笑顔の別れと涙の出会い
ルフィが「出航する!!」と言い出したのはアーロンを倒し三日三晩続いた宴が終わって二日目のことだった。ようするにこの島に来て一週間もしないうちにさっさと行く、と言い出したわけだがそれは彼が純粋に一所に落ち着いていることに飽きたからであろう。怪我も治り元気になればどこかで落ち着いて生活するなんてもってのほか。今にもまた一人で丸木舟にでも乗って飛び出しそうな勢いのルフィに苦笑しながらも、今さらといいながらさっさと出航の準備を始めるクルーは随分とルフィの扱いに慣れてきたようだ。
「ん?そういやナミさんの姿をここしばらく見てねぇが・・・・ナミさんはどうした?」
「んー?そういや知らねぇな。でもあいつは一緒に来るんだろ?グランドラインに入っちまえばそうそう帰ってくることなんかできねぇんだから、最後の別れでもしてんじゃねぇの」
ウソップはクリークから始まった戦闘で若干傷が見受けられるメリー号を修繕しながらサンジの問いに答えた。器用に傷跡を消していくウソップの後姿を見ながら、サンジはそれもそうかと一人頷いて村の人たちから貰った貴重な食糧を船に丁寧に積み込んでいく。
「っとナミさんもそうだが
ミズキちゃんはどこだ!?おいクソマリモ!!てめぇ
ミズキちゃんの居場所を知ってるんじゃねぇのか」
「おれが知るか」
航海に必要だと村の人たちが用意してくれた食糧以外の備品は今のところ自分達で必要だと感じたことはないが、なるほど説明を聞けば聞くほどグランドラインに入るに当たって必要な装備に思えてくる。最も操船の要となる航海士・ナミはこの場に居らず操船そのものに必要になるかはわからないが、あって困るものではない。とりあえず片端から積み込むゾロに半分喧嘩を売っているサンジだが、ゾロも売り言葉に買い言葉とばかりに険悪な声音で返すものだから、船上は若干緊迫した雰囲気が漂う。だが、そんな中空気を読まない麦わら帽子をかぶった男は、先ほどまでマストの上で海を眺めていたというのに唐突に下まで落ちてきて、一度ゴムマリのように弾むと帽子を風に飛ばされないよう手で押さえてにししと笑う。
「いいんだ!!ナミも、
ミズキもほっといても来る!!」
彼が一番この二人を船に勧誘していたから、てっきりもっと島中探し回って船に引きずりこむのかと思っていたのだが、とゾロとサンジは若干唖然とする。特にゾロの場合はかなり強引な形で麦わらの一味に加入させられたという経歴もその理論を後押しする要因となっているのだろう。だがかといって彼の言葉を否定する理由もなく、二人はまぁそんなもんかと適当に納得して出航の準備に帰っていったのだった。なおルフィが準備をすると碌なことにならないので、彼は三人に最初から準備は手伝うなとご用命を受けている。
出航の準備が完全に整ったのはそれから三時間ほどあとのことだ。積み込むべきものを積み込み終わって、風は順風。あと碇さえ上げれば今すぐにでも水平線の向こうへ行く準備は出来ている。とりあえず放置しておいたらいなくなったルフィを探しにいったサンジをよそに、ゾロは甲板の上で暇を持て余し大きくあくびをした。
出航する船の周りには多くの人たちが集まって、自分達の出発を見送ろうとしているのでどうにも気まずくって下に行く気にも立ち上がる気にもなれないのだ。こういうときは寝るのが一番だとばかりに目を瞑ったゾロだったが、人の気配を感じてうっすらと目を開ける。
「おい」
「なんだよ。ドクターストップは聞かないぜ」
目を開けた先に居たのはついこの間自分の傷を縫ってくれたドクターだったから、ゾロはにやりと笑うとあまり洒落にならないことを言う。本来ならまだベッドに居るべきなのだが彼が勝手に抜け出したのだ。勿論そうでもしなければ出航には間に合わないから仕方ないといえば仕方ないのだがドクターとしては彼を止めたいであろう。
「それともなんだ。あんたも船医として船に乗るってか」
それなら大歓迎だ、と半分冗談交じりに言えばドクターはそんなわけあるかと言い返した。
「わしはこの島唯一の医者じゃぞ。わしがいなくなったらこの島の人間が困るわ。それに・・・・ナミなら問題ないわ」
遠くを見つめながら言うドクターにゾロはふぅんと鼻で返事をする。ドクターはしばしそうして思い出に浸っているようだったが、サンジがルフィを引っ張ってきた音を聞くと慌てて一枚の紙を懐から取り出した。
「ナミは問題ないとしても本題はこっちだ。
ミズキ、と言ったなあの白髪の青年。あいつにこれを渡してくれ」
「ああ?」
ゾロは怪訝な顔をしてドクターから渡された紙を開く。そして文字を見つめることしばし。ゾロは少しだけ口の端を上げて笑うとわかったよ、と呟いて軽く手を振る。ドクターはそれを了承の証と受け取ったのだろう彼もまた軽く手を振るとそれ以上は何も言わずに船を降りていったのだった。
入れ替わりに船に戻ってきたルフィとサンジは笑いながら去っていったドクターに首を傾げるも特に何も言わなかった。
「よし!!準備万端だな!!」
ルフィが甲板に立ってそう言えば、まるでそれを見計らっていたかのように、港のちょうど船と対角線上にナミが姿を現したのだ。少々遠すぎるのと彼女がまるで俯くように下を向いている性で、彼女の表情はわからない。だが彼女は唐突に「船を出して!!」と叫ぶと地面を蹴って走り出したのだ。
「おいおい走り出したけどよ・・・・何のつもりだ?」
「さぁな。船出せってよ。出すぞ」
ルフィはいたって冷静で彼の態度は時折妙な誤解を招くこともあるが、間違いというものは少なかった。それは野生の勘と言う奴が働くからなのだろうか。とりあえず船長の言うことは絶対、ということで出航の準備を始めたメリー号に対し、金も持たず礼も言わせず去ろうとするナミに村人達は大慌てである。ナミを捕まえろ、と大捕り物の風体を見せるも今の今まで海賊相手の泥棒稼業をやっていたナミに一般人が太刀打ちできるはずも無かった。するすると器用に人と、人の手の間をすり抜けて、最後の最後で力強く地面を蹴ってジャンプすればナミの身体はぎりぎりでメリー号に届く。タン、と軽い音と共にナミの身体が安定して、そして彼女がシャツを捲ると・・・・・・
先ほどまでナミを捕まえろと大騒ぎだった村人達は今度は打って変わって財布を返せの大合唱である。最後の最後まで懲りない、と笑ったのは彼女の姉のノジコだが、その笑顔は優しかった。
「じゃあね!!皆!!行って来る!!」
最後の彼女の挨拶はきっとこれから先も語り継がれるのだろう。皆笑って、涙一つない別れだった。彼女はそれから島が水平線に隠れて見えなくなるまで、どんどんと小さくなる自分の故郷をじっと見つめていた。帰れる、という保障などどこにもない。ここから先は当然ながら平穏無事な生活というものもない。彼女の今までの生活は決して楽ではないしむしろ辛いものの方が遥かに多かったのだろうが、それでも何か思うことがあるのだろう。
島の中で最も高い位置にあったみかん畑がついに見えなくなって、ナミはようやっと甲板に集まった四人の方へと振り返った。そしてちょっぴり驚いたように目を見開く。
だけど彼女が口を開くより先にゾロは側舷の手すりに寄りかかってゴンゴン、と数回メリー号を叩き、そして少し強めにこう言ったのだ。
「お前もそろそろ出てきたらどうだ?」
にやにやと笑っているゾロが果たして誰に声をかけているのかと、皆が甲板から海を覗き込むと、そこには船のロープにしがみついて今の今まで恐らく潜ったままだったのだろう
ミズキが海水をぼたぼたと髪から滴らせながら姿を現したのだ。サンジがさっと縄梯子を用意すれば、先に長柄提灯を投げ込んで次にぎしぎしと軋ませながら縄梯子を上った
ミズキが甲板に上がってくる。服も髪も全身びしょ濡れの
ミズキは甲板に水溜りを作りながら、頭をかいた。
「あー・・・・」
隠れていたのに見つかったのがさぞ気まずいのだろう。若干目を反らせながら
ミズキは以前と同じことを小さく呟く。
「次の、島まで、お世話に・・・・なります」
そう言って曖昧に笑った
ミズキにナミは目をまん丸にして驚いた。だがすぐに何故彼が(彼女が)そんな態度をとるかに気付いたのだろう。それは他のメンバーも同じだったから、だからあえて何も言わないのだ。
気まずい沈黙が流れる。いつもは真っ先に何かを言うルフィが黙っているというのは非常に珍しいことだったが、
ミズキと、それから麦わらの一味との間の溝は今ルフィが何を言っても埋まるものではない。
ナミは何と言うか迷っている風だった。だがどんな陳腐な言葉を並べるよりも、とばかりに彼女は何よりも無邪気な笑みを浮かべてこう言い放ったのだ。
「私、海賊が大嫌いなの。わかった?」
この言葉の中に以前のような辛辣な意味合いは決して込められていないだろう。海賊嫌いの彼女が、海賊になったというこの矛盾の中であえて彼女がこの言葉を発した理由は、真意は果たしてなんだろうか。そう考えた時に出る答えは、彼女の優しさであろう。
海賊嫌いでありながら海賊になり、そんな状況下であえてこう言ったのは裏を返せば海賊だからと言って全てを認めないわけじゃないということであり、まさに魚人だからという理由で差別することはないと暗に示そうとしているのである。
そんな彼女の気遣いに
ミズキは一瞬目を丸くしたが、しばらくして海水が入ったわけではないだろうがじわりとその瞳に涙を滲ませる。
「で、結局お前はどうしたいんだって?」
ゾロが続ける。
「そうだぜ
ミズキちゃん。ちったぁ素直になった方が海の上なんてのはよっぽど生きやすいってもんだ」
サンジは煙草をふかしながらそういった。それは素直に自分夢を追いかけられる今となったからこそ言える言葉なのだろう。ルフィは黙ったままだったが、代わりに最後の言葉をウソップが引き継いだ。
「
ミズキ、おれたちがここにいるのはここにいたいからだろ!!」
船に乗るのは意思一つ。泣き虫が治らない
ミズキの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「お゛れも・・・!!一緒に゛、行く!!」
笑って一緒に仲間にして欲しいなんて結局言えなかった。本当なら最初にそう言いたかったのだけれど、その言葉はいざナミを前にしたら喉の奥に引っ込んでしまってちんけな別れの言葉が飛び出て、でもぼろぼろと泣きながらになったけれども、これは確かな
ミズキの意思だ。
ルフィは満面の笑みを浮かべる。
「新しい仲間も出来た!!野郎共出航するぞ!!」
宴の始まり、そして新たな歴史の始まり。彼らがいずれグランドライン全域を引っ掻き回すような海賊になると、このとき一体誰が思っていたのだろうか。
2012/08/05
Back Home Next //
S.D.Sランキング参加中!!