賞金首の船長殿

柔らかな風が吹きぬけて、遠くで鳥の声が聞こえる。ナミが手を伸ばすと新聞配達員であるニュース・クーはぽとんと彼女の手の中に新聞を落として代わりに首からぶら下げた集金袋をナミのほうへ突き出した。


「やだ。また値上がりしたの?これ以上値が上がるんだったら買わないわよ」


ニュース・クーはそんなナミの言葉に困ったような表情を浮かべたが、鳥自体に言っても仕方のないことは彼女もわかっているのだろう。ばいばいと軽く手を振れば鳥は再び大空へ帰っていく。


「そういえば」


新聞をばさりと大きく広げながらナミが聞く。


「あんたって賞金首なの?」

「おれ?うんにゃ違うけど?」


つい先ほどドボンしたため男の姿のミズキの一人称は「おれ」だ。随分以前、リョウガに散々男の時にあたしはやめろと言われ矯正に矯正を重ねた結果今ではそれなりに気を使っていれば自然と男言葉が口をつくようになった。


「グランドライン出身で以前はアーロンのとこにいたって言ってたじゃない」

「いや、まぁそうだけどさ。おれの場合はアーロンのところにいたのはガキの頃だったから、戦闘にはほとんど参加してないんだよ。だから海軍に目もつけられてないし」

「へぇ・・・・グランドライン出身者なんてみんな賞金つきかと思ってたわ」

「ナミそれ偏見」


ミズキがげんなりした顔で言えばナミは笑って、風が吹く中開くには少々邪魔臭い大きめの新聞のページを一枚捲る。すると同時にぺらりと、新聞の隙間から何か零れて近くで新しい何かよくわからないものを開発していたウソップの頭に張り付いた。


「なんだ・・・・ってうおおおおい!!!!ルフィ!!!」


腰を抜かさんばかりの悲鳴にミズキもナミもウソップに視線をやれば手元には焼けたような色合いの紙が握られている。グランドラインに入れば大抵どこの島のどこの酒場にも貼り出されているその紙は、見間違えるはずもない。新たな賞金首の貼紙だ。
賞金首の知らせは近くの海軍支部に聞けばいくらでも教えてくれる。この貼紙にしてもそう。酒場の物好きはこの貼紙をブロマイドのように自分の店に貼っていることもあるが、大抵はあのクソ野郎に店を散々荒らされた!!という恨みだろう。だが新たな賞金首、もしくは政府が特に危険と判断した場合などはこうして新聞と共に世界中にその額と顔写真が流布されるようになっている。


「へー!いくらいくら?」


ウソップと大変喜んでいるルフィの肩越しに覗き込めば30,000,000-の数字が見えた。グランドラインを取り巻く四つの海の中でも最弱とすら呼ばれるイーストブルーの中では恐らく破格の額だろう。


「おっこれでルフィもイーストブルーの稼ぎ頭ってところじゃん」

「ちょっと!!ルフィも!ミズキ、あんたも!!ことの深刻さがわかってんの?賞金首ってことはこれから先ずっと賞金稼ぎなり海軍なりに狙われるって事じゃない」


あいつみたいな、と指差した先の剣士は大口を開けて寝ていた。緊張感のまるでないその様子にナミは説教すらも諦めたのか再びラウンジャーに腰を下ろして相変わらず大したことの無い記事に目を通していく。
ミズキミズキで、特にやることもないので海水に浸った服を蒸留水で洗って干していたが、洗濯物のはるか向こう、水平線のかなたで何か黒い影を見た気がして目を細めた。


「ナミ!!」

「何?」

「島が見えた!」

























"Loguetown"


「ついに来たわね」

「有名なところ?」


港にはさすがに海賊船の一隻も泊まっていなかったから、さすがに遠慮してすこし港を避けるとすぐに海賊船のたまり場が見つかった。そこに停泊する準備を整えて、それからほんの少し歩くと大きな街の入り口にぶつかる。
どこか満足げなナミにミズキが首を傾げる。


「あら、あんたそんなことも知らないの?ここはゴールド・ロジャー処刑の地よ」

「え、まじで。ロジャー?海賊王の?」

「海賊王と呼ばれる人物でロジャー以外の奴が上げられることはねぇぜ、ミズキちゃん」


サンジがそういえば、ミズキは引き攣った笑顔でそうっすよね、と答える。
あいにくとゴールド・ロジャーにはあまり良い印象がない。魚人島はそもそもその海賊王が作り出した大航海時代のせいでだいぶ手痛い損害を被っているから当然だろう。元より人間に対する不信感が強かった魚人街でミズキと母親が暮らせなくなった理由も、一部にロジャーの作り出した大航海時代が問題でもあるからミズキとしてはそのことを思うとなんともいえない気分になる。今さら過去の人物を憎んでもしょうがないが、どんだけ苦労してきたと思ってるんだといったところだろうか。エースはそんなわけで海賊王の全く別の被害者になってしまったわけだが、今さら何を言っても仕方のない事実である。


「それじゃグランドラインに入る前に一準備と行くわよ!!私は出来る限りの情報を集めたいわ。ミズキ、あんたも一緒に来てよ」

「おれも?別におれ留守番でもいいけど」

「嫌よ。さっさと湯をかぶって来なさい。航海士の命令よ」


横暴に言い切った航海士はにこっととても素晴らしい笑顔でミズキを船に押し戻す。ミズキは逆らう気も特にないので仕方なくキッチンへ入ってやかんに湯を沸かすことにした。


「おれは食糧の調達だな。グランドラインに入ってすぐ島に着ければいいがそうもいかねぇだろう。ナミさん、食糧代をいくらかもらえるか?」

「あら、その辺は自由にしていいわよ。任せるわ」


金にうるさい彼女がぽんと財布を渡すのも珍しい。生き死にに関わることだからケチってもいられないというのもあるのだろうが、何より食事に関してのサンジを信頼しているのだろう。


「おれも買いてぇもんがある」

「あんたは利子三倍ね」


とはいえそれ以外のことに関して言えば彼女のドケチは変わらない。しかし考えてみればこの麦わらの一味の財布の中身は実はほとんどナミの持ち金だったりするから、利子つきで返せといわれても口答えできないのだ。
ルフィをはじめとする男共は生活感というものがまるでない。サンジはコックをやっていた分その辺の感覚も多少はあるようだが、一番ひどいのはルフィとゾロだ。二人とも碌な知識も準備もなくひょいと海に出た、ある意味豪胆な男共だったから貯蓄という概念があるはずもなく、こいつらに任せておいたら船が別の意味で沈むと財布の紐は完全にナミが握っているわけである。基本的に海賊の稼ぎなんて他の船を襲うか、カジノなりなんなりで稼ぐか程度。戦闘はよくても金には興味ない男共の代わりにナミが所有者になることも仕方の無いことだろう。
ちなみに、余談だがミズキもかなり金銭感覚が薄いほうである。今まで一人旅の間は基本的に船の上の寝泊り。必要であれば海で行水。食事は魚であれば困ることもなく、実は彼女奇跡的なゲテモノ食いだったりする。[ピーー]やら[ピーー]やらとりあえず自主規制したくなるようなものでも、毒が入っておらず歯で噛み切れるものならなんでも口に放り込むので食事に困ったことがないというのだ。餌がなかなか見つからない深海魚の魚人の性なのだろうか、ナミはそれを始めて聞いたとき色々と顔を青くしたのだった。
ウソップとルフィはちょぴっとばかしの小遣いをもってすでにどこかへ行ってしまっている。サンジとゾロも人混みに消えた頃、湯がようやく沸いたのかミズキも船から出てきてナミの隣に並んだ。


「お待たせ。で最初は何処行く?」

「まずは海図ね。できれば欲しいけど・・・グランドラインの海図ってあるの?」

「いや・・・ないね。というか少なくともあたしは見たことない。魚人ってそもそもいざとなったら自分で泳げちゃうし、わざわざ陸にたどり着かないといけないって概念がないんだよね」

「なるほど、ね」


ただ、陸につくためにいつも何かしていた気がするのだが、当時は正直あまり航海そのものに興味がなかったミズキは彼らが何を頼りに陸を移動しているのか知らなかった。何か丸っこいコンパスのようなものを使っていた気がする、と思ったがあまりに曖昧な記憶だったので口を閉じる。ナミの話によればここはイーストブルーからグランドラインに入る海賊のほとんどが寄っていく街だというから、もしそうならそのコンパスも売っているかもしれない。
二人はとりあえず航海のための様々な道具を売っている店を覗いていったが、結局ミズキの記憶の中にあるログポースも、グランドラインの海図も見つからなかった。


「グランドラインの海図ねぇ・・・持ってるとしたら海軍ぐらいなもんだよお嬢さん。普通の海賊はわざわざ海図なんて使わないし、そもそも海図なんてものがあるのかも疑わしいね」


そう言う店主にナミはため息を吐く。ということは以前バギーから奪おうとしたあの海図もそもそも偽者だった可能性が高い。


「海図なんてものがあるか疑わしいってことだけど、ようするにそれって作られて無いってこと?」


ナミの問いに店主はなんでそんなこと聞くんだとばかりに眉を寄せてそれからゆっくりと答えてくれた。


「グランドライン全部の奴はね。一部の島国の周辺のだったら、勿論その島や国が作っていることもあるけど、グランドラインを航海して商売するような馬鹿はそうそういねぇのさ」

「んじゃ島に寄れば近場の海図なら手に入るんだ?」

「そうゆうことだよ。少なくともここじゃ無理だね。諦めな姉ちゃん達」


店主の言葉に意気消沈と言うわけでもないが、それなりに気落ちしてナミは店を出る。


「ま、きっと大丈夫だよ。必要ならとりあえず入って準備することにしようって」

「はぁ・・・・ま、グランドライン出身者が一応いるんだからそう心配することもないかしら」

「え、期待過多はやめてよね」


冗談よ、とナミは笑った。










2012/08/14 Back Home Next  
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