イルミの運転する車に乗ってハルシャは暇だとばかりにあくびを一つ。
 ほとんど振動のない車は、車そのものがいいのかそれともイルミの腕がいいのかわからないが、うとうととするにはちょうどいい加減だった。
 窓を開けると少し寒い秋の風が入り込んでくる。そしてヨークシンを出れば、広がっている岩石地帯から吹き寄せる風、ざらざらを砂をはらんだソレに辟易してハルシャは窓を閉めた。

「まだ」
「あと少し」

 車は人気がなくなると緩やかに速度を上げ、そしてテーブル状の岩の乱立する地帯に入ると動きを止めた。

「ここのはずだけど」
「ここからクロロのいる岩を探すわけ?」
ハルシャ円」
「私円得意じゃない」
「待ってれば向こうが気づくかもね」
「じゃ待ちましょ」

 ハルシャは全くやる気のない様子でその場に座り込んで石を並べ始める。ひとつ、ふたつ、今目の前に見えている岩石の配列と同じように並べていく。中央部は空白だが、ハルシャは見える限りで石を並べた。

「さて」

 枯れ枝があればよかったのだが、植物の一本も見えないこの場所では残念ながら枝葉は期待できそうになかった。ハルシャは変わりにそれなりに尖った大き目の石を一個手に取ると、並べた石の間に線を引いていく。無秩序に、ぐるぐると。

「見つけた?」
「まーだ」

 円は得意ではない、というハルシャの言葉は嘘ではない。実際にオーラを自分の体から均等に広げる術自体はハルシャにとっては難しい。精々体から離せて1メートルがいいところだろう。だが代わりに、細く伸ばしたオーラの糸を見えない蜘蛛のように張り巡らせて獲物がかかったことを知ることができる。円という名の通り体を中心に均一にオーラを広げることはできないが、何も円が全てではない。
 コルトピがコピーしたものは円の役割を果たすように、ハルシャが引いた蜘蛛の糸もまた円と同じ役割を果たす。誰かが触れても気づかないほど細く、そして隠によって隠された糸は、対象が気づけないうちに対象の体に巻きつきへばりつきいつの間にか対象は蜘蛛の巣にかかっていることになる。
 ハルシャは変化形ではないためオーラを糸のようにすることはできない。故に対象が触れても触れたことがわかるがそこには何もないのだ。そのオーラはハルシャの意のままに、対象に絡みつき円の役割を果たす。故に対象が動かない場合、ハルシャの糸はあまり意味を持たないのと、他者のオーラに敏感な者の場合、先に糸がばれる可能性もある。
 だから、今ハルシャがこうして糸を張っているのはクロロを探すためではなく、万が一のときの逃げ道を探しているのだ。いざとなればこの車のところまで来てアクセルをふかして逃げる。その時にイルミが傍にいるか、いるなら共に逃げてもいいが、どうもイルミとクロロは知り合いらしい、ならばハルシャ一人で逃げる可能性を考えていた方がいいのだろう。
 これは万が一のときの逃げ道だ。今ハルシャが目の前の岩石地帯を模したものを形にしてるのは万が一のときにスムーズに逃げ出すため。クロロがシルバと対等に戦える相手であるというのならば、万が一のことはいくつも考えていた方がいい。サソリと出会っているということだから、ハルシャ自身の念能力にはさほど興味を持たない可能性が高いとしても、ハルシャは今までそうやって逃げて生きてきたのだから。
 ハルシャはイルミに対し何も言わずにもくもくと可能性をいくつも練り上げていく。そのときプルルルとイルミの携帯が鳴った。
 イルミは無言で電話に出る、相手はクロロだったようで、イルミは電話を耳に当てたまましゃがんだハルシャの頭を二度叩いた。

「ここから少し先、まっすぐ歩いていけば見えるってさ」
「ふうん」
「まぁ用心に越したことはないけど、多分、今回は面倒なことにはならないと思うけど。少なくともクロロに関してはね」
「ふうん」

 イルミの言葉を話半分に聞きながら、言われたとおりに岩石地帯に足を踏み込む。近くに寄れば岩は大きくせり出し、視界を狭めていた。
 ハルシャにとってあまり好ましい環境ではない。できることなら傀儡を配置していきたいが、それをイルミの前でやるのも気が引けた。ただ単純に自分の念を見せたくないのだ。イルミはそれなりにハルシャの念を知っているし、ハルシャもまたイルミの念をそれなりに知っているが、その真髄をお互いが知ることはないだろう。そのときはどちらかが死んでいる。ここはそういう世界だ。
 クロロの電話越しの案内に従って進むと一つテーブル岩の上に黒髪に白いシャツを着た男が座っていた。ぴしっとキレイな身なり、額には怪我をしているのか包帯が巻いてある。

「やあ、イルミ、とハルシャエトナ。上に来ないか。見晴らしがいい」
「そう」

 イルミはクロロの言葉に頷くとひょいと飛び上がった。オーラを足にためて一気に放出すればこの程度の高さ、年能力者にとってはたいしたことはない。ただハルシャが警戒しているのは此処からでは見えない仕掛けだ。だがその警戒もイルミは知っているようで、おいでとばかりに手招きをする。
 イルミを疑うか、信じるか。
 二択はなんとも言いがたい、がここはイルミを信用することにしよう。
 足に力をこめてひょいっと飛び上がったハルシャはテーブル岩の上で少し距離をとってクロロと対面する。

「ハジメマシテ、クロロ?」
「ああ、そうだ。ハルシャだな」
「そうよ、で何か用かしら」
「用、用か」

 ハルシャがそのように問いかけるとクロロは不意に顎に手を当ててふむ、と何事か考え出した。唐突なその動作、何事か計略かはたまた交渉かがあって声をかけられたものだと思っていたハルシャはそこで思わず脱力する。

「用というほどのものではない、ただそうだな、ハルシャエトナという人物がどういう存在なのか、俺は会ってみたかった、というのが正確だろう」
「ええっとそれって……?つまり……?特に用はないと」
「しいて言うなら顔を合わせておきたかった、これから何かと縁がありそうだから」

 呆れた、というよりもハルシャの感想は幻影旅団の団長は難しい思考を持っているようだ、というものだった。適当な言葉を並べて会う口実などいくらでもできるだろうに、本人は実際に会うまでハルシャと会うことに対しての意味を持っていなかった。それはつまり何も考えてなかった、と言うこともできるが、言語化することがあまりにも難しい思考をしているということでもあるだろう。ハルシャはクロロは、後者のタイプであると直感的に感じた。彼はきっと何も考えてなく適当な嘘を吐く人物よりもずっと複雑で、そして厄介だ。
 ハルシャは知らず知らずのうちに止めていた息をぐっと飲み込み吐き出して、それから言葉をゆっくりと選びながらクロロに尋ねかけた。

「ひとつ、クロロ、貴方父さんと、サソリと知り合い?」
「サソリとか?まぁそうだな知り合いという関係になるだろう」
「どこで出会った?」
「それは本人に言うなといわれている」
「そう、じゃあ私のことを知ったのはサソリから?」
「そうだ」

 クロロの受け答えは明瞭だった。
 ハルシャはふっと息を吐く。それだけか?それだけだろうか、クロロがハルシャに会う理由。一歩間違えればクロロの罠にはまる、そんな気がして止まないハルシャは慎重に言葉を選ぼうとした、その瞬間、ひゅんという風切り音が響いてイルミに体を押されるのとほぼ同時に地面を蹴った。

「ヒャッハァ!!おい見ろよ角都ぅ!!女だけじゃなくて俺も覚えてる顔がいるぜ!!」
「……クロロ=ルシルフル、に写真はないが噂には聞く。イルミ=ゾルディックか」
「へぇ?で?殺していいのは?」
「イルミは問題ない。あの女はだめだ、生きている方が金になる。だが話と少し違うな」

 ハルシャは口に入り込んだ砂を吐き出し、ポケットの傀儡に手を伸ばす。鎌の先が掠った頬がじんじんと痛みだしていたが、今気にすることではないだろう。
 角都はイルミとクロロが無言で臨戦態勢に入っているのを確認しながら、本人もまた気を散らさず手に持った手配書をめくっていく。

「幻影旅団の団長は死んだと報告を受けていたのだが、奇妙だなクロロ=ルシルフルは健在のようだが」
「ああん?んなことどうでもいいっての、ここで殺せるんだったらそれでいいだろう!!」
「ふん、マフィアンコミュニティーはどうやらガセネタをつかまされたらしいな」

 角都はダンキオラの顔を思い浮かべながらあざけるように笑う。

「どういうこった」

 銀髪をオールバックに撫で付けた男、飛段は角都の言葉を理解できなかったようで、鎌で肩をトントンと叩きながら角都に説明を求めた。

「つまりマフィアンコミュニティーが得た幻影旅団の死体はフェイクということだ。具現化系の念能力者がいれば十分に可能性はある」
「ふーん、で殺していいのか?」
「貴様が聞いたんだろう……まぁいいあの黒髪長髪は殺して問題ない、が、クロロとハルシャはだめだ」
「全員殺そうぜ」
「黙れ」

 その瞬間その場の空気が圧縮されたように、ずんと重みを増した、ハルシャにはそんな気がした。

「……角都と飛段……面倒だな」

 そう言ったのはイルミだった。

「何よ、知り合い?なら話つけてくれない?なんか物騒なこと言われてるんだけど」
「賞金稼ぎハンター、本人たちも賞金首だけど、基本的に金で動くから」
「じゃあ金あげるから下がってって交渉は?」
「隣の銀髪は快楽殺人者って言われてるけど」
「なんつーコンビ!!」

 ハルシャは呆れたように言うが、じわりと痛む頬から垂れた血、油断はしていなかったつもりだが完全に反応しきれなかった事実は今の状況がだいぶまずいことを示していた。
 角都と飛段の目的はハルシャ、オマケでクロロとイルミ。
 ハルシャの目的はここにはない。クロロと少し話してわかったがおそらくサソリはクロロに自分のことに関して口止めしておりクロロはそれを忠実に守っている。故にここでハルシャがいくらクロロを締め上げてもサソリの話は聞き出せないだろうし、大体締め上げるというのが困難だ。つまりハルシャ側の収穫はほぼゼロ、なのだが、しいて言うなら幻影旅団の団長と知り合いになれたことだろう。クロロの言うとおり、裏社会で生きていく以上ハルシャはどこかで幻影旅団とぶつかるだろうし、幻影旅団もまたしかり。それはお互いの消耗にしかならないから、最初から避けられるもの、交渉の余地があるものはそれで済ませたい。そういう意味ではちょうどよい顔合わせといったところだが、角都と飛段に狙われていたのはハルシャとしてはまずい展開だった。
 いつからついてきたのだろうと思う。クロロと供託して元からこの岩石地帯で待ち伏せした線は薄そうだ。それはクロロからの殺気がじっとりとこの空間を支配しつつあることが証明している。これは演技ではないだろう。同じ理由でイルミも角都と飛段と出会うハメになったのは偶然と考えていいようだ。
 ヨークシンを出るところからつけられていた。そして気づけなかった。
 ハルシャが元々人形遣いで、彼女自身の戦闘力特に近接戦は得意としていないといっても背後から奇襲を簡単に成功させることが出来る相手はハルシャにとって分が悪い。
 はじめからから準備した場所、つまりはハルシャのステージに連れ込んでしまうのが常のハルシャの戦法だ、それが出来ないこの状況は非常にまずい。勿論ここで人形を使って戦うこともできるが出来る限り人の目に人形を触れさせたくないのだ。

(だけどそんなことを言ってる暇はない、か)

 ハルシャはちらりとイルミを見る。
 イルミは軽く握ったこぶしの中にすでに針をいくつも持って、いつでも踏み出せる状態だった。飛段と角都が動かないので状況を見守っているといった状態だろう。クロロはナイフを片手にふらりと立っている。構えこそないがこの殺気、空気がぴりぴりと痛いほどに張詰められた気は角都と飛段が動けばすぐに切れる。
 飛段は真っ向からハルシャを睨みつけていた。鎌の先端についた血をぺろりと舌で舐めとると、その鎌を自分の手のひらに突きたてる。そしてそれをぼたぼたと地面に垂らして、飛段は自分の右足を軸にして左足で血の円を描いた。それは飛段一人が入るのがやっとの小さな円。その中にさらに自分の血で模様を描いていく。
 相手が念能力者であることはわかっている。だがハルシャはこの異様な雰囲気と、誰もが敵である状況を把握し最善手を捜すのに手一杯で快楽殺人鬼と呼ばれる飛段が「何をしているか」観察するのに一歩遅れた。
 飛段が動いたことでイルミとクロロも動く、角都は悠然と立っていたが、ハルシャはイルミとクロロが前に出たのを見て右手で拳銃を抜き、空っぽの断層のままに引き金を引いた。どんっと圧縮されたオーラは拳銃を解してまっすぐに、というより少しカーブを描きながら飛段の左足を狙う。飛段の念能力が何かわからないが、あえてあの印を描いているということは何が意味があるのだろう、と検討をつけたからだが、飛段の念はすでに円を描いた時点で完成していた。
 ハルシャの弾丸が飛段の足の肉をえぐり、骨まで届いて表層を破壊した。その瞬間、ハルシャは左足から崩れ落ちる。

「ぐっ」

 何をされた気配もなかった。ただそのまま痛みを「返された」ようなそんな感覚。すでにイルミは飛段へと迫っていたためにハルシャがどこをどういう風に怪我をしたのかまでは見えなかった。唯一クロロはハルシャが「彼女自身が念弾で飛段を撃ったのと同じ場所に傷が出来た」事実を見て、そして即座に飛段の念に思い至る。

「イルミ!!罠だ!!」

 もしもイルミがハルシャの傷を見ていれば、攻撃には転じなかっただろう。場所そして全員が敵であるような味方であるような曖昧な混戦状態が飛段の念を最大限に生かすことになったのだ。
 イルミの手はまるでナイフのように飛段の腹を突き刺し腸を抉り出す。もしも飛段がほんの少し動いていなければえぐりだされていたのは心臓だっただろう。だがイルミのこの一手で飛段は十分な手傷を負った、そのはずだった。
 後方でハルシャが倒れる。
 クロロがハルシャに駆け寄ったのを見て、そして笑いながら自分の内臓を杭でかき混ぜる飛段の姿を見てイルミはクロロの言葉の意味を理解した。

「は、は、はァ!!心臓を狙ってたな?悪くねぇがそれだとあの女が死んで角都がうるせぇから腸にしてやったんだぜェ?」

 痛みを感じていないのか、それとも元々鈍いのか、左足をハルシャの弾丸にぶち抜かれ、イルミに腹を引き裂かれてなお飛段は円の中で立ち上がって笑っていた。そして背に隠す用に背負っていた三連の大鎌を今度はイルミに対して振りかぶる。
 イルミはそれを背後に跳躍することで避けたが、飛段の動きは鈍そうに見えて釜を振りおろす瞬間ぐっと速度が上がる。距離を見誤りイルミの整えられた髪の毛の一部がぱらりと乾燥した大地に落ちた。

「飛段、急げ。その傷ではあの女そう長くはもたない。早く引き上げて延命しなければ」
「角都ぅいいじゃねぇか!!折角だしこの二人もヤっていこうぜ!」
「今は無駄だ」

 角都と飛段は最初からこうなることがわかっているから落ち着いていられるのだ。
 ハルシャは当然だがオーラをまとっていた。だが飛段の念は体内に血を取り込んだものと自身の肉体がリンクするもの。いくらオーラで覆っていようと無関係に傷を与えることが出来る恐ろしく効率の悪い念能力だ。だが、飛段にかかっているもう一つの念と彼自身が痛みを好む性質とあいまって飛段の念は賞金首を狩るのにすさまじく効率がよかった。相手もそれなりの念能力者なら飛段の体の傷と自分の体の傷がリンクしていることはすぐにわかる。さらにその背後に角都が控えているとなれば、大半の相手はそれで詰みだ。投降するほかにない。
 イルミとハルシャとクロロが完全に連携をしていなかったために、ハルシャの傷は角都が想定していたものよりはるかに大きいものになったが、それはそれで問題ない。残りの二人を投降させるかもしくはハルシャさえ手に入れられれば十分だからだ。すでにクロロもイルミも飛段をあの血の陣からどう引きずり出すか考えているだろうが、それをさせないために角都は控えている。どちらが動いても対処できる、角都にはそれだけの自信があった。
 イルミと角都と飛段がにらみ合ったまま動かないのを見て、クロロはハルシャの怪我を探る。パーカーのチャックを開けて、インナーをめくるとそこにはイルミが飛段に与えたのと同じ大穴が空いていた。ハルシャは荒い息を繰り返しているが、すでに意識は無い様子だった。これだけの傷を一度に与えられたのだ、しかも念での防御もなにもなく、そうとなれば当然出血と痛みのショックで気絶してもおかしくない。
 クロロは自分の記憶からこういった場面に役に立つ念があったか思い出そうとしたが、いくらスキルハンターのページをめくってもそのような念は出てこなかった。
 完全な想定外からの攻撃、人数では上回っていたはずなのに、飛段と角都の奇襲は完璧に成功しそしてすでにイルミもクロロも動くことが出来なくなっている。いやイルミとクロロだけで言えば逃げることは可能だろう。飛段と角都の目的は、本人たちが口にするようにハルシャが第一のようであったから、おそらくイルミとクロロがこの場を脱しても彼らは追って来ない可能性が高い。だがクロロとイルミの目的もまたハルシャにあるのだ。見捨てて逃げるにはすでにタイミングを逃した。

(さてどうするか)


2018.01.04

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