その痛みは突然だった。イルミが確実にとった、とハルシャがそう思ったとき、ずぐんと腹の奥が痛み、間をおいて口から血の泡がこぼれだす。どしゃり、と重い音はハルシャが膝をついたのが先かそれとも内臓があふれ出したのが先か。
 痛みを明確に認識するよりも早く目の前が暗くなっていく。
ハルシャ!」とクロロが、イルミが、どちらかが叫ぶ声が聞こえた気がした。

(痛い……)

痛みはあった、だがそれよりも地面に倒れた時の衝撃の方が強かった。
それを最後にぷつん、とハルシャの意識の糸は切れそれきり動かなくなった。
 最初にハルシャの異変に気づいたのはクロロだ。もっとも戦場を俯瞰しやすい最後列に居た、ゆえに飛段の傷がハルシャとリンクしていることにいちはやく気づけた。
 最後にハルシャの異変に気づいたのはイルミだ。最前線に、もっとも効率的な直線で前に居た飛段を狙ったイルミの手は、効率的に飛段の肉をえぐる。飛段の変化があと少しでも早ければ、飛段の肌の色の異質な変色と念能力に気づき、手を止めたかもしれない。だがそれよりも圧倒的にイルミの初撃が早かったのである。
 イルミは飛段と若干の距離をとりながら、ハルシャの様子を探る。円を広げると背後でクロロが倒れたハルシャのそばにしゃがみこんでいるのがわかった。この状況、傷はおそらくイルミ自身が飛段に与えたものと同じものがハルシャに還っているのだろう。自慢ではないが殺すつもりの一撃だった、とすれば当然ハルシャは状況的にだいぶまずいだろう。

(さてどうするか)

 クロロは可能な限り止血を試みるが、マチのように縫合できるわけでも、操作系念能力者のように物体を操作できるわけでもないために、頭の中にある人体図に沿って、動脈をオーラで包むのが限界だ。それも自分自身ではなく他人のとなればなおさら完璧とはいかない。
 クロロがサソリからハルシャのことを聞いている通りであれば、この中で一番制圧力が高いのはハルシャのはずだった。
 もっとも効率的かつ三人がばらばらに動いてもなお良い構図は、ハルシャを一旦遠ざけ、その上であの二人をクロロとイルミがそれぞれ相手にしながらハルシャの奇襲を待つ。それがこの三人で考えられるもっとも良い選択だろう。
 なにせクロロもイルミも、そしてハルシャも基本的に団体戦と言うものに向いていない。向いていないというよりもそういうものから遠いところで今まで戦ってきたから基本的に一対一が好ましい。
 臓物が零れ落ちようと怯まぬ相手、ハルシャの負傷、不可思議な円と模様とくればすでにイルミにも念が発動していることはわかる。それがまさかハルシャに向くとは思わなかったが、そういえば先ほど飛段からの攻撃を受けた際、ハルシャの頬に切り傷が出来ていたことを思えばそれが発動条件だったのだろう。
 イルミは飛段と向き合ったまま、背後に片手をやって念文字でクロロに問う。
『どうする?』
 クロロはしばし考え込む。ハルシャはこの傷ではそう長くは持たない。今は痛みと大出血のショックで気絶しているが、すでに顔は青ざめ手足は冷たくなってきている。早急にマチに見せて傷口を縫合しなければ死ぬだろう。
 その時一瞬、本当に一瞬クロロにだけわかるように殺気がふっと現れて消えた。クロロの背筋に悪寒が走る。この殺気には覚えがあった。

「動くな!!」

 クロロはイルミに対して怒鳴る。イルミがその声にぴたりと動きを止めた時、イルミと飛段の間に割って入るように黒い何かが現れた。同時に角都を捕縛するように同じような黒い何かがキキキキと音を立てて壁を作った。
 黒い何かは包まれた布からぐるりと首を、人体ではありえぬ方向へ回して飛段の眼前に迫る。人形であった。がくんと人形の頭が後ろに倒れ、分厚いフードから生々しい肌がぬらりと現れる。どこを見ているかわからない両の目は左右で全く違う動きをしている。上顎は下顎から大きくのけぞり喉の奥から飛び出したのは網のような何かであった。それは飛段の頭上から全身を包むように、大きく広がる。

「うおっ!?おい角都こりゃなんだ!?」

 がくんと上顎が元に戻ると今度はいくつもの手が被った布の下から現れて、飛段の両の手を掴みそのまま足払いをかけて飛段の描いたサークルから吹き飛ばす。その上で周到にも人形は腕から飛び出た刀で飛段の描いた血のサークルを大きく傷つけた。円が切れるとは縁が切れること。飛段は網を引きちぎり「チッ」と舌打ちをする。
 角都は角都ですでに二体の人形を相手にしており、ちらりとそれを見た飛段は援護はねぇなとばかりに口の中に入った砂を血と一緒に吐き出して、腹に触れた。
 痛みはあるがそれはジャシン様に捧げるべきものだ。痛みも血も憤りも嘆きも悲しみもそして死も、ジャシン様に捧げるものである。故に飛段は半殺しなどという生ぬるいものは好まない。心臓をひとつきに、首を一撃で、上顎から吹き飛ばし、完全な死を望む。それだというのに殺してはならぬといわれ、さらに出てきた相手は人形と来た。

「おい、おい、おい!!おい!!!角都ぅ!!ふざけんじゃねぇぞ!!話が違げぇじゃねぇか!!」
「ああそのようだ、この傀儡、サソリだな」
「さそりぃ?なんだそりゃ」
「操作系の念能力者で言うならば五指に入る上に生身の人間から人形を作り出す、人形師、通称赤砂のサソリ。傀儡には蠍の記号が入っていると聞いたが」

 角都はそういうと同時に、一体の傀儡の首を掴みその首をへし折った。

「蠍の記号だな。割りに合わない仕事だ」
「ああん?なんだよ弱気じゃねぇか角都、そのサソリってやつも含めて殺せばいいんだろ」
「この傀儡の中にサソリは居ない、サソリの姿かたちを見た者は一人は少年だといい、一人は老婆だといい、一人は青年だといい、一人は人の姿をしていなかったという。どうやって探す」
「どうやって……ってそりゃわかんねぇけど」
「ダンキオラに問い正しにいく、一旦引くぞ」
「チッ、まぁ人形殺してもな……その女生かしておけよ」

 そう言うと飛段は自分を捕まえている人形の腕を肩と思われる関節から切り落として跳躍し、角都の後を追ってあっという間に見えなくなってしまった。
 飛段と角都の気配が遠のいたのを確認してイルミとクロロはふ、と小さく息を吐いてから再び沈黙する。
 先ほどまで飛段と角都が居た場所には小さな影がたたずんでいた。分厚黒いフードは月明かり程度では顔を透かすことなく、風貌のわからぬ人物が一人、確かにクロロとイルミに視線を向けていた。

「サソリか」

 クロロが確信を持ってそう問いただすと、その人物はフードをとる。身長はさほど高くなく、黒いフードの下から現れた赤い髪は燃え盛る炎のように、地肌は白くまるで陶器のような、そんな少年だった。イルミが知っているサソリの姿であり、同時に幻影旅団の前に現れたのもこの姿であった。
 サソリは静かにたたずんだまま倒れたハルシャとイルミとクロロを交互に見て、毒づく。

「てめぇら二人居てこの始末か。ハルシャも油断したな」

 サソリの言葉にイルミは肩をすくめる。

「色々想定外だった、っていい訳したいけど、それよりハルシャをどうにかしないとまずいよね、ゾルディックまでもたないよ」
「クロロ」

 サソリはイルミの言葉に頷きながらクロロの方を向く。

「取引をしたい。マチにハルシャの傷の手当をさせろ、代わりに傀儡をやる」
「……クグツ……というのはお前の人形だな?」
「そうだ、くれてやる」
「一つ聞かせろ」
「……」

 クロロはサソリの思わぬ提案に驚きながらも冷静に言葉を続ける。

「お前にとってハルシャとは何だ?育ての親、にしては過保護だな」
「……」
「さらに言えば過保護でありながら接触を拒む、これはお前の念と関係があるのか?」
「……」

 サソリは無言だった。じっと赤い目でクロロを見つめていたが一呼吸置いて「それはこの取引に必要か」とだけ尋ねたのだった。

「ああそうだな、必要だ」
「それはてめぇの興味か?」
「そうだ、な。興味だろうな」
「相変わらずわかりにくい奴だ……いいだろうその答えと傀儡でマチにハルシャを治療させるでいいな?」
「ああいいだろう」
「ならそうだ、ハルシャは俺の念と関係がある」
「そうか」

 クロロは納得したような満足したような表情で頷いた。それ以上のことについて聞く気は内容で、これ以上ハルシャの怪我が広がらないよう、臓物が零れ落ちないよう傷をふさいで抱えあげる。すでにだいぶ出血している。今クロロたちがいる場所から蜘蛛がアジトにしている場所はそう遠くない。走れば五分もかからずにつくだろう。だがその五分はハルシャにとっては致命的かもしれない。

「急ごう、折角の取引を無駄にしたくない。イルミはどうする?」
「ここで別れるよ、幻影旅団に会うつもりはないし。サソリと会ったって親父に伝えておく」
「……勝手にしろ」

 すでにハルシャを抱えて走り出したクロロの後をサソリが追う。フードを目深に被った少年は、イルミがまだ10にも満たない頃に念を教わった姿と寸分変わるところはなかった。
 サソリはクロロの後を追う、方向からして先ほどイルミとハルシャが乗ってきた車を使うつもりだろう。ゾルディック家としては別に車の一台や二台盗られたところでたいしたことは無いのでイルミは黙って二人を見送る。それからふと顎に手を当ててぽつりと呟く。

ハルシャがサソリの念に関係がある、か。これ以上は踏み込んだらまずいかな」

 イルミは一人残されたテーブル岩の上で首を捻る。その表情はいつもの寸分変わらず、笑っているのか泣いているのか怒っているのか喜んでいるのかわからない。ただ、サソリとクロロの先ほどの会話は胸にとどめておこうと決めて、携帯を手に取る。

「あ、もしもしゴトー?うん、ヨークシンから離れた、そうそうヨークシンにホテル押さえてくれる?もうちょっと仕事が残りそう、それで今から示す場所に車用意して」

 用件だけの電話だ。電話越しにゴトーが「承知いたしました」と丁寧に答え終わる前に電話を切ると、イルミはテーブル岩の上に座って、一人走り去った車を見ていた。

「あ、そっかもう一つ調べておかないといけないのか」

 しばしテーブル岩の上で沈思黙考していたイルミは、ぽんとわざとらしく手を打つと、今度は別の携帯で別の場所へ電話をかける。
 コールは一回、一回で出てきた声は聞きなれたイルミの弟の声だ。

『何、兄さん』
「あ、ミルキ?よかった、取引だ」
『……今ヨークシンにいるから取引の内容次第だよ』
「なんだヨークシンにいるの?ま、いいや。『ヒダン』と『カクズ』って二人が一番最近受けた依頼の依頼主探してよ。ああもう一つ『ダンキオラ』とか言ってたっけ」
『……少し時間くれれば多分大丈夫』
「じゃあ十分後にかけるよ、あ、条件は好きな金額でいいから」
『……はぁ!?イル兄が好きな金額出すとかそんな切羽詰ってんの?』
「切羽詰まってるわけじゃないけど、じゃよろしく」

 ミルキが最後に了解と言い残したのを聞いて電話を切ったイルミは携帯に映った時間を見る。さて、クロロの言い様では幻影旅団が拠点にしている場所はここからそう遠くはないようだ。もしハルシャに何かあれば連絡の一つはくるだろう。もしくは、サソリの傀儡が迎えに来てくれるかもしれない。

「それはなー、ちょっとやだな」
 
 操作系の念能力者なら皆こぞって欲しがるというサソリの傀儡。
 元々は生きた人間であり、その死体から作られる完璧で美しい人形。サソリの作った人形というだけで相当な価値がつくが、それ以上に操作系念能力者にとって魅力的なのは、サソリの作った人形は半永久的にその人物のオーラを宿すという点であろう。
 通常、オーラを持つ生物が死ねば、オーラは霧散し、死後数時間で消滅してしまう。例外なのは死者の念や死ぬことが制約と誓約になっている特殊な念ぐらいなものだろう。とにかく死後もオーラをその体に留まらせるというのは非常に難しいことなのである。半年程度オーラを留まらせる技術はイルミ自身何度か見たことがある。そういった人形を操る操作系の念能力者もいる。人形に留まっているオーラは死者のものの場合もあれば、人形の作り手の場合もある。だが、半年。たかが半年、されど半年。一般に半年もオーラを自身の体から切り離し、もしくは死者から取り出し固定出来るのは優秀な念能力者の証拠だ。
 だがサソリはそれ以上だ。彼の作った人形には生前のオーラが半永久的に宿り、サソリやハルシャはそのオーラに干渉し、生前が念能力者であればその念能力まで使うことができる。そのことをイルミが知っているのは、ある時期サソリに操作系念能力者として師事していたからであるが、その秘儀までは教えてもらえなかった。
 曰く、核が存在するらしい。それを二人はブラックボックスと呼んでいたがそれが正確な名称なのかイルミにはわからない。ただその核がオーラを半永久的に留める要因となっていることは確かだ。
 サソリは「永久に」と言う言葉を良く使っていた。だからイルミは「半永久的に」と言う。イルミにはそれを実証するすべがないからだ。

「サソリとハルシャだけが知るブラックボックス。……別に人間が居ればそれでいいから必然ではないけど、あれば便利だし、やっぱりもう少しハルシャに張り付いてみるかな」

 ブラックボックスと呼ばれるものの真実をつかめればよし、つかめなくとも一体人形が手に入ればそれもよし。どちらにせよまだハルシャエトナという人物に付き合ってみる価値は十分にあった。
 プルルルルとミルキから電話がかかってきたのはちょうどその時であった。 
 
 
 
 
 20180406  

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