海上レストランバラティエと素っ裸の男

「これからどうする?」

「つってもなぁ」


ミズキの当然といえば当然の問いかけにゾロは刀を肩にため息を吐いた。
船は海上レストランバラティエを前にしてゆっくりと波に揺られていて、それは天気とあいまって眠りを誘う。あくびを一つすれば、それはゆっくりと伝染していった。
コックを仲間に引き入るというのは、船という孤立した空間では重要なことだ。栄養状態の偏りは体に不調をもたらすし、またまだ当分島につかないのに食糧がなくなるといった事態は船そのものの存亡に関わる。おいしい食事と安心できる寝床それに暖かな服というのは、たとえ陸だろうと海だろう必要なものであるのだ。
しかし困っているのは、今さらコックを仲間にするかしないか、また仲間にできるのかできないのかなどといったちんけな問題ではなかった。今彼らには全ての決定権を握っているはずのこの船の船長が欠けていて、ようするに必要な条件がいくら揃おうとも物事が前に進まないのだ。


「ほんっとにあいつはなにも考えてないんだから」

「一ヶ月くらいただ働きさせられるんじゃねぇか」


呆れたようにナミが呟いて、それにウソップは頷いて同意する。ゾロがぽつりとそんなことを呟いたが、実際そうだとしたら全くもって笑えない話である。麦わらの一味としてようやく航海をはじめ早数ヶ月と言うか、まだ数ヶ月と言うかは人それぞれだろうが、数ヶ月で海賊の船長がレストランの屋根を破壊して一ヶ月ただ働きですなんてどこの笑い話なのだろうか!!酒のつまみにもなりゃしない、というかしたくない。全員はまるで示し合わせたように同時にため息を吐く。


「しかしまあ、レストラン前にしてずっと待ってるってのもあれだろ。飯でも食いにいきゃいいんじゃねぇのか」


ついでにルフィの行方も聞こうじゃねぇか、と若干陰鬱とした空気を振り払うように立ち上がったゾロは、「お前も腹減ってんだろ」とミズキの頭を小突いた。と、同時にぐぅとミズキの腹から音がして、くすくすと忍び笑いが思わず漏れてしまう。カァァァと顔を赤くしたミズキはあーもう!だかなんだか声を出してぴょんと立ち上がった。


「行く!!」

「それもそうだな」


ゾロと、それからミズキの言葉に同意してウソップとナミもようやく立ち上がった。まだ仲間になって日が浅い二人は、一応は遠慮して一番古株のゾロの言葉を待っていたようだ。別にこの船では副船長という明確なくくりはないのだが、やはり船長を失った海賊団は路頭に迷うものである。何故なら、海賊団にとって船長とは船の意識であり行く末であるからだ。船には船長が思うがままに集めた仲間がいて、その仲間は個々の自我を持ちつつも皆一様に一つの方向を向いている。それはクルーが皆船長に惚れているから、と言っても過言ではないだろう。それを愛とか友情とか家族とか表現する言葉はなんだっていい。船長がいる、だから自分達の進む道が決まる。そういう意味でいざ何かの有事に船長が不在という状況に備え副船長の存在は必要だった。ウソップやナミの意識の中ではゾロがそれだったし、まだ船の仲間関係をあまりよく理解していないミズキにとってもそうだった。まぁそれもしばらくのうちのことで、そのうち皆どのように個々が動けばわかってくるのだろうが、始まりはそんなものである。
見張りをジョニーとヨサクの二人に任せ、四人は桟橋を渡ってレストランへと入っていった。ちりんちりんと小さな鈴がなる扉を開ければ、明るく落ち着いた空間が出来上がっている。天井でゆっくりと回転する天井扇の羽音が人々の静かな談笑の合間にかすかに聞こえていた。


「あら、とってもいいところじゃない!!」


私もっと荒れてるのかと思ってた、というナミの言葉は納得がいくものである。海軍や一般人は勿論のこと腹減った海賊も大歓迎というのがうたい文句の海上レストラン。それだったら荒くれ者たちがぎゃあぎゃあと騒ぐ、それこそ無法者の町に跋扈しているような酒場にでもなっているかと思っていたのだが、ここは少々海賊には似合わないのではないだろうか。陸と違って海は助けがくるのもはるかに遅いのだから、当の昔に海賊に乗っ取られてもおかしくはないのだが、と思ってちらりとウエイター(実際はウエイターじゃないのだが)を見ると、どう考えても堅気に見えずああなるほどとミズキはなんとなく納得した。厨房から時折聞こえる声は、まるで海賊のようでどうやらこのレストランは元はそういったところの出身者が多いようだ。


「いらっしゃいませぇ」


と、そんな四人にウエイターの声がかかって、そちらを振り向けば・・・・・麦わら帽子にエプロン。


「あんたものすんごく似合わないわね」


ビシっとナミに突っ込まれた通り確かに似合わない。似合わないというか統一性がないファッションである。


「おうナミの言う通りだぜ」

「すげぇな」

「でもおれゾロでも似合わないと思う」

「おい」


別にゾロにエプロンをつけて欲しいというわけではないのだが。そうぼそっと呟いたミズキの言葉はウソップの笑いをさらに助長させただけだったようだ。くつくつと笑い続ける一行をふてくされた表情のルフィが席へ案内する。大変不遜な態度であったが、お互い知り合った仲ならそれも許容範囲だろう。しかしこんなウエイターではただ働きさせるほうがよっぽど損になる気がするのは気のせいだろうか。
席について食事が運ばれて、実はその直後にドン・クリークの部下が来ただとか、それを海賊チックなコックが盛大に追い払ったとか、それをサンジが助けたとか、それを見てルフィがサンジという副料理長を気に入っただとか色々あったのだが、あいにくと三日ぶりの飯に気を取られていたミズキはそれら全てを見逃した。


「おいしい!!」

「ってお前ずっと飯食ってたのかよ!!」















一方そのころ、一人の見習いコックがゴミをまとめて裏口に置きに行ったとき、海の上に奇妙なものを浮かんでいるのを見つけた。海上であるからして、実は魚を自給自足したりすることもあるため、採集道具はそれなりに揃っている。見習いはその一つを引っつかんでその海に浮かぶ何かを拾い上げると、それは真っ黒な豚だった。


「・・・・・」

「・・・・ぶきっ」


そう、先ほどミズキに投げられたPちゃんである。とはいえ見習いはそんなこと知るはずもなく、拾った食材は全部丁寧に料理にしちゃうのがモットーなバラティエの規則に則って、その黒豚の足を引っつかんだまま厨房へ持っていったのだ。


「おいおいパティ!!ありゃあドン・クリークの一味のもんだって話じゃねぇか」

「ああそんなこともほざいてたな。だが!」


パティは言うと同時に魚の頭を切り落とす。勿論捨てるわけではない。生きとし生けるもの食べられない部分はほんの少しで後は料理次第でいくらでも食材となりえるのだ。


「金を持ってここに食いにきているオキャクサマのことを考えてもみろ!海上レストラン名物の戦うコックさんの名が泣くぜ!!」

「パティさん」

「そうは言ってもやり方があったんじゃねえのかって話だよ!」

「んだとぉ!」

「パティさん!!」

「「ああ゛!?」」


見習いはパティとカルネに同時に睨まれてそれこそ消えてしまうんじゃないかと言うほどに小さく縮み上がった。パティとカルネはそこでようやく自分達が話しかけられていることに気付いて喧嘩をやめると見習いの方へ向き直る。
見習いは気の毒なほどに震える手で先ほど拾った黒い豚を差し出すとやはり震えた声で「さささささききききほほほど、ううううう海ででででで」とよくわからないことを呟いてそのままぶっ倒れた。パティは見習いがばたんと行く直前に手放した豚を空中キャッチして目の前にぶら下げる。


「ほーうなかなか手に入らない食材だな」

「おう。いい毛並みだぜ」


ぶきっぶききっと黒豚の抵抗空しく、パティの手は揺るぎもしない。海上であるが故に手に入りにくいのは豚や牛といった肉の類だ。あいにくとイーストブルーには海王類も少なく、となると本日限りの特別メニューができるということになる。
しかし一人前のしかも今日限りの新メニューとはなんとも海上レストランバラティエらしい。普通のレストランなら供給はほぼ一定だから今日限りの新メニューなどあり得ないし、あったとしてもそうそう売れるものでもないだろう。だがここは海上、常に船を出して食料の供給ができるとも限らない。だからこのレストランでは本日限りのメニューが比較的多く存在した。むしろそれが売りで、どれを食べてもおいしいというのが評判なのだから、実はここのリピーターたちはなんだかんだで、そのまさに日替わりメニューを楽しみにしてきている節もあるのだ。たとえどんな食材でも、食材そのものが貴重な海の上では残さず余さず料理がモットー。故にこの海上レストランのコックたちの腕前は並大抵のものではない。それは性格にもいえることで、だからこそ陸上のレストランではやっていけないのだが・・・・。


「おい!湯沸いてたか!?」


パティの声に半分喧嘩しかしていないような厨房のどこかから怒鳴り声に混じって「おう!!てめェ!!」という声が返ってきた。後ろ半分は同僚に向けたものだろう。鍋と鍋がぶつかるような甲高い音が聞こえてくる。
パティの大きな手の中では豚はよけい小さく見えた。ぶきぶきと鳴いて必死で逃げようとする豚を首もとでちょいとつかんで、ちょうどぐつぐつと茹だっている湯の上に持っていく。


「味付けはなにがいい?」


にやっと笑ったパティは豚を丸ごと湯の中に放り込んだ。
一瞬の沈黙。そして、


「あちゃちゃちゃちゃー!!!!!」


次の瞬間、鍋から飛び出したのは茹だった豚などではなかった。黒い髪に黄色いバンダナ、すっぱだかの男が鍋から飛び出して厨房で顔を真っ赤にさせているのだ。
怒号にも砲撃にも慣れているバラティエのコックたちだったが、豚を湯につけたら男になったという意味の分からない事象にはさすがに反応しきれずぽかんと口を開けたままだ。喧嘩をしていたはずのコックですら、その喧嘩を忘れてぽかんと突っ立ったままでいる。
男は、もといPちゃんはキッとコックたちをにらみつけて、そのうちの一人からタオルを奪い取ると腰に巻き付けあっという間に厨房を出て行ってしまった。


「・・・・なんだありゃあ・・・・・」


コックの一人がようやくぽつりとつぶやいた。











2012/03/08
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