よろしく

「改めて。おれはミズキ。本当は・・・・・・・・」


サンジがミズキの言葉に合わせてタイミングよく程よい温度の湯を頭からぶっ掛けると、全く同じ場所に性別だけが異なるようなもう一人が現れた。


「女。ちょっと前に男溺泉に落ちて、結果水をかぶると男になって湯をかぶると女になる」

「なるほど・・・・戦ってるときはなんか違和感あるなで済ませちゃったけど・・・・そういうこと」


ナミは納得するように頷いたが、ウソップとルフィの場合はそうはいかない。男と女とが入れ替わるのが楽しいらしく、ルフィは片手に水の入ったバケツを、ウソップは片手に湯の満たされたヤカンを持って交互に掛け合って遊んでいる。


「あたしの・・・じゃないおれの?あたしの目的はその呪泉郷の・・・・・っていい加減にやめんか!!」


元は女性であるミズキで遊ぶ二人をサンジと一緒になって蹴り飛ばし海へ叩き落せばメリー号はようやっと静かになった、後ろの方から待ってくれー置いてかないでくれーという悲痛な叫び声が聞こえる気もするが、そんなこと知ったことではない。


「・・・・半魚人だっつぅ話だよな。何の魚人だ?」

「ああ、・・・うん」


ミズキはゾロの問いに一瞬言葉を詰まらせたように見えた。ゾロはそれを見て質問を間違えたかとも思うが次の瞬間には彼女は先ほどと代わらぬ口調で話を続けるから、ゾロも特に何も言うこともできず彼女を見守る。


「あたしは・・・・チョウチンアンコウの半魚人だよ。男の時は純粋な人間で海中じゃ呼吸も出来ないけど、女の時は・・・・ほらこれ」


ミズキが指差したのは己の頬に入っている切れ込みである。陸にいるときは怪我をした傷跡ぐらいにしか思わないが、本来なら海中に入ると小さく開いてここが水の通り道になるのである。


「これがあたしの鰓。でも半魚人だから開きが小さいの。だから実際は口で水を吸って口で吐いてる。本当は口から水が入って鰓に抜けてくんだけどね」

「へーチョウチンアンコウなんだ。じゃこれもそうかしら」


頬を指差して笑ったミズキの頭に、所謂アホ毛というものがぴょこんと跳ねていてナミはそれを掌で押している。それは知らないよ、生まれつき。というミズキはナミの手を払ったが彼女はよほどそれが面白かったのか今度はぴこぴこと引っ張り始めた。


「こっちの提灯はチョウチンアンコウだから?光るの?」

「え?あ、うん。光る光る」


正直なところ魚人とミズキにいわれた瞬間サンジが一番心配したのはナミの反応だった。いくら彼女が魚人に対する偏見はないと言っても、今まで身体に染み付いてきたこれまでの仕打ちに対する怒りはそうそう消えてなくなるものではない。それは仕方のないことだ。ゆっくりと時間をかけて打ち解けていけばいいのだがその間にどれだけミズキが傷を負うかと思うと心配の種は尽きなかったが、存外ナミという女性は強いらしい。ミズキも最初は自分の魚人である特徴を言うたびに視線が若干泳いでいたものの、ナミがごくごく普通に興味を持ってミズキに触れてゆっくりと警戒心が和らいだのが今では自然に笑えているようだった。
ミズキが傍らの提灯を手に持てばその瞬間から提灯には青白い光が灯った。太陽光下では随分と弱弱しい光に思えるが、この光は海中で一番遠くまで届く光である。チョウチンアンコウの提灯の本来の用途は疑似餌、つまりは走光性のある被食者を呼び寄せるためのものである。そのチョウチンアンコウの魚人であるミズキの提灯も当然疑似餌としての役割を持ち、通常は深海性、夜間であれば表層の魚たちをも引き寄せる明かりだ。実のところ純血のチョウチンアンコウの魚人や人魚が持つ提灯は、光の色まで自在に変えて必要とする相手や、また好きな深度に光を送ることが出来るのだが、半魚人であるミズキには精々光の強さを変えることが精一杯である。面白いのは彼女の感情を反映して提灯もまた強く光ったり弱く光ったりすることだろうか。


「これ疑似餌だから釣りも得意だよ。航海中魚が食べられなくなる心配だけはないね」

「さっすがミズキちゃん!そりゃありがてぇ!!」


ミズキがはにかんで言った言葉に反応したのは、この船の食糧事情を預かるサンジだ。ここ数日の間でとんでもない量を食べる上に勝手に食糧庫に入ってつまみ食いする船長がいるものだから、気付けば食材がなくなってしまう。海上では普通栄養バランスの取れた食材を手に入れられるはずもないので必然的に陸で買い込むのだが、買い込むにしても限度と言うものがあるだろう。自分のクルーを飢えさせないというのはサンジの使命だ。だから本当にグランドラインに入る前にこの大変危ない食糧事情をなんとかしようと思っていたのだが、航海中常に魚が手に入るのは大変ありがたい。


「しっかしよぉ・・・男溺泉っつったっけか。グランドラインには変なとこもあるもんだなぁ」

「あれウソップ戻ってこれたんだ」

「おうよおれ様を舐めるなよ!?たとえ水の中であろうと火の中であろうとおれの狙撃の腕は・・・・・」


続くウソップの言葉を要約すると上手いことロープを船に引っ掛けてルフィと自分を引っ張り上げたということらしい。そのあたりの話をさらりと流してゾロが続けた。


「じゃお前の探し物はその呪いを解く方法って奴か」

「そう!!そうなのよ!!でもさ、普通に娘溺泉に落ちても、人間の女になるだけで意味ないから、あたしはなんとしてでも呪いを解くって方面で解決しないといけないのよね」

「なるほどね・・・・・半魚人の女の子が溺れた・・・・なんて泉あるわけねぇ。ところでミズキちゃん。リョウガの奴はどうしたんだ」

「あ、え?」


言われてみれば、という風にミズキが周囲を見回すとなるほどいない。


「リョウガって?」

「あー・・・そうかナミさんは面識ねぇのか。ほらあのレストランにいた黒豚だよ。あいつもミズキちゃんと同じで・・・なんつったっけ?」

「黒豚溺泉」

「・・って奴に落ちて水をかぶると豚になるらしい」

「・・・・もしかしててめぇんとこのレストランの最中に現れた半裸か」

「よく覚えてるじゃねぇかクソ野郎」


男と女で返事がまるきり違うのは今さらだが、ゾロとサンジはことのほか相性が悪いらしい。何故かいちいち喧嘩腰になる二人をとりあえず置いて、ミズキはあっけらかんと「ああ迷子じゃない」と言い切った。


「あ、そう迷子か・・・・ってちょっと待ってよミズキ!?あんたそれでいいの!?」

「あ、うん。あいつとは結構長い付き合いなんだけど、リョウガって極度の方向音痴でさ。はぐれたらそこでお別れってことにしてるからいいのいいの。リョウガとは腐れ縁で、出会って行き先が同じなら一緒に行くかってぐらいの感覚だし。それにあいつはここに仲間入りする気はさらさらなかったみたいだしね」


彼はどちらかと言えば個人で動くことを好む人間だったから、こうした仲間とか集団とかいうものが苦手なのだろう。最初からルフィの仲間になれというコールに対して一切返事をくれてやる気はなかったらしい。そこまでミズキに言われてしまえば返す言葉もないのだろう。ナミも肩を竦める。


「あっそ。ということらしいわよルフィ、残念だったわね」

「ん?何がだ?」

「少しは人の話を聞いてなさい!!」


怒鳴って、それで彼の性格が改善されるのなら、当の昔に皆怒鳴り散らしている。だがナミの声など右から左に流れたルフィはようやっとびしょ濡れになったベストを絞り終えたらしく立ち上がると空を仰いで盛大に声を張り上げた。


「よし!!宴にするぞぉ!!!」

「宴?何を理由に?」

「そりゃお前らの仲間入りだろ」


あ、そっか馬鹿なこと聞いたとミズキは少々ぽかんとしてから笑った。そうだ、自分は随分と彼らと長くいたからついうっかり馴染んでいたけれど、考えてみれば正式に仲間に入るといったのはつい先ほどのことじゃないか。サンジの差し出された手を掴んで立ち上がれば潮風が白銀の髪を揺らす。真昼間から始まった宴はとうとう夜になっても終わる気配を見せなかったが、それを咎めるものなど誰一人としていない。
誰よりも自由に、彼らはまごうことなき海賊だ。








2012/08/11 Back Home Next  
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