"下等種族"

ドン!!と激しい音と共にアーロンパークを囲む壁が吹き飛んだのはちょうどそのときである。激しく立ちあがる土煙の向こうに何十人もの人がいる、と思ったのは彼女の見聞色の覇気のせいだろう。しかし、その煙に分け入ってアーロンパークに踏み込んできたのはたったの三人だけだった。
最初はゆっくりだった足音はだんだんと加速して、そして最後は飛び跳ねるような勢いでその人物はまっすぐにアーロンへ拳を向けたのだった。


「!?」


恐らく見聞色の覇気が薄いアーロンからすれば、その人物が目の前に迫るまで気付けなかっただろう。土煙から荒いつくりの麦わら帽子が垣間見えた。


「ルフィ・・・」

「おれの仲間を泣かすなよ!!!」


彼がここまで怒っている姿を見たのはミズキにとっては初めてのことである。アーロンやミズキが今まで知り合った人たちと比べれば圧倒的に年若い彼の言葉はまだ軽いものであろうに、その時ミズキはその一言に比喩ではなく重圧を感じたのだ。深海の圧力に人が耐え切れないように、ミズキはその時猛烈な息苦しさを感じたのだった。人が水中で感じる空気の渇望とはこのようなものなのだろうか。


「っとに・・・おいルフィ!!お前勝手に一人で暴走してんじゃねぇよ!・・・・ってミズキちゃんなんでここに?」

ミズキ?」


サンジは途中でいなくなったミズキがここにいたことに驚いていたようだが、ゾロはもう着いてきていないと思っていたミズキがここに居たことに驚いたようだ。それよりも何よりもできればミズキとサンジが呼んだ人物が女であることに気付いていただきたいところだが、鈍いのかそれとも単純にそういった観察力が足りないのか、ゾロは目の前のミズキが男でないことに一切言及しない。


「あ!!お前なんでここにいるんだ!?その怪我どうした!?」


ルフィもアーロンをぶん殴ってサンジに言われるまでミズキの存在に気付いていなかった様子だったから、あれ、これはもしかしてうっかり間違えてたらルフィに殴られたのは自分ではないかとミズキはぞっとする。


「・・・・運が悪くて先にこっちに着いただけよ」


ミズキは額から流れ落ちた血と汗をぬぐって両足でしっかりと立ったが、背後からのサンジの剣呑な視線ははっきりと伝わってきた。その視線は"あいつらにやられたのか"とでも言いたげで、ミズキはそれに対して答える気が無かったからあえて彼らに背を向けたのだ。


「ほぅ・・・・ミズキ・・・お前のナカマか」


思い切りルフィに殴られたと言ってもそれは彼にとってさほど大きなダメージとはならなかったのだろう。彼はゆっくりと身体を起こすと軽く殴られた頬に触っただけで、それ以上何かしようとはしない。ただゆっくりとミズキを見据えてそう一言言ったのだ。クロオビはアーロンに指示されるままに一歩下がったがその視線はルフィに向けたままで、いつまた攻撃を仕掛けてくるか分からない以上気は抜けなかった。
ルフィ、ゾロ、サンジの登場により戦局はアーロン一味に対し有利になった、とは一概に言い難い。ミズキとリョウガによるダメージは少なからずアーロンの駆動を鈍らせているといっても、力の差はいまだ歴然としている上、残った幹部を含む一味のクルーには傷一つ負わせていない状況なのだ。彼らはまだ魚人と言うものを知らないだろうから、その驚異的な力の差に精神的に圧倒されることはないだろうが、ミズキとしてはナミを連れてさっさと逃げて欲しかった。とはいえここで逃げ出してしまうような人間にグランドラインを制することができるとはとても思えないので、これはある意味ルフィにとって必然の選択だったのかもしれない。


「ロロノア・ゾロ、それに長鼻の男、か」

「あいつだ!!あいつだろ!!ニュー!!にしてもなんでミズキがあいつらと知り合いなんだ?」


あちらこちらですれ違っていたものが今ここでぶつかり合う。


「・・・海賊・・・・なるほどそういう繋がりか。つまりてめェらは最初からナミが狙いだったってわけか・・・シャハハハハ!!たった四人の下等種族が集まったところで、何ができる」


アーロンの言葉には疑問など欠片も含まれていない。最初から確信めいたそれは、所詮下等種族四人では何もできやしないと言っているようなものだった。


「バカヤロー!!お前らなんかアーロンさんが相手にするもんか!!モーム!!出て来い!!」


モームという名はミズキも始めて聞いた。自分が彼らの下を離れてから入った新しい仲間なのか。そうミズキが思った瞬間、海が割れて中から出てきたのかつい先ほどルフィとサンジが散々痛めつけたあの牛の海獣類で、ミズキはその時不覚にもこいつはビーフではなかったのか、とどうでもいいことを思ってしまう。
恐らくこの島に激突したときに出来たのだろうたんこぶが、どこかモームを愛嬌のある存在にしていたが、忘れてはいけないのはモームが身の丈数倍はある海獣類だということだ。アーロンの一言に焚きつけられるように怒り狂ったように鳴いたモームの声はびりびりと空気を震わせ腹の底に響いてくる。様子を見守っていた村人達もその激しい鳴き声に思わず耳を塞いだが、当然、ルフィにとってそんなものは屁でもない。
血を流しすぎたせいか頭が回らなくて、ルフィの腕がモームの頭に巻きつくのをボーっと見ていたら逃げろ、の一言でゾロに襟首を引っつかまれ肩の上に担ぎ上げられた。肋骨が痛かったが、そのあとにぎりぎりで回避できた惨劇は想像以上のものでミズキもうっかり体の痛みすら忘れてしまう。ミズキにとってのかつての同胞達は、ルフィを中心としモームを正しく羽とした風車に巻き込まれて吹き飛ばされたのだ。最後の最後でルフィがモームの角を掴んだ手を離せば、モームは空高く舞って海へ叩きつけられる。


「おれは・・・」


すんでのところでゾロに引っつかまれて、ぎりぎりで地面に引き倒されてモームの風車を回避できたミズキの耳にルフィの声が飛び込んでくる。


「こんな奴らを相手にしに来たんじゃねぇぞ!!おれが、ブッ飛ばしてぇのは・・・・お前だよ!!」


ゼェハァと荒い息の合間にルフィはそう怒鳴った。その言葉はアーロンに向けられたものであったが、一方でミズキにも充分すぎるほど届いていた。ルフィのように、はっきりといえるだけの実力があれば、今ある現実はきっと存在しなかったのだ。アーロンは間違っていると気付いたそのときに、海軍が自分達が尊敬するその人を殺そうとしたときに、そして何よりも『なりそこない』と貶されたときに。あの時ルフィのように立ち上がれたらきっとこの現実は存在しなかった。そして今がまさに今であるということは、とりもなおさず自分が弱いことの証明で苦しかったけれども、それでも気付けた以上遅すぎることは何一つ無い。


「・・・・そいつはちょうど良かった。俺も今てめぇを殺してやろうと思ってたところだ」


アーロンの低い声に思わず身体が固まる。昔からアーロンの人間に対するこの怒りが大嫌いだった。彼にとってそうすべき理由があることは知っているが、それでも、嫌だ、怖い。だが今度こそ立ち上がらなければならない。
ゾロはミズキのそんな変化に気がついたのか、気付いてないのかたただ黙って立ち上がると刀の柄に手をかけた。


「こんなことなら最初から我々がやっておくべきだったな」

「クロオビッ!!チュウもハチも、まっ・・・・!」


一歩前に出たクロオビを止めようと、同じく前に出ようとしたミズキだったが、それよりも早く止めたのはチュウだった。彼はミズキをまっすぐ指差すと動くな、とただ一言言う。


「おれはアーロンさんと違ってお前がそうありたいならそうあればいい。だが、今はもう手を出すんじゃねぇぜ」

「・・・・おいどういうことだ。お前あいつらの仲間なのか」


背後からかけられたゾロの言葉にも言い返せず、チュウの言葉にやり返すことも出来ない。ミズキは黙ったままゾロの剣呑な視線を受け止めていたが、それを遮るかのように怒鳴ったのはルフィだ。


「ちげぇ!!ミズキはおれの仲間だ!!」


真っ直ぐすぎて、眩しいぐらいのその言葉の根拠など何処にもないだろう。だけどそんなこと関係なく自分のことを信じ続けるルフィが羨ましい。だが、そこまではっきりとかっこいいことを言っておきながらどこか抜けているのもルフィらしいといえばルフィらしい。先ほどモーム風車をするために自分で固い地面に足を突っ込んでおきながら、抜けなくなった、という彼にありとあらゆることを忘れて麦わらの一味全員が脱力した。てめぇは何をやっているんだとか、自分はなんでこんな奴の船に乗ることを承諾したのだとかいろんなことが頭の中をよぎったが、今さらそんなことも言ってられない。
ハチが振り下ろした元・屋根だった塊を一蹴りでサンジがぶち割ると、その隙にウソップがルフィの身体を引っ張って足を引き抜こうとするが一向に上手くいかないようだ。一体何のコントなのだろうか。
ミズキは呆けたようにじっと彼らのやりとりを見つめていたのだった。








2012/07/22
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