騎士道精神

自分は、サンジのような一端の騎士道など持ち合わせてはいない。そもそも女で男になったのは不可抗力、力ではどうしたって男に敵わなかったから少々こずるい手もあまり気にせず使ってきた。だから今のクリークたちのやり方を責める気にもならなかった。所詮、世の中勝った者の勝ちというところか。
だから勝つためには力がないといけない。かつてミズキが乗っていた船の敬愛すべき船長は、最強ではなかった。故に死んだ。自分に力があればあの人は死ななかったかもしれないし、いやそもそも自分達が海賊をやることもなかったのかもしれない。ずっとずっと昔に生まれて一番最初から強くて、守ることが出来たのなら今のように世の中になってなくてあの人も死ななかったのだろうと思う。
でもあの人は死んだ。自分の信念を守るには敵があまりに大きく強く、そして自分達には力が足りなかった。
何かを守るには強くなくては守るという言葉も口にすることは叶わない。自分の成し遂げたいことも信念も、守りたいなら強くなりたいと修行に出て結果悲惨な状況に陥ったが、それはともかく欲しいものは自分で奪い守るしかないのがこの世の道理なのだ。
勝てば官軍負ければ賊軍。だから彼らのやり方は正しい。たとえ過去にどんなにすごい海賊でも死ねばもろとも、たとえどんなに名のない弱い海賊でも生きればそれでいい。悔しいなんて叫ぶなら強くなって正々堂々勝てばいい。
ああ、自分はまだ弱いんだな、とミズキは思ってこのどうしようもない状況をただ冷静に眺めていた。もしも船に乗るとしたらどっちの船がいい、なんて聞かれなくても答えなど分かりきっている。だからできることならルフィたちを応援してやりたいけれども、サンジの覚悟を見せられてゼフを見殺しにすることなどできやしないだろう。ルフィはサンジのそれを何の恩返しでもない、と言ったがそれもまた深い言葉だ。


「手伝ってやろうか」


その時ふと耳元に吹きかけられた息にぞわりと猛烈な寒気が背中を駆け抜けて、ミズキはクリークたちに気付かれないようにそっと視線だけ後ろに向けた。幸いにしてサンジとルフィに全ての視線が集まっている。自分の立ち位置のおかげもあって、ギンですらミズキの動きに気付くことはなかった。


「リョウガ!」


そっと唇だけ動かすとリョウガもまたミズキの影に隠れるようにひっそりと動いて、彼の肩に手を乗せた。


「何してたんだよ今まで!大体さっきまで中にいたならギンの動きぐらい止めてよ」

「他に準備があったんだ。どうだミズキおれが手伝ってやろうか?」

「・・・?何を・・・・」


ミズキは言いかけてやけにふくらはぎの近くに熱があることに気付くと一瞬で顔を青くした。


「リョウガ」

「お前には不本意だが恩がある」

「おれは、今それだけは」

「食われかけたこともあったがそうでもなけりゃ本当に死ぬところだったからな」

「いやそんな恩まじで忘れてくれていいから」

ミズキ、お前あいつらのこと助けてやりたいんだろ?」

「そうだけど!」


二人の問答は段々と大きくなって、コックの一人がいぶかしげな視線をこちらに向けてくる。


「だったら黙って湯を被れ!!」


リョウガはそう怒鳴ると同時に左手にぶら下げていたヤカンを何の遠慮もなく振り回した。ミズキはそこから零れ飛び出た湯を寸でのところで避けるとリョウガの足元を蹴りだし前転し、彼となんとか距離を取った・・・のはよかったのだがミズキが飛び出したところはパールとサンジのちょうどど真ん中、抵抗の一つもしようとしないサンジに向けて放たれたパールの盾がちょうど彼にぶつかろうとした瞬間だったのだ。
くわん
目の前に星が散って、ミズキは一瞬目の前が真っ暗になりかけた。なんとか踏みとどまるも痛みで状況が全くつかめない。ぴよぴよぴよと変な音が聞こえるが、これは幻聴かそれとも自分の肩にでもひよこがいるのか。


ミズキ!?」

「うおおい兄ちゃん何やってんだァ!?」


周りから雑音としか思えない騒音がわんわんと耳に入り込んでくるのだが、それを全て認識して行動するということを考えることすら出来ないほどに頭が停止しているミズキはリョウガが近くに来ていることにも気付けない。さすがのパールもいきなりの乱入者には驚いたようで、少しサンジとミズキの二人から距離を取ったまま口をぽかんと開けて動かなかった。


「さっさと、目を覚ませっ!!」


ばしゃっと気付けの水をぶっ掛けられてはっと自分の立ち位置に気付いた瞬間、頭から感じたのは熱。ぎゃっと女らしからぬ声を上げたのも当然、リョウガの奴は100℃まで沸騰した湯を頭からぶっかけたのだから。
もうもうと立ち込める湯気と、緊張したこの雰囲気をぶち壊してくれた男(と少なくともサンジは思っていた)に怒り心頭のサンジは、蹲ったまま動かなくなったミズキの肩を掴み無理矢理こちらへ振り向かせる。


「てめェ!なに・・・・を・・・・」


サンジの言葉は最初の勢いを一瞬で失ってよけられた髪の間から覗く目が大きく見開かれる。
呆然。
その場に居た誰もがあっけに取られ何度も目を閉じて開いてを繰り返したが、目の前の事実は全く変わらない。
白銀の髪のあいつは、確かに男だったとコックの一人が呟いた。
ギンですらも引き金を引くのを忘れ、クリークもさすがの事態に何が起こっているのかを理解しかねたようだ。
しん、と誰もが何を言っていいのかわからない沈黙がこの戦場を支配した。


ミズキお前、オカマだったのか?」

「違うわァ!!!」


ようやくそんな沈黙を破ったのは良くも悪くも空気を読むということをしないルフィだったのだが、的外れなルフィの一言にミズキはばっと立ち上がってルフィの顔を殴り飛ばした。オカマを差別するわけではないが、列記とした女である自分が男と呼ばれるよりも不愉快だった。
ゼェハァと息を荒くするミズキにようやく事態を飲み込めた連中がそろそろと動き出す。ざわめきが広がり始めてはっとしたミズキはサンジを背にパールに向かって構えを取った。


「リョウガ!!そっち任せた責任とって!」

「当然だ!!」


最初からそう決めていたかのように、ミズキの声と共にリョウガはヤカンに残った少量の湯をショックから立ち直ってミズキに切りかかろうとしていた幾人かのクリークの手下にぶっかける。悲鳴をあげもんどりうって海に落ちた連中など見向きもせず、額に幾重にも巻かれたバンダナの一枚を取ると何をしたのかは知らないがリョウガはそのバンダナで今にも引き金を引こうとしていたギンの銃の筒部分をぶった切ったのだ。バンダナを使ってどうやったらこんな硬質な音が出るのかは知らないが、鉄と鉄がお互いを斬りあうようなひどい音が響いた次の瞬間には、ギンの持っていた銃はばらばらになっていた。少々乱雑だがリョウガはそれを確認するよりも早くゼフの身体を蹴り上げギンから遠ざける。
それとほぼ同時に何故か完全にぶち切れたパールに向き合ったミズキはすっと腰を降ろして、ゆっくりと右半身を引いた。


「鉄壁のパールさんの邪魔をするたァいけすかねェオカマ野郎だ」

「オカマじゃ、ない」


ミズキはしっかりと言い返すとすっと表情を引き締めた。久々の自分に向けられた本気で本格的な殺気を感じて、気が高ぶる。


「魚人空手」


ミズキは小さく口を開いた。


「はっ!そんな距離から飛び道具も持たねェ小娘が何をするってんだ!?」


あざ笑う海賊達の言葉など歯牙にもかけない。


「百枚瓦、正拳」


ただ前に綺麗なフォームで突き出された拳に誰もがその頭上に疑問符を浮かべただろう。パールとミズキの距離はいくら手を伸ばそうと届く距離ではないし、ミズキ自身まるで届かせようと言う気概が感じられないのだ。
だがパールがその時感じたのは違和感だった。
空気が、震えている、ような。
正確に言えばそれは空気中の多くを占める水分子が特殊な振動をミズキの位置からパールまで伝えているのである。魚人空手の真髄は水の支配、空気中の水分子がぶつかり合うその瞬間を肌で感じ取りそれに特殊な振動を伝え伝えて振動はやがてミズキから空気中へ、空気中から体内へと届く。
次の瞬間パールはその鉄壁の盾があるにも関わらず口から血を吐きその場に膝から崩れ落ちた。パールの鉄壁には傷一つついていない。だが当のパールは満身創痍と思われるほどに全身に傷を負っている。
クリークですらあっけにとられパールが崩れ落ちるさまを何も出来るままに見ていた。
辛うじてリョウガに一撃を加えることができたギンも、止めを刺すこと忘れて目の前のさらに信じられない事象をただただ見つめることしかできない。


「ぎょ、ギョジンカラテ!?」

「あの鉄壁のパールさんを触れずに倒せる奴がいるってのか!?グランドラインには!!」


一拍置いて一気に騒がしくなった戦場はクリークの怒声で静まりかえる。なるほど、今自分の部下がやられたのを「あいつはいずれおれの船に乗る奴だ。今その実力が見れて良かったじゃねェか。仲間なら恐れるに足らず!」の一言で収めるとは多少はその船長としての資質を認めてやってもいいところだろう。だがそんなの冗談じゃないとミズキは盛大に顔をしかめルフィの感嘆の声をはいはいと聞き流した。


「すっげェ!!すっげェなミズキ!!お前すっげェ強いじゃねェか!?」

「はいはいはいはいそれよかルフィ!あと任せた!!」


幸いにしてルフィはミズキがパールを倒してしまった事実の方に見惚れてくれて自分が男から女になったことに関して何一つ聞くことはなかった。まぁ後々質問攻めにあうことはわかっているが、戦場でそれがないだけましだろう。ミズキはどんとルフィの背中を押して真っ向からこちらを睨みつけているクリークに向き合わせると、落ちていた長柄提灯を拾い上げて、今にもルフィに切りかかろうとしていた海賊どもの足を払って海へ叩き落す。


「リョウガ!!」


ゼフをギンから遠ざけるまではよかったが、そのせいで一撃を避け損ねたリョウガは甲板に突っ伏したまま動けないようだった。前に飛び出てこようとする海賊は長柄で全てなぎ倒し、リョウガに駆け寄り触れるとリョウガはうめき声を上げた。


「すまん!」


どうやら傷口に触ったようだ。
それでもここにいれば巻き込まれることは確実だからなんとかレストランの中へ移動させようとするが、そうやすやすとは目の前の男がさせてはくれないだろう。


「奇妙な術を使うが・・・それ以上勝手に動くんじゃねェ」


トンファー、にしては後端の大きな鉄の塊が邪魔だ。彼の特殊な武器なのか、それはミズキが見たこともないものだった。


「おれ・・・じゃないか今は。あんたらの言いなりになる必要はないんじゃなくって?」


言えばギンは唇に跳ねた血をぺろりと舌で拭う。


「どけ」


ギンは答える代わりに手の中で鉄球を回転させる。
リョウガを抱えたままでは動きにくいが、本人も気付かない見聞色の覇気のお陰でなんとか第一撃を交わすことはできた。とはいえ猛烈な勢いで頭を掠めたそれが乱した空気のせいで、体制を崩したミズキは膝をつきさすがにその状況からよどみなく流れる第二撃を避けることは敵わない。
あ、これはまずいと思う。
あの勢いの鉄球を真っ向から受ければ頭蓋骨粉砕は必至。リョウガを捨てれば辛うじて逃げられるが、代わりにその一撃をリョウガが受けては何の意味も無い。
ならばせめて頭蓋より腕の骨にしようと覚悟を決めて、ぎりぎりの姿勢で待ち構えるも、結局ミズキにその衝撃も痛みも訪れなかった。


「・・・・?」


恐る恐る腕を下げるとかすかに煙草の煙が香る。


「レディに手ェ出してんじゃねェよクソ野郎」












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 2012/03/24