生きるための"装備"、死を恐れぬ"信念"
ジジッ、と火のついた煙草からくゆる煙。
「任せた」
「おう。あんたが誰かは知らねェがレディに手を出す奴には容赦しねェぜ」
ミズキはそう一言告げて、リョウガをレストランの奥に運び込むと傷に触れぬよう寝かせて呼吸させる。
「大分重たい一撃だね」
「・・・・ああ・・・・あのコック、まずいんじゃないのか」
「そうかもしれん」
ひゅーひゅーと荒い息の合間に答えるリョウガはさらっと答えた
ミズキにお前なぁ!と呆れたように言った。
「だってさ、今度は一対一の戦いじゃない。サンジとギンには手出しちゃ悪いんじゃない」
それもそうだがと呟いたリョウガはそれきりしゃべるのをやめた。先ほどから音と声だけ聞く限りサンジも相当にやられているようだが、なんだかんだでサンジは上手く受身をとっているのだ。そうでもなければいくら頑丈な身体でもあんな一撃受けただけで立ち上がれなくなってしまう。リョウガも態勢さえ避ければあの程度避けられただろうに、やはり人質がいたのは随分なハンデだった。
「じゃ、あたし行くよ。多分ここなら大丈夫でしょ」
「・・・船・・・沈んだら助けだせ」
「あいあい」
ひらひらと手を振った
ミズキは長柄提灯片手にレストランを出た。恐らく、この戦いルフィが勝つという自信が何故か
ミズキにはあった。多分それはグランドラインにいた頃の経験で、本当に強い者がどちらなのか心のうちで
ミズキには分かっていたからだろう。
クリークはルフィに勝てない、どんなに武器を仕込んでたってルフィの信念の方が遥かに強いからだ。いずれ、それだけではどうにもならない敵が出てくるのも事実だが少なくとも今ここでルフィが負けるはずはなかった。クリークはルフィに負けて、自分はクリークの船に乗らなくてよくなって、そして全ては円満に解決するだろう。だからここで自分が外へ出て行かなくたって全く問題は、ないはずなのだ。それでも彼らの結末を自分のこの目でしっかりと見ておきたくなってしまった。それは単に昔の懐かしい思い出に浸りたかっただけなのかもしれないが、その理由なんて何でもいいことだ。
と、まぁ頭の中では色々考えていたわけだが、レストランからようやく一歩踏み出したところで
ミズキは即座に状況を理解、ダッシュ、そして海へ飛び込んだ。
どぉぉん、と鈍くくぐもった音が水中にまで響いてきてゆらゆらと揺れる海面をさらりと紫色の粉塵が流れていくのが見えた。周りには誰もおらず、恐らく防毒マスクを持たない連中はさっさと海に飛び込んでなるべく遠くまで泳いで行ってしまったのだろう。この粉塵は重いようだからそう遠くまで拡散しないことを考えると、あまり長く息を止めていられない人間の対応としてはどう考えてもそれが一番だ。さっさと遠くまで行って海面に顔を出さなければ死ぬ。
ミズキも一時戦場を離れようかと思ったが、離れるよりも海中から様子を伺っていた方が幾分状況判断が楽そうなので五分か、十分かは潜っていることに決めた。
水中にいるのは得意だ。水を被って人間の男になってしまえば呼吸こそできないが、息の止め方にもコツがある。要は貴重な酸素を無用な器官へ行き渡らせなければいい。人間の身体は非常に多くの細胞・器官から成り立っているがいざ水中でできるだけ長く息を止めていたいのなら一番に酸素が必要な場所へ酸素を送り、それ以外の場所での活動を低下させてしまえばそれだけ酸素消費量は少なくなるわけだ。酸素が必要な場所としては例えば脳、心臓、肺・・・・・いわば生命維持に直結する器官。水に慣れ親しんだ人間は必要な部位にのみ酸素を送ることで常人と比べて遥かに長時間水に潜っていられる。
ミズキの場合最長でどのくらいなのか、といったことまで計算したことはなかったが肺活量に加えてのことなので、十分程度だったら大して苦しくもならなかった。
風が強くないせいで、煙はかなりの時間レストランを取り囲んでいたが五分もすればゆっくりと元の澄んだ空気が戻ってきた。海中にも若干だが毒が入り込んだようだが、そもそも肺に吸い込むことで効果を発揮するもののようなので、毒の溶け込んだ水を飲んだところでは大したことはなさそうだ。
ザバッ、とさらにしばし毒が消えるのを待ってから
ミズキが水面に顔を出すとちょうど目の前をルフィの足が踏み抜いて思わず後退。だが後退した次の瞬間にはクリークの放った目くらまし目的の爆弾が水中で炸裂し右も左もわからなくなってしまう。
「!?ルフィ!!」
爆弾そのものはルフィに一発も当たらずルフィはただ真っ直ぐにその水の壁へと突っ込んでいった。あの男の性格を考えれば、と思わず叫んだ
ミズキだったがルフィは飛んできた槍にも一瞬の怯みも見せず、クリークへ突っ込んでいく。すぐに、重力に従って落ちた水のおかげでクリアになった視界の先、クリークは次の攻撃を構えていて、それを見た
ミズキは反射的に動いていた。
最後までぎりぎり板に支えられるような形で残っていたマストを、持っていた長柄で叩き折る。ミシミシミシィと嫌な軋む音を立ててマストはゆっくりと倒れルフィとクリークの間のまるで海峡のような海面を激しく叩いた。その衝撃で再び立ち上がる水の壁に、クリークは目標を一瞬見失う。
「貴重な槍はほとんどはずれだな!」
と
ミズキが笑ってやるとコチラに一本飛んできて、
ミズキは慌てて海中に戻った。
「チッ・・・どうあってもおれを殴りてェようだな!!殴れるモンなら・・・・この剣山マントに手を出してみろ!!」
どこに隠してあったのやら、半ば手品に近いクリークのその武器の多さに
ミズキは呆れ半分感心半分といったところか。とはいえクリークのそれは、素手のルフィに対してはかなり効果のあるはずのものだったのだが、ルフィは何の戸惑いもなく剣山の上から拳を貫かれて尚全力でクリークを殴り飛ばしたのだった。
見ているこっちの方が痛い。
ミズキも思わずいいいい、と歯を噛み締め右手を押さえた。あちこちを槍で貫かれ、挙句右手は風穴だらけ。それでもなお、笑ってルフィは言う。
「たかが槍とか・・・針のマントくらいでおれの墓場って決めるな・・・!!ここはおれの死に場所じゃねェ!!」
そんなルフィのことを、口の端を上げてさも楽しそうにさも興味深そうに見ていたのは、
ミズキだけではなかった。クリークが毒ガス弾を放った際、パティとカルネに抱えられ奥に隠れたはずのゼフも松葉杖をついて外へ出てくると、まるで嵐のように様々なことを引き起こしてくれた雑用を見ながらにやりと笑う。
「たまにいるんだぜ。ああいう標的を決めたら死ぬまで戦うことをやめねェ馬鹿が」
彼もこういう経験があるのか・・・・いやもしかしたら若い頃は彼自身がそうだったのかもしれない。
敵にとってはこれほど厄介なものがあるだろうか。よく言えば根性がある、悪く言えば諦めが悪い・・・と言ったところか。諦めと言うものは、時に重要だといわれることもある。だが仲間の、何か自分にとって大切なものの存在をかけた戦いで諦めれば全てが終わる。最後の最後の最後まで戦い抜いて初めて掴み取れる勝利もある、と言うことだろう。強さが絶対の世界で、勿論即物的な強さも必要だが、こうしてただ諦めないというただそれだけの精神的強さが最後になって効くこともあるのだ。
ルフィは決して諦めなかった。その信念のうちにあるのは、自分が海賊王になるという絶対的な確信か、それともギンを見捨てたクリークに対する怒りか・・・・多分その他にたくさんあること集めて全てが今のルフィの戦う理由を作っている。何度クリークが立ち上がりどんなに恐ろしい武器を持ってきても、足場がなくなっても、血が足りなくなって身体が動かなくなっても、ルフィは諦めない。
生きるための"装備"か、死を恐れぬ"信念"か。結果は_____
残されたのはボロボロになった海上レストランバラティエ。ヒレもあちこち穴だらけ、頭はなくなったし胴体もルフィの弾き返した砲弾も含めあちこちに傷がついていたが、結局この勝負はルフィの勝ちだった。最後の最後まで諦めなかったルフィは鉄の網に掴まって海へ落ち、それを助けようとするサンジを押し留めて泳ぎの得意な
ミズキが彼を引き上げる。皆満身創痍、でも今回ほど恐ろしくそれでもやけに清清しい戦いはいくらこの海上レストランと言えどもそうそうないだろう。出来ることならオキャクサマにもうちの雑用の"信念"って奴を見せてやりたかったぜ、と言ったコックの言葉に皆が笑った。
その後はとりあえず寝かせたルフィはわずか数時間後にはぱっちり目を覚ましてサンジを勧誘したという。とはいえ、このレストランに思い入れがありすぎるサンジはあっさりそれを蹴ったのだとか。
ルフィはそのことについて夕方までぶーぶーと文句を言い続けていたが、
ミズキは苦笑するほか無かった。
「
ミズキはおれの船に乗るだろ?」
「い、いやぁ・・・・」
できるならはい、と答えたいけどな。とは言ってやらない。内心でひっそりと呟いて
ミズキはため息を吐く。
ミズキが麦わらの一味に入りたい!とただそれだけの一言を言えないのは後一つだけ気がかりがあるからなのだが、先に言ってしまうとそれが解決されるのも後数日のうちの話であった。
ともかく今は何が何でも無理!と断れば、二人もクルーゲットに失敗したルフィの落ち込み方・・・と言うよりかふてくされ方は並大抵ではなかった。しかし食事の時間になればそれは別の話。ヂリンチリンヂリリーンと澄んでるんだか澄んでないんだかよくわからない鈴の音が響いた瞬間、サンジと
ミズキの間に挟まれて座っていたルフィはぱっと顔を輝かせてよだれを垂らして駆け出した。
「うっへぇすっごい元気だなぁ」
そういってにへらと笑った
ミズキの横顔にサンジはどこか意味深な視線を送っていたが、結局何も聞かなかった。大方、自分の変態体質のことだろう、と
ミズキも思うが聞かないものに答えるつもりはない。というかこんな変態体質など答えたくもない。
結局何も言わずに三人で二階にある店員食堂に向かうとどうも雰囲気がおかしかった。まぁ自分の席が無いのはともかくとして、一応雑用になったルフィと副料理長であるサンジの席が無いのは随分とおかしな話だ。リョウガは何を知っているのか知らないのか、何もなかったような表情でそらよ、と三人分の食事を手渡してそのまま背を向けた。結局三人で壁を背に食事に手をつける。ありがたや、これは上手いと思っている矢先の騒動は今までのコックたちからすれば随分と考えられないことだが、少々演技がくさすぎだろう。激しく扉を叩きつけて出て行ってしまったサンジを見送って唐突に
ミズキは笑い出した。
「あっはっはっはっは!!もっと上手くやらんと!!」
「このスープめちゃくちゃうめェのにもったいねー」
げらげら笑う
ミズキに、皿のスープをスプーンも使わず飲み干すルフィ。二人を見ながらコックたちは全部分かってるよ、と小さく呟いた。
「こうでもしねェと聞かねェのさあの馬鹿は。なァ、小僧。おめェコックを欲しがってたな。・・・・あのチビナスを一緒に連れてってやってくれねェか」
「やったじゃん、ルフィ」
これでようやく仲間ゲットだな、と
ミズキもゼフの言葉に同意するように笑ったのだが、あいにくとルフィの言葉は否。さすがにこれには
ミズキも驚かざる得なかった。その理由は当然と言えば当然なのだが、ゼフの言葉にもまた一理ある。果たしてサンジは素直にルフィの船に乗るかどうか・・・なのだが、
ミズキの鼻はちょうどその時窓から流れてくる煙草の匂いを嗅ぎ取ってまたクツクツクツ、と一人笑ったのだった。
全く持って、いいレストランじゃないか。そして本当にいい仲間だ。
だがなんだかんだと決着がつく前に、唐突に扉をぶち破って店員食堂に舞い戻ってきたのは、先ほど飛び出したはずのサンジとそれからパンサメに半分食われ人魚となりかけているヨサクだった。
「あ・あああルフィの兄貴・・・!それに
ミズキの兄貴も・・・!」
「おうなんでお前一人なんだ!?」
「いやあのさ、それ聞く前に鮫から解放してあげようよ」
そういって
ミズキが長柄の石突を鮫の頭につきたてるとぴぎゃっと鮫らしからぬ声と共に鮫は大口を開けてヨサクを吐き出す。あいにくとズボンはすでに飲み込まれてしまったようだ。誰かー腹からヨサクのズボンとってーの一言でコックたちは爆笑の渦に包まれた。
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2012/03/26