霧の向こうに
うっすらと霧のかかった世界はひどく不気味だ。霧の奥から何か大きくて怖いものが突然飛び出してきそうな気がする。そんな思いが伝播して、誰からともなく静まり返った船の上では、いつの間にかいなくなってしまったミス・ウェンズデーとMr.9を除くメンバーがごくりと唾を飲み込んだ。大きな山のような塊が影を作っている。その影が急に動いたりしないかと目を凝らしてみたが、所詮ただのサボテン岩だ。動くはずもない。
「・・・・あのさ、ナミ」
「・・・・・」
「怖いのわかったから私の裏に隠れるのやめない?」
ぽつりと呟いた
ミズキにナミは悪かったわね!!といつもより小声で怒鳴り返した。騒々しく首をがくがくと揺らされるのはあまり好きではなかったが、自分が昔アーロンにやったことを思い出してナミをわざわざ自分から引き剥がすようなことはやめた。新世界で新しい指針に沿って新しい島を訪れるときは
ミズキも大層恐ろしかったのだ。子供のうちはそんな感覚が常に付きまとうものだが、場所が場所だけに余計恐ろしい何かが島の中に潜んでいるように思えたのかもしれない。とにもかくにも、
ミズキは震えてアーロンの足にしがみつき彼の背中をバンバンと提灯で打って泣き叫んでいたことを覚えている。あれはさぞや迷惑だったろうが、彼はそんな
ミズキに対して何も・・・ああ・・・いやアーロンはそういえば一度
ミズキを海に放り込んだことも覚えている。随分と昔の思い出だ。
そんなことをぼけっとしたまま思い出していると、ぼんやりとしたサボテン岩がさらにさらに近づいてきて、それから気付くとその根元で何かが動いているような気がした。川岸は見えない。それほどまでに深い霧が河口を覆っているのは何故だろうか。だがやがて唐突ともいえるほどに霧が晴れてしまって、そこに広がっていたのは想像とは全く違う世界で麦わらの一味は少なからず驚くことになったのだ。
「んー・・・・」
歓声が両岸から響いてくる。よく来た!!待ってたぞ!とこれだけの騒ぎはつまりこの船が島に近づいてきた時点で島民に知らされ準備をしていたものとみて間違いない。とすればミス・ウェンズデーとMr.9だろうか?
ミズキは長柄提灯を握る手に力が入る。
だが実際に霧が晴れた麦わらの一味の目前に広がった光景は、一味が予想していたものとは随分かけ離れたものだったから拍子抜けした。
わぁぁぁぁ!!!という喜びと雄叫びと何かしらの感動が入り混じった歓声に、
ミズキはぽかんと口を開ける。
「えっと・・・・」
両岸には沢山の人が集まって中央の川をゆっくりと上っていくメリー号に向かって手を振っているのだ。船には堂々と髑髏が掲げられ、この大海賊時代の現状をを雄弁に物語っている。まさかまさか海賊を知らないということもあるまい、中には髑髏マークの旗を振っている子供もいたから、どうもこちらを海賊と知っての上の歓迎らしい。
「・・・・・ちょっと
ミズキ、あんたこれどういうことよ!?」
ナミの言葉に
ミズキは「知らないよ!」と返す。当然の返答だ。
しかしこのお祭り騒ぎに対し半信半疑なナミと
ミズキとは反対に、ルフィやウソップといった面々はすでに歓声にこたえてノリノリであった。もとよりお祭り騒ぎが大好き、面白いことが大好きなのだから当然の反応と言えばそうなのだが、こうも危機感がないとこれから先の航海が不安になってくるというもので・・・・・・はぁ、とため息が重なって
ミズキが横を見るとどうやらゾロも同じ心情の様子である。
「副船長も骨が折れるわねー・・・」
「ああ?副船長?」
「あれ、違うの?」
てっきりそうだと思ってたんだけどとばかりにゾロの顔を覗き込むと、そんなものなのかなと首を傾げる。そういえば確かに彼が副船長であるという決まりはこの船にはないように思えた。というよりも明確な役割分担があるのは船長であるルフィと、あとはコックであること航海士であることをそれぞれ自覚しているサンジとナミくらいなもので、残りの三名はなんとなく戦闘員といったふわふわとした感覚しかない。ただ、それでも一味に加入した順番からもなんとなく常に船長を諌める立場にあることからもゾロが副船長なのだろうとは思う。とはいえ彼が副船長であるから何が変わるわけでもないが。
歓声に耳を傾けながらゾロは正面を向いてぽつりと呟く。
「おい、警戒しとけよ」
「勿論。グランドライン育ち舐めるなよ」
ミズキはにやりと口の端を上げた。何に対して、と聞くまでもなくあとはそれぞれよろしくね、とばかりにそれ以上何も言わない二人はなんとなくお互いに対する信頼と言うものを得ているように見える。背中を預けるべきところを知っている、と言おうか。
「正直きな臭ェ。ミス・・・なんだっけか、あいつらの呼び名をどっかで聞いたことがある気がすんだ」
サンジとウソップが精力的に着岸の準備をしている最中、
ミズキとゾロはあまり動く気がないのか邪魔にならないところに寄って、わらわらと船に集まってくる島民を観察している。
「きな臭いねぇ・・・・。私はまぁ別に、海賊をカモにしてる連中ぐらいにしか見えないけどな。まぁそういう連中に限って結構ちゃっかり賞金首狙ってたりするもんだけど・・・・あの辺とか・・・ねぇ」
ぴっと指差した先からはゾロにもはっきりと分かるほどの視線がこちらを品定めしている。ミズキが軽く指差しただけでそれは消失したから、おおよそこちらに動きをつかまれていることに慌てたのだろう。
「予想は?」
ミズキが問う。
「賞金首の集団、ってとこか」
「じゃ、私はそうだな、海賊をカモにしてる連中でいいや」
「表現かえると賞金首じゃねぇかそれ。おいもっと具体的にしねぇと賭けになんねぇだろうが」
「ケチだな。いいじゃんそれぐらい。そんじゃ戦闘訓練は受けてない一般人、ようするになんでもない人に酒樽一つ」
「乗った」
ミズキはゾロの握った拳に自分の拳を当てて、「それじゃ、今晩」と言って笑った。
2013/03/10
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