イシスとシャルナークとウボォーギンの三人がギーザのピラミッドの足下に広がる古風な町並みを抜けるのにそう時間はかからなかった。
やがて、午前中にここへたどり着いたときのままの車が、停めたときの場所そのままに見えて、シャルナークとウボォーギンが顔を見合わせる。
「別に普通だね」
「それは僕たちが歴史の一部に組み込まれてないからさ。もしもここでクロロや・・・えーっとフェイたんやフィンちゃん?が一緒にいたら僕たちは町から絶対に出られなかったよ」
彼らだけでもそれは同じ、とイシスは続ける。
シャルナークはそんなイシスの言葉を半ば疑わしげに思っているようで、黙ってろとばかりに無言の圧力がかかる。
「・・・・僕痛いのは嫌いなんだよ・・・」
「それはよかった。痛いのが嫌いじゃなかったら拷問するときどうしようかと思ったよ」
「ええ!?本当に君ってえげつないことを言うな!!」
「逃げたら逃げたことを後悔する形で殺してやるから」
「シャル、いい加減にしてやりゃあいいじゃねぇか」
「なんだよ、ウボォーはクロロはともかくジンとこいつの話まで信じるわけ?」
「信じるっつーかなぁ・・・」
ウボォーギンの言いたいのは信じるか信じないかというよりも単純にシャルナークにいじめられているイシスが気の毒になってきたというだけの話であろう。シャルナークより遙かに背の低いイシスはせいぜいがんばっても頭はシャルナークの胸の位置にしかこない。しかしシャルナークはそれでも遠慮容赦なく手をひねりあげる上に、力の加減もしてやっていない。
ウボォーギンは一度仲間と認めた相手には比較的優しいこともあって、仲間とまでいかずとも共同戦線を張るイシスに対して多少の同情をくれたのだろう。イシスは即座にウボォーギンの方がまだ常識的だと判断してすぐに彼の後ろに隠れた。
「それよりチビ、お前なんで棺の中にいたんだよ」
「僕はイシスだよ、ウボォーさん。それにウボォーさんと比べたらたいていの人間はチビさ」
イシスはそう言いながら、運転席に乗り込んだシャルナークに続いて、助手席に乗り込んだ。ウボォーギンも相変わらず狭そうにしながらワゴンの中に乗り込む。
「そもそも僕とジンさんが、ハンター協会に依頼されてここへ来たって話はしたっけ?あ、そこまっすぐいって、三つ目の道を曲がってよ。僕たちが向かうのはアビュドスってところだよ」
「ハンター協会?何、イシスってハンターなわけ?」
イシスはシャルナークの言葉に首を横に振った。
「僕は違う。ジンさんはそうだけど。僕はジンさんに着いてきてほしいって言われたから来たんだ。ただ・・・あそこの石棺の部屋までたどり着いたのはよかったんだけど・・・・僕たちが使ったルートは歴史の中で墓荒らしが作り上げたルートでね。そこを通ったら問答無用で歴史に組み込まれちゃったんだ。ジンさんは歴史の中の部外者を作り出すために僕を逃がそうとしたのはよかったんだけど、僕を石の棺の中に放り込んでくれたから・・・・君たちが来てくれなかったらあやうく死ぬところだった」
ジンさんも含めてね、とイシスは言う。
「もしも石の棺の中で僕が念を使えばあそこからは脱出できただろうけど、墓守の念にかかって僕が今のクロロと同じ状態になってただろうな。そしたら本当の意味でどうしようもない状況だったよ」
シャルナークはまた、わかりにくくでこぼこの多い道を慣れた手つきで運転しながら、「たとえば」と口にした。
「イシスが石の棺から脱出するために念を使ってクロロと同じ状態になるだろ?その後にオレたちが来てたらどうなってたの?」
「別の墓荒らしとして歴史の一部になっただろうね。長い歴史の中で墓荒らしなんて者はいくらでもいたわけだし、それにこの町はそもそも念によって具現化されてるだけなんだ。だから僕たちとは全く違う時間軸で歴史の一部に組み込まれていたのかも。僕はそこまではわからないかな」
イシスは涼しい風を車内に入れようと窓を開けた。砂漠の夜の空気は昼に対して恐ろしいほどに冷たい。逆に肌寒ささえ感じる空気が車内に流れ込んで来て、運転をしていたシャルナークは身震いした。
「閉めろよ」
「寒かった?ごめんね」
アビュドスまでの道のりをイシスに教えてもらいながら、三人は特になんでもない会話をした。半分ぐらいはシャルナークがイシスについての情報収集といったところで、根ほり葉ほりイシスのことを聞いていたのだが、イシスは思いの外ぽんぽんと自分のことをはなすので、シャルナークも途中からあきれて特に質問をするのはやめたようだった。
「へぇ、じゃあ幻影旅団って流星街の出身なんだ。あ、そこ右」
「流星街出身の犯罪者なんて珍しくもないだろ。ここでいいの?」
「いいのいいの。まぁそうだね。でも僕一度流星街って行ってみたいんだよなぁ」
「くせぇだけだぜ」
ウボォーギンがからかうように言えば、それは話には知ってるけど!とイシスが言う。
「あのゴミの山はある意味宝の山だと思うんだよ。案外人って興味がない分野のものはゴミにしちゃうだろ?結構ゴミ箱を漁ってみると堀だしものがあるんだよね」
「物も人もね」
どことなく意味深なシャルナークの言葉にイシスは一瞬、まじまじと彼の横顔を見ていたが、すぐに正面に視線を戻した。
夜の、しかも砂漠地帯である。当然街灯など存在するはずもなく頼りになる明かりは車のヘッドライトとよく晴れた空の月明かりだけだ。シャルナークは集中力のほとんどを車が横転しないように、ということに気を使っていたからどこで曲がるかといったことはイシスが指示をしなければならない。一応看板が立っているものの、そのほとんどは砂が吹き付け文字が禿てしまっていてきちんと読むことはできない。昼間ならともかく夜ならなおさら読みにくいのだ。イシスは頭の中の地図を頼りにアビュドスへ向かっていた。
死者の書を探して今、向かっているアビュドスには、イウ・ス=イシスの墓と称される墓があった。イウ・ス=イシスは神であるから、実際に墓があるのかは定かではない。だが伝承やその他の文献ではアビュドスにこそその遺体が埋められているとされている。アビュドスにはほかにも様々な古エジプーシャ時代の王達の墓があり、その半分ほどが一般客の観光向けに公開されているが、一方でまだそのほとんどは発見されていない。古エジプーシャの研究文献によれば、この中にイウ・ス=イルスの書いたとされる死者の書が眠っているはずだった。その場所さえも推測されているのに、未だだれ一人として踏み込もうとしないのはそこが強固な念によって守られる空間だからである。誰一人として踏み込むことができないとされる墓の中に眠る死者の書を読み上げることができたのかは謎だが、少なくともイシスとジンのは、死者の書は生者の書と併せて二冊あったのではないかと推測していた。
「考えられることはいくつかあるんだ。本当に誰かが墓の中へ入り死者の書を読み上げるだけ読みあげてその場で死んだ。僕とジンは古エジプーシャの死生観から死者の書と対になる生者の書があって、それを誰かが持ち出し読んでしまったのではないかと思っている。クロロも話していたけど、あえて危険性を残すことで念を強固にする誓約と誓約だね。死者の書の念を無効にするための存在として生者の書が用意されていたんじゃないかなって」
もちろん全部推測だけど、とイシスは付け足す。
「単純に書が崩壊したとかそういう可能性はねぇのか」
「うーんその可能性もある。それは本当に絶望的だから考えたくないんだけど。ある一定期間ごとに儀式的なことをやらないといけなかった、って可能性もあるよね」
「儀式?」
シャルナークの言葉にイシスは「うん」と頷いて言葉を続けた。
「いろんな地方ごとに毎年祭りが開催されていたりするだろ。あれってよくよく調べると念が関わっていたりするんだよ。鎮魂祭なんてのはわかりやすくて、歴史をたどると実は過去の念能力者が死者の念を除念しきれず長い時間をかけてゆっくりと除念するために毎年ある行動を行うって誓約と制約をつけてたりするんだ。下手にお祭りを絶やしたりしちゃいけないわけ」
「ふぅん」
ウボォーギンが定期的に聞いてくる「まだか」という質問にイシスは毎回「あとちょっとだよ」と答えた。そしてそれが十回以上繰り返された後にイシスはようやっと「着いたよ」と答えたのである。
「シャル君、適当なところに車を停めてよ」
「別に君だけ車からつき落としてもいいんだけどね」
どことなくつっけんどんな物言いだが、イシスはそろそろシャルナークのそんな物言いにも慣れてきていた。とはいえ下手に言い返せばまた何をされるかわかったものではないので特に言い返すようなことはないが。
「さぁ、ここがアビュドス、イウ・ス=イシスの墓があるとされる場所だよ」
王の墓といってもピラミッドとはまるで違う景観が並んでいる。複雑に入り組んだ石の構造物が幾重にも重なって並び、壮観なその様相は、月に照らされて黒々とした闇を孕んでいた。
2014/03/01
2014/03/11 加筆修正