奇妙な島の奇妙な蝋燭

 「正直な話こんな奇妙な島は見たことがねぇな」

 口にくわえたサンジのタバコからぽっかりと煙が浮かんで消えていく。
 見慣れない植物と動物が山ほどいるここは、グランドラインの中でも非常に特殊な環境であるのかもしれなかった。そもそもグランドラインの動植物というのは、変化の激しい各島に完全に適応し生活をしているか、もしくは常に移動を繰り返しているかのどちらかに別れる。そしてその島にしか存在しない生物というのは非常に稀で、大体の場合近くの島に近縁種が生息していることが多かった。この海を航海するものだけでなく、生物にとっても生きることは命がけの海には違いなかった。彼らはその生存戦略として常に移動するか、島ごとに適応しつつも根源的な性質は同一な種を別の島に残すことで生きながらえているのである。だから、余計に今まで見たこともない生物がこの島に山ほどいるというのは奇怪極まりないのであった。

 「おれもとにかくいろんな本を見たことがあるが、こんな食材であったこともねぇな」
 「おれもこんなの見たことないわ」

 よくこんな巨体を蹴り倒したな、とミズキは思いながら道をふさぐように転がる巨体を見上げるのだった。分厚い皮膚、三本角の生えた頭。グランドラインにはまだまだ未知の種が山ほどいることは確かであり、さぐれば山ほど出てくるものがあるに違いない。世界政府は、ありとあらゆる海を代表する科学者を集めて様々な研究を行っているが、その中には各島の生物調査も含まれているという。だがそれですらまだ半分も終わっていないというのだから、グランドラインは途方もなく広くそして未知と恐怖にあふれた世界なのだ。

 「まぁグランドラインだからね」

 ミズキの発した一言で全てが解決されてしまうほどに、まだグランドラインにはわかっていないことがあふれている。いまさら新しいものにおびえていてもしょうがあるまいとばかりのミズキの言葉に、サンジはちげぇねぇと笑った。
 
 「っとそこでだ。おれは一旦船に戻ってこれの調理の仕方を考えようと思うんだが、ミズキちゃんはどうする?ミズキちゃんも島の探索に出るなら弁当作るぜ?」
 「島の探索に出るっていうか、さっき船に戻ったらナミもルフィもいなくてさぁ」
 「はぁ!?」
 
 サンジはぽかんと口を開けてかっと目の色を変えた。

 「そりゃあつまりナミさんがピンチってことじゃねぇか!んナミすわぁん!!待っててね、白馬の王子が今行くよー!」
 「いや襲撃にあったなんて一言も言ってないから」

 サンジが今にも踊りだしそうなのは今に始まったことではない。ミズキは冷静にサンジをその場にとどめてから(そうでもしなければあっという間に島の奥へ消えてしまいそうだった)、船から二人が消えるまでの経緯を簡潔に話す。
 そもそも三人が消えてしまったことで奇妙なのは、ナミもウソップもこんな島を一人で出歩くタイプでもないのに、襲撃の痕跡もなく消えてしまったことである。いっそ原住民がいたという方が説明としてはわかりやすいのだが、彼らが自分の意図で船を降りたのだとしたら何を目的にしているのかさっぱりわからない。
 サンジもミズキの説明を一通り聞いて、やはりミズキと同じように首を傾げるのだった。
 
 「確かに、ナミさんもあの長っ鼻も何もなけりゃあメリー号から動かねぇだろうしな。まぁここで話してても仕方ねぇ。一旦船に戻ろうミズキちゃん。これを船にもって行きたいってのもあるが、もしかしたらこの島には何かがいるのかもしれねぇ」

 だから万一のことも考えここで二手に別れて捜索に向かうのはやめよう、というサンジの言葉にミズキは同意する。ミズキとてどの道捜索は必要だとは思っていたが、見ず知らずの島、そして二人が消えたことからどうも自分たち以外の(かつここにいるような動物以外の)何かがいる可能性が出てきた以上、一人で動き回ると対処できない可能性については考えていた。サンジの言葉に一気に緊張感が増したわけだが、かといってここで考えこんでいてもしょうがない。
 二人はひとまず仕留めた奇妙な動物を抱えて、ミズキが辿ってきた元の道を通り船に戻った。この間に誰かが帰っていればよかったのだが、相変わらず空っぽの船はこの島にあっては不気味であった。
 サンジは甲板の上にシートを引いて運んできた獲物を乗せると、さらにその上にもう一枚シートをかぶせて風に飛ばされないように固定する。船底に置いた方がいいのだが、うっかり臭いをかぎつけた海獣類に船底ごとがぶりとやられてはたまらない。鳥に持っていかれたなら仕方ない、と言いながら新しい煙草に煙をつけた。

 「たとえこの島に人がいたとしても、恐らく船を盗むことが目的じゃあねぇだろうな。原住民ならなおさら船は資材として役に立つにせよ、これで航海に出ようなんておもわねぇはずだ。見張りがいなくても大丈夫だろ」
 「それよりも森の中か」
 「おう。なんせこっちは方角もわかんねぇからな」
 「よし、ならひとまずは川沿いに歩いてみるか」


***


 くるりと輪を描いて煙が消える。ほとんど風もなく、サンジの煙草がじりじりと一本燃え尽きた頃、二人は河口まで辿りついた。

 「奇妙なもんはなんもなし」
 「時折地鳴りがするばかりってね」
 
 歩いているうちに何度か地響きと小さな地震に遭遇し、慌てた二人であったが、どうもここは火山島らしい。小規模な噴火が頻繁に繰り返されているのは二人の目に映る遠くの山が火を噴いていることからも明らかで、いまさら気にもならなくなってしまった。ひときわ大きな噴火が起きたときに、人の声を聞いた気もするが、それが耳鳴りなのか二人には判別がつかなかった。

 「次はひとまず海岸線沿いか。おおよその島の大きさと形がわかりゃ迷子にならなくてすむだろ」

 まず一つは方角、それから距離がわかれば簡単な地図は描くことができる。グランドラインに磁力は使えないが、それならばこの島における固定された方向というものを決めてしまえば、それを基準にすることは可能だった。サンジもミズキも、曲がりくねった川に沿って歩きながら歩数を数えていたため自分の歩幅を使って計算すれば船までのおおよその距離がわかるという仕組みである。ナミならばもう少し正確に地図を書けるのだが、コックと戦闘員にはこの程度で描ける簡単な地図で十分であった。
 サンジとミズキは互いの歩幅と歩数から距離を計算し二人同時に口にする。数メートルずれはあったが、誤差の範囲に違いない。川沿いの船の距離、向きを変えた際の方角これさえわかっていれば、あとは島のどこにいてもおよそ戻るべき場所は見えてくる。
 道に覆いかぶさっている木々のせいで幾分身をかがめなければならなかったサンジは、開けた海岸線沿いで大きく伸びをして新しい煙草に火をつけようとした。

 「シッ!」

 ミズキが火のついた煙草の先端を切り落とす。長い得物であるから、ほんの少し振るだけで得物の先端にかかる力は相当なものになる。今まさに煙が沸きあがろうとしていた煙草はきれいに先端を切り落とされ、地面を転がり川に落ちてじゅっと小さな音を立てた。
 サンジはミズキの動きにただならぬものを感じ、ミズキがそれ以上言うまでもなくぱっと身をかがめる。

 「ミズキちゃん、どうした」
 
 声を潜めたサンジに、ミズキも身をかがめたまま、今まさに通ってきた森の方を指差したのだった。
 人の気配はまったくない。最初は何も見えなかったが、よくよく目を凝らせば、樹の間に白い奇妙な人工物があるのが見えた。縦に縞模様が入っているおかげで影ができ、木々の間で擬態をしているものの、その白は自然のものではない。聞こえる音は火山の噴火か、それかここにいるうちに聞きなれた鳥と猿の鳴き声ばかりで人の話し声もなかった。おかげで完全に見過ごしてしまっていた。

 「どうする?」
 「そりゃあ行くしかねぇだろ。真新しいあんな建物、ありゃあ昔からこの島にあるもんじゃねぇだろうな」

 人はいないとはいえ、もしも監視電伝虫がいたとすれば全て相手方に筒抜けになる。もしも相手がこちらに気づいているのなら、それなりに反応を見せるだろうが、今のところ一切その気配がないので今はあの建物は無人なのかもしれなかった。
 サンジとミズキは二手に分かれて建物を挟み込むように周り込んだ。ミズキはそのまま海に出る降りをして、その肺活量を生かし川にもぐり、サンジは海岸線沿いよりふっと森の中に入ってそちらから建物に近づく。お互い建物をはさんだところで目配せし、ぱっと入り口から中に入ったが、やはりそこには誰もいなかった。
 一人か、せいぜい二人分のいくつかの物が転がっているばかりの部屋は狭い。真っ白な壁はつるりとした独特の手触りを持っている。

 「・・・・蝋・・・?」
 「ああ、火をつけたらよく燃えそうだ」
 
 サンジは蝋独特の臭いに少し顔をしかめながら、部屋の中央の机に置かれた電伝虫を見た。

 「普通の通話用だな。監視用はなし。誰かがここにくることは予想外だったってことか・・・・?」
 「しかもすっごく最近建てられた感じ」
 「いつごろかわかるか」
 「それこそ今週とかじゃない?」

 ミズキはサンジが中を調べている間、外をぐるりと見張りながら、地面を見た。蝋の建物の下敷きになり、葉の先端をちょこんと覗かせるばかりの下栄えは、完全に押しつぶされはさまれているというのにまだ緑を保っている。もしかしたらもっと最近なのかもしれない。偶然、自分たちと一緒にこの島に来た、という可能性よりも、自分たちを追ってこの島に先回りをしてきたという方が、ありえる可能性だ。

 「・・・・・ってわけなんだけどどうよ」
 「・・・・ミズキちゃんの話はもっともだな。ってことはこりゃバロックワークスの刺客と考えるべきか」
 「これが何を目的に建てられたのかはわからないけど、壊す?」
 「いや」

 サンジは一瞬考えてから、ミズキの言葉に首を横に振る。

 「場所を良く覚えておくのと、この中をもう少し調べるだけにしよう。まだここのことを気づかれてないって先手を打てるしな」
 「そだね」
 「ミズキちゃん、外見張っててくれないか?おれはもう少し中を調べてみる」
 「了解」

 その時、ぷるるるると電伝虫が鳴いた。




2015.08.13

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