VS.ロギア

「ックソ!雨が強くなってきたな!!」

「ってかさ!ゾロの奴置いてきちゃったけど、あいつ一人で船まで戻ってこれるの!?」


どんどんと激しさを増す雨と風に負けないようにミズキが怒鳴ると、前を走る二人はピタリと口を噤む。先ほどまで雨が口に入っただの帽子が飛ばされるだの叫んでいたくせに。どうしよう、とばかりにこちらを向くルフィとサンジの顔はなんだか可愛かったがそんなことを言っている場合ではない。ナミの話に寄れば風は徐々に海風になりつつあるという。つまりあまり時間をかければ帆船であるメリー号が出航できなくなるわけだが、リョウガに勝るとも劣らない迷子体質のゾロがまさかまさか一本道をまっすぐこれるとはとても思えなかった。


「ったく・・・!!おれが残るから、ルフィとサンジはとにかく先に__ルフィ危ねぇ!!!」


考え込むようにしてからため息を吐いたミズキは踵を返してゾロのところへ戻ろうとした。だがその時もう一つ先のブロックに誰かの姿が見えた気がして、一瞬目を凝らす。激しく振付ける雨の中、何かがルフィに向かってくる。
鈍い音がしてルフィの頭と石畳がぶつかった。打撃そのものはゴム人間のルフィに効くことはないが、首を絞められれば息は止まる。ぐえっとカエルが潰れたような声を出したルフィは首に喰らいつく腕を必死で退けようとするが、手で払った瞬間その腕はぼわっと形のない煙になって消えてしまった。


「コンニャロ!!」


サンジの蹴りも同じだ。安っぽい扉なら軽く蹴るだけで簡単に壊れてしまうだけの威力を持った蹴りは煙をさらに散らすだけで何の解決にもならない。それどころかこちらは掴めないというのに煙はまるで個体のようにサンジの体を持ち上げたものだからサンジはその感覚の気持ち悪さにぞっとした。何せ自分では体に巻きついている物に触れないのに、あっちは自分に触っているのだ。これは一体全体、どういうことだ。


「麦わらのルフィ、だな」


降りしきる雨の中に現れた男は、こんな雨だというのに葉巻から煙がくすぶるという奇妙な男だった。しけた葉巻ではもう火もついていないだろうに。だが実際のところそれは葉巻から出ている煙ではなく、その男本人から出ている煙だった。
"海軍本部大佐、白猟のスモーカー"
彼の名前はイーストブルーからグランドラインへ行こうとする海賊ならほとんどが知っている。そう、ほとんどが、だ。ここにそのわずかな例外となる麦わら帽子の男がいるが、海軍内でもあまり規律に従わないことで有名なこの男はご覧の通り悪魔の実の能力者である。しかもロギア。グランドラインを囲む四つの海の中でも最弱とまで呼ばれるイーストブルー出身者では、このローグタウンの白猟を越えることはそもそも不可能で、グランドラインのイーストブルー出身の海賊の数はスモーカーが転任してきてからこの方急降下している。


「お前が三千万の首だと?政府は一体何を考えてやがる」


サンジを片腕で捕まえたまま、一方の手でルフィを捕まえたスモーカーは目の前の海賊に何の危険性も感じていないようだった。油断をしているというわけではなかったが、少なくともスモーカーはもう一人いた白髪の男の存在を失念していたことは事実だった。


「魚人空手、百枚瓦正拳」


突如背中から腹にかけて走った衝撃がスモーカーの体を震わせた。だが二撃目を喰らうより早くスモーカーは雨の中の石畳の上で転がる。


「クソッ!!」


チャンスを外したミズキは悔しがるが、長柄を使って追うことはしない。
身体が自然物と同様に流動するロギアに対抗する力は一般に覇気だけといわれるが、実は魚人空手もロギアに対し打つ手がないわけではなかった。そもそも魚人空手は振動を伝えることで遠距離からの攻撃も可能にする。
ロギアの能力者は通常意識しなければ己の体を自然物と一体化させることは出来ない。そうでもなければ寝ている間エースは毎度船を燃やすことになるし、青キジが昼寝する度に毎度氷河期が訪れることになってしまう。つまり無意識下では常に己の身体が己の身体であるように形作っているため、ロギアの能力者が攻撃を感知し自然と一体化する前に体内にある水を振動させればロギアと言えどもその振動を真っ向から食らうことになる。通常の物理攻撃が外部に起因するものであるとすれば、魚人空手は内部に直接働きかける。つまりロギアに気付かれぬうちに攻撃を当てさえすれば、体内にある能力者にとって最大の弱点である水が先に能力者を捕らえ衝撃を与えるわけである。
逆に言えばロギアの能力者が常に自然物であろうとしているのならば、魚人空手は覇気を纏わぬ限り効く事はない。今回スモーカーが直でミズキの一撃を喰らうことになったのは、スモーカーがミズキの存在を失念していたことと、覇気以外にロギアの能力者を捕らえることができるものがあることを彼自身が知らなかったせいだろう。
スモーカーにとって想定外の攻撃は彼の内臓に大ダメージを与えるまでには行かなかったようだ。これでミズキが女の姿だったら今の一撃で仕留められただろうが、人間ではいくら直接打っても多少の波の狂いは避けられなかった。


「逃げるぞルフィ!!こいつロギッ「ホワイトブロー!!」


ミズキが言葉を終えるよりも早く、サンジとミズキの両名を捕らえた煙は今度こそ攻撃の隙を与えない勢いで二人を道の両側に立ち並ぶ家々の壁に叩きつけた。


ミズキ!!サンジ!!コノヤロッ・・・"ゴムゴムのピストル"!!・・・・ってありゃ?」


パンッと勢いよく飛び出したルフィの腕は真っ直ぐスモーカーの頭に直撃したが、ぶつかった感触はまるでない。そのまま彼の頭をすり抜けてしまったような感覚にルフィは一瞬呆けたが、その一瞬のうちにスモーカーの十手がルフィの喉下を捉えて再びルフィは地面に縫いとめられた。ぐぇっと再びカエルが鳴く。
受身を取ることもできず力任せに壁と激突することになったミズキとサンジはルフィを助けに行かなければならないのはわかるが、息が出来ず身体が動かなかった。肺が脳が全身の細胞が酸素を求めて必死で喚いているのに、痛みがそれを凌駕し呼吸するというただ単純な行為すら許さない。ようやっとほんの少し息が出来るかと思いきや、煙が肺に入ってむせただけだった。










絶対絶命のピンチというものに出会ったことはグランドライン出身ならそれなりにある。ミズキの中で一番ギリギリだったのがキロネックスに襲われたときだろう。釣りをしていたら眼点を持つ猛毒クラゲが寄ってきてしまったのだ。しかも普通の鯨ほどのサイズがある奴を。
海中に引きずり込まれたこと自体は大したことはなかったが、それよりも何よりも左足から伝わってくる猛烈な痛みに気が狂いそうになった。鰓があっても心臓が動かなければ呼吸は出来ない。がぼっと水を吐き出してもがこうにも触手に絡みつかれた左足はもうほとんど動くことはなかった。
あの時あのまま深くまで連れ込まれていたら痛みによるショック死と呼吸ができなくなる窒息死とどちらが先立ったのだろうか。ちょうど食糧にしようとしていたアカウミガメをもう一度海に返したお陰でミズキは寸でのところでキロネックスの餌になることは免れたが、その後の後遺症も酷かった。五日間もの間熱と左足の腫れが引かず泣いて喚いて喉が枯れた頃にようやっと少しずつ激痛が治まった。船医であったアラディンにも生き残れる確率はとにかく低いと言われていた最中の生還だったから喜ばしくはあったのだが、左足にはっきりと残った触手の後は今でも消えていない。だから実はズボンを履くときは必ず左足は隠すようにしている。
だが自分ではない誰かが今にも殺されそうで、なんとかしなければとここまで強く思ったのは久しぶりのことだった。そうだ・・・・タイガーが、死んだとき以来だ。
そう思った瞬間、たかだが息が出来ない程度でこんなところにしゃがみこんでいるのが馬鹿みたいに思えた。何のために一人で海に出たのか、その答えはただ強くなるためだ。己の意思を守り、そして先人達が思い描いてきたタイヨウの下へ。
長柄を握りなおして地面を蹴った。振り被った長柄にもミズキの存在にも気付いていたスモーカーは、十手でルフィを押さえていることもあり、避けることができなかったが、魚人空手と言えども最初から避けようと思えば避けることは容易い。単なる打撃ならなおさらだ。
勿論ミズキとてこの一撃がスモーカーに打撃を与えられるなどとは欠片も思っていない。だが彼はまだ長柄武器のリーチに気付いていないのだ。純粋に柄の長さだけを換算すればミズキの位置からでは精々スモーカーの体を通り抜けるだけだが、ミズキの長柄の先には鎖の先にさらに大きな提灯がついている。柄はスモーカーの体を通り抜ける。だが、長柄の鎖は、彼の一瞬の隙をついて十手を絡め取った。
ガァンとルフィを押さえ込んでいた海楼十手が地面を転がった。即座に体を起こしたルフィとミズキはほぼ同時にスモーカーを蹴り上げた。勿論その攻撃は煙を巻き上げるだけの行為だが、少なくともスモーカーも攻撃されている最中はそうやすやすと体を実体化させることはできない。
ぴょんと猿のように飛び跳ねて後退したルフィ。ミズキも距離を取ったが、正直ここから先のことは欠片も考えていない。
さて、どうしよう。










2012/08/22 Back Home Next  
//S.D.Sランキング参加中!!