海に立つ人

 船室にナミを寝かせたあと、クルーはそれぞれの持ち場に戻る。見張り役であったゾロはマストに登って望遠鏡を覗いていた。ついでにすぐ横にミズキがいるのは、ミズキが進行方向に奇妙なものを見つけていたからである。

「おい」
「んー」
「海に、人が立てると思うか」
「魚人なら・・・いや海表面にと言う意味ならちょっと無理なんじゃねぇかな」

 ミズキは狭い見張り台の足もとに座り込み、あくびをしながらゾロに応えた。
 ちらちらと雪が降り始めている。このまま雪が激しくならなければいいが、とミズキは考えながら次のゾロの言葉を待っていた。

「いやどう考えても立ってる。お前も見てみろよ」
「んーー?」

 そこまで言われては仕方ないとばかりにミズキは立ち上がるとゾロから望遠鏡を受け取った。望遠鏡を覗き込んで焦点を合わせていく。ちらちら降る雪が邪魔だったが、やがてミズキはゾロが言っていたソレを見つけたのである。

 「・・・・立ってる・・・・な」

 静かな波。風もない海の上。そこにぽつんと人影がある。
 まるでピエロのような装束の奇妙な男はぴたりと静止したまま動かない。その部分だけ時が止まっているような奇妙な感覚さえ覚える。

 「どういうこっちゃ」
 「魚人にそういう術とかなんかねーのかよ」
 「ねーよ。水流には立てるけど水と空気の境界に立つってのはまたちょっと意味が違うんだって」
 「へぇ」

 そんな会話をしている間も男はただただ立っているのだ。進路をさえぎられているものだからこちらも停まらざるおえない。船長の停船命令に従ってゆっくりと船の速度が落とされ、凪の中にぴたりと停まった。双方向のにらみ合いが続く中、ミズキは水中に何かがあることに気付いたのだった。

 「あれみろ!!あれ!!水面に立ってるんじゃない!水中にある何かの上に立ってるんだ!!」

 ミズキが叫ぶと同時に船がぐらりと傾ぐ。

 「掴まれ!!!揺れるぞ!!」
 「なんだなんだぁ!?」

 ずん、という重い衝撃と共に、静かな波だけの世界に急浮上してきたその大きな塊は、メリー号を大きく後方へと押しやった。そこへとても船とは思えぬ半球体の物体が目前に現れる。頂上に帆がある以上帆船なのだろうがこんな帆船は見たことも聞いたこともない。
 ミズキは手すりに捕まって激しい揺れに耐えながら、現れたそれに目を奪われる。

 「まさか・・・船なのか?」

 ゾロの呟きにミズキは肩をすくめるのであった。
 わずか数秒の間を空けて、そのからくり仕掛けの球体から外表面が外れていく。ぎりぎりぎりという音が潮騒に混じって聞こえてきた。まるで船内に巻き込むように外表面がすべてなくなると、ようやっと船らしきものがそこに現れたのだった。甲板にずらりと並ぶクルー、そして掲げられる海賊旗。

 「ッ・・・!こりゃあ穏便に行きそうにないなぁ」
 「わーっはっはっは驚いたか!!!」

 ミズキが長柄提灯をぎゅっと握り小さくぼやいたとき、船全体に響き渡るような大声が聞こえたのだった。この忙しいときに面倒なものに遭遇してしまったものだ。ミズキもゾロも、これは簡単には終らないぞとため息を吐いたのだった。
 板を渡せ!乗り移れ!という怒鳴り声が響き渡る。太い板があちらの船からこちらの船へかけられて、どたどたどたっとあっという間にあちらの船の船員が乗り込んでくる。その間わずか数十秒、海賊と言うよりは軍隊として訓練されているのではないかと思うほど的確な動きには感心すれど、突きつけられた銃口はあまり喜ばしいものではない。

 「おめーら本当に海賊か?」

 くちゃくちゃとナイフに刺した肉をかみながら言う男は尊大な態度でそういった。いや違う、男は今ナイフごと肉を噛み砕いたのだ。

 「おえっなにそれ」

 いかにも痛そうな音がばりばりと響くのに、ミズキは嫌な顔をする。
 その男はメリー号の手すりに立ってじっとりとした目で船とクルーを見渡していた。麦わらの一味の少数さをいぶかしんでの言葉であったのだろう、やがてあくびをするとつまらなそうに言い切る。

 「まぁいいとりあえず聞こう。おれ達はドラム王国へ行きたい。エターナルポースかログポースを持ってないか」

 いまだばりばりとナイフを噛み砕く男に、サンジはふーと煙草の煙を吐きながら「持ってねぇしそういう国の名を聞いたこともねぇ」とはっきりと言い切るのだった。
 不遜な態度に兵の一人が「相手は国王様だぞ」と脅し銃を突きつけたがサンジはそ知らぬ顔だ。
 誰か一人でも動けば、すぐに銃撃戦が始まりそうな配置であるのに、麦わらの一味があっけらかんとしているせいで重苦しい空気はない。

 「はーあ、そう急ぐな人生を。持ってないなら仕方ねぇ、お宝とこの船をもらう」
 「い゛えッ!?」

 男はあくまで超然と悠然と立ったままそんなことを堂々と言ったのだった。

 「だがその前に小腹がすいてどうも・・・・・」

 と男が言った瞬間だった。男はあろうことかメリー号に噛み付いたのである。
 ばりばりばりめきめき・・・・
 無残な音を立ててメリー号にひびが入りむしりとられ、男の口の中へと吸い込まれていく。信じられないその光景にあっけにとられていた時間はわずか。

 「おれたちの船を食うな!!」
 「貴様動くな!ワポル様はお食事中だ!!」
 「うるっせぇ!」

 ごん、という音と共にルフィは自分に銃を突きつけてきていた相手を遠慮なく殴り倒す。兵たちの間にざわめきが走る。
 
 「まーそーなるよね」
 「おいミズキ狭いからお前おりろ」
 「へいへい」

 マストの上で、毛布に包まったゾロとミズキはぱっと被っていた毛布から抜け出し、ミズキはあっという間に兵隊の銃の下を潜り抜けてマストから飛び降りたのであった。
 ひゅ、と風を切る音が気持ちいい。
 ミズキは下りると同時にその長柄でウソップを囲んでいた銃兵の足を払う。石突が足を切って、切られた兵は悲鳴を上げて転げまわった。
 銃声と悲鳴が響き渡るが、狭い空間では銃は少々もてあまし気味のようで撃ちたくともフレンドリファイアを畏れて手が出せない兵も数多くいた。乗り込みすぎなのだ。

 「格好は結構だけど中身がつりあわないんじゃあなぁ」

 ミズキに向けられた銃口、それを仰向けにのけぞることで避けてから相手の顔面に肘鉄を食らわせる。がっ、と骨の折れる音がしたが、気になどしない。何せ相手は海賊旗を掲げた海賊だ。しかも乗り込んできてのこの所業、簡単に許されるものではないだろう。
 ミズキたちが戦っている間も、ワポルと呼ばれた男は何の気なしにばくばくとメリー号を食べ続けている。一体どんな体の持ち主なのか、だがそんな未知のものにも恐怖一つなく、ルフィは一直線にワポルに駆け寄った。

 「これ以上おれ達の船を食うんじゃねー!!!」

 ワポルは感心なさげに渋々と振り返る。目前にはルフィが迫っており、普通なら驚いてもよいところだがワポルは驚くことなくがぱっとその大きな口を開けたのだった。

 「いっ!!ルフィ!」

 ミズキが叫ぶが時すでに遅し。ばっくりとルフィは伸ばした腕を伸ばしてワポルの口の中に納まってしまったのである。だが相手はゴム、どうにも噛み切れぬとワポルがもごもごと口を動かしている間に、ルフィの伸ばした両腕が見事にワポルの体を吹っ飛ばしたのであった。

 「ワポル様ー!!!!」

 口々に兵から悲鳴が上がる。どうやらワポルはバクバクの実の能力者のようで、カナヅチらしく兵たちの慌てようは尋常ではない。メリー号に乗り込んでいた兵は統率された動きであっという間にワポルの船に乗り込むと、船は遠ざかっていったのだった。

 「なんだったんだあいつら」
 「あの顔・・・・どこかで・・・・」

 皆それぞれの場所で呆れ顔であったが、唯一ビビだけは思案顔で、考えている様子だった。

 「どうした?ビビ」
 「え、ええなんでもないわ」

 ビビの中ではまだ確信に至らぬことなのであろう、手を振って誤魔化すと再びナミの様子を見に船内へと戻っていく。

 「にしてもへんな連中だったな。ドラム王国だっけ、近くにあんのかな」

 ポツリと呟いたミズキの言葉に返答はない。










 夕日が沈んでいく。海が真っ赤に染まって、雪と相混じり大層美しい風景を作り出していたが、心配の種は消えない。
 いまだ熱の下がらないナミを囲んで、どうにも手出しできないことに悶々と過ごす中、ルフィは様々な提案をしてくる。だがそのどれも病人向けのそれではない。

 「ミズキちゃんは医学はだめかい」
 「いやぁ・・・・俺はだめだねおれだって風邪引いたことないもんよ」

 精々医者にお世話になったといえば、といいながらミズキは座ったまま、左足のズボンの裾をめくるのだった。

 「えっ、どうしたのミズキさん」
 「なんだいそりゃあミズキちゃんひでぇ傷跡じゃねぇか」

 うん、とミズキは頷く。

 「いつもは隠してるんだけどさ、一度海の中にいるときにクラゲに巻きつかれて死ぬ寸前までいったことがあんだよねそのときの」

 あの時は死ぬ直前だった、とミズキは笑う。今でこそ笑える話だが当時はそりゃあもうとんでもないことだったのだろう。
 傷は残ったが、後遺症はないというミズキにそりゃあよかった、とサンジは言った。

 「ナミさんの病気もそうだが、こんな高熱じゃあ後遺症が残るのも怖い。一刻も早く船を進めなきゃあならねぇが・・・・」
 「ええ、夜の航海はナミさんなしではとても危険だわ、そろそろ停泊する場所を見つけないと」
 
 ビビはナミの額に乗せたタオルを変えながら言う。

 「ならおれやってくるわ。この辺浅そうだし、ちょいと潜って場所探してくるよ」
 「ああ、悪いなミズキちゃん」

 サンジの言葉が部屋を出て行くミズキの背を追う。

 「彼海に詳しいのね」
 「ああ、ビビちゃんは知らなかったっけか。ミズキちゃんは今は男の姿だけど、実際は魚人の女の子なんだよ」
 「ミス・ホリディの騒動はそのことだったのね。でもミズキさんもアラバスタに行けば元に戻れるかもしれない」
 「えっどういうことだいビビちゃん」」



20160722

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