奇妙な遭難者の話

「ちょっとルフィ!?あんたねぇ、いくら外傷がないといっても怪我人みたいなもんなのよ!?もうちょっと丁寧に扱いなさいよ!!」


無理やりと言おうか猛烈な勢いで引きずられて船内に引き込まれたその男、名をミズキと言うのだが、嵐で遭難したところにそんな扱いを受けたためどこが痛いと聞かれても答えられないくらいに全身が痛みで悲鳴を上げていた。オレンジ色の髪の女が恐らくは能力者であろう麦わらの男の頬をぎゅーっと引っ張って信じられないほどに皮膚が伸びていく。もとよりグランドライン出身、能力者の存在にさほど驚くことはないが能力者の存在よりもこの奇妙な能力にミズキは世の中変な奴もいるもんだ、と思った。
「すひまへんへひた」と口を開きにくそうに謝る麦わらのその男は何処まで反省しているのか、大きく歪んでしまった顔からはよくわからない。


「そんなことよりよ!」

「そんなことって何よ!」


麦わら帽子と明るい笑顔がやけに似合うその男は女の怒声など右から左に綺麗に聞き流して、正面に座ったミズキのほうへ身を乗り出す。声もはっきりしていて聞いていて気持ちがいいものだ。


「お前、名前なんてんだ?おれはルフィだ!!」

「あ、・・・おれ?おれはミズキ


一瞬ミズキはうっかりあたし、といいかけてその一人称を慌てて口の中に飲み込んだ。
そう、彼こそがまさしく伝説の修行の地呪泉郷の男溺泉に落ちたあの女の子だったのだが、いくら恩があるとはいえ見ず知らずの相手に自分のこの変態じみた意味のわからない体質などわざわざ説明する気もないのでこうして男の姿でいるときには男として振舞っているのだ。癪にさわるが厄介ごとを避けるにはちょうどいい。久々に自分の体質を知らない人間と話したものだからうっかり素が出かけたが、ミズキは改めて気を引き締めなおした。べったりと顔に張り付いた髪を掻き揚げてなんとかかんとか一瞬言葉に詰まったかのように誤魔化して相手の顔色を伺えば、目の前の麦わらを被った人物は今の言葉のよどみに欠片も気付かなかったようだ。内心ほっとしながら鼻の長い男がまだ乾いていない髪はべたべたするだろう、と手渡してくれたタオルをありがたく受け取ってがしがしと頭を拭く。
海賊船、か。そしてルフィが船長と言ったところだろう。ミズキは先ほど甲板でチラリと見えた船の旗と帆の模様からそんなことを断定したが彼らにはモーガニア特有の危険な香りはしなかったのであまり焦る必要もないだろうと考える。
そこまで意識が回ってミズキはようやくと言うか、いまさらと言うかある重要なことを思い出したのだ。ばっと肩を見ても、そこにいたはずの黒い豚はいない。そして身体にくくりつけておいたはずの提灯もなかった。
ミズキは一瞬のうちに顔を青くして、ルフィをはじめとする麦わらの一味は顔を見合わせた。

「忘れてた・・・・!!あのさ、長柄提灯と後黒い豚も一緒に溺れてなかった!?」

「黒い豚?ナガエチョウチン?おい知らねぇのか」


ルフィは首をかしげてそのままくるりと先ほどからミズキに剣呑な視線を送っている緑色の頭の男の方へ振り返る。男はいきなりルフィに話を振られて一瞬驚いたようだったが、「しらねェな」とぶっきらぼうに答えた。ミズキはその答えを聞くや否やさらに顔を青くして、それから慌てて船室を飛び出した。まずい!まずい!!あいつあの姿じゃ碌に泳げないじゃん!と焦る気持ちを何とか押しとどめて海に黒い点がないか探そうとしたのだが、実のところグランドラインで嵐に巻き込まれてこのかた何も食べていないおかげで、陸に力も出ずすぐにへたり込んでしまった。

「おいおい大丈夫かぁ?ちょっと待ってろよ、このウソップ様が見つけてやるぜ。その提灯ってのはいつ失くしたんだ?」

「わかんないけど、体に括り付けといたはずだから、嵐の途中じゃなけりゃ近くに・・・・」

「よっしゃ待ってろ!」


ミズキの言葉に自らをウソップと呼称した鼻の長い男は甲板に飛び出した。とりあえずお前座ってろよ、と唐突に後ろから響いた声にちょっとした身の危険を感じてぱっとミズキは後ろを振り向くも、時すでに遅し。ぐわっとこちらに伸びてきたルフィの腕がミズキの襟首を掴んで、ぐいと船室へ彼の体を引きずり込んだのだった。
がしゃぁん、と派手な音を響かせてミズキは先ほどまで座っていた椅子に激突。そこにいた全員があまりの乱暴な取り扱いに思わず目を瞑り女は再びルフィを怒鳴ったが、やっぱりルフィは笑っているだけだった。ミズキはなんとか姿勢を持ち直して改めて椅子に座りなおした。


「いや、でも今回は本当にありがとうございました。今回ばっかりはさすがにおれも死ぬかと思ってたんだ」

「相当ぎりぎりだったわね。でもミズキ・・・って言ったっけ。あなた何であんなところで遭難してたのよ。此処最近はここいらじゃ嵐なんて一回もなかったわよ」


ミズキはボロを出さないように深く深くお辞儀をして選んだ言葉を口にした。そろーっと視線だけで周囲に立っている三人の様子を伺うと彼らはミズキの言葉に特に何の疑問も抱いていない・・・ように見える。一人を除いては。三本の刀を差した緑色の髪の男だけはどうもこの突然の侵入者に対し必要以上とも思われる警戒を抱いているようで、確かに隠し事はあるがそれ以外は潔白のミズキとしては少々視線が辛かった。何かへまやったかな、と思ったところでそういえばこの船が海賊船だったことに欠片も驚かなかった自分を思い出す。助けられて比較的すぐ船室に放り込まれた(実際は中に入れてもらったのだが、その様子だけ見れば放り込まれたも同然である)とはいえ帆のマークも旗も確かに目に入っていて、それで全く気にもかけなかった。あ、そりゃ警戒もされるわと思って色々と修行不足の自分を恥じる。とりあえずこの時代海賊なんて見慣れたと言うことにしてもらおうと思ってようやく顔を上げると、オレンジの髪の女が同意してくれるように頷いた。しかしその後に続く言葉は全くその通り、といったものでミズキはこればっかりは隠すことでもなかったので(少々恥ずかしいことではあったが)素直に事実を話すことにした。


「まぁその難破したって奴なんだけど」と呟いた。それにすかさず「こんな静かな海でか」とツッコミが入って仕方なしにミズキは自分が遭難するまでのいきさつを簡単に説明したのだった。必要ないところで嘘を吐けば後々が面倒くさくなることははっきりとわかっていたから、ここは一切のごまかしをいれずに話す。


「おれはグランドライン出身なんだ。ちょっと探し物で一人航海してたんだけど、その時グランドラインの方ででっかいサイクロンに巻き込まれて、カームベルトまで流されたんだけど海王類に食われてさらに海王類に食われて、なんとか脱出しても島までたどり着けなかった・・・ってオチかな」


もう五日以上飯食ってないんだ、と続けるとさすがに同情の視線を向けられた。が、しかしそんな中でただ一人やけに輝いた瞳でミズキを見つめるものがいて、その視線に負けて振り向くと目の前にはルフィのやたらキラキラした表情が迫っていた。


「お前グランドライン出身なのか!?すげーな!お前おれの仲間になれ!!」

「おいルフィ、そりゃお前いきなりすぎるだろ」


呆れた様子の緑の頭の剣士が言う。ルフィ肩を掴んでミズキから引き剥がすが、何を思ったのかすっかりミズキが気に入ったらしいルフィはそんな言葉の一つや二つで諦める様子ではない。ミズキはそんなルフィに苦笑する。
乗っていた船は嵐に巻き込まれ大破した。その他の荷物もグランドラインを渡るに欠かせないログポースも何もかもをなくしてとても今すぐ一度グランドラインにとって返すことなど出来ない状況の中で、この申し出はありがたいものでもあるのだが、居候させてもらうならともかく仲間になるのだけは少し戸惑われる。自分はまだ彼らのことをぜんぜん知らないし、彼らもまた自分のことを全然知らないから、相手のことを知らない故に生まれるものは決まって少し悲しい歴史を伴うことをミズキは身をもって知っていた。だからこんな急に仲間になれと言われてはいと頷けるはずもない。


「船がないから乗せてくれるとありがたいけど、仲間にはなれないかな」

「船に乗っていいぞ、仲間にもなろう」

「い、いやいやだからお互いほら何も知らないじゃん?いきなりそういうのは・・・」

「そんなの関係ねぇ」

「・・・おれ悪い奴かもよ?」

「いーや違うな!!お前は悪い奴じゃねぇ!!」


果たしてルフィのその意味のわからない自信はどこから来るのだろうか。ミズキはと言えばさすがに命を救ってもらった相手を無下にばっさり切り落とすのが気まずいらしく、何とか穏便に遠まわしに諦めてもらおうとするが、何を言ってもこの調子のルフィにそろそろ言い訳がなくなってきてしまう。大体悪い奴じゃないって、何が根拠だよ!と突っ込みたいことは山ほどあるのだが、突っ込んだところでどうこうなる相手ではなさそうだ。そんなミズキを見るに見かねて、先ほどから警戒の視線を送ってくる剣士もさすがにこの強引な船長の勧誘を受けるのを哀れに思ってくれたのか助け舟を出してくれた。


「おい、断りたけりゃもっとばっさりいかねぇとこいつの場合無理だぞ」

「お、おう、なんか悪い気がして」

「どうせこいつら海賊だもの、あんたが海賊じゃないならそんなの気にしなくていいじゃない」


女の言葉にミズキは中途半端な笑み思わず浮かべてしまう。


「それともあんたも海賊なわけ?」

「いや、それは違う」


この間はまずい、と思って次の言葉はきっぱりと否定したものの、思わず引き攣った表情は剣士にばっちり見咎められたであろう。事実として今はどこの海賊船にも属していないのだが、昔海賊船に乗っていたことを一瞬でも思い出したのがまずかった。
嵐のせいか、空腹のせいか、疲労のせいか先ほどからえらい痛いミスばかりの連発だ。この次の言葉をどうするか少々迷っていると、それを知ってか知らずかオレンジの髪の女はすぱんと話を切り替えたのだった。


「とりあえず今からまた海に放り投げるわけでもないんだし、しばらくの間は船に乗ってるってことでいいんじゃない?仲間になるかは別として、ウソップがミズキの持ち物を見つけ次第さっさとレストランまで行っちゃいましょう。ルフィあんたもそれでいいわよね?」

「ああいいぞ。にししこれで六人揃ったな!」


六人、とはヨサクとジョニーのことを含めているのではない。まだ顔を見たことがないどころかいるかもわからない海上レストランで仲間にする予定のコックとミズキがルフィの中ではすでにカウントされていたのだが、そんな事情など欠片も知らないミズキが今の六人が何を指しているのかわかるはずもなかった。なので特にそれ以上何も言わなかったのだが、三本刀の剣士はといえばルフィが言う六人に誰が含まれているのかわかってしまって、傍若無人な船長にはぁとため息をつく。
ちょうどその時、ウソップと濡れたジョニーとヨサクが何かを抱えて船室へと戻ってきたのだった。ジョニーが持っているのは先ほどミズキが言っていた長柄提灯、そしてもう一方の手にはくたっとした黒い豚が収まっていた。ミズキはそれを見て顔を輝かせあっという間にジョニーの元まで行くと、提灯とそれから真っ黒な豚を片手でひょいと摘み上げた。


「よかったぁ!ありがとう!あー・・・Pちゃん?生きてる?Pちゃん?」


ミズキは手に持った豚をぶらぶらと揺らすもかけらも反応がない、仕方なくここにいる誰にも聞こえないように豚の耳元でこっそりと「リョウガ、あかねちゃんがいるよ」と呟くと豚は猛烈な勢いで覚醒してパチッと大きな目を見開いた。Pちゃんことリョウガはしばらくの間状況がつかめなかったようだが、ミズキのいう「あかね」がどこにもいなことに気付いてやけに不機嫌そうな顔でぶききっ、と鳴くと一著前にミズキの手の中で抵抗を始める。元気そうなリョウガの様子にミズキはぱっと手を離してやれば、豚は器用に一回転して床に着地した。


「この人たちに助けられたんだよ」


ミズキがそういうと豚はまるで言葉がわかっているかのように、少しだけ頭を下げる。いやわかっているかのようにというのは間違っている、豚ははっきりと言葉をわかっているのだ。何せこの豚も、人間なのだから。
呪泉郷に百以上の泉がありさらにそれぞれに悲劇的伝説があるのは以前にも説明したが、その中の一つに黒豚溺泉と呼ばれる呪いの泉がある。伝説曰くその泉では数千年前黒い豚が溺れ、以来その泉で溺れたものは皆黒い豚の姿になってしまうというものだ。全く笑えないのに何故か笑えてくるそんな悲劇的泉に落ちた男の名前はヒビキ・リョウガ。PigなのでPちゃんなどと適当に呼ばれたり、シャルロットと適当に名前をつけられたりと色々あるので自由に呼んでもらって構わないのだが、とにもかくにもそんないきさつなど知りもしないルフィたちにはこの豚は大層頭が良いように映っただろう。


「へー頭いいなそれ。食っていいか」

「「「何でだよ!!」」」


ルフィの一言に船室の全員が同時に彼の頭をはたいたのだった。


まさかの一言にミズキもリョウガも一瞬頬が引き攣った。そんなことしたら色々大変なことになるので断固としてそれだけは阻止せねばならず、ミズキは視線をあらぬ方向へ動かしながらなんとか話題を穿り返して全く違う方向へ持っていく。


「あー・・・んーそしたらそのレストランに着くまで船に乗せてもらってもいい?だめならまた泳ぐけど」

「よし決まりだな!!ミズキお前もこれでおれの仲間だ!!」

「いやいやいや!さすがにそこまではいかないってば!レストランに着くまででホントいいから!!」

「いいんじゃねぇのか?まぁこいつが船長だがよ、あんまり気にしなくていいぜ」


相変わらず人の話を聞かないルフィにミズキもようやく声を張り上げた。しかしすでに自己完結してしまっているルフィにミズキの言葉など届くはずもなくため息を吐いたところで、やはりぴりぴりとした視線が背中に突き刺さっているのを感じて ミズキは恐る恐るあの剣士のほうへ向き直ったのだ。ミズキはまだ実のところルフィ以外から自己紹介を受けていないのでこの剣士の名前も知らないのだが、この剣士名をロロノア・ゾロという。イーストブルーでは少々名の知られた海賊狩りなのだが、本人的には不本意な迷子の結果であった。
しばらく船に乗せてもらう以上いつまでも彼のことを放置しているわけにはいかないだろう。解ける誤解は解いておくに限るが、そう簡単にはいきそうにない。


「な、何か御用で・・・・?」

「いや・・・・」


ゾロはミズキにそう問われて少しだけ言葉に詰まった様子だったが、それを誤魔化すかのように少しだけ早口で彼の持つ長柄のことを聞く。


「その提灯?はお前の武器なのか?」

「これ?ああうん。長柄提灯って呼んでるけど、武器かな」


考えていたのとは違う方向からの問いかけとなったが、ここで下手なことを言われればあっという間に腰の刀で切られそうだったからミズキも回らない頭で必死に無難な言葉を選ぶ。
ただの長い棒の先に丸い提灯がぶら下がったそれはまごうことなきミズキの武器だ。丸い提灯はミズキが動くたびに揺れて少々扱いにくそうだが、本人からすればさほどでもない。
戦場に身を置くものとして、また気の抜けたルフィの変わりに一味を守らなくてはならないという責任感からついつい警戒が過ぎる癖があるのだが、ゾロの目から見てもミズキは決して弱くはない。その長柄武器の扱いだけでなく、立ち居振る舞いや船の上での安定感から彼がかつて海賊をやっていたころはそれなりに名の通った犯罪者だったのかもしれない。後でヨサクとジョニーに手配書を見せてもらおうとゾロは密かに思った。


「戦えるんだったらもしよければこの船にいる間くらいおれの修行の相手でもしてくれねぇか?」

「い、いいけどおれそんなに強くは、」

「ないってことはねぇだろ。おれも昔海賊狩りやってたが、そんじょそこらの海賊よりよっぽど強いはずだ」


ゾロの言葉に苦笑いしか漏れない。これで当分は目をつけられたな、と内心涙するミズキに対して、ゾロの真意は敵になるか味方になるかわからないこの男の実力をなるべく早くに測っておこうというものだった。詮索しすぎるつもりもないが、船に乗るならある程度のことは把握しておきたいのだ。


「あ、そういやルフィ以外は名乗ってなかったよな。おれはウソップ、狙撃手だ」

「そういやそうだな。ゾロだ。ちょいと前は海賊狩りやってたんだが、今は海賊だ」

「ナミよ。ここの船とはちょっと手を組んでるだけ。クルーじゃないわ」

「いやナミもおれの仲間だ!」

「違うって言ってるでしょ!?」


怒鳴りあう二人を差し置いて、ミズキが残りの二人のほうを向くと、ヨサクとジョニーはポーズを決めて名乗りを上げる。


「「おれらは二人組み賞金稼ぎのジョニーとヨサク。よろしくな兄ちゃん」」

「そんじゃ、お世話になります。おれはさっきも名乗ったけどミズキ。こっちはPちゃんな。シャルロットでもいいよ」


そういやまだだったか、とミズキが豚を紹介すると、豚はミズキの言葉にどこか不服そうな表情でぶきっと鳴いた。整合性のない豚の二つの名前に変なの、とウソップは首を傾げるが、飼い主らしいミズキがそういうのだからそれでいいのだろう。ペットか?と尋ねるといや腐れ縁、と不思議な返答だった。


「じゃ、行くと決まったらさっさと行っちゃいましょ、海上レストランバラティエ!!今はちょうど追い風よ!」








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2012/02/29
2012/03/21 加筆修正