鷹の目

「さァて、そろそろ戦闘準備って奴じゃねェの?」


傍らの提灯を掴むミズキの耳にも、同じように武器を手にしたコックたちの耳にも海賊達の雄たけびが聞こえてきた。いくら巻き込まれた形といってもドン・クリークに目をつけられた以上とんずらする手段もない。となればルフィがクリークを倒してくれるという選択肢に期待して、ミズキもそこそこ戦う必要があるだろう。
手の中で長柄をくるりと回すとかすかに天井に引っかかって顔をしかめる。これは、狭い。特にミズキの武器はゾロの刀やウソップの・・・なんだろう、パチンコ?と比べて攻撃範囲が広い分、こうした狭い場所では圧倒的に不利だ。戦えないわけではないができるなら外に出たい。



「そういえばリョウガお前傘は?」

「なくした」


豚になるともてないからな、と言うリョウガにそういえばとミズキも嵐に巻き込まれたことを思い出す。あいにくと自分の提灯を確保するのに精一杯ですっかり忘れていたのだが、あれは仕方ないだろうと思い直して、ちょっと開き直った。
相手は所詮コックだと舐めきっているのかなんとも無防備な状態でレストラン内に踏み込んでくる。通常の店なら確かに海賊であるという肩書きだけで充分な効果もあるだろうが、あいにくとここはそんな海賊共の脅威にさらされうん十年のレストランだ。コックたちもそんな海賊との闘争など慣れっこで、にやりと笑うとちょっと手荒い食後のデザートをお見舞いしようと肩に海老(バズーカ)を構える。


「ごめん、中で乱闘やられるとおれ不利だからお先に失礼」


構えた海老から砲弾が飛ぶよりも早く、ミズキは入り口に回りこみ斜めに切るように長柄を回転させた。ぶぅんと大きく風を切るも、長柄の軌道は天井のシャンデリアも並べられた椅子も机も倒すことなく踏み込んだ男のみぞおちを叩き、さらに鎖でしなり後から飛んできた丸提灯がもう一人の男の顔面を打つ。
ピタリと石突を踏み出した右足にあて、次に入ってくる者は石突で切るぞ、とばかりに睨めばさすがに海賊どもも馬鹿の一つ覚えのように踏み込むことはしなかった。狭いレストランの入り口に長柄を構えられればさすがに剣を持った男たちでは分が悪い。
銃を構えた者もいるにはいたが、それはウソップの腐った卵を食らって海に落ちた。


「篭城戦・・・ってわけにはいかねェな。おいパティ、カルネお前らは・・・・・!?」


サンジが何か指示を出そうとしたその瞬間、ドン・クリークもその手下も、コックもルフィたちもそしてミズキも目を疑うような一瞬を目の当たりにした。


「なッ・・・!!」

「なんだァ!?」


バラティエの前に停泊したドン・クリークの本船。グランドラインで嵐にやられすでにぼろぼろであったがその巨船の威圧感は並大抵のものではない。なのに、その巨船はあっけなく真っ二つに突如として割れたのだ。いや、これは


「斬られた!?」


船は一気にバランスを失う。浮力が無くなり周囲を巻き込み沈み始めたせいで、近くに停泊している海上レストランも船であるが故ぐらりと大きく傾いて、コックたちは慌てて碇を上げに走った。


「急げ!この船ごと持っていかれちまうぞ!!」


ゼフの言葉になぎ倒されたテーブルをかきわけ走るコックたち。それに逆行するようにルフィ、ゾロ、ウソップも外に止めてある自分達の船に走る。


「まずいっ!!表の船にナミもヨサクもジョニーも乗ったままだ!!」

ミズキ!見えるか!?」

「い、いや・・・ないッ!?嘘ッ!?」


一瞬ドン・クリークの船と一緒に斬られてしまったのかと思いゾッとしたが、よくよく目を凝らしても自分達の乗っていたあの船と思しき残骸などどこにもなかった。


「ヨサク、ジョニー!掴まって!!」


船の残骸の代わりに海に浮いていたのは、ヨサクとジョニー。巻き込まれてはまずいと慌てて甲板を走り長柄を伸ばせば二人はなんとかそれに掴まった。ゲホゲホと飲み込んだ海水を吐き出す二人はルフィの姿を見ると先ほどまで盛大にむせこんでいたことも忘れて何かを言おうとした、が、まぁ話せるはずも無い。


「ゲホッうえ、あ、アニキ!大変なんだ!!」

「どうした!?何があった!ナミはどうした!」

「それが、ずいばぜん、アニキ・・・!!ナミの姉貴が、宝全部持って逃げちゃいました!!」

「「「「何だとォォォ!!!」」」」


まさかこんなときにそんなことをしでかしてくれるとは、とゾロは手すりに拳を叩き付けた。人一倍警戒心が強い彼のことだ、特にルフィがああだからこそ注意を払わねばと思っていた矢先の出来事がよほど悔しいのだろう。ミズキも他人事ではあるのだが、全くナミの神経の図太さに感心するやら呆れるやら。自分が船を降りるときは半分涙目だった気がするのだが、あれは演技だったのだろうか。まさかドン・クリークが来ているこんなときにそんなことをやらかすとは誰も思ってもみなかった。
だが災難と言おうか、こうした騒ぎは続く続く。ルフィは辛うじて水平線上にメリーを見つけ、ゾロとウソップを先に行かせようとするが、そこへ現れたのはドン・クリークの船を真っ二つにした張本人、鷹の目だった。


「あいつだァ!!!」


密やかにその存在に気付いたゼフに続いて、その男を見つけた誰かが叫んだ。


「ドン・クリーク!!あの男です!!」


叫び声につられて誰もがそちらを見る。
半分沈んだ艦隊の波に揺られる小船・・・いや棺桶か、とにかく奇妙な形をしたどう考えても一人乗りの上全く航海に適した風のないその船には、一人の男が座っていた。
背負うは一本の剣。まるで十字架のようなそれを背負うその男こそが世界中の剣士の頂点に立つ男、鷹の目ジュラキュール・ミホークであった。
その姿にほんの少し前グランドラインで艦隊を沈められた記憶が甦ってくるのか、ドン・クリークの船のクルーは皆戦意喪失しかろうじて残った足場に皆膝をついていた。終りだ、と誰かが呟けば呆けた顔でぼーっと鷹の目を見ている。とはいえ鷹の目は戦意のないものを殺す気などさらさらなかった。何故なら彼がドン・クリークの船を襲ったのは、単なる暇つぶし目的でそれ以上もそれ以下もない。
だが、とミズキは顔をしかめる。彼が何の目的なのかよくわからないがここでその暇つぶしをやられては大いに困るのだ。助けてくれた麦わらの一味が海賊として鷹の目に斬られるのを見るのは寝覚めが悪いし、足場がなくなって次の島へいけなくなるのも大いに困る。かといって自分の実力(特に今は)では鷹の目に勝てるはずもないことは充分に理解していた。世界最強の剣士であることはともかくとして、七武海の実力は身に染みてわかっているのだ。
しかし、その男に挑むものが一人。


「ゾロ!?」

「おれは、お前に会うために海に出た・・・!」


いつの間にか、バラティエのテラスから消えたゾロはクリークの船の残骸の上に居た。まさか、と思った通り、ゾロはゆっくりと「勝負しようぜ」と言ったのだ。
逃げるナミと船はどうするんだ、と言うウソップにルフィは何も答えない。いつも能天気な顔をして笑っているイメージがある彼のこんな真面目な表情をミズキは初めて見た。
(!?)
ミズキはルフィが何を思いゾロを船に乗せたのか、ゾロが何を思いルフィを船長と認めたのかという事情を何も知らないから、ただそれは無謀だと思った。だがルフィはゾロがここで戦う理由を知っている。船を追うこともナミを航海しにすることも重要だ、だがそれと同じくらいルフィにはゾロの誇りを守ることが重要だった。


「いっぱしの剣士であれば剣を交えるまでもなく、おれとぬしの力の差を見抜けよう。このおれに刃を突き立てる勇気はおのれの心力か・・・・・はたまた無知なるゆえか」

「おれの野望ゆえ、そして親友との約束のため、だ」


二人は向き合った。












結果は、言うまでもない。ゾロは鷹の目に惨敗だった。
なぜ、こんなに遠いと思う。自分がこれまでやってきたことは無駄だったのかと思う。そう思わざる得ないほどに自分と鷹の目との間は離れていて、ただ悔しかった。
くいなと約束したこと、ルフィと約束したこと。自分がこれで一体何を守れるというのか。何を背負うか?そんなこと言われるまでもない。おれは世界一の剣豪になってあいつらとの約束を果たさなければならない!!
構え、飛び出したゾロを見てミズキは今度こそまずいと思う。ぞわりとした感覚は何となくだが、鷹の目がゾロの攻撃の行く末を見据えていて、一方のゾロは真っ直ぐに鷹の目へと一撃を入れることしか考えていないように感じるのだ。このミズキの感覚は彼が小さい頃からあるもので、何故かはわからないし、一体この力がなんなのかもよくわからないがとにかくミズキには次のゾロの攻撃は鷹の目にかすらないどころか、むしろ鷹の目の攻撃がゾロに入ることをはっきりと感じ取ったのだ。
寝覚めが悪いんだ、と自分は思っていたつもりだが、本音はただゾロがここで死んでしまうのが何となく嫌だったのかもしれない。麦わらの一味とは本当にほんの少しの航海にお邪魔させてもらっただけだったが、彼らのように真っ直ぐで純粋で良い人間に出会ったのはこれが二度目かもしれない。面白かったし何より彼らのこれからの旅路に興味がわいた。かつて自分が共に旅をしていた仲間はもう二度と仲間として集まることは出来ないから、余計に彼らとどうしようもなく被る麦わらの一味にここで終わって欲しくないと思ってしまったのだ。
ミズキはゾロが刺されると分かったからとっさに飛び出した、はずだった。踏み出した体は突如勢いを失ってテラスに叩きつけられたのだ。ダン!と激しい音と共に身体が捻られて酷く痛み、思わずうめき声を上げる。顔を上げればミズキの体を渾身の力で押さえつけているのはルフィで、ミズキは思わず叫んだ。


「・・・!!離せルフィ!!これじゃ・・・・!!」

「やめろ、手ェ出すな!ミズキ!!!」


自分は仲間じゃないから?違う。


「ちゃんと・・・・我慢しろ・・・!!」

「・・・・・・・・・・・ルフィ」


ミズキの体を押さえる手が言葉よりも何よりも震えていることに気付いて、ミズキは立ち上がろうと必死で力を込めることをやめた。ふーふーと荒い息を吐くルフィは唇を噛み締めただじっとゾロと鷹の目の勝負を見守っている。
ああそうか、ここで手を出したらゾロはもう二度と立ち上がれないのだとミズキはようやっと理解した。いや本当の意味で理解するにはミズキとルフィやゾロとの間にはあまりに大きな溝があったのだが、少なくとも何となくそうではないかと感じた。それで死んだらどうするかなど、考えるに値しない。ゾロもルフィもそしてきっとウソップも、自分の夢を追うと決めたときから命なんてとうに捨てているのだから。そうだからこそ彼らは船の上であんなにも楽しそうに笑いはしゃぐことができるのだ。
ミズキはぎりぎりと歯を噛み締め二人をまるで睨みつけるようにしているルフィを見て、「わかったから」と小さく呟いた。ルフィの手からゆっくりと力が抜けたが、それでも震えだけはずっと伝わってくる。
そして、ゾロは鷹の目の小さな小さな剣に貫かれた。刃が肉を切り裂き骨に到達し嫌な音が響く。思わず耳も目も塞ぎたくなる光景だったが、誰も目をそらすことは無かった。ゾロもまた、そこで一歩退くことは無かった。


「ここを、一歩でも退いちまったら何か大事な・・・今までの誓いとか約束とかいろんなモンがへし折れてもう二度とこの場所へ戻って来れねェ気がする」


鷹の目は無謀にも挑んできたゾロの言葉を笑いも貶しもせず、ただ淡々と「それが敗北だ」と言う。


「なら・・・なおさら、退けねェな」

「死んでもか・・・・・・」

「死んだ方がマシだ・・・・!!」


言い切る瞳の強さは向き合った鷹の目だけが感じたものではない。言葉から溢れるのは覚悟で、それは黙って見守るミズキたちにもひしひしと伝わってきた。


「小僧・・・名乗ってみよ」

「ロロノア・ゾロ」


鷹の目がこの勝負の終りで始めて示した興味は、ゾロにとっては始まりだったのかもしれない。渾身のゾロの一撃はあっけなく抜かれた黒刀に破れ、そして最後の一刀を彼は正面から受けきった。


「生き急ぐな、強き者よ!」










2012/03/16
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