招きの灯火
うっすらと目を開けると、底に広がっていたのは今度こそ青い空だった。もう身体を動かす気になれずに大の字に寝転んだまましばらくそうして空を見つめていると、手に何か置かれる感覚がある。
「長柄・・・つったか。わざわざ拾ってきてやったんだから感謝しろよ」
「あー・・・うん」
喉ががらがらする。海水をたらふく飲んだときのようなその感覚に、
ミズキは若干首を傾げざるえないのだが事実は事実だ。こんなに真水が欲しいと切に願うのは久々ではないだろうか。
「・・・・・どうなった」
「・・・・・ルフィの、勝ちだ」
ゾロはそれ以上何も言わなかった。アーロンパークの入り口の壁に寄りかかったまま開いてしまった傷口の痛みに耐えるようにじっと目を瞑る。
ミズキは「そうか」とだけ呟いて遠くに聞こえる村の人々の歓声を聞いていた。
* * * * * * * *
その後疲労のあまりに寝てしまった
ミズキがもう一度気付いたときには屋内に居た。隣のベッドから聞こえてきた悲鳴に飛び起きようとして、同時に
ミズキも悲鳴を上げる。
「バカもん!!お前さん全身打撲の上に右腕の筋肉が断裂しとるんじゃぞ!?動くんじゃない!」
「だ、打撲!?ちょっ、なんで打撲なんか・・・」
アーロンには全身打撲になるような攻撃は受けてないはずだと抗議する
ミズキに、ドクターも傷口を縫われてる最中のゾロも同時に鼻をほじっているルフィを指差した。
「あ、おれ?」
ミズキは気絶していたせいで気付かなかったのだろうが、ちょうど
ミズキが意識を失った直後、ルフィが海中から復帰し、「交代だ!!」の一言で斬新過ぎる交代をしでかしたのである。空高く吹き飛ばされた
ミズキとゾロは重力に逆らうことなどできるはずもなく、大怪我のまま水面に叩きつけられた。一見して柔軟に見える水も実はコンクリートの床とさして変わらない固さという一面も持っている。水面に高くから叩きつけられれば打撲は勿論のこと、即死の可能性ですらあるのだから侮れない。そんなわけで気絶したまま受身も取れずコンクリート面並に固い水面に叩きつけられた
ミズキは全身打撲。ゾロも似たようなものだが彼の場合類稀なる精神力で何とか意識を保つと
ミズキと自分の身体をアーロンパークの片隅に寄せたわけである。
一通りの流れを聞いてため息を吐いた
ミズキは無理に身体を動かすこともせず包帯を巻かれたままもう一度眠りについた。
* * * * * * * *
夜の帳が下りる頃には島中どこもすっかりお祭りムードで、芳しい料理の匂いが鼻をくすぐる。村中ありったけのものを出したのだろうと思うほどたくさん用意された料理は主に海賊達が消費していたが、村人達はただ笑っていた。生きていることがこんなに楽しいことだったなんてという彼らの声が聞こえてきそうなほど、楽しそうな笑い声だ。
村の通りに並ぶ家々に吊り下げられたランタンが明るく光っていて、
ミズキを除いて誰もいなくなった病室にもカーテン越しにその暖かな光が届けられる。灯りは消されすっかり暗くなった病室は外の賑やかな騒ぎとは対照的に静まり返っていた。
打撲など一晩寝れば治る、というのは少々キチガイじみた彼らの持論だが、そう言う通りしばらく寝ただけで歩けるようにまでなってしまうのだから呆れたものだ。
ミズキはまだ少々肩が痛むがあまり気にせずに立ち上がると貧相な病室の給湯室でお湯を拝借する。
適当にあったヤカンも、給湯室の設備も随分と古くここ数年の間ほとんど修理などしていないのが現状だろう。それだけアーロンに搾り取られていたということか、と思うと胸が痛んだ。村人達への同情といったことも確かにある。だがそれと同時に
ミズキの胸のうちに到来したのは、自分が好きな人たちを嫌いな人がいるという現実だ。それは自分のことを嫌いだと言われるのと同じくらい辛い気がして、たとえその人の行動が決して許されるものでないとわかっていても悲しかった。
「ばっかみてぇ」
もう迷わないと決めたはずなのにまだ彼らの前に出れないことも、己の善悪以上に記憶に左右される心も全てバカみたいだ。真っ暗な給湯室はドアから、そしてその灯りは窓から漏れこむ以外光源はない。火にかけられたヤカンが沸騰してピーピーと鳴くまでの間
ミズキはそうやってしゃがみこんだままくだらない自問自答を繰り返していた。
* * * * * * * *
彼女が外に出たのはうっかり100℃まで上がった湯の温度を人肌に冷ましてそれをかぶってからだった。裏口から出れば人がいない。ドクターだって今日のお祭り騒ぎに参加しているから、
ミズキが病室を出ることを咎める人物は何処にもいなかった。賑やかな人の声から遠ざかるように海へ出ると、うつりゆく時代に対して昔となんら変わらない波の音がひどく鮮明に聞こえて悪循環に陥っているバカみたいな頭もほんの少し冷えてくる。
すこし小高い海に突き出た丘の上は人々の喧騒からも灯りからも遠ざかって考え事をするにはちょうどよかった。風に吹かれることしばし、ざく、と土を踏む音がしてその場に訪れる人物がもう一人。
「・・・・また傷開くんじゃないの」
ミズキはそう言ったが、ゾロはただ何も言わずにしばらくのあいだその場に立ったままだった。
そしてそれは
ミズキも全く予期しなかったのだが、ゾロは唐突に剣士としての命であろう刀をその場に置くと何の前振りもなく地面に頭をつけたのだった。
「悪かった」
決して怒鳴ったわけではなく、ただ静かにゾロはそう口にした。
「おれは・・・・半魚と言ったのはアーロンの奴をけしかけるだけのつもりだった。お前のことを・・・・知らなかったから許されるってわけわけじゃねぇ・・・・ただ・・・・ああクソ。これじゃただの言い訳だな」
ゾロはそれからゆっくり頭を上げると
ミズキを見る。
「おれは、お前が今後ルフィの誘いに乗ろうと乗るまいと・・・・お前のことを魚人だと差別するつもりはねぇ。今さら言っても言い訳にしかならねぇが、そこだけは・・・・わかって欲しい」
人の歴史と魚人の歴史は真の意味で理解しがたく、互いに大きな溝を埋めあぐねている。
自分の横につきたてた長柄提灯は
ミズキが手でそっと触れるとぼうっと柔らかな光を放った。それは水の中でよく通る青白い光。決して温かみがあるものではない。チョウチンアンコウのそれは暗い闇の中で光に飢えた獲物を密やかに惹きつけるものなのだから、その中には死の匂いすらも含まれているというのに、それでもどうしようもなく惹きつけられてしまう何かがあった。
「魚人も・・・・人間も・・・・何が違うんだろうね」
「・・・・・・綺麗な、光だ」
ミズキの問いは答えが出るものではないだろう。違うものは多分たくさんあって、ほんの少しもない。互いを理解することは隣人を理解することとなんら変わりないはずなのに、不思議なほどにそれは難しい。
星空の下で遠くに人々の賑やかな笑い声を聞きながら、静かに光る提灯の灯りを見つめて。その灯りは死ではない何かを惹きつけられるのだろうか。
2012/07/29
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