砂にまみれた石畳の往来を人々が歩いていく。強い日差しから身を守るように彼らが身にまとっているものは、ひらひらとしていて涼しそうだった。一方で直射日光を浴びる形のクロロたちの方がよっぽど暑そうだ。汗でぬれたワイシャツは肌に張り付いて、気持ち悪そうだった。
「フェイって暑くないわけ」
シャルナークが額の汗を拭って聞くとフェイタンはひどく不機嫌そうに鼻を鳴らしただけだった。いつもの全身を覆う黒い服は熱を吸収する上に風通しが悪そうで、しょうがない。だが実のところひらひらとした服は風をよく行き来させ、かつ直射日光を遮るから、実はフェイタンが一番涼しいのかもしれなかった。
「しかし、観光客が少ないな」
クロロが視線を周囲に向けながらぽつりとつぶやいた。
「そうだね。ってかギーザのピラミッド近くにこんなに発展した町があるなんて知らなかったんだけど。オレが調べた限りでもう少し遠くまでいかないといけないはずだったんだけどな」
エジプーシャは古代の文明の文脈を引き継ぐ一方で、少々現代文明の普及は遅れている。だがここまでの町がまだ残っていたとはシャルナークにも驚きだった。携帯は圏外で、みる限り電気も通っていない。露天で油が売られていて、人々はそれを皮袋に詰めて持ち帰る。らくだが、荷物をたっぷりと詰めて道を歩いていた。町のはずれに車を止めたときは、人々がやけに興味深げに近づいて車をたたいていたことを思い出す。まるで車を知らないような様子だった。
「とりあえず下見に・・・」
クロロがそこまで言ったとき、ふと通りの向こうが騒がしくなって、全員がそちらを向く。一方で人々の視線は皆一様にクロロたちを向いていて、その奇妙な視線に変な気分を覚えた。
「おい、なんか衛兵くるぞ」
「シャル、入国手続きかなにか必要だったか?」
「うーん、オレが調べた限りそんなことはなかったと思うんだけど」
シャルナークが肩をすくめる間にも、屈強な槍を持った男たちがクロロたちの方へ来ている。それとも自分たちではなくその先にあるものが目的なのか、とクロロは道を空けるように少しだけ場所を空けたが、彼らは確かにクロロたちの目の前で、いや正確にはフィンクスの目の前で立ち止まったのだった。
彼らの代表であろう男が何か叫ぶように口にした言葉はあいにくとさっぱりわからない。ハンター語ではない。いきなり目の前で叫ばれたフィンクスは、それはもう眉をしかめて思い切りその男を睨みつけた。まるで田舎のヤンキーそのものだ。だがクロロは少しだけ妙な顔をしてからそれから顔を背けた、珍しく笑っているようだった。
「団長、何言てるか」
フェイタンはクロロが言葉を理解したことに気づいている様子で、話しかけるとクロロは少し笑いのせいで震える声でこんなことを言ったのだ。
「"汝、セケト・イアルを納めるイウ・ス=イルスとなる者、王位継承の血を引く、我々は探し続けた、王宮へ参られたし”」
「は?」
「どうやらフィンクスは大層な家柄の出身らしいな」
日差しをはじき返す白い建物の中には色鮮やかな絨毯がひかれ、クロロたちは薄い紗のカーテンの奥の奥のさらに奥へと案内された。何が何やら、という表情をするシャルナークとフェイタンとウボォーギンに対し、彼らの話す言葉を理解しているクロロはとにかく楽しそうに振る舞っていた。フィンクスだけは唯一別の場所に連れて行かれて今どこにいるのかわからないが、クロロが別れる直前に一言二言耳元でささやいて、うなずいていたから軽い説明だけはクロロがしてくれたようだった。
「ねぇクロロ、これどういうことなわけ?」
もてなしとばかりに色とりどりの果物が乗せられた器が目の前に出されて、状況がわからないシャルナークは引き気味にクロロのそばで囁いた。クロロは持ってきた女たちに何事か訪ねると、お互いに頷いてやがて女たちは紗の奥へいなくなる。それからクロロはまだ汗ばんで体に張り付いているシャツをうっとうしげに、首元を緩めてからことの次第を話し始めた。
「簡単に言えば、フィンクスがここの王位継承者の一人ということだ」
「簡単すぎるね。何のことかさぱりわからない」
「推測も交えて話せばフィンクスは王の息子の一人、で過去に王位継承問題を避ける為に捨てられたそうだ。正しい名はあいにくと部外者には話せないそうだが、兄王に反発する者たちが弟王であるフィンクスを探していたらしい。ここは王の宮殿だが、兄王の動向には十分に注意しろ、だそうだ」
「何だそりゃ」
呆れた顔をしたのも当然、流星街に捨てておいて何を今更、というところであろう。流星街に子供が捨てられるなどかなりよくあることであったし、それらは全て本当にくだらない理由だった。王位継承がどうの、と言われても所詮邪魔だっただけだ。クロロだけは相変わらず楽しそうだった。
「死者の書、どうすんのさクロロ。いっそオウサマのフィンクスに命令してもらって目の前まで持ってきてもらったらどう?」
皮肉たっぷりにシャルナークがそんなことを言ったが、クロロは首を横に振った。
「勿論盗りに行く。その前に一度フィンクスに会わないとな」
彼は立ち上がって特に誰に許しを得るでもなく勝手に部屋を出た。似たり寄ったりの構造はすぐにでも、迷子になりそうだが、人の気配をたどって行けばすぐにフィンクスの怒鳴り声が聞こえてくる場所にたどり着いた。
「だからやめろっつってんだろ!?ああ!?オレはクロロじゃねーから何言ってんのかわかんねーよ!!!」
そんな叫び声と共にフィンクスがカーテンの奥から飛び出してきた。勘弁しろ、という悲痛な叫び声はどこか必死で笑えてくる。
じゃらりと手首に重たそうな金の飾りをつけられて、エジプーシャの伝統衣装を着せられたフィンクスは、その姿がやけに様になっていた。ぷっ、とシャルナークは吹き出す。フェイタンもまたにやにやと目を細めて笑いながら「似合てるよ、オウサマ」とわざとらしくフィンクスに声をかけた。なおウボォーギンは指を指して腹を抱えて笑っている。
「うっせーぞ!!オレだって好きでやってんじゃねぇよ!!」
若干赤くなってるのは気のせいだろうか。腰のみの腰巻きは本来手で押さえるものではないだろう。だが彼は着替えの途中で飛びだしてきたようで、今にもずり落ちそうな腰巻きを片手で支えている。その様子が余計笑いを誘った。
「ほら、後ろで女の子が困ってるよ、戻ってあげなよ」
「オレのジャージを返せ!!」
シャルナークとフェイタンがフィンクスをからかっている間に、クロロはフィンクスの様子を困ったように見守っている女性になにやら話しかけていた。彼が一体どこの言葉を話しているのかはわからない。ただ、その女性は少しだけ頬を染めていたからなんにせよ彼の容姿は世界共通で通じるようだ。女性はいくつかクロロに何か腕輪のような物を差し出して、そしてクロロはそれを時折持ち上げてはじっくりと眺めていた。
「おいクロロ!!」
「フィンクス」
ついに切れたフィンクスが未だ何か話しているクロロに向かって怒鳴ったが、先ほどまで女性に向かって微笑を浮かべていた彼の表情は振り返った瞬間ひどく剣呑なそれになっていたからフィンクスは思わず続く言葉を飲み込んだ。
クロロはフィンクスのすぐそばまで近づいてから小さく誰にも聞こえないように囁いた。
「いいか、あまりここで逆らうな。悪いようにはされない。お前は今歴史の一部だ。暴れるな。オレたちは死者の書を盗りに行くが、お前はここへ残れ。フェイタン」
クロロは次にフェイタンを呼ぶ。彼はいつも細い目をさらに細めてクロロを見上げた。
「フィンクスとここに残れ。絶対にここでは暴れるな。シャルとウボォーとオレの三人でピラミッドに行く。繰り返すが絶対に暴れるな。団長命令だ」
「仕方ないね」
フェイタンは肩をすくめる。クロロが暴れるなと言ったからには彼は暴れないだろう。シャルナークとウボォーはお互い顔を合わせて首を傾げた。クロロが何をしたいのかさっぱりわからない。
「先ほどの部屋に戻るぞ。夜になったら出る。それまでに各自円で宮殿内の構図を把握しておけ。フィンクスとフェイタンは絶対に念を使うな」
「ちょっとクロロ!」
「あとで説明する。今は待て」
クロロはシャルナークの何か言いたげな表情を悟ってか、彼が何か口にする前に手で遮った。それから相変わらずというか楽しそうに口の端をあげてカーテンの奥へ消えてしまった。
2014/03/01