偉大なる進水式

まだグランドラインにも入っていない。とてもじゃないが笑えない状況にミズキは顔をしかめたが、そうしたところで現況は変わるはずもなかった。
横殴りに降ってくる雨がわずらわしい。長柄を持つ手がすべる。


「・・・・・?」


ふと、その時見通しの悪い視界の中に自分達以外の何か動くものを見た気がした。気のせい、だろうか。だがそれにしてはやけに頭の中に残っている。


「!!」


そして、その男はミズキの視界の中に唐突に現れた。フードを目深に被ったその男は何をするでもなくルフィの背後に佇んでいる。だがその威圧感はサンジとミズキの二人に激しくのしかかっていて、ミズキはごくりと唾を飲み込んだ。
ルフィとスモーカーは始め何も気付いていない様子だったが二人の反応で何かを察知したのだろう、スモーカーはばっと十手を構えて振り向き、そして目を見開く。どうやら彼の位置からはミズキとサンジには見えない何か別のものが見えたようだった。それらのことに気付かないルフィはスモーカーの反応そのものに驚いて、首を傾げる。
後ろだ!!と叫んだ声はあいにくと届かない。地面を叩く雨の音は時間を追うごとに激しく早くなっているようで、ナミの言う通りこれは本当に出航できなくなってしまうかもしれない。だからある意味あのフードを被った男の登場はちょうどよかった。スモーカーの気が反れている今なら逃げられる。そっとサンジへ目配せすれば彼も同じ考えだったようで二人はほぼ同時に頷いた・・・・刹那__ゴォと激しい音と共に風が吹き抜けた。何の前触れもないそれにミズキは思考回路を奪われ、その場に留まることで必死になる。それが一瞬のことならいいがまるで嵐のただ中にいるかのような豪風は終りを見せない。立っていることすらままならないそれはまるでここにいる四人を吹き飛ばそうとしているようで、街路樹はあくまでナミの言う嵐の前兆の風に煽られているだけである。
そんな風があるものか、これは人為的なものだと、石突きを地面に突き立てて必死で耐えていたミズキだったがそれもわずか数秒しか持たなかった。恐らく一番最初にこの激しい風を受けて耐え切れなかったのだろうルフィがちょうどミズキの目の前に飛んできて、ミズキは避けるとかそういうことを考える前にルフィの体を真っ向から受けてミズキの体はルフィ諸共吹き飛ばされたのだ。一旦足が地面から離れると驚くほどに体が浮く。そこらの紙切れじゃないんだからとも思うが、もう右も左も分からずに、途中長柄に何かを引っ掛けて結局ルフィとミズキとサンジの三人は数百メートルという単位でローグタウンの街道を吹っ飛ばされた。
そんな風にして飛んできたわけだが、風が弱まれば浮遊感だけでなくいやおうなく重力も感じ始める。上下左右などすでにわからなくなっているが、あ、落ちてるという感覚だけは鮮明に感じられた。


「ぬおっ!?」


だが、あれだけの強風で、さらにそれなりの高さから落ちたというのにミズキは勿論サンジもルフィもさして痛みを感じずに着地できたものだから、ミズキは上にサンジとルフィにのしかかられたまま目を開いて放心した。


「・・・・・・ってやめっ!ちょっそこ触るなし!!くすぐったいお前ら降りろぉ!!」


唐突に背中に、というか脇腹の辺りに触るものがあってミズキはこしょばゆいその感覚に思わず体をよじる。ぐわっと身体が浮いた。受身も取れないままに地面に転がされて痛いと呻くと、痛いのはこっちだと返事があって額を押さえて見上げると、そこにはゾロがいた。


「っこの・・・・いってぇよ!てめぇら何やってんだ!?」

「あっれ・・・ゾロ何やってんの?」

「お前らがいきなり正面からふっとんできたんだろうが!!」

「正面?」


首を傾げたミズキはゾロの背後に広がっている荒れた大海原を見る。とりあえず何が原因か知らないがあの突風に自分達は進みたかった方向へ吹き飛ばされた。だがそこで正面からゾロとぶつかるということはむしろお前が何やっているんだと突っ込もうと思った矢先、さっさと行くぞと言ったゾロが海に背を向けて歩き出すものだから慌てて刀の鞘を引っつかむ。


「待て!待てゾロ!!そっちじゃない!!」


大層額に皺を寄せて振り返ったゾロはそこでようやく海が自分の背後にあったことに気づいたようだった。


「ったくクソマリモ、てめぇミズキちゃんに迷惑かけてんじゃねぇよ!!おいルフィ、行くぞ!」


そこでどうして喧嘩モードになるのかわからないが、すっかりしけた煙草を捨てたサンジはルフィの麦わら帽子を手にとってメリー号が止めてあったはずの場所を見る。
ない。
すでにメリー号はそこにはない。一瞬海軍に見つかったかと嫌な予感がするも、すぐに水平線に微かに見える海賊船を見つけてミズキはほっと息を吐き出した。すでに風は海風になっておりそうなる前にとナミが事前に船だけ港から出したのだろう。


「この風じゃ小船に乗ってもあそこまでいけないな・・・・どうする?」

「どうするって・・・・そりゃミズキちゃん、こいつが居る以上とりあえずしっかり歯食いしばっとくしかねぇよ」


まだ、ミズキはルフィの能力に慣れていなかったのかもしれない。そんな馬鹿なことを呟いた次の瞬間にはゾロに腕をつかまれた。ふと気付けばルフィがいない。
そして数瞬後、三人の体はメリー号から伸びた肌色のそれに捕まって、ゴムの縮む力に任せるがままにメリー号へ引きずり込まれたのだった。ゴオオオオと耳元で激しく風がうねることほんの数秒、だが実際には相当長い時間そうしていた気がするのは多分感覚が麻痺し始めているせいだ。
ナミとウソップが見守る中で三人はメリー号の甲板へ投げ出される。痛い、とかそういうレベルではなく本気で息が止まった。先ほどの突風に煽られるよりも激しくこの嵐の中を突っ切ったため息などしている暇があるはずもなく甲板を二度、三度と転がったミズキはようやっとぶへぇ!!と息を吐き出してぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返す。


「お疲れ様、なんとか無事出航できたわね」


ドンっ、と長柄提灯の石突がミズキの顔の真横に突きたてられた。うっすら目を開けて見るとナミが長柄を持って立っていた。


「・・・・ナミ見えてる」

「ぬおおおお何色だミズキちゃんんんん!!!」


ごっ、とミズキとナミの二人分の拳がサンジの顔を直撃した。鼻血をたらしながらそれでも幸せそうな彼に最早言うことはない。
ナミはルフィとゾロを蹴り起こし早速グランドラインへ入る準備を始める。ローグタウンまでくると実はグランドラインの入り口まであとほんの少しで、上手く進めればあと二、三時間後にはグランドラインに入れるだろう。
大きくうねる波にメリー号は木の葉のように揺らされて、それでもナミの手腕により着実に前に進んでいる。
滑る甲板を走り回っているうちに遠くに光が見えて、ミズキは思わずその灯りに目を奪われた。あの導きの灯はその先にあるグランドラインへ小さな小魚たちを招いているのだ。その先にあるのは死か、それとも・・・・・


「見えたわね。導きの灯。あの先にグランドラインがあるわ」


吹き荒れる雨と風とそれに高い波のせいでグランドラインそのものは見えないが、海の匂いが変わり始めたのにはこの場にいる全員が気付いただろう。やめるなら今しかない。どうする?と最後の戻り道を示したナミの表情には、戻るという意思の欠片も見当たらない。


「ひでぇ嵐だが、グランドラインに入るんじゃこれぐらいがちょうどいいだろ。よっしゃ、それじゃ偉大なる海に船を浮かべる進水式とでも行くか!!」


甲板に置かれた樽に一人一人が足をかけていく。激しく揺れる船の中、声も届かぬ嵐の中で彼らはそのいずれにも負けない声を張り上げ、偉大なる海へ入るそれぞれの思いを口にした。


「おれはオールブルーを見つけるために」

「おれは海賊王!!」

「おれァ大剣豪に」

「私は世界地図を描くために!!」

「お、おおおれァ勇敢なる海の戦士になるために、だ!!」


そして最後に、ミズキも片足をかけた。


「おれは・・・・あたしは・・・・魚人族と人間の架け橋になるために!」


誇りある魚人族がタイヨウの下へ。幼い日の思い出と今まで出会ってきた人々の言葉が甦る。彼らは、自分がそうなれると信じてくれた。だから決して諦めるわけには行かないのだ。
それぞれの思いが込められ、振り下ろされた足は樽を砕いた。ガゴォンと嵐の海に響いた音は彼らの誓いでありまさしく覚悟である。






さて、ここから先の海は並の船乗りなど船を浮かべることすら許されないグランドライン。果たしていつからこの海が「偉大なる航路」と称されるようになったのかは分からないが、たとえどんな理由があるにせよ希望しかない若者たちには関係のないことだろう。
人の夢は終わらない。途切れることなく続く思いに支えられてグランドラインへ足を踏み入れた彼らの冒険はここが始まりでありそして単なる通過点でもある。











2012/09/02 Back Home Next  
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