決して譲れないのは、その思い
大きく開け放たれた扉の向こうにはレストランの前にゆっくりと停泊したドン・クリークの本船が見えていた。これから先どうなるのかと、野次馬気分の客が半分、逃げ出そうにも逃げ出すタイミングを失った客が半分と行ったところか。さすがイーストブルーの覇者といわれる男が現れたことで、争いには慣れている雰囲気のコックたちも平常心ではいられなかったらしい。皆じっと扉からは言ってくる人物を見つめていた。
外の明かりを背にして、入り口に立っていたのは先ほどレストランを追い出されたはずのギンと、それからそのギンよりも遥かに大柄な一人の男だった。ギンの顔色は以前このレストランに来た時に比べて随分とよくなっており、何があったのかは知らないが少なくとも誰かに食べ物を貰うことができたようだ。一方でそのギンに担がれている男の方は、今にも死にそうな表情と懐かしい海の匂いを纏っている。
(・・・・グランドライン・・・・?)
ミズキは少しだけ鼻を鳴らしてじっと男を見つめた。イースト、ウエスト、ノース、サウスそしてグランドライン。それぞれの海は繋がった同じ海のはずなのにどこか独特な海の香りを持っている。鼻のいいものならそれだけでどこの出身かわかるだろう。
ミズキの嗅覚はそういいものではないが、やはり故郷の香りというものは忘れ難いものだ。
「あれが、」
ミズキが言いかけた言葉は客の一人が呟いた「ドン・クリークだ・・・」という言葉に打ち消された。
へぇと思ってまじまじとその担がれた男を見るが、今にも死にそうなその男にはさすがに五十隻の艦隊の主の威厳はない。
皆が見つめる中、クリークはゆっくりと言葉を発する。
「・・・すまん・・・水と・・飯をくれないか・・・・金なら、いくらでも・・・ある」
途切れ途切れに枯れた喉から吐き出された言葉には、見た目以上に首領としての威厳も迫力もなかった。恐らくはグランドラインで死に掛けたのだろう。グランドライン出身者でも少々厄介なあの航路で、生き抜くには相当の実力が必要なのだ。だがまあグランドラインに入ってもう一度この海に戻ってこれたというのは随分と運がいい話だったから意外や意外、こいつもいずれは行くところまで行くのかもしれないとそんな傍観者気分で
ミズキはクリークとコックたちのやり取りを見つめていたのだった。
死に掛けの男を助けること。海賊を見捨てること。
どちらが正しいのか、と聞かれたときに迷う人間と、はっきりと決断できる人間がいる。目の前で困っている人間がいるなら助けるべきだが、それが海賊だったらどうするのか・・・・・そうしているうちに亡くなってしまう命もあるだろうが、そうやって迷った人間を責めるわけにもいかないだろう。そして海賊だから助けない、とはっきりと言い切る人間もだ。
だがその時サンジは、はっきりと言い切ったパティを蹴り飛ばしてドン・クリークの前に食事と水を置いた。湯気を上げるそれは先ほど姿を消したとき厨房へつくりにいったのだろう。その行為には
ミズキたちだけでなくコックもそして客も驚き、唯一ルフィだけが満面の笑みを浮かべたのだ。
「へェ。すごいなァ」
「襲われるってわかってるのに、ってことか」
ミズキの呟きに、答えたのはサンジだった。彼はゆっくりと煙草の煙を吐き出して、椅子に腰かけたままの
ミズキを見る。
「うん。人間ってのはいい奴ばっかじゃない。その行為で店を潰されるかもしれない。それでも、食事を出すんだ?」
「そうさ」
ミズキの何かを含んだような言葉に、何の迷いもない答えが返ってくる。てめぇ!とコックの怒号がサンジに向くいたが、そのサンジは突如として振りかざされたクリークの腕につかまれ、床に叩き伏せられ、誰もが目を見開いたのだった。
「うわあああああああ!!」
「いいレストランだ、この船を貰う」
クリークの言葉は大きくないのにやけにはっきりと響いて、それを聞いた客達は野次馬根性もどこかへ捨てて即座にレストランを逃げ出した。ギンの悲鳴じみた声が客達の声に混じって聞こえる。どうやら彼に食事を与えたのもサンジのようだった。
客達が外の船に我先にと乗り消えてしまうと、残されたのはこのレストラン意外に行き場所がないコックたちと、別の意味で船を出せず行き場所がない麦わらの一味だけとなる。ゲホッ、とつかまれた首を押さえてむせこむサンジをドン・クリークは真上から見下ろした。
「今、おれの船では息のある部下百人が空腹と重傷でくたばりかけている。あいつらの分の水と食糧をまず、用意してもらおうか」
その言葉は先ほどまで空腹で倒れていた男のものとは到底思えないほどの威圧感があった。なるほどこれがドン・クリークかと傍観者気分で見ていた
ミズキもようやっと納得する。
クリークの言葉に勇敢と言おうか、無謀と言おうか怒声を上げたコックもいたが、そのコックもぎろりと彼に睨まれて黙らざる得なかった。
「これは命令だ」
重い一言。コックの全員とそして何故かウソップがびくっと体を揺らす。
「おいサンジィ!!てめェはなんて取り返しのつかねェことを・・・!おい、何処に行く!!」
「・・・厨房だよ」
サンジは思い切り打ち付けられた体が痛むだろうに、そんな様子を欠片も見せずにパティに向かってはっきりとそう言いきった。その瞳は有無を言わせぬ光があって、仲間であろうコックたちに銃を突きつけられようとも微塵も揺らぎはしない。止めるコックたちの気持ちもわかる。彼らにとって一番はきっとこの店なのだろう、だがサンジは店以上に大事な何かを彼の中に持っているようだ。
「言われなくてもわかってるよ。相手がどうしようもねェ悪党だってことはな。飯を食わせりゃ襲われるかもしれねェ。でもおれには関係ねェことだ。食わせてどうなるか、だァ?そんなこたァ食わせてから考える。食いてェ奴には食わせてやる!!コックってのは、それでいいんじゃねェのか!!」
サンジの言葉はレストランの中に響いた。
「な、なんかあいついい奴だろっ!だからおれはあいつを仲間にするんだ!」
この空間の中で、楽しげに響くのはルフィの声だけだ。そんなルフィの言葉にゾロも少しだけ笑う。
「
ミズキ、お前もおれの仲間だからな!」
「げっ、ちょっとまだその話続いていたの?」
「おおおおおお前らなぁ!!そんな状況じゃねぇんだぞ!?」
ウソップの言葉にようやく皆がコックとクリークのやり取りに視線を戻せば、そこへ一人の男が現れた。片足は木の義足をつけ、髭を長く編みこんだその男の登場に、クリークの自信に満ちた目が始めて見開かれ、つぅ、と頬を汗が伝った。
どさりとクリークの目の前に置かれたのは、百人分の、食糧。誰かが「オーナー・ゼフ!」と批判するような声を上げた。
「ゼ、ゼフだ・・・と・・・!?」
「この船を乗っ取るか。やってみるがいい。その戦意があればの話だがな。そうだろうグランドラインの落ち武者よ」
驚愕がコックたちの間に広がって、密やかな呟きを生んでいった。あの、五千人の艦隊を率いるクリークが、嘘だろうという言葉の真意は、きっと数が多いからこそ何故渡れなかったのだというものだろう。
数、というものは何よりもの武器だ。
ミズキは様々な経験を通して十二分にそれをよく理解していた。たとえどんな強者であっても、後から後から湧き出てくる存在にいつかは破れ敗者となってしまい、決してなくなることのない戦争も往々にして戦力を持つものが勝つのが世の常というものだろう。誰もがごくりと唾を飲み込む中、クリークはすっと目を細めて「"赫足の・・・・ゼフ"」と呟いたのだ。
今クリークの目の前に立つこのレストランの店主こそは、かつて"赫足のゼフ"と呼ばれたとある海賊船の主だった。コックにして船長を務めたという海賊もなかなかいないだろう。だが、クリークが目をつけたのはそんな珍しい肩書きなどでは決してない。ゼフはかつてグランドラインに入り無傷でこのイーストブルーに返ってきたのだ。ワンピースを求め、グランドラインに入ったのだとしたら奇妙な話だが、所詮彼の求めるものをグランドラインで見つけ出すことができなかったということだろう。だがそのグランドラインにいた丸一年の航海の記録は、今のクリークにとっては何者にも変え難い重要な存在だった。
五十隻の艦隊の提督として有り余る自信を持ち言い放つクリークに対し、ゼフはあくまで落ち着いて腕を組んだままだった。
「航海日誌か・・・確かにあれはおれの手元にある。だがかつて航海を共にした仲間達全員とわかつ誇りであるあれを貴様に渡すには少々重過ぎる」
「なら奪うまでだ」
にやりと笑ったクリークは自らがグランドラインから零れ落ちた敗者である、とは考えていなかった。ただ知らなかっただけだ、という彼の言葉をゼフは「知らねェから面白れェんだろうが」と鼻で笑う。そして思いもしない言葉を口にしたのだった。
「そうは思わねェか、そこの銀白色の男」
「・・・・なんでおれがグランドライン出身だってわかった」
「貴様とてクリークがグランドラインから来たとすぐにわかっただろう。あそこの海は匂いが違う」
「確かにね。おれは元がグランドライン出身だし、そういう冒険はしたことないけれど確かにあの知らないからこそ楽しいわくわく感ってのは、知らないで旅してるから、なおさらだよね」
な、と話をリョウガに無理矢理振れば、おれは迷うから嫌いだ、と顔を背けて呟いた。
「てめェらグランドライン出身か。ならおれの船に来い。いずれこのイーストブルーの覇者は、再び海賊艦隊を組みグランドラインへ向かう。おれはワンピースを掴みこの大海賊時代の頂点に立つのだ!!!」
悪くねェ話だろう、乗るならそれ相応の地位ってもんをやるぜ。と言われても
ミズキは微動だにしない。その脇でルフィが立ち上がったからだ。
「ちょっと待て!!海賊王になるのはおれだ!!」
クリーク以上に何の迷いもない言葉がめちゃくちゃになったレストランに響いた。引っ込んでろ、とコックの一人に怒鳴られようが、引っ込まないルフィは楽しそうに笑ってクリークの目の前に立つ。
「退けないね。ここだけは!!」
「何か言ったか・・・小僧・・・・なんだったら聞き流してやってもいいんだが」
「いいよ聞き流さなくて。おれは事実を言ったんだ」
遊びなんかでは決してない。彼が持ち得る自信はかつて出会った海賊から与えられた。真っ直ぐに夢を追い続けるあの過去ともう一度出会うだろう未来を夢見て、ルフィは立ち止まることはないだろう。そして、その志に惹かれた仲間達も、また。
「戦闘かよルフィ。手を貸そうか」
「ゾロ、ウソップ。いいよ座ってて。後
ミズキお前はあいつなんかに絶対ェやらないからな」
2012/03/10
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