記録指針の方角

カン、カン、カンとウソップが金槌を振るう音と、波の音だけが聞こえる双子岬で、時折ラブーンが潮を吹いてブオッと小さく鳴いた。
カン、カン、カン・・・ブオオッ・・カン、カン、いてっ
見上げるほどの巨体ではあるが、きちんと金槌をの音を認識しているようだ。それから、ウソップやルフィの声も言葉も。
アイランドクジラってそこまで頭がいいんだ、というのがミズキの正直な感想である。(それはあくまで外国語をいくつも知っている人を頭がいいというのと同じ感覚であり、決して動物と人間の能力の差を言い表しているわけではない)魚人という種族は生まれついて魚の言うことを理解できるが、一方で魚がこちらの(つまり人間の)言語に反応したことはあまりなかった。こちらが魚に話しかけるときは、魚の意思疎通の方法(それは人間が言うような言語、という概念とはちょっと違った何かである)に合わせて話しかけなければならない。
ルフィはそういった種族の差、言語の差など一切考えずにラブーンに語りかけたわけだが、ルフィの言葉は労せずしてラブーンに伝わった。でも、もしかしたらルフィなら例えお互いの言語が一切通じないどこの誰にでも自分の気持ちを伝えることが出来るのかもしれない。
お湯を被ってしばらく日の光に当たっていれば、濡れたところも乾いてきてぴょこんと頭のアンテナが立った。


「そういやナミ、もうログポースは着けといた方がいいんじゃない?」

「・・・・ログポース?」


あり、とミズキは拍子抜けする。


「ログポースってのは・・・なんだいミズキちゃん」


シンプルなつくりのテーブルにサンジお手製の小さなマドレーヌとそれから湯気の立つ紅茶が二人分いつの間にやら用意されている。角砂糖を一つ紅茶の中に落として、ミズキは「サンジも知らない?」と聞いたが、当然彼もナミ同様不思議そうな顔をして首を横に振った。


「・・・・ってぇそれはまずいよ!!これはまずすぎるよ!!ログポース無しじゃグランドラインの航海なんて絶対無理だって!!」


二人の反応に思わず椅子を蹴倒して立ち上がったミズキだったが、クロッカスはそんなひよっこ海賊団の現状を知ってか知らずか口を開けて笑っていた。


「〜ッ!!何も面白くないってば!」

「そういきり立つこともなかろう。ホレ、お前さんらにはこれをやろう」


クロッカスは座ったその位置で、胸ポケットに手を入れるとそこから小さな球体の指針を取り出した。方位磁針にそっくりの針は、球状のガラスの中でゆっくりと回転していた。
ナミは紅茶を一口口に含んでから立ち上がると、ゆっくりとクロッカスに近づきミズキがログポース、と呼んだそれをクロッカスから受け取る。


「何?これ」


針は今だ方角を定めることなく回転したままだ。こんなの役に立たないじゃない、と二三度軽く振ったが、結局針がぶれたのはほんの一瞬でしかなかった。


「・・・・・ふむ、まぁ確かにそういう海賊も少なくないがまさかここまでグランドラインの中を知らずに入ってきた連中は久々だ。大体ミズキ、と言ったなお前さん。グランドラインのことをもう少し教えてやらんかったのか」

「いやぁもうどこからが常識で何処からが非常識か全然わかんなくって」

「グランドライン出身者はそんなものか・・・・」


呆れたようにため息を吐いたクロッカスの表情はどこか笑っているようにも見えた。それはラブーンの件の礼だ、持って行けと言うが、そもそもこれをどのように使っていいのかわからない(大方指針と言うのだから方位磁針と同じ役割を果たすのだろうけれど)ナミは慌ててクロッカスの言葉を追いかける。


「ま、待ってよ!!ミズキも随分慌ててたけどこれってそんなに大事なものなの?そもそも針が落ち着かないんだけど、これでどうやって方角を見るの!?」


矢継ぎ早なナミの質問にミズキはクロッカスを一瞬目を合わせた。


「あたし、昔乗ってた船の航海士の話聞いただけだから実際よくわかんないんだよね」

「なかなか此の先が不安になる船だな。どれ、今まで使ってきた方位磁針を見るがいい」


ナミはそう示されて、昔から愛用している渋い色合いの蓋のついた方位磁針を取り出した。だが、蓋を開けていない状態ですでに異常さがわかる。慌てて蓋を開くと、中の針はログポースとは比にならないほど異常なまでにブレており、その激しさは掌の上で振動として伝わってくるほどだった。


「嘘!?壊れちゃった!?」


単純な構造の物であればあるほど壊れにくいのはご承知の上かと思うが、方位磁針も同様に単純であるがゆえ故障と言う概念があまりない。(勿論完全におかしくならないわけでもないが)ナミは初めてみる針のブレ方に慌てたが、それを考えると常に一定の方向で針が回転し続けるログポースの方がなんだか正常に見えているから不思議なものだ。


「グランドラインは噂に聞くとおり、風も波もそして磁場さえもが狂った異常な海域。磁気異常はグランドラインの島々が鉱物を多く含むためだが、理由はともかく外界の四つの海で使う方位磁針などとても使えん。海流も風もそして磁場さえも恒常性がないというこの海の恐ろしさは、航海士ならわかるだろう」

「ええ」


ナミはクロッカスの言葉に神妙に頷いた。つ、と額から冷や汗が流れたが麦わらの一味の航海士たるものこんなところで動揺も怯えも見せてはいけない・・・・そんな無茶苦茶な、でも激しい覚悟が伝わってくるようでミズキもまた声一つ出せずにじっとクロッカスの言葉に耳を傾けた。


「だから、グランドラインを渡るためにこのログポースが作られた。これは各島の磁気を記録しそして次の島を示す。ログポースの文字盤に何も記されていないのはそもそもこの海で方角と言う概念が存在しないからだ」

「記録する・・・・そっかだから『方位』磁針じゃなくて『記録』指針なんだ・・・」

「そのログポースは少し古いが機能そのものは問題ない。持って行け」

「ありがとう、クロッカスさん」


バンドでログポースを腕に止め、落ちないことを確認したナミは立ち上がる。


「・・・・もう行くの?」

「準備が出来次第、ね。さっきの話聞いてたらなんだか楽しみになってきちゃった」


あ、ルフィと同じ目してる、と思ったのはきっとミズキだけではないだろう。サンジとほぼ同時に目があったミズキは思わず笑い出した。


「ははっ、こりゃうちのクルーは重症だね!」

「全くだぜ、ミズキちゃん。ったく・・・・ミズキちゃんまでいつかあんな風にキラキラ目を輝かせるんじゃねぇだろうな?」


二人のレディが違う方向に行っちまったらおれが守れないから、きちんと一緒に行動してくれよ、とよくわからない忠告にミズキはさらに笑って「サンジこそ」と言い返す。彼はチロと下を出すとそっぽを向いた。


「オールブルーの話になると止まらないくせにねぇ」


口に手を当ててニヤリと笑いかければサンジは気恥ずかしいやらなんやらでちょっとだけ頬を赤くして、「それは・・・」と言い訳をしていたようだが声が小さくて話にならない。


「ゾロも、ウソップも、本当にうちのクルーは重症だね」

「だがそうでもなければ渡って行けないのがこの海だ。精々死なんようにな、ひよっこ海賊団」


クロッカスは口の端だけでにやりと笑う。


「さ、船長!!最初の航路だけは、自分達で選べるんだってさ」


ミズキがそう言えば「おうよ!じゃウイスキーピークだ!!こいつらもそこに行きたいらしい」という返事が返ってくる。はいはい、と言いかけたミズキはそこでようやく引っかかるワードに気付いてサンジをもう一度顔を見合わせた。


「「こいつら?」」









2012/12/26
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