悪魔の子の囁き

「全く・・・・人が悪いぜ。侵入者なら早く行ってくれねぇと」

「おれもさっきまで全然気付かなかったんだよ」


サンジは慣れない銃を持って、そしてミズキはいつもの長柄武器を構えて、見知らぬ侵入者に対し臨戦態勢に入った。二人が窓越しに見慣れぬ帽子を見つけてからの動きは早く、ようやく開ききった扉が壁にぶつかって今、閉まる。明け方の霧はまだウイスキーピークを包み込んでいたが、海上はどこまでも青空が広がっていた。風を受けて帆が広がり、船は緊迫した甲板の空気などものともせずに進んでいく。そんな中で侵入者はくすりと笑って首元に宛がわれた長柄を見た。
ミズキの長柄武器の先端、石突部分には扇状の刃が仕込まれている。使い慣れたミズキにとってはナイフと同じようなものだが、慣れないものが触れば先端の刃に気付かずに人を傷つけてしまう。だからミズキはあまり人に長柄を触らせたがらなかった。
先端を侵入者の肌ギリギリに、触れるか触れないか程度で構えていたミズキだったが、次の瞬間ふいに視界と長柄が回転して甲板に叩きつけられていた。


「あら、物騒なもの向けないでくれる?」


声は女のもの。受身を取りそこなったミズキは星が飛び散る視界をなんとか頭上に向ける。


「ふふっ、あなた男の子だったの?」

「・・・はっ?」


揺れる視界は一瞬、侵入者の女のそれと交差した。そのとき女は少しだけ笑んでそれから奇妙なことを言うのだった。首を傾げてから、女は笑う。そしてミズキがまだ何も言わないうちに勝手に否定をして、話を続けた。


「いいえ、以前あなたの写真を見たことがあったから」

「以前?」

「ええ、魚人海賊団それからタイヨウの海賊団・・・だったかしらね」


ミズキ自身はかつて魚人海賊団とタイヨウの海賊団に所属していた頃、戦闘要員ではなかったために懸賞金がかけられることはなかった。だが後ろの方でちょこまかと動き回る姿が誰かの写真の後ろに入ったと騒ぎになったのだけはよく覚えている。
(あれか・・・・)
しかしよくそんなところまで調べたものだ。自分が麦わらの一味に入ったのは本当につい最近であるし、そもそも麦わらの一味の名などグランドラインではまだほとんど誰も知らないだろう。


「情報収集は得意なのよ」


そんなミズキの疑問に答えるかのように女は勝手に口を開いた。先ほどから何もしていないのに進む会話にイライラしてきたのはミズキだけではないだろう。正確に言えば、会話の主導権を完全に女に握られているために、女はおおよそミズキたちが何を考え何を言おうとしているかを把握しているのだ。女の頭の回転が速いというのもある。


「どうなってんだよ」


ミズキは苛立ちも露にすぐ近くに居たゾロに問いかけたが、彼もよくわかっていないのか「さぁな」という返事しか返ってこなかった。ゾロが手を差し伸べてくれたので、それに掴まって立ち上がってみたものの、受身を取れなかったダメージはなかなかに大きい。寝違えたときのように痛む首元を押さえながら、ミズキはそろりと足を動かして転がった長柄に近づく。
サンジはどうやら侵入者が美しい女性だったことに気付いてこれ以上戦力にはならなそうだ。今甲板にいる面子で現状を最も把握しているのはビビのようだが、彼女は彼女自身の何かと戦うように唇を噛み締めたまま顔を上げようとしない。


「あなたが、麦わらの船長ね・・・モンキー・D・ルフィ」


女がそういうと同時に、ルフィの被っていただけのはずの麦わら帽子がぽんと勝手にとんでいって女の手に収まった。一瞬、彼の背から何かが見えた気がしたが、若干ぼやける視界ではそれが何かまでは正確に把握できなかった。


「悪魔の実の能力者かっ・・・・!」


こんなときに厄介な、と思うが仕方あるまい、ミズキは片足だけを器用に使って転がっていた長柄提灯を蹴り上げると柄を今度こそしっかりと掴み直した。


「少数海賊に護衛される王女、巻き込まれてBWに狙われることになった海賊さん・・・・どちらも不運でしかないわね・・・・でも何よりの不運は」


女は自分の帽子の上にさらに麦わら帽子を被せるように乗せた。ルフィは女が言うことよりも自分の麦わら帽子が盗られたことにご立腹のようだ。だが、肝心なのはそこではなく続けられる女の言葉の方だ。


「・・・・・あなたたちのログポースの示す進路、ね。その先にある土地の名前をご存知?」


ミズキを除く全員が一斉にナミの方を見たがそんなこと知るはずもない。唯一ミズキだけはグランドラインで行きたい島に行くことがどれほど難しいか知っていたから、黙って女を見つめ、それから「知るわけないだろ」と言い放ったのだった。


「そう、残念ね。その指針が示す先にある島は"リトルガーデン"。そこであなたたちはアラバスタにたどり着くこともクロコダイルに会うこともなく全滅するでしょう。その困難を知ってなおつっこむのも馬鹿な話」


女はそういうと手元の何かを弾いてビビに投げてよこした。それはアラバスタの一歩手前の島を示すエターナルポースで、ビビは表情を変える。全員の視線が一瞬、エターナルポースに移った間に、上から見下ろしていた女は消えていた。ミズキが慌てて舷側に駆け寄り海を覗き込むと、大きな亀が悠々と船から去っていくところであった。


「くっそ・・・・!!!」


敵か味方か、それともそのどちらでもないのかわからない振る舞いをする女に困惑させられる。ビビはエターナルポースを手に持ったまま動かず、じっと下を向いて何かを考えているようだった。
(そりゃそうだ。エターナルポースさえあればこの船は確実にリトルガーデンではない別の島に行ける・・・・だけどあの女が真実を言ったのかはわからない。)
次に行く島が実は何もない島なのではないか、本当はBWが先回りして待ち構えているのではないか。
少なくともミズキには女が嘘を言っているようには見えなかったが、今までそんな人間は沢山いた。自分の直感を信じないわけではないが、それでも所詮勘なのだという思いは振り切れない。これからどうするかで荒れるだろうと思い、ミズキはとりあえず頭を整理して落ち着きエターナルポースを囲む輪の中に入ろうとした。

その瞬間。

パリィン、と良い音と共にエターナルポースが割れた。球体を守るための木の囲みごと丸々壊されたエターナルポースはルフィの足元に転がる。


「は、」


さすがに全員が口をおっぴろげてルフィを見つめたが、ルフィはそれに怯む様子もない。


「この船の針路を決めるのは、おれだ。あんな奴、知らねぇ」


要するに麦わら帽子を奪われたことがいたく不愉快であったということなのだろう。そこに心理的駆け引きの余地もないことにミズキは呆れたし、船の進路を預かる航海士であるナミは怒り狂っていた。だがビビは、まるで救われたかのように穏やかな表情をしている。


「なぁゾロ。ルフィにとっての麦わら帽子って一体何なの?」

「さァな。大層大事にしているが、おれだって知らねぇよ。おれがあいつに会ったときにはもう被ってたんだからな」

「あっそ。全く立派な船長さんだな」


船の針路はルフィがエターナルポースを破壊してしまったことによりリトルガーデンただ一つに決まってしまった。過去をぐだぐだ言ったところでどうにもならないものはならない。サンジは朝食の準備にキッチンに再び戻り、ナミは何度も溜息を吐きながら再びログポースに目を落とす。ルフィは朝食をつまみ食いするためかキッチンに入ろうとしているが、そのたびにサンジに阻止されているようだ。
平和な甲板に戻って、ミズキもまた緊張を解いた。空も海も青い。こんなときにはあまり考え事をする意味はないのかもしれない。


「後悔したか?」


何をと問うまでもない。


「何を今さら」


ミズキとゾロは目を合わせてにやりと笑った。






2013/09/30 Back Home Next  
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