森の中

 ぷるるるる、ぷるるるると電伝虫が鳴く。この連絡はサンジとミズキにあてられたものではない。ここに本来いるべきの誰かに向けられたものだ。
 ミズキとサンジは一瞬顔を見合わせてから、頷いた。ミズキはぱっと外へ向き、それとほぼ同時にサンジが受話器を手に取る。沈黙のまま電話口の相手を待っていると、やがて無音の向こうから低い声で応答があった。
 

 ミズキはこの連絡を、相手の素性をつかむまたとないチャンスであると考えていた。王下七武海が一角、サー・クロコダイルがバロックワークスに君臨することはわかっていても、まだありとあらゆる謎は残されたままだ。バロックワークスより差し向けられた刺客の数も、ビビの話を信じていないわけではないが、さらなる目的がクロコダイルにはあるのではないかという勘繰りも。
 ミズキとサンジはこの蝋でできた隠れ家がバロックワークスからの刺客のものであることはほぼ確信していた。とすれば、受話器をとって相手の懐に踏み込むしかない。ナミとウソップが消えた理由も、刺客の手による可能性が俄然強まってくる。
 ふと、ミズキが立っている場所と反対側で、鳥の羽音が聞こえた。明らかに巨大であろうそれに、ミズキはぱっと身を翻し、地面を蹴って静かに屋根の上に上る。足音を立てぬようにゆっくりと扉とは反対側に回り込むと、窓際にちょこんと立つのは巨大なハゲワシとラッコであった。どこかで見たことがあるな、と記憶を掘り起こしその記憶にたどり着いた瞬間ミズキは長柄を振りかぶった。
 窓際にて、小屋の中を覗いていた二人は、戸の影に隠れるような形になっていたミズキのことは気づかなかったようで、彼らが今まさに飛び立とうとした瞬間に遠心力の勢いも加算された長柄の先端が叩きつけられ、二人はそろって地面に転がることになる。

 「なんだっ!?」

 ミズキは屋根からすぐに降りて窓越しにサンジに電話を続けるように合図をした。だが今ので確実に会話がつながらなくなったはずだ。サンジが再び受話器に向き合うのを横目で見ながら面倒なことをしてくれたと思う。

 「ミズキちゃん!」
 「ん。終わった?」
 「ああ、だが怪しまれた。多分バレてんな。恐らくここへ刺客が来るはずだ。できる限りナミさんや他の野郎どもを見つけてこの島を出よう」
 「まったくもって賛成」

 ミズキは近場にあった蔦を使ってMr.13とミス・フライデーを縛り上げてしまうと屋根の上に放り上げる。所詮ただの時間稼ぎにすぎないがやるにこしたことはない。
 
 「さて、この島を探すなんてそうそう簡単にはいかないけど、どうする?」
 「どうもこうも、やるしかねぇだろうな。もしかしたらみんなもう捕まってるかもしれねぇぞ。野郎どもはともかくナミさんを早く助けにいかねぇと」

 ひとまずサンジの「野郎どもはともかく」という言葉はおいておいて、サンジの言うことは正しい。ルフィやゾロの方向感覚は宛てにならないが、ビビやナミがいながら誰も船に戻ってこないというのは少し状況がおかしすぎる。確かにこの島には奇怪な動物がわんさかといるが、動物に追いやられて船に戻れないなんてことは少々考えにくいことだった。何せこの島にいる動物は積極的に人を襲うほど凶暴ではなく、むしろ人を見たことがないような反応をするのだからよっぽどへんなちょっかいをかけない限りは襲ってくることはないだろう。つまり、このことを考えると今ここにいるミズキとサンジを覗いて残りのメンバーはすでにバロックワークスのエージェントに捕まっている可能性がもっとも高いのだった。
 サンジもこの蝋でできた小屋を見たあたりからその可能性は想定していたのだろう。ふーっと長い息と共に改めて火をつけた煙草の煙を吐き出して、少し強めにそれを踏み消すのだった。
 もしも仲間が捕まっているとしたら、ミズキは仲間一人ひとりを探すのではなく、逆に敵であるならばどこに陣を作り捕虜を捕らえておくかに思考をシフトする。
 
 「火山のふもと」
 「こんな頻繁に噴火する火山の根元じゃあ危険すぎるだろ」
 「どっかの洞窟」
 「火山島じゃ洞窟ができるようなところはまず火山があるな」
 「森の中」
 「こんなところじゃ味方が迷う」
 「そもそもこの二人が伝えたのって多分おれら二人は入ってない」
 「おう」
 「とすると敵は」
 「おれたち全員をもう捕まえたと思っている可能性があるってことだ」

 敵襲を考えるならばあえて森の中に陣地を敷設することは有効かもしれないが、恐らく敵はすでに麦わらの一味を全員捕らえているはずだ。とすれば、わざわざ見通しの悪い森の中にとどまる必要もない。もっと開けていて、かつ火山などの影響で捕虜が逃げ出さないような場所、それは各火山からある程度離れた、木の生えていない空き地のような場所になるはずだ。
 ミズキとサンジはすぐさま見える限りの火山を探した。島の中央とそれから島の端にそびえる火山は今も相変わらず噴火を続けており、緩やかではあるが岩を吐き出し溶岩を少しずつ垂れ流している。溶岩が流れるのとは逆側、かつできる限り各火山から離れた場所を探せばその場所はおのずと絞られてくる。

 「よし、ミズキちゃんは先にそっちに向かってくれ。おれは一旦船に戻って、異常がないか確認してからそっちに向かう。もしかしたら全部おれたちの杞憂かもしれねぇからな」

 にやりと口の端をあげたサンジは、自分でもそんなことはないと思っているのだろう。だが同時にたどり着いて罠にはまるよりは、敵がまだ自分たちのことを把握していないうちに奇襲をかけるしかもそれが違うタイミングでならなお立ち回りが楽になるはずだ。
 お互い気をつけて、と言うやいなや二人は別々の方向に走る。
 蔦と生い茂る葉が垂れ下がる木々の間に身を滑り込ませたミズキは、顔に葉がぴしぴしとあたるのも気にせずに一気に目指す場所まで駆け抜けた。途中敵の動向に気をつけはするが、ほとんど人の気配のない森の中だ、音が立つのも気にせずに枝に捕まり蔦に飛び乗り軽快に歩を進めていく。
 時折木の間から太陽の位置を確認しながら火山をぐるりとめぐるころ、ふと聞きなれぬ人の声を耳にしてミズキはぱっと足を止めた。そして一瞬だけあえて大きな音を立てながら元の道を戻り、今度は静かに人の声が下方へと近づいていく。
 声はそれなりに遠い。この距離ならば下栄えをかきわけ枝を折る音は他の音にまぎれて消えたはずだ。仮に何かが近づいてきていることがばれたとしても、一旦元来た道を戻ったことで何がしかの動物と思われたであろう。耳を潜ませ、ぬかるんだ泥を顔に塗りつける。正直この髪が一番目立つので、落ちていた枝を頭に乗せてそろそろと近づけば、予想通り森の中の少し開けた場所に麦わらの一味と恐らくはバロックワークスのエージェントであろう人影が見えた。
 



 巨大なケーキのようなものに捕まっているのが三人。ゾロとビビとナミで、残りのルフィ、ウソップ、カルーは黒焦げになって倒れている。エージェントは頭に3を乗せた男が一人、帽子を被った女が二人、それからウソップの上にのしかかっている男が一人である。四人のエージェントのうち二人は話に聞いたが残りの二人は見たことがないから、あの二人のうちのどちらかが恐らく海岸沿いの森の中に蝋の小屋を建てたのであろう。恐らくは能力者、いや全員が能力者である可能性が高かった。
 ミズキはサンジが来るまで様子見に徹するか迷ったが、ゾロの足首に傷があること、それからウソップにのしかかっている男がすっと手を上げたのを見て下栄えの中から一気に飛び出したのだった。
 
 「魚人空手_____百 枚 瓦、 正 拳!!」

 人の身体は厄介なもので、その肌は魚人ほど水の流れを感じ取ってはくれない。しかしそれでも身体が覚えている。人の身体で撃てば段違いに腕に負担をかけることはわかっていたが、この距離でウソップを助けるにはこの方法しかないのだ。
 突如森の中から現れた人物に、四人のエージェントは一瞬動きを止めた。ウソップの上に乗っていた男が即座に腕をミズキの方に向けるが、すでに放たれた振動が四人に届く方が早い。一瞬の間を空けて、突如襲った衝撃は、四人のエージェントを弾き飛ばすには十分の威力を持っており、それはミズキから一番離れたところにいたMr.5を吹き飛ばしたほどである。
 ぴしりと、身体の中で崩壊する音が聞こえた気がした。正拳を撃った右腕がひどく痛み、眩暈に膝を突きそうになるが、ミズキはそんなものよりもよっぽど痛いものを知っている。この程度、耐えられないはずがないと唇を髪、右腕は動かせる限り自然に長柄に添えて、ぎっと四人のエージェントを睨み付ける。

 「ウソップ!逃げろ!!!」
 「・・・逃へる、もんは!!ほいつらはなぁ!(逃げるもんか!こいつらはなぁ!)」
 「ああ!?わかるか!!」

 ひゅうっという風を切る音に顔を上げれば、ミズキの真上にミス・バレンタインがいる。ふわりと浮いた姿はまさに宙に浮いていて、ミズキはぞわりと背筋に寒気が走るのと同時に地面の上を転がった。ドッ、と恐ろしく重い音がミズキの背後から聞こえぞっとする。何かとてつもなく重いものが落ちたのだ、それも恐らくはミズキの力では支えきれないほどの重さのものが。
 ミズキは転がった勢いのまま足を止めずに前へ踏み出し、迫り来るもう一人のエージェントに向かう。

 「ミズキ!!そいつの筆に触れるな!!」

 相手がただの絵筆なら、と目前に迫った筆を手で受け止めようとしたが、ゾロの言葉を聞いて反射的に身をよじった。筆からこぼれる絵の具の全てを避けきれずともミス・ゴールデンウィークの筆そのものはよっぽどのことがない限り回避は可能だった。まるで動きは素人の、彼女の腕を避けて、それ以上攻撃してこないのであれば用はない。すれ違い様、足を引っ掛けてやれば頭から地面に突っ込んだミス・ゴールデンウィークを無視し本命の残り二人のエージェントに向かって走る。
 Mr.3はすでに何らかの能力を行使しているのか、ミズキが迫ってもほとんど動きはなかったが、Mr.5の立ち上がりは早かった。ちょうどその足元で立ち上がろうとしていたウソップを蹴りつけ、もう一度地面に沈めてからミズキに向かって"何か"を発射したのである。小指の先よりも小さなそれが何か、ミズキは遠くからではまったく判別がつかなかったため、顔を掠めるぎりぎりで避けたときそれは爆発したのである。

 「・・・っうわっ!!」
 「ミズキ!!」

 一瞬きぃんと耳が激しく鳴って、熱が頬を焼く。爆弾だと理解したときにはすでに遅く、身体がぐらりとかしいだ。倒れることはかろうじて避けたけれども、頬が熱い、左腕が熱い。耳近くでの爆発のせいでほとんど音が聞こえなくなってしまった左耳の代わりに右耳が近寄ってくる足音を拾って、ミズキはぱっと顔を上げる。硬い靴のソールが目の前に迫っていた。

 「っこのっ!!」

 左腕を伸ばせば焦げて引きつった皮膚がひどく痛んだが、右腕のように内部の筋肉までは損傷してはいない。Mr.5の蹴りを長柄ではじき、拳を顔すれすれで避けて、代わりに手の中で回転させた長柄の一撃をくれてやる。遠心力を伴った長柄の一撃はとても重く、Mr.5も手で払うことができなかったようで、彼の動きを止めるに至ったが、それも一瞬のことにすぎない。代わりにMr.5の指先から零れ落ちた爆弾が再びミズキの顔のすぐ近くで爆発した。

 「うアッ・・・!!」

 四対一なんてとてもじゃないがミズキには適う宛てはない。だがこうして敵の目をひきつけている間に、四人のエージェントの目がこちらに向いている間に、ウソップが身体の影で何をしているか誰一人として見てはいないのだ。




2015.08.13

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