夜の砂漠の道を月明かりだけを頼りに歩き続ければ、やがて町外れの地下牢にたどり着いた。誰もいない静かな空間にゆっくりと足を踏み入れる。地下にあるからかやけに湿気たその空間には、ほとんど人はいなかったが、一番奥で誰かの気配がした。
「おうイシス!!お前幻影旅団なんか引き連れてなにやってんだ」
ぼさぼさの髪がひどく適当に巻きつけたターバンの隙間から時々はみ出ている。無精ひげを整えることもないその男に向かって、イシスはどこかの言葉で罵詈雑言を投げかけた。
「ジンさんの!!せいだよ!!!最悪さ!!!」
「仕方ねぇだろ。あの時は他にできることがなかったんだ」
念は使えないしな、というジンもクロロと同じように牢の中にいる。湿気の多い牢の中でも石の上はさほど湿っていないのか、二人とも壁から剥いだような石版の上に腰を下ろしていた。
シャルナークやウボォーギンが見てもジンが念能力者であることは簡単にわかる。クロロとて今は完全に絶状態であって念が使えないようだが、それでもここから出るのに問題はないはずだ。なんでさっさと逃げ出さないのか、とシャルナークが聞こうとした瞬間、誰から牢の中に入ってくる気配がした。「ここでいいのか?」「団長の気配するよ」徐々に大きくなってくる声は聞き覚えがあるものだ。シャルナークもウボォーギンも特に隠れる必要はないと思いながら入り口を見れば、そこにはいつもとはまったく違う、それこエジプーシャの民族衣装を着せられたフィンクスとフェイタンがいた。
「集まったな」
そこでようやっと牢の中のクロロが口を開いた。纏すらもできていないが、その鋭い眼光は健在だ。
「おい団長、こりゃどういうことだ」
「仲間が!増えた!!」
イシスが口を開いて叫んだ瞬間に、それが耳障りだったのかシャルナークがイシスの腕を一瞬でひねり上げた。フェイタンと違って比較的温厚(本当に比較的に)に物事を進めるシャルナークが、いきなりそのような行動に出たことに対し、状況を把握していないフィンクスとフェイタンは驚いたようで、少しだけ眼を開く。ウボォーギンは道すがら散々シャルナークがイシスをいじめるところを見ているのでもうため息しか出てこない。
「ちょっとジンって言ったっけ?いい加減何のことか説明してくれないかな。そうでもなければオレこいつの骨一本一本砕いていくかも」
「おう。そいつ骨折れやすいから結構簡単だぞ」
「ぎゃー!!!!」
イシスは当然といったように悲鳴を上げて、ジンを罵倒した。途中からどことも知れない言葉を使っていたがそれらの全てをクロロは理解したようで表情を緩めている。
「悪かった悪かった。おいえー・・・そこの金髪の・・・ちょっとこれからいく場所に関してはそいつの能力が必要だから離してやってくれねぇ?」
「やだね」
「そうか、じゃいいや」
「痛い痛い痛い痛い」
騒がしいイシスをものともせずに、ジンは牢の前に集まった男連中を見回した。数を数えてそれからクロロに視線をやる。
「これで全部か」
「ああ」
クロロはジンの言葉を、今ここに来ている全部か、と捕らえたのだろう。ジンが本当に言いたいことはなんだったのかはわからない。
クロロとジンはそれから何度か言葉を交わしていた。その中で繰り返されるのは「歴史の一部」「死者の書」「死者の怨念」といった言葉だ。説明もないままに繰り返されるその言葉が出てくるたびにイシスの腕を締め付ける力が強くなって、そのたびにイシスはジンに罵詈雑言を投げかけたが、ジンは視線だけで「待て」と言うばかりだった。そしてついにシャルナークが非常に良い笑顔で、イシスの腕を折ろうとしたときだった。
「待て、シャル。今から説明する。そいつを解放しろ」
「僕はイシスだよ」
クロロの一言は絶大で、シャルナークはぱっと腕を離す。クロロがそれからシャルナークとウボォーギン、さらにフィンクスとフェイタンに向かってジンの話をとりあえず聞くように促せば、彼らは四人ともしぶしぶながらも頷いた。ジンはその様子を見てから、大仰に咳払いをして話を始める。話、というのはつまるところクロロとジンがこの場所に閉じ込められている現状を含め、今何がどうなっていてこれからどうすべきなのか、ということだった。
「まず一通りの大きな流れを話すと、ここら一体が死者の念によって動かされてるってところだが・・・それはいいか?」
ジンが首を傾げるのと同時にフィンクスが首を傾げた。
「うーん、これはそういうもんなんだって言い方しかできないなぁ、ねぇジンさん」
イシスが少し補足するようなそんな言い方をしたが、少々わかりにくかったのかシャルナークに睨まれる。慌ててイシスは次の言葉を続けた。
「ギーザの根元に広がっているこの町は本当は数千年前に遺跡となったんだよ!!一番最初は、処刑場、そしてその後はピラミッドを作るための拠点になって、廃れた。本来なら存在しないこの町は死者の怨念によって具現化された、仮の町でしかないんだ」
「具現化?」
「そう。君たちもここの人たちがやたら現世離れしているのを見ただろ?これはね、死者たちの過去の記憶で、同じ時間の繰り返しなんだよ。町の様子も、王位継承の問題も、数千年前の過去のある一時期を切り取ったものでしかない」
イシスの表現は抽象的だったが、それでおおよその流れが飲み込めてきた。彼らは車を見たことも触ったこともないようだったし、さらに電気といった類のものが一切なく言葉も通じないのはこれが全て具現化された過去でしかないからだ。
「じゃあ、ここいら一体は念が作用しているってことか」
ウボォーギンの言葉にイシスが頷く。いつの間にか語り手はイシスになっていた。
「そうだよ。町に入ってきたときに気づかなかった?この町とピラミッドを囲んで、一つの念の作用する空間が完成している。ピラミッドを中心にしてって言ったほうが正しいかな」
実際にはピラミッドを中心としてある一定範囲が念の空間となっている。その空間の中ではかつて存在した町が丸々一つ具現化されている状態で、入ることはできるが、一度その町の中で認識されてしまえば出ることができない。
「この認識、を僕たちは歴史の一部に組み込まれたと言っているんだ」
認識とは目で見て触れたりするというわけではなく、ただの一般人から墓荒らしや王様の息子といったその町の中における役職を与えられることを意味する。実際のところ墓荒らしが役職かは微妙なところだが、この念の空間の中では墓荒らしという役割が存在する。クロロとジンは墓荒らしという役職を与えられ、今牢の中に閉じ込められており、フィンクスとフェイタンは王族として歴史の一部に組み込まれているのだ。つまるところフィンクスが本当に王族の出身と言うわけではなく、ただそういう役割を与えられただけなのだが、何故彼がその役割として選ばれたのかというとどうやら本当にエジプーシャの王と顔が似ているそうだ。
「眉毛がないところとか」
「それだけじゃねぇか!!!」
さくっと砂の上に軽い似顔絵を描いたイシスだったが、似ているのは眉毛がないところだけだった。フィンクスが絵ごと砂を蹴り飛ばすとイシスは慌てて避けた。
「一つ確認したい。この念は最初からそういうものとしてあるのか、それとも最近になって現れたものなのか?」
「最近、だ。オレとイシスはそもそも最近になってギーザ付近でハンターが行方不明になることが多いから、その調査のために来た」
「ミイラ取りがミイラになったってわけだ」
とてもしゃれにならないね、とシャルナークはいう。
ジンとイシスは正式にハンター協会の以来を受けているのだが、いくら事前に下調べをしても状況が把握できないので現地に赴いた結果がこれだ。歴史の一部に組み込まれた場合、その組み込まれた歴史の流れをなぞるまでは決してこの空間から出れないのである。イシスは石棺の中、ジンは牢の中で歴史を待つのみ、ジンは二日三日で何も起きなければ本当に「歴史を壊して」何かしら行動に出なければまずいと思っていた矢先の幻影旅団襲撃。これはジンにとってはかなり物事を都合よく進められるコマとなった。歴史を壊せばどうなるかわからない。それは最終手段として残しておきたかった。
「これはオレの推測だが、この町全体にも関わる念は『死者の書』が関連するものだ」
思わぬところでクロロの目的としていた死者の書の話が出てきて、一瞬空気が静まり返る。おそらくその沈黙で幻影旅団の目的を把握したのかジンも少しだけ表情をこわばらせたがすぐに話を続けた。
「そもそも死者の書、というのはあー・・・・」
「楽園へのガイドブック」
「・・・・だが、実は最初に書かれた一冊、つまりイウ・ス=イルスの書いたとされる一冊は念に関わるものだと考えられている」
「特に除念に関わる一冊らしくてね。正確には除念するにはその対象があまりにも強すぎてあくまでその力を一部抑えるだけ、ということろに収まったらしい。ここいら一体には実は数千人もの死者の怨念が溜まっている。それらをたった一つの念で押さえるなんて土台無理な話だったから、その念は消されずに眠らされているような状態なんだよね」
イシスはところどころでジンの言葉を受け継ぎ引継ぎ話を続けていく。そこでふとクロロが「なるほど」と呟いた。今の今まで彼はほとんど沈黙を守っていたわけだが、その間にも何かしら思考していたのだろう。ふと顔を上げてジンを見ると「誰かが念を解除する可能性を残すことで誓約と制約とし、念の力を強めたな」と言った。
「そういうこと!僕とジンもおんなじことを考えてた!クロロ頭いいなぁ!
それで、ここの死者の怨念についてなんだけど、そもそもここはエジプーシャの昔の王朝時代の処刑場だったんだよね。エジプーシャの宗教は復活という要素が組み込まれているけど、ここで処刑された人たちは復活しないんだ。ミイラにもしてもらえないから。王族の覇権争いが激化した時代に、ここで無関係の庶民まで罪を問われ復活を許されず処刑された。重なる処刑の場であったことから死者の怨念はゆっくりと蓄積されていく一方、その念は当初は王族が対象だったものの、度重なる王位継承の変遷で最終的には無差別に念の効果が現れるようになったんだよ」
「そのころから古王朝エジプーシャでは王の病死変死が増えた。おそらくそのときの念能力者が、冥界の王イウ・ス=イルスの名を借りて死者の書という除念能力を作り出したんだ。死者の書そのものを作るためにもおそらく相当な数の犠牲者がいるはずだ。互いの死者の怨念でその力を削りあっている。だが、死者の書には何らかの形でその力失う可能性があった。むしろそういう可能性を残した」
死者の書がどのような形で効力を失うのかははっきりとはしない。おおよそ正しい場所から持ち出すや読み上げるといった要素はわかりやすいが、あまり現実的ではなかった。
つまるところギーザのピラミッドの根元に広がるこの町は、無差別に人を食い殺すただそれだけの空間となっている。
「食い殺す?」
「そうだ。ここで歴史の一部になったものは必ずどのような形でも処刑される。むしろそのために歴史の一部に組み込んでいる。そういう制約と誓約がかかっているんだろうな。オレたちは墓荒らしだから、わかりやすいが例えばそこの二人」
ジンはフィンクスとフェイタンを指差した。
「今の王位継承の問題の話は知ってるな。つまりお前たちは何らかの形で反逆者として兄王に殺されることになるはずだ」
エジプーシャには確かにそういう歴史があった。クロロは通じない言葉とさらに歴史を思い起こさせるような一連の流れから、この念について思い当たったのだ。とはいえ彼自身も墓荒らしにまでは詳しいことは知らなかったために囚われることになったのである。古代エジプーシゃでは王位継承の直前に墓荒らしが捕まり、さらに王位継承者がもう一人現れた直後に墓荒らしが捕まっている。ジンとクロロはその歴史を模倣したのである。
「王朝時代のエジプーシャを繰り返して、その中に訪れた者を閉じこめるわけ。そんでその歴史にそって、つまり自分達が死んだのと同じように何らかの形で処刑を繰り返す。空間に作用するというのは、もしも歴史の一部になった人たちが逃げすなりなんなりしても、もうこの空間からでることはできないんだよ。その人間が歴史の中の形で死なないとこの念に囲われた空間は進まない。つまり近いうちにフィンクスとフェイタンも死ぬ運命。クロロとジンも墓荒らしとして処刑される運命にある。これは帰られないし、クロロに至ってはまた違う墓盛りの念もかかっているから、もっと面倒」
クロロが墓室で念を使ったことによって、強制的に絶状態になってしまったのは、町全体を覆う念とはまた違うものである。いわば墓荒らしから王のミイラや装飾品を守るもので、一般的には墓守の念と呼ばれるものだ。多く古代文明の中では見られるもので、その内容も多岐に渡るが、クロロがかけられた念は「絶対服従」、つまり念をかけた相手に対し絶対に従わなければならない。念をかけた相手は現在死んでいるので、この場合ファラオ(王)が服従対象となる。
「そこで歴史の部外者が重要になる。まだ歴史に組み込まれていない人間は自由に動けるんだ。今で言うと金髪と大男とイシスだな」
クロロもジンもフィンクスもフェイタンも町から出られない以上、動けるのはシャルナークとウボォーギンとイシスだけだ。クロロ以外の相手の話を聞かなければならないのは不愉快だとばかりの表情のシャルナークと、最初から比較的乗り気のウボォーギンに対しこれから幻影旅団の面子と共に動かなければならないイシスは死刑宣告をされたように顔が青ざめている。ジンはイシスのことを一切合財無視して話を進めた。
「この町を覆う念は本来なら死者の書によって除念こそされないが、少なくとも周囲に影響が出ないようになってんだ。とにかくお前らは死者の書を探せ。ないことにははじまらねぇからな!!」
「でもその死者の書ってのはどこにあるわけ?オレたちだって知ってるわけじゃないんだけど」
「僕は心当たりがあるよ。イウ・ス=イルスの墓があるとされる、アビュドスだ」
2014/03/01
2014/03/11 加筆修正