聞こえた声は小さかったが、小さな崩壊を続ける瓦礫が降り注ぐ中、クロロは確かにシルバとゼノのそんな他愛もないような会話を耳にしたのだった。
 瓦礫の下から、見た目は存外ぴんぴんしている二人が現れる。人一人簡単に押しつぶすであろう、大きなコンクリートの塊を軽く放ると、ゼノは今までクロロに向けていた殺気を、まるで何事もなかったかのように消して頓着せずにクロロに背を向けた。先ほどのコール音はあちらの仕事が終了したという合図だ。このときお互いの依頼人を殺せ、という競合した任務を受けていたゾルディック家は、片方の依頼人が殺された時点でもう片方の依頼は終了となる。彼らは何も趣味や性癖に則って殺しをやっているわけではない分、その辺りは非常にシビアに生きている。

 「・・・ハルシャが来たそうだ」
 「おおそうか。久しいな。あれの父親は元気にしとるのか」
 「そこまでは確認しなかった」
 
 いまだ崩壊は止まらない。だが先ほどに比べ崩壊は随分と収まってきている。ぱらぱらと頭の上に降り積もる砂をさっさと払ってクロロが立ち上がる頃には、シルバもゼノもすでにいなくなっている。先ほどまであれだけの戦闘があったとは思えないほどに静まり返った空間はもう以前の面影はない。美しかったじゅうたんもカーテンもボロ布のように転がっていて、手近にはまともに座れる椅子の一つもない。仕方無にそのまま床に寝転がれば、背中にごつごつととがった瓦礫が刺さる。

 「はーー・・・」

 クロロが大きく息を吸い込んで吐き出すと、幾分埃っぽい息が出た。少しばかり低かった天井がなくなった分、開放感はあるがこの空気はいただけない。
 クロロは、可能かどうかはともかくとしてあの二人の念を「盗む」つもりではいたのだ。必要な手順を踏むために懐に誘いこもうと、手をつくしてみたわけだが、その手の内はあっさりとゼノに読まれてしまい、結局スキルハンターは発動にいたることはなかった。自分の手落ち、というよりは相手が悪かったといったところだろうか。あの念の使い手二人相手にして、念を盗むのは至難の業。一人であれば・・・・結果はあまり明確に予想できないものの五分五分といったところかもしれなかった。盗みきれなかったのは残念だが、例え盗めたところでその念の維持を考えれば、盗むのはあまり得策ではなかったかもしれない。
 ぱらり、と口の中に落ちてきた砂粒を吐き出してから「しんどー」と声を出してみると存外体の隅々から力が抜けていく。互いに本気でもなかったが、さりとて気を抜けない相手であった。あれから盗むのは難しい、と一人ごちるとけらけらと笑い声がする。
 
 「うっわ何この惨状、ってかクロロもぼろぼろだし」
 「ゾルディック二人とやりあってこの被害だ。いい方だろう」
 「死体はなし、ゾルディックの姿もなしってことはクロロの読みは成功したわけだ?」
 「そういうことらしい」

 クロロが首をすくめるとシャルナークはけらけらと笑ってから、片手でいじっていた携帯をポケットにしまった。

 「命令どおりの大暴れ、マフィアは大混乱その上十老頭も失って大打撃ってとこかな。あとはコルトピが俺たちの死体を作ってとんずらこいたら大成功って感じ」
 「でもあたしも見たかったな。二人が団長とどんな戦いをしたのか」

 シズクが言った。すぐ傍にコルトピを引き連れた彼女は、ん、とコルトピを促すように団長を指差す。

 「コルトピ、いけるか」
 「勿論、生命体は無理だけど動かないものとしてなら」

 いくらでも、とコルトピは言ってシズクに触れた。

 「あれ?あたしから作るの?」
 「誰から作っても関係ねーだろんなもん」
 「不満があるなら他の人にするよ」
 「ううん、いいよ。なんとなくそう思っただけだから」

 本当になんとなく思っただけなのだろうシズクは、先ほどから表情一つ変わっていない。とりあえず、なんでもいいよはい、っとコルトピに手を差し出す。コルトピは改めてその手に触れると同時にその足もとにはシズクの死体となるべき者が突如として現れたのだった。見た目はシズクそっくりであるが、それは立ち上がることもなく二人の足もとに横たわっている。
 わっ、すごーいと相変わらず感情のない声でシズクが自分の死体の頬をつつく、その姿は少し異様だったが、この場にいる誰もその程度のことで驚いたりはしない。

 「あとはこれにそれっぽく傷をつければいいんだっけ」

 シズクはそういうとどこからともなく掃除機を取り出す。ぎょろりと、胴体の目玉を一回転させたそれは奇怪な鳴き声を上げる。あたかもそれ本体が意思を持っているかのようだが、実際はシズクがスイッチを押さない限りは反応しないので、鳴くのも時折自立的に動くのもそういう機能なのかもしれない。果たしてシズクが何を思ってその機能をつけたのかは誰も知らない。
 シズクは頑丈な掃除機の頭を振り上げる。

 「銃創ね。あいつらが使ってるのってほぼ銃だし。掃除機で殴り殺された幻影旅団とかいないから」

 今まさに、シズクの掃除機が振り下ろされんとする、その瞬間を見計らったかのようにシャルナークが断りを入れた。あえてその瞬間を狙っていたのだろう、かくんと力が抜けた掃除機は床に大きな傷をつけただけに終り、きょとんとした目でシズクがシャルナークを見る。

 「えっ、掃除機じゃだめなの」
 「マフィアで掃除機を持ってたやつなんていないだろ。まぁ掃除機だってばれなきゃ何でもいいんだけどさ」
 「じゃあ頭ぐちゃぐちゃにしちゃお」

 シズクはひどく物騒なことを言ってもう一度掃除機を振り上げたが、次のシャルナークの一言にもう一度元の位置に戻すハメになる。

 「それだとこっちの身柄がよくわかんないだろ」
 「なんでもいいよ。大体向うには何で殴り殺されてようと同じこと」
 「えーそれだと折角作ったシナリオがそれっぽくならないじゃないかフェイタン」

 すでにこのやり取りでそれなりに苛立ちを貯めていたのか、自分の死体にざっくりとナイフを突き立てたフェイタンがシズクを庇うように言った。シャルナークはそれに対して幾分不服げである。

 「やるならシナリオを完璧に進めてこそ、だろ。フェイタンのナイフはいいけどマフィア連中に殴り殺すだけの力はないからフィンクスはせめて銃使えよ」
 「へいへい」

 わざわざ逆らうのも面倒だと思ったのか、それともこうなったシャルナークに口答えするのが面倒なのかフィンクスは二つ返事で応えると、シャルナークに投げ渡された銃を使っておもむろに足もとに横たわるフェイタンの死体に銃弾を打ち込む。
 死体は鮮度が命だ。コルトピの作った死体はまさに人間の死体そのものだ。その分時間がたてば血液は凝固すし流れなくなってしまう。それらしい死体を作るには作られたその瞬間にそれらしい傷を作らなければならない。

 「あとは手はずどおりに、だ」
 「あれ、クロロはどうするの」
 「少し調べたいことができた」
 「調べたいこと?」

 少しばかり不明瞭なクロロの言葉にシャルナークは怪訝そうに問いかける。

 「ああ。シャル、お前ハルシャという人物は知っているか」

 クロロの言葉をシャルナークは果たしてどう受け取ったのだろうか。
 少なくともクロロからは一瞬動揺を、そして即座にそれを取り繕うかのような表情を見せたように見えたのだった。

 「ハルシャ?悪いけど俺は知らないな」

 知らない、とは何を知らないのかとクロロは問いかけることをしない。一瞬のシャルナークの表情の変化を受け取ってふむ、と頷くと顎に手を当ててから言う。

 「いや、ゾルディックの連中がその名前を口にしていた。俺に聞こえていないつもりであった、というわけじゃないだろうな。隠すほどでもないだがゾルディックにとって興味関心はある・・・・いやゾルディックが一番興味を持っているのはハルシャと言う人物の父親という風でもあったが」

 途中からまるで自分に言い聞かすような口ぶりのクロロを横目に、シャルナークは無表情を取り繕う。
 ハルシャと言う人物も知っている。その父親が誰なのかも、知っている。だがシャルナークはハルシャと蜘蛛が接触することは出来る限り避けたいのであった。すでにシズク、フェイタンそしてフランクリンが接触しているが、それでも何も言ってこないならそれ以上追及する気もない。今のクロロの言葉に三人とも反応を示さないのなら、何らかの方法でハルシャはあの会場を抜け出したに違いなかった。そうでなければゾルディックの口にハルシャの名前が上るはずもないだろう。それはシャルナークの核心にもにた推測である。
 シャルナークがじっとクロロの出方を伺っているのと同じように、クロロも若干ではあるが動揺を見せたシャルナークを伺っていた。お互い無表情が続くが、先にそれを切ったのはクロロの方であった。

 「まぁいいさ」
 「・・・・?」
 「ゾルディックが少しばかり口にしただけの名前だ。あとで調べるのを手伝ってくれシャル」
 「ふぅん・・・・まぁいいけどさ。あんまり係わり合いにはなりたくないよね、ゾルディックがいるなら」

 それはシャルナークの本心であった。ゾルディックと係わり合いになりたくない、そしてそれ以上にハルシャと蜘蛛を接触させたくない。接触させて何があるというわけでもないのだが、ハルシャのあの性格ではひと悶着おきてもおかしくはないだろう。そうなったら死ぬのは蜘蛛かハルシャかのどちらかになりかねない。それを避けられるなら、それに越したことはないのだ。
 シャルナークの言葉をクロロがどう受け取ったのかはわからないが、後は任せたという一言でクロロはその場から姿を消した。こういうときには大抵クロロ自身も色々と調べにいくから厄介だ。ハルシャは彼女自身の情報に関してはつめが甘いのだから。
 (・・・・・先回りして潰しておこう)
 彼女の情報は出回らないならばそれに越したことはない。ひそやかにそんなことを考えたシャルナークは、即座にその段取りについて思考をめぐらすのだった。
 
 

2016.04.04

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