そう遠くない距離を保ったままフェイタンとハルシャがにらみ合う。今のところハルシャ側からの反撃はないが、いまだゆらゆらとフェイタンを取り囲むようにして体を揺らしている死体から見てもまだハルシャがあきらめていないことは明白だ。だがそれにしても動きの悪いフェイタンにフランクリンは勿論シズクもまた違和感を感じていた。

「・・・・フェイタンなんだか動きが悪いね」
「・・・・もう一人残ってたか」

フランクリンはあれだけの弾幕で生き残りがいたことに対してその表情に悔しさをにじませる。
音もなく、ただこの狭い空間の中にいるという感覚だけがある。壁際にならぶ柱に沿って視線を動かしたが、その程度で見つかるほど相手も馬鹿ではないようだった。馬鹿ではない敵というのが一番やりにくい。相手の思惑がどうであれ邪魔する奴は皆殺しだと団長から告げられている以上、今目の前に立っている女もそして隠れているもう一人もフランクリンたちの敵に違いなかった。
ハルシャとフェイタンはにらみ合ったままじりじりと動く。単純なスピードとしてはフェイタンがハルシャを圧倒的に上回るものの、フェイタンもやはりもう一人の気配を気にしているのか無闇に飛び出ようとはしなかった。緊張した膠着状態にもっとも神経をすり減らしているのはハルシャであったわけだが、その状態はそう長くは続かなかった。驚いたことにハルシャとフェイタンのにらみ合いは、全くの第三者、つまり先ほどからフランクリンやフェイタンが気にしていたもう一人の生き残りが介入することで幕を下ろすことになったのである。
かつん、と靴のかかとが床にぶつかって小さな音を出す。誤って生じた音ではない明らかにあえて出したその音にハルシャは勿論フェイタンも迅速に反応した。フェイタンが振り返って、まっすぐに飛んできた鋲を眼球に突き刺さる寸前で止めたときに、シズクとフランクリンも同様に鋲を指で掴みとっていた。鋲を放った方も受け止めた方も並外れた身体能力の持ち主であることは確かだった。フェイタンは細い針の部分を正確に指で受け止めていた、その一方鋲は、音に反応し振り向いたフェイタンの眼球を確かに狙っていたのである。フェイタンは舌打ちをして二本の鋲を床に捨てる。キンッと非常に小さな音がした。その音に混じるほど小さな足音を、ハルシャだけが聞いた。
幻影旅団の三人がそこにいても、反応が一歩遅れたのは投げつけた鋲の扱いに迷ったからであろう。慣れたものであれば棒状の獲物を正確に的に当てることができるが、そのような技術を習得するまでには長い鍛錬が必要になる。少なくともシズクもフランクリンも頭に幾分重みのついた鋲をまっすぐに投げることはできなかった。捨てるまでの判断はわずか0.何秒といった単位であったものの鋲を投げた人間はそれを見越して動いているのである。十分な迷いだった。そして唯一鋲も扱えるであろうフェイタンは、鋲を床に捨てた時の音で初動を聞き逃した。

「イル・・・!」

ハルシャが自分に向かって走ってきたその男を認識したときには、腕をつかまれ扉の向うに半ば投げる形で放り出された後だった。舌を噛みそうになりながらも投げられた反動で扉を押し開け着地する。イルミはハルシャが(正確にはハルシャ”で”)押し開けた扉の隙間に入り込むように飛び込んで追撃を逃れるように即座に壁際にそれた。

「左」

イルミの淡白な声に導かれるように、ハルシャもまた扉の正面を避けるように壁に向かって走り、そのままイルミの後を追う。イルミに比べれば足が遅いハルシャだったが、それでも反応と理解力は悪くない。イルミが走る先には従業員が利用するための階段へ続く扉があった。二人は会場へと降りてくるために使ったエスカレーターではなく、階段を三階分駆け上がってから、二階の窓よりホテルの裏っかわへと飛び降りた。オークション会場へ入るときには持ち込めないと言われた傀儡は、会場へ入る前に万が一に供えてビルの周辺に配置しておいた。会場内では何があっても中に連れてくるには遅すぎるが、外へ出たのならば一体であろうと二体であろうと助けになることは確かだ。ハルシャは走りぬけ様に空っぽの使われていないゴミ箱を蹴り倒す。中から等身大の人形が転がり出てきたのを確認してから念糸を繋げた。人形は即座に手を突き立ち上がり、静かにイルミとそれからハルシャの後を追う。後ろを振り返らずとも、人形は決して足をもつれさせたりなどしない。

ハルシャ
「わかってるわよ、誰も追ってない、少なくとも私達が通ってきた道は」

ちらりとイルミが後ろを見ても暗がりの中には何もない。だが実際には二人が通ってきた道には縦横無尽にハルシャの念糸が張り巡らされているのだ。触れればハルシャが即座にわかる。どこまでも細いハルシャの念糸は凝を使えない一般人は勿論、念能力者ですらもその存在に気づくことは難しく、正確に避けて通ることは難しい。円と違い近くにいても念糸に触れていなければ気づけないというのは難点だが、ハルシャは今、自分自身に近くなればなるほど密に糸を張り巡らし、遠くに行けば行くほど糸の数を減らしている。ほぼ面状に張り巡らされた糸の網をかいくぐってくるなど、それこそハエにでもならない限り不可能で、ハルシャが敵がいないというのならばそれは確かなのだろう。

「痛ッ・・・」

ヒールを履いていられないと捨てたのは自分だったが、足元が整備されていない路地を走るとなるとヒールでもあったほうがましなのではないかとハルシャは思った。もう捨ててしまったのであとの祭りだが、割れたガラス片や小さな石がとても避けられないほどに散らばっている路地裏はいくら纏をしていても痛い。それこそ小さな破片であれば多少は纏で防げるものの、纏は体を浮かすものではなくあくまで体を纏うオーラに過ぎない。走るには地面に接する必要があり、地面と足の接する部分を本当に守ろうと思ったらオーラを放出しながら走るほかないだろう。最終的にはハルシャの一歩後ろを走っていた傀儡に自分自身を抱えさせる方法をとったものの、足の裏にはすでに多数の切り傷ができていた。
イルミはハルシャが傀儡に抱えられ、一瞬速度を落とした瞬間にだけ反応したもののそれ以外のことに関しては全く興味がないのかそれともそれ以上に重要なことがあるのか、ほとんど速度を落とさずに路地を走り抜けた。ハルシャハルシャの傀儡もそれに続き、やがて五つ分ビルの裏手を駆け抜けたところでイルミは表通りに出る。綺麗なブティックが並ぶ通りは、いつものヨークシンに比べて圧倒的に人が少ない。それもそのはず地下競売が開催されるビルの周辺を警察が取り締まっているのだ、ブティックも今晩のこの時間は開いておらず仕事帰りの何人かが時折通りがかるだけだった。イルミはそのことを知っているためか、あまり躊躇なく表に出て、ハルシャもまたそれに続く。人通りのない、車の通りもない道路に一台だけとめられた不審な車はどうやらゾルディックのものだったようで、イルミが近づくと自動で後部座席のドアが開いた。

「乗って、移動する」
「車に乗るんだから、そりゃね」
「無駄口叩くなよ」

イルミは別に怒っているわけではないだろう。強いて言うならば急いでいる、ただそれだけでハルシャはイルミの言葉に肩をすくめると裸足のまま傀儡と一緒に車に乗り込んだ。よく躾けられた・・・とでも言おうか。ゾルディック家の執事は本来なら予定にないだろうハルシャの突然の来訪にも顔色一つ変えずに「目的地は予定通りで」とだけイルミにたずねた。イルミはそれに対して、少しだけ首をかしげてそれから「一番近くで服売ってる店によってよ。あと靴」とだけ言った。

「いつもの奴でいいわけ?」
「金持ってないけど」
「サソリとハルシャが金持ってたことってあったっけ?」

イルミは暗に支払いは気にするな、と言いハルシャはそれに対して首をすくめただけだった。くれるものはありがたくもらっておくのが彼女の主義である。
執事の運転する車は振動もなく静かに発進し、ヨークシンの大通りをいくつか進んだところで停車した。地下競売の会場より幾分離れたその場所は人も多く、ゾルディック家の黒い車もほとんど目立たない。大企業の社長やマフィアの多く出入りするヨークシンは高級車も多く、大きな車はわりと見慣れたものであった。特に、オークションが開催されているこの時期であればなおさらである。
ゾルディック家の名前も知らない執事に促されるままに車を降りて、裸足のまま店に入るとすぐにいつもハルシャが着ている服を用意してくれた。とはいえいつもならハルシャは適当な店で買ったひどく質の悪いパーカーと短パンを着ていることが多い。サンダルは移動および戦闘中の足運びも考えてそれなりに頑丈で良いものを身に着けているとはいえ、ズボンやら上着やらは特にこだわりもない。そんなハルシャでもはっきりと質がいいと手触りでわかるほど良いものを手渡されて一瞬顔が引きつったものの、着てしまえばさすがに着心地もよく。次回から着るものはすこしばかし金をかけてみようと思うほどにそのさわり心地に感動しながらハルシャはいつもと似たデザインのパーカーに袖を通した。

2014.11.03

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