総身猫舌のツボ
頭がぼーっとする。酒の飲みすぎだろうか、いやそんなはずはない。そもそも昨日は醜態をさらさぬようかなりセーブしていたから問題はないはずだ。なのにこの気分の悪さはどういうことだろう、と
ミズキははっきりしない頭で考えながら真上に見える天井を見つめていた。
「天井っ!?」
記憶をたどってようやく自分が外で意識を失ったことを思い出す。一体どういうことだとばかりに体をがばと起こすと、異常に腹部が痛んで
ミズキは悶絶した。そしてそのままベッドから転がり落ちる。
(あれ・・・・?)
したたかに頭部を打ち付けたが、別にこれぐらいだったらたいしたことはない。体を起こそうと床に手をついて、
ミズキは再び違和感を覚えた。
(おれ・・・・いつ男になったっけ?)
窓からはまだ月が覗いている。体感でしかないが、ウイスキーピークで歓迎され酒を飲み始めてから二時間ほどしかたっていないだろう。腹部を腕でかばうようにしながら窓際に近づくと、遠くでなにやら激しい物音が聞こえる。ぎゃあ、という人の叫び声に混じってうすく風を切る音が聞こえるから、多分ゾロだろうと
ミズキは見当をつけた。なるほど、やはりこのウイスキーピークという町には色々と裏があったようだ。だがゾロがいるなら他のメンバーは安全だろう、と判断して
ミズキは改めて部屋の中を見回した。
殺風景、の一言に尽きる。人が住んでいるというよりは一時の借り部屋といったところか。床に落ちた自分の武器、長柄提灯を見つけて
ミズキはそれを拾い上げようと頭を下げた。そのとき狭まった視界の隅っこで何かが動いて、
ミズキはばっと身を引く。勿論武器である長柄提灯を足で蹴り上げ拾うことも忘れない。
「悠好、
ミズキ」
「シャ、シャンプー!?」
そこでようやく
ミズキは気絶する直前に見たものを思い出したのだった。
紫色の髪を左右でお団子にし、独特な武器を手に持ったその女性は女傑族、名をシャンプーという。女傑族とはグランドラインのとある島で独立して暮らす部族の名だ。生活の中心の全てを女性が担い、男性はほとんどいない。そして何より、女傑族の女は女帝ハンコックが治めるアマゾンリリーの女性たちに負けず劣らずの実力を持つのだ。強さを何よりの美しさとする彼女たちは、結婚相手もまた武道によって決められる。つまり簡単に言ってしまうと、女傑族の女性に勝ったのが男性だったら女性はその男性を結婚相手とするというわけである。
「どこほっつきあるいていたか、
ミズキ!」
シャンプーは両の手に持っていた双錘をぱっと手放して、そのまま男の姿の
ミズキに飛びついた。そもそもシャンプーに思い切り蹴り飛ばされ痛むみぞおちに、シャンプーが飛び込んできたものだから
ミズキはごふぅ、と肺の奥から吐き出せるだけの空気でもって悲鳴を上げる。
「ちょっ、まっ」
「どうしたあるか?」
見上げるシャンプーの表情は、女性でありながらもかわいらしいとは思う。だが問題はそこではない。
かつて女傑族の村で面白半分に参加した武道大会で勝利を収めてしまった
ミズキは、そのままシャンプーに求婚されることになった。だがその直後、自分が女であることを示したせいで今度は殺すためにシャンプーに追われる羽目になったはずなのだ。
「おいシャンプー!おれが本当は女だって知ってるだろ!?」
「?」
シャンプーはかわいらしく首をかしげる。
「知ってるあるよ」
「女傑族の掟に従うなら殺さなきゃなんないんじゃないの!?」
「
ミズキはもう男ある。女には戻れないね」
そういうことか、と合点がいった表情をしたシャンプーは花も綻ぶ笑顔でそんなことをずばりと言いのけたもので、
ミズキは開いた口がふさがらなくなった。
「は、い?」
「私、さっき
ミズキの総身猫舌のツボ押した。これ押すと熱いものに触れなくなる、つまりお湯に触れなくなるよ」
「あつい、もの・・・って・・・・はぁぁぁぁ!?」
ミズキはばっと顔に手を当てた。頬に鰓はなく、骨格も男そのものだ。ここから元の、つまり半魚人の女性の姿に戻るにはお湯を浴びるしか今のところ手立てはない。
ミズキはシャンプーを払いのけて部屋を飛び出る。そして手当たり次第にその家の扉を空けて、風呂場を見つけると、そこになみなみとはられた湯に飛び込もうとした、が。
「ぎゃああああああ!!!!」
殺風景な家中に
ミズキの悲鳴が響き渡る。飛び込むどころか指先が触れた瞬間に猛烈な痛みというか、暑さと言うか、ともかく形容し難い激痛が全身に走って
ミズキは玄関から外に飛び出す。
「水っ!」
叫ぶと同時に
ミズキは強く地面を蹴り飛ばして、目の前に流れる川の中に飛び込んだ。ドボォン、という激しい水音を窓越しに見ながらシャンプーはにやにやと笑っている。
水が冷たくて気持ちがいいのは今さらだ。いつの間にかひいていた痛みを確認して、
ミズキは暗い水の中から月明かりで明るい空中へ顔を出した。
「ぶはっ!!!」
水に潜れば男になるのも今さらだ。だが女に戻れないという事実があるだけでやけに息苦しくなるのは何故だろう。昔はよっぽど人間になれたら、と思っていたはずなのに。
「わかったあるか?」
いつの間にか先ほどの家から出てきたシャンプーが岸辺で水の中の
ミズキを見下ろしている。
ミズキは見上げる形ながらも「なんでこんなことをした」とばかりにシャンプーを睨みつけた。
「これで
ミズキ、女に戻れない。そしたら私と結婚する。完璧ある」
どこがだよ、というツッコミよりもまずはシャンプーからこの体質を改善するツボを聞き出す方が先だった。だが
ミズキがそう考えるのも全て織り込み済みなのか、
ミズキが何か言葉を発する前にシャンプーが「ないね」と言う。
「総身猫舌のツボを押したらもうその体質を改善することはできないある。だから諦めて私と結婚するよろし」
「じょ、うだん!!ふざけんな!おれは大体女だぞ!?女と結婚してたまるか!!」
水の中から怒鳴る
ミズキを見て、シャンプーは再びため息をつく。
「なら、これ見ても私のこと追いかけないか?」
要するに自分のことを追いかけて欲しいのだ。例え恋でなくても、好きな男が自分を追いかけてくれるのが嬉しいのだ。シャンプーは先ほどは体質改善の方法はないといったことを覆して、胸元から一つの瓶に入った飴玉を取り出した。
「これ不死鳥丸言うよ。不死鳥は炎の中から生まれる、つまり熱さに強くなる薬ね」
ミズキにとってはその情報だけで十分だ。居心地の良い水の中から一瞬で飛び出すと、左手はシャンプーの手に握られた小瓶に伸びる。
「だーめある!これが欲しかったら私、捕まえるよ!!」
「クソッ、おい待てシャンプー!!!」
2013/08/20
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