砂漠は夜になると冷え込む。日が射している間は汗も干上がるほどのひどい暑さだったが、今はうってかわって肌寒さを感じるほどだ。砂漠に吹く風を避けようとウボォーギンの陰に隠れたら怒られた。
三人が目指すギーザピラミッドのうちクヌム・クフ・ウイ王のもの、つまりいくつも連なる四角錘の墓のうちもっとも大きなものを目指すことになる。三人は墓を守るようにそびえるスフィンクスの足下を通り、衛兵の目をかいくぐって墓の中に侵入した。夜の水辺よりも静かに、クロロは絶対に騒ぎを起こすなと二人に告げて真っ暗な墓の中へと足を進める。明かりは町で買ったアルコールランプのみ。といっても中に入っているのはアルコールランプほどきれいな油ではない。ちらちらと揺らぐ炎がうっとうしかったが、クロロはこれ以上は使わないというのだから仕方ない。
エジプーシャの王墓は数多くの罠がしかけられていることで有名だったが、クロロはこのときもこの場で念は纏だけにしろと無茶なことを言うので、結局ほとんどウボォーギンの陰に隠れてやり過ごすことになった。対戦車ミサイルでさえはじき返す彼ならば、纏であっても槍だろうと矢だろうと何が飛んできてもまるで怖くはない。クロロでさえ途中からウボォーギンの陰に隠れて進むようになったので、暴れられない上に盾にされた彼は不平たらたらだがクロロは我慢しろ、の一点張りだった。少なくともシャルナークは事前にエジプーシャの墓の持つ意味を調べておいたから、通路に出る度にそれらを思い出して暇つぶしになりもしたが、ウボォーギンに至っては特になんでもない罠を盾代わりに受けてひたすら前に進む単調作業で暇以外の何者でもなかっただろう。来なければよかった、とぼやく彼をクロロが時折「今回はちょっと事情が変わったんだ」とだけ説明した。
角を曲がると風が吹き抜ける。やたら高い天井の通路に出て、ウボォーギンも思わず上を見上げた。


「死者の魂の通り道だ。ここを蛇のように蛇行し昼と夜と死後の楽園と自らの肉体を行き来する」


クロロはウボォーギンの前に出た。ここから先はどうやらほとんど罠がないようで、時折ぼろぼろの矢が飛んでくるほかは何もなかった。あまり身を屈める必要がないのが楽だ、とウボォーギンが背伸びをしてもまだ有り余る高さに、シャルナークはよくこんなものを作ったなと感心した。


「着いたぞこの先にこの家主のミイラがあるはずだ」


家主とはよく言ったものだが、確かに死者の魂の変える場所であるから家主という言い方でも間違ってはいないだろう。どこかに隙間があるのか風が一陣吹き抜けてランプの明かりを揺らした。


「死者の書ってのはそれでどこにあるんだ?」

「順当に行けば石棺の中にミイラとともに納められているはずだよ」

「よし、入るぞ」


棺の納められた空間は入り口こそひどく狭かったが、中に入ってしまえばウボォーギンでも立ち上がっても余裕があった。その中央に据えられた石の棺もまたかなり大きい。


「これがミイラが納められている石の棺?」

「大きいな」

「ミイラのほかにも生活のための様々なものが納められている。ミイラはもう一つ棺があって、その周りにいくつかほかの物が入っているからだ。ウボォー」


開けてくれ、とクロロが特に言葉にしなかったがウボォーギンは了解したとばかりに石の棺に手をかけた。そのときふと何か声が聞こえた気がしてぴたりと手を止める。


「おい」

「ふむ。ミイラは作るとき声帯が残っていたかな」

「おい!!」


クロロはやけに冷静にミイラの作り方について吟味していたが、ウボォーギンの顔はひきつっている。
暗い空間を照らすのは唯一ランプの明かりだけだ。その明かりも風が吹き抜けるためにゆらゆらと揺れて三人の陰を不気味に壁に映し出す。壁に描かれたヒエログリフは人によっては墓を荒らす者の呪いの言葉だと言うが、その真偽はどうなのだろうか。


「安心しろ、書いてあるのはいかに家主が良い行いを行ったかについてだ。開くか?」

「いや・・・・まて、この音、誰か爪でひっかいてねぇか」

「あ、ほんとだね。ってかもう確実にこの中からだね」

「・・・・・おいシャルそっち側開けるから覗け」

「あれ、ウボォーって幽霊とかだめなタイプ?」

「うるせぇよ!!」


図星だったのか彼は口元をひきつらせてそれでも怒鳴った。ぐわんぐわんと墓の中に音が響いて、石の棺の中から聞こえる音がよりいっそう強くなる。
そもそも魂というものの概念が残る地方だから、幽霊の話にもミイラが動き出したという話にも事欠かない。シャルナークは事前に調べたそれを思い出しながらウボォーギンの反応を見て笑う。


「ウボォー開けろ。それからよく聞け。中の奴は「助けて」と叫んでいるだけだ」


クロロがついに呆れてそういうと明らかにウボォーギンの表情がゆるんで、それから彼はあまり力を入れることもなく棺の蓋を動かした。それと同時ににゅっと腕が出てきて。クロロもシャルナークもわかってはいたが、さすがに一歩退いた。


「たすけ・・・明かり!!わぁ助かった!!!ご、ごめん、もう少し開いてもらえないかな?」


聞こえてきた声が存外明るくて、覗く腕も幽霊にしては不透明だししっかりしていたからウボォーギンはそこからはあまりためらわずに蓋を動かした。それと同時に中から立ち上がったのはミイラ、とその後ろの髪を一つしばりにした人間だった。ミイラの方は水分が抜けきりからからに乾いた茶けた皮膚をしているが、人間の方は多少薄汚れていながらもごく普通の皮膚を持って目玉もあれば口も合って言葉も話せる。着ている白衣はミイラと同じ色になってはいたが。


「あああああ酸素だ!!酸素だよクフ王様!!よかったねぇ!!」


ミイラと手を取り合って喜ぶ人間は異様だ。クロロすらも口を結んで、からからに乾いた腕をとってまるで踊るように喜ぶその人間を見ている。ミイラを覆っていた包帯はすっかりと擦り切れ、中がほとんどむき出しの状態だ。


「やあ盗賊さん、ありがとう。僕はイシスだよ。助かった!!このまま飢え死にするかと思ったんだ!!」

「飢え死にの前にミイラと閉じこめられたら発狂しそうだね」

「そんなことないよ、ほらクフ王さんはこんなにつやつやしてる。あ、そこの大きな人!棺の蓋は__」


イシスと名乗ったそいつが最後まで言い切る前に、ウボォーギンはその大きな棺の蓋を地面においてしまった。それと同時にかすかに石がずれる音がする。


「まずいね!!」


イシスはそう怒鳴ってから、あわてて棺の中から飛び出す。そしてクロロとシャルナークの二人の腕を思い切り引っ張ったのだ。
彼ら二人はもちろん頭上から石の固まりが落ちてくることはわかっていたから、避けるつもりだったが、それとイシスの手を引いたタイミングがちょうど一致したというただそれだけである。
三人揃って蓋の開いた棺の中に転がり込んで、それなりに身長のある成人男性の下敷きになったイシスは「ぐえ」だか「うえ」だか声を漏らした。


「げっ」


シャルナークは別に触りたくも好きでもないミイラと接吻することになって思い切り表情をゆがめ、クロロは自らの頭部でイシスの胸部を殴打したことを特に謝るでもなく普通に立ち上がった。


「・・・・」


今の仕掛けは墓荒らしを防ぐためのものに違いない。石の棺を開けたときではなく何故床に置いたときなのか、と思ったがしゃがみこんで床に触れてみると、それは単なる石の床ではなかった。指で触れる凹凸は神字だ。さらにクロロが、今の拍子に吹いた風で明かりの消えた真っ暗な空間で、壁に触れれば刻まれたヒエログリフの外縁を細かに神字が刻まれている。てっきりただの装飾だと思っていたのだが面倒なことになった。


「団長どいてくれ、そんなもんすぐ開けてやる」

「待て、ウボォー。ちょっと面倒なことになった」


たとえ暗くてもここまで近ければ相手の息遣いで何がどこにあるかぐらいはっきりとわかる。ウボォーギンは体の前に出された手に動きを止める。


「先に忠告するぞ。まず第一にここでは念を使うな。オレたちは二重の念の空間の中にいる。次にもしも衛兵に捕まった場合は下手な動きはするな」

「あれ、知ってたの?」


イシスはクロロの言葉に驚いたような表情をして、一方でシャルナークとウボォーギンは状況がつかめず困惑する。


「ちょっと団長、それどういうことなの?」

「詳しい話は後にしたいが・・・・」


クロロが言いよどむとイシスがその言葉を続けた。


「このピラミッドの中には墓守の念がかかっているんだよ。この中で念を使えば何かしらのペナルティーがある。君たちもわかっていたと思うけどギーザのすぐ傍に町があっただろ?あの町とこのピラミッドを含めて実はもう一つ別の念がかかっているんだ。死者の怨念、って僕たちは呼んでるけど。その関係もあって絶対にこの町では誰かに捕まったり話しかけられたりしたらそれに逆らっちゃいけないんだよ」

「今こいつが言った通りだ。とにかくこの扉はオレが開ける」


クロロがそう言えば即座にウボォーギンとシャルナークが反対した。現状で状況をきちんと把握しているのはクロロとそれからイシスだけだ。どう考えてもクロロが念を使って何かしらのペナルティーを受けるより、ウボォーギンもしくはシャルナークの方が適任だ、ということなのだろうが、クロロは首を横に振った。


「お前たち、衛兵が何を言っているのかわかるのか?」


クロロの言葉に二人は口を噤む。


「でも団長!別にオレが念を使えなくなったところであんな衛兵に捕まらずに脱出するのも簡単じゃねぇか。オレがあけてさっさと脱出すればいいだろォ!」


気づけば徐々に衛兵が近づいているようだった。入るときに面倒だと思った仕掛けは幸いにして衛兵の足も止めているようで、彼らはすぐには墓室までやってくることはないだろう。


「ウボォーそれは物理的には可能だが、念の問題で不可能だ。オレたちは今歴史の一部に組み込まれている以上、誰かがここに残らないといけない」

「え、そこまで知ってるの?」

「でなければ話が通らない」


クロロはイシスの驚いたような声に対して淡々と答える。シャルナークとウボォーギンは余計に見えなくなってきた話にさらに苛立ちを募らせたようだった。


「とにかくオレがここを開ける。お前たちは出たら衛兵に絶対に見つからないようしばらくどこかに隠れていろ」


2014/03/01

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※心底どうでもいいマメ知識
※管理人が好き勝手に集めた情報なので正しいとは限りません。
【クヌム・クフ・ウイ】ギーザのピラミッドのうち最大のものを作ったことで有名な、クフ王のこと。古王朝時代のファラオ。クヌム・クフ・ウイとは「クヌム神に護られしもの」を意味し、それを簡略化ものが「クフ」。クヌムは生命の想像と洪水の管理の役目を持つ羊の頭を持つ神様。ちなみに、クフ王のピラミッド内部には有名な装飾などは無いらしい。