男?女?

とりあえずパンサメの口から助け出されたヨサク(とズボン)はどうやらずっと泳いできたらしくびしょ濡れだった。それなりに暖かい気候とはいえ、海に長時間浸かっていれば嫌でも体温を奪われていく。若干唇が紫になりかけていたヨサクをミズキは有無を言わさず湯を張った風呂桶に叩き込んだ。あいにくと海の怖さは誰よりも知っているのだ。中途半端な対応だけはしない。
その後、ヨサクはコックたちの計らいで服を貸してもらえることになり、なんとか落ち着くと彼は必死の形相でジョニーとウソップとゾロがナミを追っていった行き先について話し出した。曰く、ずっとナミを尾行し途中で自分だけ一人こちらに戻ってきたため100%ではないが、彼女の向かっている先がわかったこと、ナミが向かう島に誰がいるのか、ナミが向かった島で今何が起きているのか・・・・・


「だから兄貴たち急いで来て欲しいんだ!!!!今ゾロの兄貴はとても戦える状況じゃねェし、おれとジョニーが相手じゃ紙一重で負けちまうぜ!」


ヨサクの話を皆一様に黙って聞いていたが、その反応は三者三様、いや十人十色だった。ヨサクの話になんら心当たりの無い者たちは別段驚くようなこともなかったが、グランドラインの実情や海賊達の実情を知る者たちは騒ぐなり顔をしかめるなり顔を青くするなりと急に店は騒がしくなる。


「おい、なんだそのアーロンってやつは」


一度もグランドラインを訪れたことのないサンジは前者の口で、相変わらずタバコをふかしながらそんなことを聞いたが、その一言に神妙な顔をしたコックたちはまるで話していいものかと相談するようにお互い顔を見合わせただけだった。奇妙な沈黙が流れて、サンジはそんなコックたちの様子をあほらしいと思いながら眺める。
そんなサンジの視線の端っこでミズキはため息を一つ吐き出すと、ゆっくりとそのアーロンという人物について話し出した。


「・・・・・アーロンは・・・・・元魚人海賊団出身の海賊だ。魚人海賊団と言えばグランドラインでは相当名の知れた連中だし、なにより魚人は人間と違って海に強い。アーロン一味は相当な人間嫌いで通ってるから彼の海賊団に人間はいない。つまりは完全な海中のプロだ。賞金額は二千万グランドラインから考えると凄く小規模で大したことないように思えるかもしれないんだけど、アーロンはそもそもノコギリザメの魚人。ノコギリザメは海底でじっとしていることが多くて、それと同じで単にアーロンが周到に上手く海軍の目から逃れるように動いてるだけ。賞金額が小さいから弱いってわけじゃない。むしろ七武海ジンベエと同等の実力があると思った方がいい」

「・・・・・へぇ・・・・やけに詳しいんだな。というかなんだ、魚人って奴をはじめて聞いたがそいつらは魚なのか?」

「違う」


ミズキはそこで若干声を荒げたが、すぐにバツの悪そうな顔をして「魚じゃない」と答える。


「人と魚人と・・・・生物進化の中でどちらが先に生まれてきたのかは分からない。でも魚人は人間にさらに魚の能力を付与したようなものだから、能力的にもそうだけど性格も元となってる魚の影響を受けることが多いんだ。鮫の魚人は魚人の中でも粗野だし、逆に熱帯魚の魚人や人魚は派手好きだ」


ミズキはそれだけ言うと今度はルフィの方へ向き直る。


「・・・・・ルフィ、おれレストランまでっていったけどやっぱりそのナミの故郷まで乗せてもらっていいかな?」

「いいぞ」

「ちっ・・・先越されちまったか・・・・おいルフィ、ついでだおれもてめェの船に乗ってやるよ。馬鹿な夢はお互い様だろ」


ミズキとサンジの言葉にルフィはこれ以上ないほどに顔を輝かせる。よほど嬉しかったのかルフィは「よし!すぐ出発するぞ!!」と言うなり先ほどまで怪我で寝ていた身体で走り回りだすものだから、コックたちは大慌てでそんなルフィのことを止めたのだが、幸いにしてゼフが出航の準備を整えてくれるということで思っていた以上に早く出航することが出来た。
食糧として、本日分のバラティエの仕入れをありったけ、船はサンジが手に入れた食材を新鮮なままバラティエへ運ぶための仕入れ船を借りる。縞模様のこの船は四人が乗ってもまだ充分なほどで、冷蔵庫は勿論のことキッチン完備で何と小さな缶詰工場まである。これは状況によっては即座に三枚に卸し、すり身にするなりして旨みから何から何まで閉じ込めてしまうためだ。海賊船というよりもむしろ工船と言った方が正しいこの船そのものはグランドラインでの航海にはあまりに心もとなかったから、いずれお別れするだろうが、素人が手にするにはあまりにきちんとした設備があるのでできるならどこぞの有名な漁師なりシェフなりに引き取ってもらいたいところである。
一足先に待ちきれないルフィを追ってミズキは工船へ乗り込んだ。ちょっと遅れてヨサクもついてくるが、どうも話によるとヨサクにくっついていたあのパンサメは本日の店員食堂の食卓に並ぶという。そのお味の方試したいところだが、残念ながら事は一刻を争うのでそうもいかない。
ヨサクと共に船の点検を済ませたところで(まさかルフィにそんな器用なことが出来るはずが無かった。いやそもそもルフィは大型帆船も蒸気船も筏もさほど違いがないと思っているので、むしろルフィに点検をやらせるほうがよっぽど危ない。)ようやく半壊しかけのレストランの中からサンジが出てくる。ボロボロになってしまったがまだ辛うじて浮いているヒレの上にはずらりと強面のコックたちが並んでいたわけだが、すでに慣れっこというか案外このレストランで一番素行が悪いかもしれないサンジは悠々とそんなコックたちの間を歩いて工船の前でぴたりと止まる。そして即座に振り向くと、目の前でフライパンに巨大フォークを構えていたパティとカルネの顔面に重たい蹴りを叩き込んだ。
パチパチパチ、とミズキとヨサクが拍手を送ってしまうほどに見事な蹴りだった。どうやらサンジが去る前に最後に一発、と思っていたようだがあいにくとその程度の腕では無理だろう。二人の惨敗に笑ったり馬鹿にしたりとコックたちは例え何があっても騒々しい、ルフィは自身がもっと違う別れ方をしてきたからか、誰一人として元気でやれよと声をかけないコックたちやサンジ本人に多少首を傾げたが本人達のことにはあまり深く関与するつもりはないようだ。サンジが工船に足を踏み入れたところで、なら行くか、と帆を張ろうとした・・・・・が、その手はぴたりと止まった。


「おいサンジ、カゼひくんじゃねェぞ」


帆を広げれば、その音でかき消されてしまったかもしれないその言葉はチビナスが、クソガキがと散々罵倒してきたゼフが発したものとは思えないほど暖かい響きがあった。気付けばコックたちはぼろぼろと涙を流している。例えどんなに罵り合おうとも、サンジは確かに彼らと仲間であり家族であった。コックたちと、それからオーナーゼフの言葉にサンジは一度身を引いて船を降りると膝をつく。

「オーナーゼフ!!!」


チビナスでもない。クソジジイでもない。息子でも父親でもない。
サンジがただ一言そう叫んだのは、きっと彼のことを師匠としてずっと敬い続けてきていたからなのだろう。


「長い間・・・・!クソお世話になりました!!このご恩は!!」


サンジや皆の頬を伝う涙に、ミズキも思わず目頭が熱くなるのを感じた。昔から知っていたことではあるが、とにかく自分は涙もろくていけない。こういう別れを前にすれば自分は当事者でもなんでもないはずなのに、つい昔の自分と重ねて涙が止まらなくなってしまうのだった。どこか満足そうに口の端を上げて笑っているルフィの傍らでミズキは腕に顔をうずめてわんわん泣いてやった。後でなんでお前がそんなに泣くんだよ、と突っ込まれたがそんなこといいじゃないか。別れは寂しいし、出会いは嬉しいのだから、その時泣いて何が悪いというのだ。


「一生忘れません!!!」







































クアーと高いところで鳥が鳴きながら飛んでいく。今日も今日とて快晴、そしてクルーの体調は万全んである。バラティエを出航して丸一日がたったわけだが、どうやらヨサクの言うアーロンパークまではもうしばらくかかるようで、それまでの間ルフィとミズキは完全に暇をしていた。最初はサンジを手伝おうかとも思ったのだが、あいにくと一人旅していたとはいえここまで完備されたキッチンなど取り扱ったことがなく、火を点ける時点でまごまごしていたらあっという間にキッチンを追い出された。ルフィは当然のこと、しょっちゅうつまみ食いをするせいでものの数秒でキッチン立ち入り禁止令が引かれる。そんなわけで時折皿洗いをする以外何もすることなく、ぼけっとしたまま青い空を見ているとこつんと額に冷たいものが当たる。


「どうだ、おれ特性ジュースだ。いくら冷蔵庫があるっつっても、新鮮なものは新鮮なうちに美味しく頂くのが一番だぜ」

「さっすがサンジ君。よくわかってる。ちょうど喉渇いてたんだよね」


そういってミズキはよく冷やされた冷たいコップを手にとって甘酸っぱい香りの半透明な液体を少し口に含む。砕かれた氷と一緒に甘いパイナップルの味が口の中に広がった。


「ところでよ」


サンジは二人にも特性ジュースを渡してきたのか、空になった盆を手に持ったままミズキの横にどすんと腰を下ろす。もっと日当たりのいい場所を指差して、こっちに来ればとミズキは言ったがサンジは黙って首を横に振った。


「一つ聞きたいことがあるんだが」

「オレナニモシリマセン」

「おうおうしらばっくれんじゃねェぞ」


サンジは何か楽しい玩具でも見つけたかのようににやっと笑ってミズキとの距離を詰めた。ルフィとヨサクもなにやら楽しそうな(ミズキからすればなんら楽しくもなんとも無い)様子にわらわらと寄ってくるもので、結局三人に詰め寄られてミズキは降参!とばかりに両手を挙げた。


「わかった!!わかったから答えるよ!!好きなこと質問すればいいでしょ!?」

「よーし、じゃまず第一問。お前本当に男か?」

「違うよ!!」


でも、男だよな、とルフィはぺたぺたとミズキの胸の辺りを触って、サンジはミズキの喉仏を観察する。


「[ピーーー]も一応ありますが」

「どこ観察してんだ!?」


放送禁止用語をうっかりどころかばっちり並べたヨサクの股間を蹴り飛ばすと本人は勿論、サンジとルフィも思わずしょっぱい顔をしてぐうと音を上げる。


「てめェ本当に男か!?んなところ蹴るんじゃねェ!!」

「だから違うって言ってんじゃん!!おれ男じゃないから!!いや?おれだって勿論そこ蹴られたら痛いぜ?でもおれは男じゃない」

「埒が明かねェな。ヨサクはほっといて第二問いくか」


サンジの言葉にルフィは「行け行けー!!」と怒鳴る。反してミズキははぁと大きくため息だ。全く気が重い。


ミズキは、女か?」

「答えはYes、だ。おれはっていうかあたしは女」


高身長に加え低い声、それなりにがっしりとしていて鍛えられた身体に完全な男の顔で「あたし」なんて言われると気味が悪いことこの上ないが、本人は至って真面目である。


「いいよ証拠見せてあげるから、サンジ湯ある?」

「湯?今すぐはねェな。必要なら沸かすが・・・・」

「湯ならあるぜ」

「おや」


気付くといつもの黄色っぽい長袖に黒いズボンの裾を紐で結び始末してあるリョウガが工船の甲板に立っていた。いつからいたのさ、とミズキは思わず言うが、リョウガはばっちり忘れられて危うく店に置き去りにされそうになったので笑えない冗談である。ふざけるなとばかりにヤカンをミズキの頭に叩きつけると、重力に従って撒き散らされた湯がミズキの上に頭から落ちていった。
バシャァァッ!!
湯気がもうもうと立ち上がるそれを見て慌てて身を引いた二人に対して、ミズキはどう考えても人肌ではないそのヤカンの中身を頭から被って悲鳴を上げる。先ほどの彼の声と違ってあまりに高すぎるそれは、今度は明らかに女のものだった。


「リョウガ!!熱いわバカたれ!!」


背は幾分か低く、顔の線は丸く声は高い。胸には柔らかな膨らみがあってさらしを緩やかに押し上げている。腰のくびれ、細い手足、男のミズキと全く同じ特徴を持ったその女は、落ちて少々へこんだヤカンを猛烈な勢いでリョウガに投げ返した。
肩で息をするその女を、ルフィとサンジはぽかんと口を開けたまま見つめていた。ヨサクは先ほどの衝撃から復活できず相変わらず甲板の上で悶絶していて話にならない。ミズキはそんな二人の反応にはもう慣れっこらしく、これからの説明が面倒だとばかりにもう一度ため息を吐く。


「いい?これでわかったでしょ。あたしは女」

「驚いたぜ・・・・まさかむさい野郎共の中の華はナミさんだけだと思っていたが・・・・こんな麗しいレディがもう一人いたとは・・・おれはなんて幸せものなんだぁぁ!!!」


ミズキが女であると分かった瞬間のサンジのこの変わり身の早さには感嘆すべきものがあるが、とはいえそれで疑問が消えるはずも無かった。たららん、と効果音でもつきそうな軽いスキップでミズキの隣に来ると、サンジはミズキの手をとって「続きは中にしましょう。熱い紅茶と美味しいお菓子を用意するので」とそれはもういい笑顔で言う。ミズキはそんなサンジに若干気圧されつつ、結局四人は工船の船室で腰を降ろした。
レストランでも思ったが、サンジの入れるお茶は非常に美味しい。大してお茶の良し悪しになど詳しくもないが、さすがにここまで自分の入れたお茶と味が違えばどっちが美味しいかなどはっきりしている。
程よい渋みと綺麗な色に魅了されつつ、気付けば美味しいスコーンまで並んでいて全くこのコックは至れりつくせりである。とはいえそんなスコーンは一瞬でルフィの腹の中に納まり、ミズキが食べたのは二個だけだったがそれでも充分だ。
潮風の遮られた室内で、ちょっと体温も温まり、ほんのり眠くなってきた頃先ほどまでずっとキッチンに立っていたサンジもようやっと腰を落ち着けて今度は先ほどよりもよっぽど親切な言葉遣いの質問が始まったのだった。さっきのノリはどう考えても男同士のあの悪ノリ以外の何者でもない。今はミズキが女とわかってサンジは多少・・・・どころではなく態度を変えることにしたようだが、なんだかその態度がミズキにはむずがゆくて仕方なかった。


「それじゃ続けましょうレディ、レディは何故あのような・・・姿に?」

「あの、ミズキでいいから。ってかミズキでお願い」

「じゃミズキちゃんでいこうか」

「うんそっちの方がよっぽどいいわ」


破願したミズキはもう一度ため息をつく。


「どっから説明したらいいのかわかんないんだけど・・・・あたしの詳しい生い立ちは無しで話すと、あたしが女と男を行き来するようなこの体になったのは、一言で言えば男溺泉に落ちたせい」

「ナンニーチュアン?何語だ?」

「さぁね。あたしも現地の人の言葉をそのまま使ってるだけだから。現地の人曰く、その泉はうん千年前若い男が溺れた悲劇的な呪いの泉。以来その泉に落ちた者は皆男の姿になるって話よ」


馬鹿馬鹿しいと思うでしょ?と不思議な笑みと共に問いかけたミズキにサンジは「まぁ突然言われてはいそうですか、と信じられる話じゃねェよな」と全うな返事をする。そう、それが普通の反応だ。

「だけどこれは現実。あたしは、水を被ると男になって」


そういって立ち上がったミズキは蛇口を捻って清水をコップに注ぐと頭から被る。と、目の前に立っていたはずの女はいつの間にか男になっていた。じっと見つめていたはずなのに違和感なく、声も姿も男になったミズキに、サンジもミズキの話が事実だと信じざる得ない。


「お湯を被ると女に戻る」


若干低い声でミズキはそういうと、人肌に温めた湯をまた頭から被った。今度も同じ。見つめていてもその変化の過程で何が起こったかさっぱりわからないうちに目の前の男が女になる。不思議なことがあるもんだ、とミズキの目の前に据わる男たちは首を傾げた。


「・・・・んじゃなんだ、ミズキちゃんは元は女なんだな?」

「そ。女。男になるのは不本意って奴」


肩を竦めたミズキは、確かに女だった。










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2012/04/08