ウイスキーピークに向けて
「いや、ルフィ。私はルフィのそういうところはとてもいいところだと思うけど、今回ばっかりはあんまり感心しないよ?」
ミズキはびしょ濡れの、いかにも怪しい二人を前にして極力穏便にそんなことを言ってみたが、決めたとなれば一直線に突っ走る船長が遠まわしな表現に気付くはずもない。
「いや、おれはウイスキーピークに行きてぇ」
真顔で船長がそんなことを言うなら、クルーはみな突き従うしかなかったが、そもそもルフィの行動原理は客観的証拠に基づいたようなものではない。主観も主観、楽しそう!と思ったらそこへ突っ走るのだから、クルーとしては不安でいっぱいである。しかもそれがグランドラインに入って一本目の航海ともなればなおさらだろう。
ミズキは長柄提灯を片手にちらりとサンジの方を見たが、苦笑いを浮かべている彼はもうルフィの自由奔放な性格に諦めどころを見つけたようだ。ゾロはこのいかにも、な二人に警戒しているが、存外立場を重んじる性格であるためルフィの決定に何も言わない。
「オーケィキャプテン、従いましょう」
最後の砦(実力的に)であった
ミズキが折れるとナミとウソップから悲痛な悲鳴が響いたが、意固地になったルフィはどうしようもないのだからここまできたらもう諦めが肝要だ。
ミズキが肩を竦めながらも納得したのを見てルフィは笑って「出航だ!」と叫んだ。
クロッカスに見送られながら、(一応)修復の終わったメリー号は若干二名のオキャクサマを乗せて一路ウイスキーピークへと向かう。
懐かしいグランドラインの潮風を胸いっぱいに吸い込むと、いつの間にか天気は雪。吸い込んだ空気の寒さに肺が震える。
「!?」
いくらグランドラインが航海士にすら天気が予測できない海と言ってもこんなに天気が急変したものだろうか、と
ミズキは目を白黒させたが、一本目の航路を通ったことのない人間の当然の反応である。たとえグランドライン出身でも、この一本目の航路は予期せぬ天気として有名で、ナミも空から舞い落ちる雪をぽかんとしたまま見つめていた。
「うそー・・・・さっきまで春風吹いてたのに・・・・」
「ナミ、ナミ!!進路ずれてる!」
くしゅんとくしゃみを一つして、ふとナミの手元に目を落とすと、ログポースの示す進路と舳先の進行方向が変わりつつあった。ナミは慌てて船でのんびりとくつろいでいた男共に号令をかけるが、その間にも天気は変わり、波は荒れ、かと思えば急に晴れ間が見える。
ミズキは雪を払ってロープを引いたが、その一瞬に一陣の風が吹きぬけて、煽られた帆と一緒に海に投げ出された。
水面に叩きつけられたところよりも、ロープに打たれた腕の方が痛い。くっそ、と悪態をつきながら
ミズキはウソップが落としてくれた縄梯子に捕まった。
「悪ィ
ミズキ!!助けてる暇ねぇから自分で上がれ!!」
「わかってるって!」
先ほどより幾分低くなった声で、
ミズキはウソップに返事をして、縄梯子に足をかけた。先ほど急に晴れ間を見せた空は今度は黒い雲に覆われていて、上空の異常なまでの雲の動きに今頃ナミはため息をついているところだろう。
びしょ濡れの体に冬のような風が吹き付けると、それだけで体温を奪われて死ぬかと思ったが、ルフィに引っ張られてそのままマストの上に引きずり上げられた。
しかし、彼の引き上げ方も豪快すぎて頭が痛い。突然伸びてきた腕が
ミズキの足首を掴んで、そのままゴムの縮む力で一気にマストの上に持ち上げるのだ。突然反転した視界と、その表紙にぶつけて物理的にガンガンと痛む頭に、
ミズキはルフィに逆さまで宙吊りにされたまましかめっ面をする。
「帆を畳むぞ!!手伝え!!」
ニシシ、と笑ったルフィにまわし蹴りの一発ぐらい構わないだろう。ぎゃーひでぇ!と叫んで落ちていったルフィは、片手がマストに捕まったままだからどうせすぐ上がってくるだろう。
激しく揺れ始めた船の上、しかもマストの天辺のヤードの上を
ミズキはなんなく渡ると、風を受けて大きく膨らんだ帆に手をかけた。こういうときは男の方が便利だな、と思いながら腕力だけでとにかく帆を畳んでしまうと最後にぎゅっとロープを結んで、勢いをつけてヤードから飛び降りる。
「うおわっ」
着地と同時に波に高く持ち上げられたメリー号の甲板が傾いて、
ミズキは若干二名のオキャクサマ__ミス・ウェンズデーとMr.9の下敷きになる。
「ったぁ・・・・うぉい!!」
怒鳴り声を上げた
ミズキに二人は煩いわね、仕方ないでしょ!!とぎゃーぎゃーと怒鳴り返してきたが、そこで怒鳴りあっているとナミの拳骨に思い切り頭を打たれた。
戦うときは別に力もないだろうに、なぜこんなときは猛烈な一撃をくれるんだ・・・・と
ミズキは星が散っている頭で思う。
「な、ナミ痛い・・・」
「ええい!遊んでる暇があったら働けェ!!そこの二人も!!サボったら・・・・・」
わかってるんでしょうね、というナミの表情は真顔だったから、
ミズキもそれ以上口答えなく慌てて船の端っこまで走りぬけた。
騒がしい三日間だった。
ほとんど寝る暇もなく、ほぼずっと動き続けて、船にいる全員がいい加減足腰がたたなくなってきたころ、遠く水平線に島が霞んで見えたのだ。ぼんやりとしたその島の外形に
ミズキは歓声を上げたかったが、最早そんな元気すらない。ふぇえい、と気の抜けた声を上げて日が燦々と照りつける甲板に大の字に横になる。
「あ゛ー!!疲れた・・・・」
声を出すと散々潮風に当たって、塩水を飲んで走り回った喉が焼け付くように痛む。船を動かすのがこんなに大変だったなんて、
ミズキは知らなかった。
サンジも走り回ってもうへとへとだろうに、そこは麦わらの一味のコック長と言うべきか、彼はくまの出来た目でにっこりと笑って「
ミズキちゃん、フレッシュフルーツジュースはいかが?」と
ミズキにお盆を差し出す。
「お疲れさん」
「いや、まさかこんなにグランドラインが激しいもんだとは思いもしなかったぜ」
サンジは空になった盆を自分の脇に置いて、「失礼」と一言断ってから煙草に火をつける。
「この先の航海もこんなもんなのか?」
「いや、おれもこんな気候は初めてだ。場所によるんじゃない?」
濡れた前髪をかきあげると視界が広がる。
ミズキはため息をついてそれからいつの間にか雲ひとつなくなってしまった空を見た。ナミは心労疲労共にごっそりと溜まったのか、手すりに寄りかかったまま遠い目をして海を見つめたまま半開きの口から力のない笑い声が漏れている。
「おい」
「なーにー、もう疲れてるからこれ以上動けとか言うなよ」
ふいに影を作られて、
ミズキは疲れきったようにそう言うと、ゾロは眉をしかめる。
「そうじゃねぇよ。グランドラインの島には何があるんだっつー話だ」
「何?」
ゾロの言葉の意味がわからなくて、
ミズキは眉をしかめたが、サンジはどちらかといえばゾロに賛成の模様だ。「それはおれも気になるぜ
ミズキちゃん」と言うサンジにもう一度「何が?」と
ミズキは問い返した。
「何って・・・・何もない島は何もないし、人が住んでるところは人がいるだけだけど」
それ以上何も言うことがなくて首を傾げると、へぇ、とただそれだけ返事が返ってくる。
「何?二人ともなんか変な奴とかいること期待してた?そういうのはさすがにないだろうなー。いや、いるっちゃいるけど、そんなのどこの海でも同じだろ」
ミズキの「変」の基準はあくまでグランドラインだから、恐らくゾロやサンジとはだいぶ感覚が違うのだが、その感覚の違いに気付かない二人はどことなくほっとしたようだ。
この船ではルフィに続いて戦闘力として数えられる二人のことだから、何かあったら戦わなければ、という思いがあったのだろうが、グランドラインに入ったら毎日戦わないといけないというわけではない。海軍海賊の数共にグランドラインの方が他の四つの海に比べて遥かに多いから、戦闘の数も増えるといえば増えるが、グランドラインだってこの世界のうちの一部であって、そこで生活している人々がいる以上、他の生活空間と大して変わらないのだ。
それでも警戒するに越したことはない、とばかりに
ミズキはふらつく足で立ち上がった。
「そろそろ着岸の準備ってとこだろ?」
2013/01/25
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