広場の騒ぎを見逃した

グランドラインへ入ろうとする海賊達が皆こぞって寄っていく町にしてはローグタウンはとても落ち着いた雰囲気を漂わせている。町の人たちは皆笑いながら楽しげに話をしていて、ここがそんなにも海賊が多いとはとても思えない。
何やら上機嫌で話しながら歩いてくる人たちを避けながらナミに着いていくと、やがて彼女は一件のブティックの前で止まってにんまりと笑う。


「情報がないなら・・・・女の子の楽しみ!!買い物といくわよ!!」

「あ、そういう」


そういうわけでご一緒させられたってわけね、と半笑いしているうちにミズキも店の中に引っ張り込まれる。アップテンポの曲が流れた店内はショーウィンドウ越しにも明るかったが、入るともっと明るくてわくわくするようなところに思えた。色とりどりの服が置いてあるというよりも飾られているような店の中であれやこれやと好みのものを引っ張り出して鏡の前で体に当ててみる。


「どう?」


元よりモデル体形のナミのことだ。派手でどんなにセクシーな服を着ても似合ってしまうのでそのこと自体は大層羨ましかったが、今は正直なところ自分でそのような服を着たいとは着たいとは思えなかった。
レースをふんだんに使った洋服の裾を掴んでぴらりと持ち上げると、店員の一人に試着してみますかと声をかけられたが全力で遠慮する。こういう所謂女性らしい服に興味がないわけではないのだが、自分が着ると色々と悲惨になることはしばらくの航海で十分骨身に染みた。


「あら、試着はただなんだから着てみればいいじゃない。あんたなら似合うわよ」

「いやさぁ。今なら着てもいいけど、これでうっかりスプリンクラー作動しましたみたいなハプニングで水かぶったらどうなると思う?」


一通り楽しんでミズキと店員の方に近づいてきたナミは二人の手元を覗き込んでそんなこと言ったが、ミズキの言葉に沈黙する。そうだ、想像してみればいいのだ。こんなに可愛らしくて胸を強調したような服をガタイのいい男が着ている様を想像してみればいい。


「ちょっと・・・あれね」


思案するように顎に手を当ててナミがぼそりと呟いた。店員は何の話をしているのかまるでわからないが、そこはプロの道といったところだろうにこやかな笑顔を崩すことなく客の話が終わるのを待っている。


「ちょっとどころじゃなくてあたしだったら吐き気を催すね」

「だっからミズキっていつも男物だか女物だかわかんないような服着てるわけ、か。なんだつまらない」


心底つまらなそうに言ったナミはしばらく手元の洋服をごそごそと漁っていたが、ミズキに着せるのはすっぱり諦めたのか「これっどう?」と今度は笑顔で聞いてくる。そんな彼女を羨ましいと思ったのも事実だが、今さら悔やんでもしょうがない。代わりに似合いそうな服を片端から選んでやればそのうち自分も楽しくなってきて、あれじゃないこれじゃないと騒ぎながら買い物に熱中したのだった。
二人が店から出たのは恐らく二時間後ぐらいだったろう。だがその時間にしてはやけに空が暗くなっていて、ミズキが横を見るとナミはじっと空を見ながら何か思案している様子だった。


「どうした?」

「これは・・・・荒れるわね。ミズキ、すぐにゾロやサンジ君に船に帰るよう伝えて。ウソップはすぐに戻るみたいなことを言ってたし、ルフィは・・・・」


ドォン、と突如響いた激しい爆発音にミズキとナミはほぼ同時に肩を竦めた。嫌な風が吹きぬける。音の方向を見ると赤い屋根が連なる空にもうもうと煙が立ち上がって、何かしら騒動が起こったことを島中に知らせていた。


「ああ!もう!!多分あれルフィでしょ!?ミズキは出来る限り早く皆を見つけて!!私は出航の準備をするわ!!気圧がどんどん下がってる、できるだけ早くね!」


肌身離さず持っている気圧計を見たナミはミズキにそう告げて踵を返して走り出した。自分の荷物をナミに預けたミズキは、長柄提灯のみを肩に担ぎナミとは反対方向、つまり恐らく爆発があったと思われる場所に駆け出す。ルフィもゾロもサンジもウソップもまるで居場所がわからなかったが、騒ぎの中心に行けばなんとなく会える気がした。
戦闘になるのだったら雨が降らないほうが助かるのだが、どんどんと暗くなっていく空はそんなミズキの期待を裏切るかのように重さを増していくようだった。
石畳の道には人っこ一人居らず、事態の異常さと緊急性を示しているかのようだ。島の大きさの割りに広い町であるローグタウンは町の中央に行くにもかなり時間がかかる。特に町の地図も知らないよそ者では回り道に回り道を重ねてしまい、かなり大きな道に着いたときには事態は相当進行しているようだった。
息を切らせて角を曲がると、そこに突然人が現れて、ミズキはうわぅ、とよくわからない声を上げて恥ずかしくなって口を押さえた。その人はミズキの声にゆっくりと振り向き、彼女の眼鏡越しに視線が交差する。


「・・・・あ、ねぇ何の騒ぎ?なんか店にいたらいつの間にか人が全然いなくなっちゃって」


へらっと笑ってそう聞くと女は眼鏡の位置を直して律儀に答えてくれる。


「海賊です。一般人は早く避難を。案内できませんが近くに海軍の用意した避難所があります」

「ありがと」


裾にファーのついたコートを着ている女の言葉にミズキはこの騒ぎの元凶がルフィであるとほぼ確信した。彼女は海兵の服を着ていない割りにまるで海軍のようなことを言うものだから、ミズキも脇を通り抜けるのを少々ためらったが道の分からない町で別の道を探していてはキリがない。何もなかったかのようにさっさと通り過ぎてしまおうと、彼女の脇を抜けた瞬間、目の前に刀の峰が迫ってミズキは思わず息を止めて地面に転がった。


「っとぉ!!あぶな!!なんで一般人が刀・・・・なんか・・・・ってわけじゃないか。お姉さん海兵?」

「あなたこそわざわざ危険な三千万の賞金首の元へ行こうとするなんて、その動き野次馬根性の一般人じゃありませんね」

「アタリ。多分元凶のお仲間って奴」


ミズキがちょっといたずらをしでかして怒られた子供のように舌を出してそんなことを言えば、次の瞬間には懐に踏み込んだたしぎの刀が彼女のみぞおちを狙っていた。峰打ちで当てて気絶させようという腹だろうが、そうは問屋が卸さない。
タンと地面を蹴ると同時に長柄提灯の石突とたしぎの刀の峰がぶつかる。遠心力も合わさって、ぶつかった瞬間大きく軌道を曲げられたのはたしぎの刀の方だ。彼女は一瞬バランスを崩したが、さすがに海兵、それ相応の訓練を受けているのだろうすぐに態勢を立て直し、距離を取ったミズキを睨みつける。刀を返して、峰ではなく刃をミズキに向けた。


「私は海軍曹長たしぎ!海賊、名は!!」

「威勢のいいご挨拶をどうも。あたしはミズキっていうよ」


ぽつり、と気を張っている二人の間に雨粒が落ちてくる。真っ黒な雲に覆われた空から落ちてくる雨粒は徐々に数と勢いを増して、互いの頬をつぅと水が伝う頃にはミズキは完全に男になっていた。たしぎがそれに一切の違和感を覚えなかったのは雨で眼鏡が曇ってしまったからだろうか。彼女はミズキの変化に何も言わず、構えた刀でミズキの喉元を真っ直ぐ突いてきた。
足元で水が跳ねる。
頬を掠るかかすらないかのギリギリで避けて彼女の進行方向に長柄の先を置いておくつもりだったのだが、たしぎの返す刀の早さに追い込まれたのはミズキの方だ。


「はっ!!」


ぎりぎりで彼女の横を転がりぬけたミズキだったが、刀はわずかにミズキの髪を掠って数本がぱらりと抜け落ち雨に濡れて路上で微かに反射している。
だが一旦距離を取ってしまえば長物使いのミズキの方が遥かに有利だ。自分の懐に飛び込ませないために出来る限りモーションを小さくした振りで反撃の隙なく打ち込めばさすがのたしぎも防戦一方にならざるえない。数度打ち合い決着がつかないとなって、ミズキは以前ゾロにしたようにたしぎの刀を巻き込もうとしたが、彼女の刀に長柄が触れて巻かれる瞬間、たしぎは長柄に沿って刃を滑らせた。シュイン、とこすれる音が耳に痛い。長柄の先にはミズキの手があり、胴がある。一度相手に仕掛ける態勢に入っていたミズキは、たしぎの変わり身に身体がついていかず諦めて一旦長柄を手放そうとしたせつな、ミズキの身体は突如割り込んできた第三者に弾かれて水で濡れた石畳に叩きつけられた。


「クォラクソ剣士!!レディをそんな乱雑な扱いすんじゃねぇ!!」

「んなこと言ってる場合か!」


サンジと、ゾロの声が聞こえる。ばっと体を起こすと、たしぎの刀を止めたのはゾロで近づいてきたサンジがそっとミズキに手を差し伸べた。今は男の姿だが、彼にとっては元が女性であれば今の姿はあまり関係ないのだろう。ありがたくその手をとって立ち上がる。
刀を止められたたしぎは一瞬はっとしたような表情をするも、何か因縁でもあるのかゾロを見る彼女の目はあっという間に険しいものに変わっていた。


ミズキ、ルフィとグルマユコックと一緒に先に行け。ここは・・・・おれが相手してやるよ」


にやりと口の端を上げて笑ったゾロは、たしぎの刀を力だけで押し返し、その切っ先を彼女に向ける。一瞬たしぎの剣が鈍ったような気がしたのは気のせいだろうか。
ミズキは若干後ろ髪引かれる思いだったが、サンジに急かされるようにして立ち上がると二人に背を向けて雨の中をメリー号に向けて走り出した。








2012/08/16 Back Home Next  
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