弱い犬ほどよく吠える、とはよく言ったもので

よそ者のヨサクとジョニーにそれからミズキを乗せてメリー号は一路、海上レストランバラティエへと向かう。グランドラインと違ってさすがに天候の変動が少ないなぁとミズキが思うのも当然、そもそも狂いに狂ったグランドラインの気候は多くの優秀な航海士を泣かせ、数多くの船を沈めてきた。変幻自在で気まぐれ。そんな海にしばらくでも滞在すれば、残りの海の天気など常に晴天と言っても過言ではない。そんなどうでもいいことを思っていると、目の前でゾロの刀が煌いてミズキは慌てて体を捻った。


「んっ・・・・・わあう!!!」


捻ったと同時に足を軸にぐるりと体を回転させて、後ろに構えた長柄を突き出す。ひゅっと互いの武器が互いの耳元を掠めて、二人は同時に一歩距離を取った。耳にそっと触れると、刀には直接触っていないというのに剣圧だけで皮膚が裂けている。手にこびりついたのが少量の血とはいえ、ミズキは顔をしかめて勘弁してよと口の中で呟いた。一方のゾロはと言えば、クロネコ海賊団との一戦以来ここしばらくまともな相手とやりあっていなかったためさも楽しそうに、その表情は生き生きと輝く。食い殺される、と直感的にミズキは頭を下げると、ちょうどその真上をゾロの刀が通り過ぎ、白銀の髪が数本ぱらりと目の前に散った。だがゾロの刀が届く範囲ということは、それよりも遥かに長いミズキの長柄提灯の間合いにゾロが踏み込んだということでもある。ミズキは石突でゾロの顎を勝ち割る勢いで左腕を動かすと、さすがのゾロも「うおわっ!?」と悲鳴を上げて寸でのところで刀で弾いた。鉄製の石突とよく打ち込まれた刀はギィンと重たい金属音を響かせ、ミズキはそれに眉を寄せる。この音はあまり気分がいいものではない。


「随分と慣れてるじゃねぇか。反応がいいな」

「付き合いが長い得物だからね。別に長柄じゃなくてもいいんだけど、おれにはこっちのほうが都合がいいんだ、色々と。っていうか大体それはおれの台詞だし、本当にイーストブルー出身?なんでこんな戦いに慣れてるのさ」


タン、と軽い音と共にステップを踏んで身体を捻る。ゾロとの距離を取れば彼はさも楽しそうに笑って話しかけてくるものだからこれは警戒される以前に本気で楽しまれていると感じたミズキは背筋にゾワリと嫌な感覚が走るのを感じた。それなりに腕に覚えはあるとはいえ、この剣士並の腕前ではないのは明らかである。気を抜けば斬られる、かといって本気でやって勝てる気もしない。
いくら今は男の姿をしているとはいえ元は女であるため力はそう強くないのだ。下手に真っ向から勝負を挑めば力で押し返されるのは目に見えているし、かといって自慢できるほどのスピードも持ち合わせていない。
そんなミズキをよそにゾロはぶんと大きく刀を振り下ろした。


「海賊狩りやってたんだ、戦いに慣れてなきゃ話にならないぜ」


ゾロの言葉は最もで、ミズキはそれもそっか、と呟き提灯をゾロに向けてもう一度腰を低く構えなおす。
あまり長引かせても集中力が途切れるだけだ、今日は後もう一回ぐらいがちょうどいいだろう、とお互い思ったに違いない。ほぼ同時に頷くと二人は一気に距離を詰めた。
ゾロの刀はまっすぐミズキの喉元を狙ったが、それは提灯に手元をはたかれて空を貫く。


「へーすげーなーミズキの奴。全部避けてら」

「な。ゾロの刀に切られりゃあんなほっそいのなんざ簡単に真っ二つなのによ、あいつゾロの刃を全部避けて打ち返してるぜ」

「でも何か威力ないみたいだな」

「な」


観客席のルフィとウソップは、甲板をフルに使って自在に動き戦う二人をぼけーっとしながら眺めている。最初こそは、ゾロの全て急所を狙った一撃がミズキを貫くんじゃないかとはらはらどきどきしていたウソップだが、数回打ち合ううちにミズキがいかに避けるのが上手いのかがはっきりとわかって今となってはもうあまり心配していなかった。まるでどこに刀が来るのかわかっているようだと思ったウソップは実は正解で、ミズキは実際にゾロの刀がどこに来るのか何となく感じていた。この力はミズキが生まれたときから持っているもので、実のところ空島の"心綱"や"見聞色の覇気"と呼ばれるものなのだが本人は意識して使っているどころか自分がその力を持っていることにすら気付いていなかった。それもそのはず、ミズキが相手の気配をより強く感じられるのは、相手が至近距離に位置しかつ自身の気が高ぶっている場合(つまりは戦闘中)のみだからだ。それ故にかつて乗っていた海賊船でもそれが見聞色の覇気だと思われずミズキはずっと避けるのがちょっと上手い子程度の認識であり、覇気そのものを偶然に発現していながらも力としては非常に効率の悪い使い方をしていた。勿論、まだグランドラインに掠ってすらいない麦わらの一味が覇気の存在を知るはずもなく、ルフィとウソップの感想は「なんかすげーな」の一言で終わる。
何はともあれ、多少なりとも見聞色の覇気を使えるお陰で直線的なゾロの攻撃を避けるのはスピードに自信がないミズキにとってもさほど難しいことではない。惜しむらくはルフィの言う通り、ミズキの一撃一撃がゾロと比べればなおさら軽く見えることだろうか。鍛えられているように見える身体から引き出される力にしてはあまりに弱弱しく、先ほどからゾロの体を狙った何回かは綺麗に入ったはずなのに簡単にゾロの刀に力負けして弾き返されてしまう。中心を取っていてもそれが攻撃となる前にゾロの刀に触れると押し負けているのだ。先ほどの、手元を叩いた一撃もそうだった。本来ならあれに力さえあれば刀を取り落としてもおかしくないはずなのに、ゾロは少し手元を狂わせるだけで、逆にゾロはミズキのバランスを奪うかのように長柄を捻り、狙い通りミズキは後退した。


「あいつ本当に男かぁ?」

「外野煩い!」


完全な誤解であるのだが、「男」と呼ばれるのは大変不本意な上に不愉快だ。いくら見た目がそうで、自分も厄介ごとを避けるために男の不利をしているけれども好き好んでそのようには呼ばれたくない。
しかし今の一言、ミズキからすれば「男と呼ぶな!」の意味合いが含まれたものだったとしても、女が男になるなんて面白い事件が存在するなど露にも思わないルフィたちは単純に「コンプレックスだから黙れ!」という意味に受け取っただろう。男と言っても筋肉のつき方は人それぞれであり、誰もがただ鍛えれば力持ちになれるというわけでは決してない。
ミズキはルフィにそういわれた瞬間、まるでそれを証明するかのように、ゾロの刀を巻き込んだ。そう文字通り巻き込んだのだ。ミズキの持つ長柄は決してしなるわけでも紐のように巻きつくわけでもないのだが、それはゾロ本人から見てもまるで刀に巻きついて自分の手から持っていかれたようだった。
たん、と軽い音と共に手を離れた刀が甲板に突き刺さってそれが鍛錬の終了の合図となった。


「ふっー・・・・こんぐらいにするか。悪かったなミズキ。しっかしおれもまだまだ甘いな・・・・こんなんで刀を持ってかれるようじゃ修行が足らねぇ」

「えーおれだって力ないなりの修行したんだから、そんな風に言われると傷つくんだけど・・・」


ゾロは苦笑いを浮かべて甲板に突き刺さった彼方をすこっと抜き鞘に収めた。確かに、今の言い方ではそういう風にとられてもおかしくはない。不満げな表情でミズキはそっぽを向き、石突でとんとんと甲板をつついた。
先の提灯が、揺れる。


「にしても」

「んー?」

「その提灯、邪魔じゃねぇのか」


ゾロが指差した先にあるのは長い単なる棒の先に鎖で繋ぎとめられた丸い提灯だ。見た目は紙で張ったもののようだが、ゾロの刀が掠っても傷一つつかない。何で出来ているのかも気になるところだが、やはり鍛錬の中で一番気になったのは右に左に揺れるそれがひどく扱い憎そうであるということだった。そもそも薙刀などの長柄武器は下手に振ると振り回した勢いに負けて転倒してしまう。扱いにはそもそもそれなりの訓練と言うものが必要なのだが、さらにそれにバランスを悪くするような重石をつけているとはどういった了見なのだろうか。首を傾げるゾロにミズキ本人もそれなりにそのことを理解しているのか苦笑しながら「単純に長柄武器として使うなら邪魔だよね」と言った。

「でも、これは大切なもんだから」


そういいながらミズキは自分より少し高いところでゆらゆらと揺れている丸提灯を見上げた。実のところミズキもこの提灯をいつから持っているのかは定かではないのだ。母親や父親の形見というわけでは決して無いのだが、親戚の叔母の話ではこれはミズキが生まれつき持つ物で、これがある故にミズキミズキであるのだという。
彼も随分と乱暴に扱ってきたのだが、どうも最初からかなり頑丈に作られているらしく彼自身この提灯の中がどうなっているのか全く知らない上にこれが何の材料で出来ているのかも知らない。一時期気になっていろいろと技術者・科学者その他諸々に頼んで綿密に調べてもらったのだが結局よくわからずとりあえず"提灯"として機能する事実しか判明しなかったのだった。嵐の中にあって破けず形も崩れないその提灯。麦わらの一味の前では一度も光らせたことはないが、きちんと灯りとしての機能もある。
よくわからないミズキの言い回しにゾロは首を傾げながらも、ちょうどそこへヨサクがバラティエを発見したためその話はうやむやになってしまった。即座に飛び出したウソップとルフィに続いてゾロもミズキも各々の得物を担いで船首へと急ぐ。
水平線にかすかに見えるのが海上レストランバラティエ、近づいてみればそれはやけに奇妙な形をしていて多分魚がモチーフなのだろうそのお店にはすでに何隻もの船が止まっている。どうやらこんな海上とはいえかなり繁盛しているらしい。
しかしそれも当然か、ここいらはグランドラインに近くなりグランドラインに突入するも振り落とされた海賊達や今からグランドラインに突入しようと言う海賊達の通り道である。さらに上手く航路を選ばなければ一月近く島に近寄れないこともあり、水分食糧補給の意味でこのレストランは島と同じくらいに重要な役割を持っている。まぁ上手く航海をすれば数日のうちに島が見つかるのだが。その島の周囲の海流が少々厄介と言う話である。
レストランのフォルムに何か感動しているルフィたちを差し置いて、ナミはすでに船を停泊させる場所を探している。この辺りはそう深くないから、無理に近づけずにここいらで碇を下ろして小船で近づくのも手だろう。


「!・・・船・・・って海軍んん?ちょっと何ルフィってもう賞金首?」


ふと潮の流れが変わって小さな羊の船首のキャラベルがかすかに揺れそれを目ざとく感じ取ったミズキが後ろを振り向くと、そこにいたのはまごうことなき海軍の軍艦。メリー号より遥かに大きなその甲板に立っているのは・・・・あいにくとミズキも知らない小物の海兵だったようだ。海兵は結構詳しいつもりだったんだけどな、とミズキが首を傾げたところで彼はようやくここがグランドラインではなくイーストブルーであることを思い出した。グランドラインを除く四つの海でも最弱の称号を得るこの海の治安を守る海兵まで逐一覚えているはずがない。というよりも実を言うとミズキは初めてイーストブルーを訪れたのだ。知り合いなど当然いるはずもなかった。(少々不愉快だが、彼はグランドライン中であれば何人か知り合いの海兵がいる。とはいえそれは単にミズキを一時捕まえた海兵という意味なのだが。)


「麦わらの船長さん。あそこの海兵さんが御用だって」


ミズキがそうやって声をかけると、ルフィはようやく船の存在に気付いたかのように振り返る。いったいどこまでレストランに気を取られていたのだろうか。

「そこの白髪のお前!!海兵さんとは失礼だ!おれは海軍本部大尉"鉄拳のフルボディ"・・・・いや・・・待てお前の顔見たことあるぞ・・・・」

「おれはお前なんて知らねェ」


それは一体何の自信なのだろうか。フルボディと名乗ったその男は応えたルフィに「てめぇじゃねぇ!」と怒鳴り返した。


「そこの白髪のお前だ。おい名乗ってみろ」


だが返事はない。


「おい」


ゾロが肘でつつくもさらに沈黙。


「おい呼ばれてるぞ」

「そうだ、緑の髪の隣に立っているお前だ、白髪」

「・・・・・これは白髪じゃない」


ヨサクとジョニーはミズキの応えにぷっと吹き出した。フルボディは、海軍大尉に慌てもしないどころかふざけきった海賊たちの行動にわなわなと腕を振るわせている。大体名のない海兵に言ったところでどうにもならないし、と続けたミズキの言葉はやけに毒が込められていて、フルボディはさらに額に青筋を浮かべた。


「てめぇ・・・・おれのことを誰だと思ってやがる!!」

「こ・も・の」


ミズキはそう言うと同時に肩に乗っていた豚を放り投げる。ぶききっと空中で抗議しながら豚は見事な放物線を描いて飛んでフルボディの顔面に着地、Pちゃんことリョウガはその着地と同時にぶっとフルボディから唾を吹きかけられていたく憤慨したらしくがぶりとその額に噛み付いたのだった。


「「ぶっ」」


一人と一匹の声は見事に重なって、ぷっと吹き出したのは決してミズキ一人だけではないはずだ。


「っていうかあの豚いいのか?」

「ん?大丈夫大丈夫」


ゾロの言葉にミズキは笑う。だがここまでコケにされて、黙っているという方がおかしいのだ。当然と言おうか「撃てェ!!!」の一言とともに船上の海兵たちの動きが慌ただしくなり火薬のにおいとともに砲弾が飛んでくる。


「っとォ」

「おれに任せろ!!」


一応は自分の発言が原因なのだから、と飛んできた砲弾をいなそうとするが、それよりも早くミズキの脇からルフィが飛び出した。まるで猿のように軽い動きで、手すりの上に立つと息を大きく吸い込む。風船のように膨らんだルフィの体は至近距離で飛んできた砲弾をいともたやすくはじき返したのだった。そう、はじき返したのだ。


「てめぇはどこにとばしてるんだァ!!!」


思わずゾロが叫んだように、そのはじき返された砲弾はと言えば吸い込まれるようにレストランに向かい、その一画の屋根をぶちこわしもくもくと黒煙をあげた。


「・・・・まぁ海軍のせいにしていいんじゃない」


ミズキは恐る恐ると言った風にルフィの肩に手を乗せる。ぽかんと口を開けたままのルフィは、ミズキの方を一旦見るとそれから唐突に、謝ってくる!!と飛び出してしまったのだった。


「へー素直というか・・・うん」

「阿呆、ありゃ馬鹿正直つーんだよ」


あきれたようにゾロがつぶやいた。










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2012/03/04
2012/03/23 加筆修正