私の誇り
ミズキは座ったままゾロとサンジがアーロンと戦うのを見ていた。すでに満身創痍の二人は今ここで助けに入らなければ負けてしまうだろう。助けに入ったところで負けるかもしれないが、それは不確実な未来だ。希望を持つならば、
ミズキはここで二人の助けに入るべきだった。
しかし、
ミズキは動かなかった。多分動けなかったという方が正しいのだろうが、他者からすれば
ミズキは魚人であるから動かないのだと思われても致し方ない。
(仲間・・・)
ただ単純に自分のことを話せなかったのは信頼できなかったからではなく、後一歩の勇気が足りなかっただけの話だが、結果からすればルフィたちを信頼していないも同じことだ。海の上で信頼できない相手を仲間と呼ぶにはリスクが大きい。
助けなきゃ、負ける。でも、助けていいんだろうか。自分はナカマなのか。でも自分は本当のことを話さなかった。自分は彼らのナカマで居ていいのだろうか。
ミズキの葛藤は馬鹿馬鹿しいといえばそうなのかもしれない。麦わらの一味に加入するに当たって、恐らく何よりも重要なのは「仲間でいていいのか」ではなく「仲間でいたいのか」だ。
ナミはここへ来てようやくそれを理解した。共に命を懸けて海を渡っていくという仲間として自分はルフィたちと共に行きたい、その思いが真実ならばそれでいい。そしてその時ナミがすべきことは唯一つ、「助けて」と声を上げればそれだけでよかった。
たった一人ルフィの麦わら帽子と共に取り残されたナミは声を上げてないて、それから立ち上がった。自分で刺したと言っても痛いものは痛い傷を押さえて、ただ包帯で巻くだけの手荒い治療を施すともう一度目頭を拭う。
(もう泣くだけ泣いた。・・・・それに覚悟も、決めた)
ここから先は決して迷ってはいけない。自分は、ルフィを信じて、そして彼が仲間だといった人たちをただ信じればいい。
立ち上がったナミは海から吹いてきた風に麦わら帽子を飛ばされないように手で押さえると、しんと静まり返った懐かしい風景の中をアーロンパークに向かって走り抜けた。三人とアーロンの戦いが始まるほんの少し前のことである。
「・・・・クソッ!!」
転がると勢いがついてサンジにぶつかりそうになり、ゾロはヨサクの刀を固い地面に突き立てた。アーロンのノコギリの頑丈さについていけなかったその刀はあちらこちらで刃こぼれしてもう役には立たないだろう。
先ほどの連中とは桁が違う、とサンジは辛うじてまだ動く足を頼りに立ち上がるともう一度アーロンに向き直った。そら、またくるぞ。サンジは右足で強く地面を蹴ってゾロに体当たりするように転がると、ゾロとサンジを狙った水の散弾銃が二人を掠ってとんでいく。今までごくごく普通に扱ってきた少量の水でも、魚人にかかるとこれほどの武器になるとは思いもしない現実だ。挙句に腕力は人間の十倍、しかもそれ以外に魚の特徴を持ち合わせているというのだから、サンジも魚人が戦闘能力という点において優れていることは否定しない。
(あいつは、ノコギリザメの魚人か・・・くそっ!!ホオジロザメの間違いじゃねぇのかよこの凶暴さ!!)
額から流れる血で視界がはっきりとしない。血も流しすぎた。一瞬ふらっとよろけた隙をつくように、アーロンの足で蹴り飛ばされればその衝撃を吸収できずサンジはその進路にいた
ミズキを巻き込んで海中に転がり込んだ。先ほどクロオビに海中に引き込まれた恐怖が一瞬のうちに頭の中に甦ってパニックになりかけたが、それで口の中の空気を吐き出してしまうより早く
ミズキに襟をつかまれて水面に頭を押し上げられる。
「ブハァッ!!わりぃ・・・げほっ・・・助かったぜ
ミズキちゃ・・・・」
同じように水面に顔を出した
ミズキの表情は酷く感情に乏しかった。いや、それよりも先ほどのアーロンやゾロの言葉がかなりこたえているのだろう。噛み締められた唇には血の塊が付着していてサンジは何も言えなくなる。だがそれと同時に思ったのは、彼女が仲間であればどれほど良いかということだった。海に慣れた魚人が仲間ならばグランドラインを渡るのもどんなに楽だろうか。今だってそうだ。彼女は海に落ちようと何の動揺もなく自分を引き上げ、水そのものと触れ合うことに恐怖を欠片も感じていない。サンジは常日頃から料理人として様々なものを捌いてきて、その中には見た目がどんなに悪くても味はとても良いものが隠れていることを知っている。そのためかゾロ以上に見た目に対する偏見が薄いのだ。でもそのことを伝える術をサンジは持ち合わせていなかった。
一方で当の
ミズキは反射的に水に落ちたサンジを助けたもののそれ以上どういう表情をしていいのかわからなかった。俯いたまま水面に映った自分の表情をただじっと見つめて、その表情が泣きそうだったからあえて笑ってみようとする。相反する感情に相殺された表情は酷く無機質だ。
だが、たとえどんなに考え事に耽っていても、グランドラインを渡り鍛えた身体はほぼ反射的にアーロンの身体に反応する。
はっとして、顔を上げて、アーロンの表情を見てぞっとした。彼の、殺気が違う。
「
ミズキ!!てめぇなんだその姿は!!」
アーロンの怒鳴り声にようやく今自分が人間の男の姿になっていることを思い出して、それと同時に
ミズキは水中を蹴って陸に転がり出た。勿論、サンジの頭を水中に押し込むことは忘れずに。アーロンの牙は水中から飛び出した彼女のちょうど肩口を捕らえ、のこぎりの鼻は水面を掠る。水が緩衝材となってサンジへのダメージはさほどないだろう。だが鮫の強靭な顎の一撃をもろに喰らった
ミズキは悲鳴を上げる余裕もなくその場に転がる。抜けた歯はしっかりと左肩に食い込み抜ける様子がない。もがく胸の上に足を置かれれば体重で息を吸い込めなくなる。男だろうと女だろうと抵抗できない。いや、きっと今は抵抗する気すら失せているのだ。
ゾロはその光景を見ながら一瞬身体を動かせなかったのは、彼自身に若干の迷いがあったせいだろう。それは彼女が(彼が)魚人であったことに対して、というよりは純粋に彼女が最初まるでアーロンの仲間であったような素振りをしたことに対してだったが、そのことが
ミズキにどう見えたかは違う話だ。
本当に馬鹿げた話なのかもしれないが、彼女はただ、自分がアーロンと同じゆえに魚人だから仲間として受け入れてもらえないのだ、と勝手に思い込んだ。
「ゾロ、サンジくん」
そのときゾロとサンジだけでなく、その場にいた全員が動揺を隠せなかったのはちょうどその場に麦わら帽子を被ったナミが現れたからである。
彼女は真っ直ぐに立って
ミズキを踏みつけるアーロンを睨みつける。アーロンもまたナミを睨んだ。
ナミは一度大きく息を吸う。迷ってはいけない。
ナミはほんの少し前ここにたどり着いて全ての話を聞いていたのだった。
ミズキがかつてのアーロンの仲間であり、魚人であることも、そして彼がいや彼女が自分達を今仲間と呼ぼうとしなかったことも。
魚人と言う言葉はほんの少しナミの身体を竦ませたけれど、ここで魚人は悪だといえば自分は一体アーロンと何処が違うのだろうか。アーロンのことは嫌いだ。許せない。だけどそれで魚人を憎むのは違うし、何よりルフィは
ミズキを仲間だと呼んだ。
(・・・・私はあいつらの言葉を疑っちゃいけない。
ミズキを、迷わせちゃいけない)
「
ミズキは、私たちの仲間でしょ」
迷ってはいけないと何度言い聞かせても身体は震えた。だが、その一言を吐き出すといつの間にか身体の震えは収まっていた。アーロンパークに響いた声は小さかったがよく通り、ゾロとサンジの迷いを消す。そして同時に
ミズキの中にあった最後のわだかまりも消し去ったのだった。
ナミにそう言われた瞬間に涙が零れそうになったのは彼女が単純に泣き虫だからではないだろう。何よりも魚人を憎んでいいはずのナミがそう言ってくれたことは
ミズキにとって何よりも嬉しいことだった。何も理解しようとしなかったのは
ミズキ自身で、それはまた魚人と人間の凄惨な歴史を刻もうとしていたのだろうが、彼女ももう迷わない。
ナミの言葉に一瞬力の抜けたアーロンの足を無理矢理押し返し
ミズキは痛む肺に大きく息を吸い込むと渾身の力で、アーロンとの決別を言葉にした。
あなたはいつまでも私の恩人だ。でも、私は今あなたがしたことを許してはいけない。
「アーロン・・・・おれは・・・半分魚人で、半分人間だ・・・。たとえ何度拒絶されたって、タイの大兄貴が言ったことはきっと間違いじゃない。おれはきっと人間と魚人が心のそこから分かり合える世界を作るんだ!・・・・おれはっ!!人を愛した母さんを誇りに思う!!人魚を、魚人を愛した父さんを、誇りに思おう!!」
ミズキの言葉は彼女自身の肯定である。言ってしまえば魚人でも人間でもなく中途半端な存在。だがそれを心底認めようとしなかったのは彼女自身であり、それ故に迷いが生じていたのだ。だが自分は半魚人である故に出来ることがあると認めて、彼女の迷いは何一つなくなった。そして迷いがなくなった途端、身体はやけに軽く感じて、アーロンの足の下から転がり出ると動揺を隠せないアーロンと真っ向から向き合ったのだ。
「魚人空手、鮫瓦正拳!!」
やり方はわかっていても人間の身体ではなおさら負担の大きいこの技が
ミズキの最後だった。空気を介さずアーロンのみぞおちに直接打ち込んだ正拳はさすがのアーロンでも堪えたのだろう。歯の間から零れ落ちた血は地面に赤い小さな水溜りを作る。
遠くでルフィの声が聞こえた気がした。が、それを確認する前に
ミズキの意識は完全にブラックアウトした。
2012/07/27
Back Home Next //
S.D.Sランキング参加中!!
※補足※
ホオジロザメが凶暴か、という点に関して。
ジョ‐ズなんかでホオジロザメ=人食いの悪役みたいなイメージがあると思いますが、確かに鮫による事故はあれど、ホオジロザメは基本的に好き好んで人を襲わないといいます。というか鮫全般そうですかね。
よく危険といわれる鮫で耳にするのはホオジロザメよりイタチザメとかオオメジロザメとかニシレモンザメでしょうか。彼らは結構な雑食性らしいです。オオメジロザメなどは淡水適応力も高いらしく、イタチざめは体格の大きさなどからやっぱり一番(人間にとって)危険なのはこの辺なのかなぁというイメージ。とはいえ凶暴という一言でくくるのは違うかなと思います。彼らもまた生きるために食べているわけですし。それが結果人を殺すという結果に繋がっている現実があるのも事実ですし、それは仕方のなかったことなんだと一言で済ませる気はありません。私だって身近な人が鮫に食べられるなんて嫌ですから。ですが、映画などの一方的なイメージで鮫は悪役だとは言って欲しくない。ジョ‐ズは悪い映画だと言いたいわけではないですが、やはりあの映画の影響は強かったのかなとは思います。
作中ではサンジにあたかもホオジロザメが凶暴であるかのような台詞を言わせてますが、あくまで演出ということで理解していただきたいと思っております。ホーディの例をとってもONEPIECEでは鮫の魚人は比較的粗暴なイメージを持たせているようで、私としては作品のそういったイメージも損ないたくなかったのであえてそういう表現を使いました。まぁ個人的にはヒョウゾウかダルマが一番怖いんですけどね。ヒョウモンダコがモデルとかこりゃおそろしや。
鮫、は興味深い生き物です。アーロンのモデルとなったノコギリザメもそう。ジンベエのモデルであるジンベエザメも、ダルマのモデルであるダルマザメも。ダルマザメは面白いですよ。クッキーカッターシャークと言われますが、どうしてああいう力を持っているのか、ということはモデルとなった生物を見ていると非常に面白いです。しかしまぁメガロドンは興奮したな。SBSでも触れてましたが絶滅生物カルカロドン・メガロドンは骨だけ見てるとホオジロザメ以上に怖くって、そんなのが姫様と一緒にいることを考えるとなんだかすごく微笑ましい。
魚人島はネタの宝庫ですね。