"両脇の砂時計"とボロボロの船

サンジはギンが追い出されてからしばし何も言わずに煙草をふかしていたが、やがてくるりと背を向けると厨房に入っていってしまった。ルフィもまたそんなサンジのことをじっと見ていたが、やがて彼を追うようにどこかへ行ってしまう。
パティの行為がひどいものであるかは、各々が判断すればよいことだが、少なくともゾロやウソップ、ナミ、ミズキはギンに同情する余地はないとは思っていた。彼もまた海賊。身一つで海に出たときからどう生きるかは彼の勝手なのだ。そもそも海賊として略奪行為を繰り返した人間が他者からの同情を得ようなど虫のいい話である。客達のようにザマァミロと笑う気もないが、何の信念もなく彼のことを助ける気もまた、彼らにはなかった。
サンジとルフィが厨房へ消えてからどれくらいたっただろうか。二人は一向に出てくる気配がなく、そのお陰か四人は久々に随分と落ち着いた食事をとることができた。毎度毎度のトラブルメーカーのルフィは食事時だろうとなんだろうといつだってトラブルを持ち込んでくれるものだから落ち着ける日などありゃしないのだ。まぁそんな騒がしさもまた、この麦わらの一味に入った醍醐味なのだろうが。たまにはこんな静か過ぎるといってもいい食事も悪くはない。 しばらくして、厨房の扉が荒々しく開く。バンッ、と力任せに叩きつけるような激しい音がして、どうもコックの誰かが食事を運んできたわけじゃないようだと誰もが皆厨房の入り口に目をやると、そこにいたのは腰に一枚布を巻いただけの男だったものだから、女性は「きゃあ」と悲鳴を上げて手で目を覆った。


「おいおいこのレストランのコックは一体何なんだぁ?海賊みてぇな奴がいたと思えば、次は露出狂かよ」


ウソップが笑いながらそんなことを言っているうちに、その黒い髪に黄色いバンダナを巻いた男はずんずんと彼らの方へ近づいてきたのだ。まさか聞こえたわけじゃあるまいが、このタイミングは少々焦るものがある。ウソップは真っ直ぐコチラを向いて近づいて来た男にぎょっとして肩を竦めた。


「な、なんだよ!!」

「きさまに用があるわけじゃない。おれが用があるのは・・・・きさまだミズキ!!」


男は四人が座っているテーブルの前まで来ると、テーブルに拳を叩きつける。と同時に跳ね上がった皿を全員が見事にキャッチして、じろりと男を睨みつけた。だがそんな視線も何処吹く風、男は今にも怒鳴りだしそうなほど明らかに怒気を放っていて、若干震え気味のウソップを半ば無視してミズキに指を突きつけた。自然と三人の視線がミズキに集まって、ミズキはごくりと口の中の最後のスパゲティを飲み込む。


「何?」

「何、じゃない!!きさまよくもおれをああやすやすと放り投げてくれたな!!」

「ちょっと、だってPちゃんがおれの肩にいるのが悪いんじゃん」

「き、さまぁっ!!!」


Pちゃんと呼ばれた男はミズキの言葉を聞くや否や片足だけで踏み出した。助走も何もなくテーブルを飛び越えるとはとてつもない脚力だ。確かにむき出しの男の体は随分と鍛えられているようでゾロは少し腕がうずいた。男はテーブルを飛び越えミズキに足蹴りを食らわそうとするも、それを真っ向からやすやすと喰らうほどミズキは弱くない。ミズキは椅子に体ごと後へ倒れこみ、床に着地する直前で一回転して椅子を持ち上げ男に横から叩きつける。椅子の四本中二本の脚を見事に腹に喰らったその男ははゾロを掠めて吹っ飛び隣のテーブルをめちゃくちゃにした。


「ぴ、Pちゃん?ちょっとミズキ、あんたあいつのこと今Pちゃんって・・・」

「ああ、うん。ちょーっと色々事情があってね」

「はぁ?」


いぶかしげなナミにミズキはにやっと笑って、手に持っていた椅子を捨てると男・・・もといPちゃんの脇に立つ。


「とりあえず服、着てきなよ。でないとそろそろセクハラで訴えるよ」

「男のきさまに言われたくない」

「それ以上NGワード言うと今度は蹴るから」


にやりとミズキは口元だけ笑ったが目はまるで笑っていなかった。さすがにその男も、ミズキの本気を感じ取ったのか、一歩退いてとりあえずまた厨房に戻っていったのだった。


「おいミズキ。今のお前の知り合いか?」

「腐れ縁だって。今度説明するよ。船長も揃ったときにね」


ミズキはいたずらっ子のように片目を瞑って懐に手を入れる。


「そろそろ出る?」

「そうね。そうしましょ」


四人はそうしてそのまま店を出て行った。












空は晴天のまま、ルフィはウエイターのままそれから二日が立った頃。
レストランが突然騒がしくなり、皆が一様に指差す方向を見ていると時期にメリー号からでも彼らが何を見つけたのかわかるようになる。水平戦場に現れたのは黒地にドクロを掲げた海賊船。この距離であれだけの大きさに見えるということは相当大きな船だろう。


「旗印は?」

「んー・・・ちょっと待てよ・・・・あ、見えたぞ」


ウソップはしばらくゴーグルのピントを調節していたが、一際激しく吹きぬけた風に旗がこちら向きにさらされてようやく見えたようだ。


「ドクロの両脇に・・・砂時計だ!」

「す、砂時計っすかウソップの兄貴ィ!?見間違えとかでは・・・」

「いや、それはねぇな。何せこのウソップ様、視力は抜群だぜ」


ぐっと親指を立てるも、ジョニーは見る見る間に近づいてくるその船をじっと見つめてがたがたと震え始めた。


「ゾロ、賞金稼ぎには有名な船?」

「さァな。おれは海賊狩りっつってもそれで生計立ててたわけじゃねぇから、海賊には詳しくねぇぞ」

「ヨサク」

ミズキの兄貴はグランドライン出身だから知ってるんじゃねぇんですか!?」


驚いたようなヨサクに、ミズキはグランドラインは何でもかんでも知っているって思うなよっ、と少々ふてくされたように言い返した。


「ああ、そいつは失礼しやした。でもあいつはイーストブルーじゃ有名な海賊で、最近グランドラインに入ったって聞いてたもんで・・・・」

「最近?悪いけど、あ、おれはグランドラインの中でももっと奥の出身だから入ったばっかりの海賊はわかんないよ」

「確かに、グランドライン出身のミズキの兄貴からすればひよっこでしょうが、船長の名はドン・クリーク。兵力五千の海賊艦隊を率いるここいら最大の海賊団なんスよ!!」

「ごごご五千!?」


ヨサクの言葉にウソップは半ば悲鳴じみた声を上げた。ナミもさっと身を隠し甲板の隙間から覗いていて、客達の中にはすでに船に乗り込んで逃げ出した者たちもいる。


「へぇ・・・五千かぁ」

「まぁまぁの数だな。でもイーストであれだけ集めたってのは中々のものだな」

「リョウガ・・・・って何その格好」


日を遮るように目の上に手を置いて近づいてくる大きな海賊船を見ながらミズキが呟くと、突然後ろから声が聞こえて横を向けばコックの姿をしたリョウガが立っていた。


「そんだけの海賊が近づいてるから、か。厨房もコックたちが仕事にならなくてな。服を貸してくれと頼んだら仕事を手伝えと言われたんだ」

「へぇお疲れ様」


じろりとリョウガ、と呼ばれた男はミズキを睨む。その男こそ、先日レストランで腰に布一枚巻いてミズキの前に現れた男なのだが、さすがにドン・クリークの海賊団に皆気を取られているのか色々とリョウガについて聞かれることはなかった。ミズキとそれからリョウガの体は少々説明が厄介なことになっていて、できることなら説明は省きたいところなのだ。だからこそ二人とも黙っていたのだが、今回の騒動を終えたらさすがにそうもいかないだろう。とりあえずミズキは今回の騒動で湯を被らないようにだけ気をつけようと思って、船が近づいてくるのをじっと待つことにした。


「ボロボロだな」

「ん?あああの船ね。確かに・・・・でも嵐にやられた・・・わけじゃないみたい」

「何だと?」

「だってほら、」


ミズキが指差したのは本来マストがあるべき場所。ゾロはそれを見た瞬間目を大きく見開いた。そして意図せずしてか、彼の手は三本の刀にかけられてまるで今にも抜きたいとばかりにぎゅっとその柄を握り締めたのだ。
あの切り口はただ嵐にあってぽっきりとマストが折れてしまったものではないだろう。


「おい、おいおいおい!!やべェぞ!!!さすがに逃げた方がよくねェか!?」


騒ぐウソップ、怪我人のふりをするヨサクとジョニー、完全に姿を隠してしまったナミとそれぞれ面白い反応をする彼らを他所に、ゾロとミズキとリョウガは相変わらず甲板で船が近づいてくるのを見守っていた。


「面白そうだね。折角だし中で見物ってどうよ」


にやっと笑ってミズキはぴょんと桟橋に降りる。いいな、とミズキにノったゾロの背にナミとウソップの悲鳴が聞こえたが、彼はあっさりと無視してレストランの中に入っていってしまった。


「ちょっとちょっとあいつら何考えてんのよもー!!!」

「ごごごご五千人だとォォ!?うおおおお早く逃げようぜ!?ゾロー!!待ってくれー!!」

「あ、ちょっとウソップ!?」


飛び出そうとしたウソップの鞄に伸ばしたナミの手はぎりぎりのところで届かなかった。甲板から走っていくウソップを若干顔を青くしながら見つめていたが、リョウガも行ってしまうと彼女はすっと顔色を変える。そしてしばし考え込んでから、船室に戻っていったのだった。


「ナミの・・・姉貴・・・?」


ジョニーの言葉に答えたのは、閉まりかけた扉が風に押されて閉まる音だけだった。










2012/03/10  Back Home Next  
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