おいシャル、あれは念だよな」
「うーん・・・・。ここいらは踏み込むだけでもだめなんだね・・・・」
イシスが肩を落とし、シャルナークがあきれた声を上げる。ウボォーギンの声が若干うわずっている気もするが丁寧に相手をしている時間はなさそうだった。
柔らかな砂の中からゾンビがごとく沸き上がってきたのは、古エジプーシャでは今でも作られているミイラだった。
皮膚が崩れ、目は陥没しところどころに古い包帯を巻き付けたミイラは、それでも装飾品をしっかりと身につけていた。これはおそらく王の殉死者だ。どうやったのかは知らないが、殉死者の怨念が遠い将来の墓荒らしに向くような念を重ねてかけてあるのである。おそらくは操作系だろう。エジプーシャを始めとし、死後もその念が効果を持つようにする技術は、過去の文明ではかなり発展していたようで、遺跡を巡って研究するというのも並大抵の努力だけではどうにもならないのだ。もちろん、だからこそハンターという職業が形になるのだが。
「あれって念で動かされてるんだろ。どうやったら止まるわけ」
シャルナークはすでに操作されているもしくは具現化されている物に対しては自分の念が効果がないと知っているので、あえて携帯は出さずに足下の石ころを拾ってミイラに投げつけた。軽く腕を振っただけだというのにボスっとミイラの頭をはじきとばした石は背後の岩をも貫く。だがミイラは動きを止めることはなく、しかもその頭部はゆっくりと再生し始めた。
よくよく見ればミイラ達は徐々に砂をまとって生前の姿に近づいているようだった。眼球が現れ、むき出しの鼻腔にはゆっくりと鼻の形ができ始めている。気味が悪い光景だ。
「念だからねー・・・・念で対処しないとどうにもならないなぁ・・・物理攻撃は聞かないかも」
「操作系に加えて具現化系の念能力者でもいたわけ?めちゃくちゃだな」
「オレもシャルもこれじゃあどうしようもねぇぞ」
「ありゃりゃ」
イシスはちょっとだけ困ったように頭を掻いた。だが二人が嘘をついているようにも見えなかったのか、ため息を吐く。誰だって自分の念を見せたくないのは同じなのだ。イシスだってまさか幻影旅団の連中に自分の念を見せたいなんて思いもしない。だがこのままでは死者の書を取りに行くのにとんでもない時間がかかるし、下手したらたどり着くこともできないかもしれない。時間のロスはほとほどにね、とイシスは自分に言い聞かせて、ばっとその場にしゃがみ込んだ。
「イシス、なんか策でもあるわけ?」
「あるよ。そもそもジンさんが僕をこういうところにつれてくるのは、こういった念に対処するためなんだ。待ってて・・・・うーん・・・・ここは・・・そんなにさかのぼらなくても大丈夫かな」
イシスは徐々に近づいてくるミイラの兵士達をおくびにもかけず落ち着いて錬を行った。その速度は決して早くはないが、一方で非常にオーラの放出が安定している。オーラはゆっくりと地面に吸い込まれるようにして消えた。
その直後、シャルナークとウボォーギンの目の前で起こったことは半ば信じがたい出来ことであったのだ。
「わぁあ!!よかった!やっぱりここはいたね!!」
ミイラの兵士がでてきたときと同じように突如砂が持ち上がる。その下から現れたのは、シャルナークもウボォーギンも見たことがない、巨大な骨の固まりだった。
「バシロサウルス・ケトイデス!!現生のクジラにこそつながらないけどかつての海の支配者だ!!」
ほっそりとした口先はイルカを思い起こさせるが、一方で口先から尾までの長さはナガスクジラ並だ。鋭いむき出しの歯にゆっくりと筋肉が現れ内蔵が現れ表皮が覆っていく。毛のないつるりとした胴体、力強い尾びれが空中を泳ぐように上下に動き、それと同時にバシロサウルスはあっという間に数メートルを移動してしまった。
ミイラ兵はある程度念能力に対し攻撃を向けるように仕組まれているのかもしれなかった。バシロサウルスが地中よい現れた瞬間、隊列が乱れ、弓兵がバシロサウルスを狙う。
「まだまだいるんだからね。空中ばっかりに気をとられてると食われちゃうぞ」
イシスは楽しそうに笑って、ある一体のミイラ兵の足下を指さすと、それと同時に大きな鰐の口が現れた。それももちろん骨であったが、すぐに肉が現れ、足りない歯が生えワニの一個体が完成したのでる。
「ストマトスクスだね。10メートルにもなる巨大なクロコダイル!かっこいいね!!」
「ぞっとするよ。これはイシスの念なわけ?」
「そう!僕の念は脊椎動物の骨からかつての姿を復元する!僕は具現化系の念能力者だよ」
その瞬間ウボォーギンがシャルナークとイシスの頭を押さえて、しゃがみ込ませた。ガチンと耳元でひどくイヤな音がしたが、かろうじて三人の頭はバシロサウルスの口の中に飲み込まれずにすんだようだった。
「ちょっと!!なんであいつらおそってくるわけ!?」
「あー・・・僕の念は別に操作をする訳じゃないんだよね・・・復元だから・・・そのー・・・あの子はおなかが空いてたんだね!!」
笑い事ではないが、随分と長い間地面の中で空きっ腹を抱えていたバシロサウルスは確かにご立腹なようだ。指揮系統が完全に崩れたミイラの中につっこんでは見事に頭を食いちぎり胴を次から次へと食い破っていく。同じ念能力によって食いとられたミイラはもう復活しないようだった。一部足だけで動いているものもあるが、それはストマトスクスが片端から飲み込んで行ってしまう。
「バシロサウルスにとってはここは海だから空中を自由に泳げるんだよ。一方でストマトスクスにとってはここは半分陸なんだろうね。ほら時々砂の中____ああああ!!!」
シャルナークとウボォーギンは一瞬で空中にとびあがった。ただ何の情けか、シャルナークがイシスの白衣の襟首をつかんだおかげでイシスは10メートルにもなるクロコダイルに丸飲みにされないですんだのである。大きな口が地面から一瞬覗いたが、獲物をとらえ損なったとわかったのか、再び沈んでいった。ここはどうやらストマトスクスの群がいたようで、至る所でワニがミイラの兵隊に足下から襲いかかっている。
「わぁすごい。ここって彼らの寝床だったのかな」
「そんなことどうでもいいよ!さっさと墓へ案内してよ!」
「ああ!忘れてた!!」
その表情に、一瞬シャルナークから殺気がだだ漏れになったものの、またミイラ兵が現れて閉口する。軽い跳躍と膝蹴りで頭をつぶしたものの、やはりミイラ兵は念で応対しなければどうにもならないようだった。
「墓の中で念を使うのはまずいよ。だから先にここでできる限り僕が具現化してから中に入る。ちょっと待ってて。古いので行こう。このミイラ兵は多分入り口だけだから、とにかく絶対に襲ってこれないように入り口は大きいので固めておいて、あとは・・・できれば墓の中に先回りしてくれるのがほしいな・・・」
イシスがもう一度発を行うと、今度はバシロサウルスでもストマトスクスでもないものがゆっくりと姿を現した。
「わぁお!最悪のがでてきた!」
背の大きな帆は、威嚇のためか先ほどから頻繁に色が変わっている。細長い口先は魚食性であることを示しているものの、正直サイズがサイズであるため人間など小魚と変わらないのではないかとシャルナークは思った。
「そういえばスピノサウルスがいたなぁ」
イシスは笑ったが、ゆっくりと骨格が完成し、眼球がぎょろりと三人を向く。
「ちょっと近かったね」
若干ひきつった顔で笑ったイシスの足下を今度はものすごいスピードで何かが泳いで行った。バシロサウルスに比べて遙かに小さな、それこそイルカのような動物は、現生のクジラの直接の祖先となるドルドンだ。バシロサウルスは絶滅したが、一方でドルドンは小型の体を生かして小型の海で反映し、現生のクジラへと進化していったのである。ドルドンたちは、ストマトスクスやドルドンの牙を逃れるためにそれぞれが勝手に墓の中に潜り込んでいく。
「うん!僕たちも逃げようか!!」
イシスは自分の足がシャルナークやウボォーギンに比べて遅いことを自覚しているのか、さっとウボォーギンの腰に張り付いた。
スピノサウルスの目がこちらを向いて。帆は赤黒いしま模様になっている。
「おい、ありゃなんだ」
「あ、うん。多分威嚇」
水の中でも抵抗が少なく動かせる口が、大きく開いてシャルナークの頭を食いちぎろうとしたが、真っ正面からのそんな攻撃をさすがに受けるはずがなかった。シャルナークとウボォーギンは、ドルドンを追いかけるように墓の、暗い穴蔵に飛び込む。背後からは激しい地鳴りが響いていたが、墓の穴の中に入れないことがわかったのかすぐに遠ざかった。スピノサウルスとはまた違う大きな低い鳴き声も響いている。
「カルカロドントサウルスだねぇ。彼の方がミイラをよく食べてくれそう」
イシスの無駄な解説が加わった。
2014/03/01
2014/03/11 加筆修正
※心底どうでもいいマメ知識
※管理人が好き勝手に集めた情報なので正しいとは限りません。
【バシロサウルス】発見当初は恐竜の仲間と思われていたが、今では哺乳類とわかっているためゼウグロドンのお名前を見かけることも。私はバシロサウルスの響きが好きなんですごめんなさい。新生代の哺乳類。クジラの仲間。現生のクジラほど大きくなるわけではないがそれでも20m近くにはなった様子。可愛いと思う。(※個人の感想です)
【ストマトスクス】白亜紀中期のワニの仲間。歯がなくヒゲクジラのように水ごと獲物を口の中に収めて水だけ吐き出すろ過食性のワニらしい。マジか。面白いね。(※個人の感想です)
【スピノサウルス】ジュラシックパークVでも登場していた、背中に大きな帆を持つ恐竜。全長は13〜15m。鋸歯がなく細い顎から魚食性といわれる。背の帆は放熱板といわれるが、個人的に威嚇したりすると色が変わると可愛かったので、勝手にそんな設定をつけさせてもらった。可愛いと思う。(※個人の感想です)
【カルカロドントサウルス】名前の意味は「ホホジロザメの歯を持つトカゲ」。カルカロドン・カルカリアスで現生のホホジロザメの学名だよ。カルカロドンはホホジロザメ属のこと。頭がすっとしていて可愛いと思う。(※個人の感想です)
【ドルドン】新生代のクジラの祖先。バシロサウルスに比べると随分小型で5〜6m。名前の意味は「槍の歯」。後肢はまだ若干残っていたようで、ほんの少し外に出ていたらしい。イルカに似た流線型、イルカだと思ってもらえれば。可愛いと思う。(※個人の感想です)