晴天の嵐

「ナミさん、何かあるのか。晴天でいーい気候だと思うんだが」
「風」

 と、サンジはよく晴れた空を見上げる。雲のいっぺんもない、雨の一滴も降りそうにない天気だった。
 だがそれに反応する声は弱弱しいが、言葉そのものに迷いはない。強い風が来る、と言い切ったナミは赤い顔を正面に向けるのだった。

「正面から強い風が__」
「ナミ、ちょっと失礼」

 繰り返すナミの表情と口調に違和感を感じたミズキは、サンジをのけて前に出る。そして自らの片手をナミの額にそしてもう片方を自分の額に当ててから「うん、だめだ」と言った。

「だめってどうしたいんだいミズキちゃん」
「ひどい熱だ。ナミ、立ってるのも本当は辛いんじゃないか?」
「病気!?」

 サンジはミズキの言葉に驚いてから、同じようにナミの額に手を当てた。よくよく見ればナミの顔は平常より赤く瞳は潤んでいる。とても普通とはいい難い。

「ナミ、お前ひどい病気だこれ以上無茶続けると死んじゃうよ」

 ミズキはグランドラインにおける未解明の病によって死んだクルーを見たことがある。船医は重苦しい口調でどうにもならないことをつげ、船長はそうして息を引き取ったクルーを追悼するほかなかった。
 新しい病気が生まれて、それに対する必死の努力があって、少しずつ未解明の病は治るものになりつつある。しかし船医のいない船ではどんなに易い病も恐ろしい病となるだろう。

「死ぬー!?!?!おいミズキ!!そりゃ一体どういうことだ!!?」

 ミズキの言葉にルフィは驚いて叫び声をあげた。

「どうもこうも今のナミはひどい熱だって言ってんだよ。それこそ普通の活動なんてできないぐらいのな」

 吹き抜ける風は、そんな船のごたごたを気にかける様子もない。本当にナミの言うとおり大きな風が来るのか、とても信じられはしないがナミが言うならばくるのだろう。
 ナミは手すりをぎゅっと握り締めて、ミズキの手を払う。

「邪魔しないでミズキ。これがあたしの私の平熱なの!」
「嘘付けそんな平熱あるもんか!」

 ナミの言葉にミズキが怒鳴り返す。ふらふらと重心定まらず、明らかに調子が悪いと見て取れるナミの様子にサンジも諌めるように声をかける。

「ナミさん、そりゃあビビちゃんのためなんだろうが、ナミさんが倒れちまったら元も子もねぇんだぜ?医者を探してみてもらったほうが____」

 もっともなことを言うサンジに、ルフィとウソップはいまいち現状の重大さをわかっていない様子で頷いた。

「だめよ!・・・・・ビビ、机の引き出しの新聞、見て」
「えっ」
「早く」

 ぎっとナミは睨むようにしてビビを急かした。その覇気に、ビビはわかったというほかなく、すぐに船室に入るとナミの言う引き出しの中から新聞を取り出したのであった。
 少しばかり角の折れた新聞は、まだ新しい。日付はたった三日前のものだ。ビビは記事を探す必要などなかった。引き出しを開いて飛び出てきた見出し、アラバスタ王国の名が飛び込んできたそれを手に取り、ざっと目を通してビビは悲痛な声を上げる。
 
「ビビちゃんどうした!?」
「そんな・・・・・まさか・・・・・」

 新聞は淡々と事実を綴ってくる。それが憎らしいほどであった。
 新聞はアラバスタ国王軍60万による制圧戦であったはずが、国王軍うち30万が反乱軍に寝返り形成が逆転したことをあっさりと告げている。これはもう制圧戦などではない立派な戦争である。一刻も早く、国に帰り戦争を止めなければ100万の国民が無駄な戦に身を投じることになるだろう。
 ビビは新聞をぎゅっと握り締めるとうつむいた。心臓がバクバクと早鐘を打つようであった。早く帰らなければ、でも船の速度には限界がある、そしてナミの病気。重なってくる条件はビビをひたすらに惑わせる。最良の選択肢がなんなのかわからなくなってくる。

「どうしたらいいのよ・・・・・こんなの」
「どうにもなんないんだなこういうのってさ」
ミズキ・・・・」

 ミズキはぽんとビビの肩に手を置くとほんの少し明るい口調で言った。

「いくつもどうにもならないことがあって、それら全部手を伸ばしたいのに伸ばせないんだよな。ビビはナミのことも気にかかってるからこんなに辛いんだろ」
「・・・・・・ミズキは昔似た様なことがあったの?」
「似たようなこと・・・・でもないんだけどさ。おれは魚人もとりたい人間もとりたい、両方とも一緒くたにしたいっていつも考えて考えて答えがでないから」

 魚人を取れば人が零れて、人を取れば魚人が零れる。その中間地点で何度も両者が共に暮らせる世界を考え続けていたミズキだったが未だに応えは出ないのであった。

「・・・そういう時はどうするの・・・?」
「今拾えるものを拾っちゃうんだ。目の前に魚人と人間とでいさかいがあるなら、まずはそこを治めちゃうんだ。世界中を全部見ても間に合わないから手の届く範囲のことを精一杯やるんだ」

 そっか、とビビはほんの少し笑ったのだった。

「ありがとうミズキ。答えが出た気がする」

 そう言ってビビは新聞を握り締めたまましっかりとした足取りで船室の入り口に向かう。まだまだ新しい取っ手をひねり外へ出れば、ナミとサンジが押し問答をしている最中だった。

「だから医者になんてかからなくて大丈夫よ!!こんなのちょっとした疲労だわ、寝てれば何とかなるに決まってるでしょう!」
「だがナミさん!40度なんて熱は普通じゃない。医者にかかってきちんと見てもらったほうが____」

 ビビは二人のやり取りを見ながら一つ息を吸った。

「これが、正しいと思うの」
「ビビがそう考えるならきっとそうだ」

 うん、とビビは頷いてから声を上げた。

「皆聞いてほしいの。人の船に乗せてもらっておいて勝手な話なんだけど、今私の国、アラバスタは大変なことになってるの。一刻の猶予も許されない。だからこの船を最高速度でアラバスタ王国へ進めてほしいの」

 誰もが無言の中、ナミだけが辛そうに笑った。

「当然よ約束したじゃない」

 ミズキはビビの後ろでじっと黙って話を聞いている。

「だったらすぐに医者のいる島を探しましょう。一刻も早くナミさんの病気を治してアラバスタへそれがこの船の最高速度でしょ」

 そうだ、この船はそれ以上の速度が出るはずがなかった。ビビの言葉に皆がにやりと笑い、サンジがよく言ったと言った。

ミズキ、私の言葉、間違っていると思う?」
「いーやおれにも大正解に思えるね。目の前にある拾えるものも拾えなきゃ、きっともっと大きなものなんて拾えるはずがないんだ」
「そうよね。今拾うべきはナミさんだわ。一刻も早く治さなきゃ、それが一番よね」
「ああ」

 ミズキは笑う。それと同時に内心ビビのその度胸に感嘆していたのだった。アラバスタ全土の国民を背負い、戦争を前にして、それでもなお取るべきものに迷いながら間違えることはなかった。今取るべき最高の選択肢を取れるビビは、きっとよい王女としてアラバスタを統べるだろう。ミズキにはその確信があった。

「ごめん、ビビ、ありがとう。そしたらみんな、まずは船を動かして、何か、来るわ」
「あいよまかせなナミさん!!ビビちゃんはナミさんを頼むぜ、船のことなら男共でなんとでもしてやるさ!」

 力強い声が響く。ビビはナミをつれて船内へ戻り、男達は船を動かす。左舷より風を受けるように帆を動かせば、ぎぎぎぎという軋む音と共に船は進路を変え始めた。それと同時に遠くに何か小さな黒い線が現れたのである。

「なんだありゃあ」

 ウソップの言葉に皆がそちらをみれば、その黒い線は見る見るうちに大きくなり、巨大なサイクロンとなって海を覆ったのだった。

「おいおい嘘だろなんだあの規模」
「あんなの海中にいてもひとたまりもないな」

すでに船はサイクロンから遠ざかるように進んでいく。ゾロとミズキがそのあまりにも巨大すぎる規模に呆れたような声をあげるのだった。

「ん?」
「どうした、ミズキ
「いや、見間違いかな、今向うに・・・・?」

 進行方向の波は背後とうってかわって静かなものである。風も穏やかに帆を膨らませて、船は少し大回りをしながらもアラバスタへ向かって進んでいる。
 ミズキはじっとその正面を凝視しているのだった。

「何かあんのか」
「ゾロ、望遠鏡かなんかもってない?」
「望遠鏡、どこにあったか、俺は持ってねぇな」
「ちょっと望遠鏡が必要だなあ」
「何なんだよ先に何があるっていうんだよ」
「いや、海の上に人が立ってるみたいでさ」
「はぁ?」



20160709

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