やられた、とハルシャが地下会場内で舌打ちをしたのは、運営側としてステージに上がったフェイタンが口上を述べたときだった。会場内にもいくつか張り巡らした念糸に触れた瞬間、ほんの少しだけフェイタンの表情が歪む。周到な隠のおかげで凝ですら早々見破れない念糸だが、それなりの念能力者が触れれば違和感を感じることはある。だがそれもほんの一瞬のことで、その後はまるで何も無いかのように振舞った。そう、たとえ目の前で人が死んでも彼らにとっては何もないのと同じだ。

『......それでは堅苦しいあいさつはぬきにして、くたばるといいね』

マイク越しのフェイタンの言葉を確認した直後、若干フランクリンの念弾が発射されるよりも一瞬早く、ハルシャは頭を伏せた。フランクリンの指から発射された通常では考えられない数の弾が会場の客たちを襲い、会場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。とはいえあまり狙いをつける様子もなく念糸を張り巡らした今ならハルシャもなんとか避けることは可能な程度の軌道であったことは確かだ。おそらくこれが彼の本当の実力ではないだろうと思いながらハルシャはぬるりとした生暖かい血が頬を伝う感覚を耐える。トチーノが何か叫んでいるのが聞こえたが、外へ逃げても無駄だろうとハルシャはひっそりと思った。扉の向うの念糸にはまた別の念能力者がひっかかっている。そちらの念能力者がハルシャの念糸に気づいたかははっきりとしないが、なんとかフランクリンの念弾を避けて会場を飛び出した二人の気配は扉を出たすぐそばでふつりと消えてしまった。
仲間といっても長い付き合いではない。そしてこの状況を考えれば涙を流す余裕など無く、まず第一に生き残れるかも怪しいところだ。ハルシャは死体の中に隠れたまま万が一に備えて準備をする。指先から伸びた念糸は、死んだ会場の人間の体に付着しじっと来るべき時を待っていた。

「あっけねェあっけねェ」
「ワタシの出番ゼンゼンなかたね」

フェイタンが死体を見ながら鼻で笑う。整然と並べられた椅子は倒れ、その上に折り重なるようにして倒れる死体は原型をとどめないほどに崩れているものもある。

「・・・・この糸何?マチのじゃないよね?」
「わからないね。この中に念能力者が混じてたと思うけどもう誰かわからないよ」
「凝しても見えないから勘違いかと思った。でもなんか体に触れた感覚はあるんだよね」
「ワタシもそうよ」

フランクリンは特に何も言わなかったがシズクとフェイタンの言葉に頷く。

「死んでもこれだけのもの残せるのかな。まいいや。いくよデメちゃん」

笑えない、とハルシャは死体の下でそんな思いを吐き捨てる。厄介な、たとえハルシャが傀儡を持っていたとしても奇襲でない限り相手にしたくないような念能力者が3人も揃ってるときた。二人ならばこのまま隠れてやりすごそうとも考えたが、三人目の能力はどうやら今のハルシャにとっては相性が悪いもののようにしか思えなかった。

「この部屋中の散乱した死体とその血・肉片および死人の所持品を全て吸い取れ!!ついでに椅子も」

ハルシャがシズクの能力が今の自分にとって厄介なものであると確信したのはこの言葉を聞いてすぐだった。掃除機の形状、命令の言葉、最初からあの掃除機で生きている人間を吸い取らなかった様子を見る限りあの掃除機は生きているものを吸い取ることはできない可能性がある。そして、大抵、念能力同士というものは早い者勝ちで決まることが多い。先に部屋中の死体に念糸を張り巡らし簡易な操り人形としてしまった以上、あの掃除機が何も反応しない可能性が高かった。

「・・・・あれ?」
「どうしたか。ささと掃除するよ」
「うーん・・・・デメちゃんが反応しない・・・・し・・・人間って頭無くても動けたっけ?」
「さすがに団長でもそれは無理よ」

シズクとフェイタンの暢気なやり取りを前に、頭部を失い頚椎を剥き出しにした死体がゆっくりと立ち上がった。その死体を包むのは凝をすればわかるオーラ。
ハルシャの念能力は基本的に死体や器物を操ることに特化している。その中でも特に自分の作った傀儡という制限(誓約と制約ではない)をかけることで、非常に緻密かつ複雑な操作を可能にしているのだ。腐敗し腐り落ちる前であれば死体も操ることはできるが、消費するオーラの量や操作精度はハルシャが作った傀儡と比べると大きな差がある。最初は全ての死体を使っての撹乱を行おうとも考えたハルシャだったが、数体を動かすだけでもそのコントロールの難しさに辟易した。単調に立ち上がらせ歩かせるだけの動きでもとてつもない集中力とオーラのコントロールを要し、死体が動くと同時に絶のまま柱の影に姿を隠したハルシャは心中舌打ちをする。

「ここにいたのが全員念能力者ってのは考えにくいから、誰かが動かしてるってことだよね。なら操作系?」
「ワタシがやるよ、ちょうど暇してた」

フェイタンの言葉を聞き終わるか否かのタイミングでハルシャは姿があらわになるのも気にせずに柱の影から飛び出した。それでも一瞬間に合わず、頬に赤い筋が一本入る。

「絶は見事だけど、隠れるの見られちゃどうしようもないね。遅い」
「・・・ッふざけろ」

吐き捨てるようにハルシャが言うと同時にフェイタンが動く。だが今度こそ遅れをとらないようすでに準備をしてあったハルシャは、まっすぐに眉間に突き立てられた刃を体を横に交わすことで避けた。同時にドサ、と頭部を失った死体のみが崩れ落ちる。いまだ会場でふらふらとおぼつかない動きをしているのは、頭部、特にその中でも眼球を綺麗に残している死体だけであった。そのことにフェイタンが気づいたかはわからないが、彼はもっとも近くにいた動くのに邪魔だと思われる者を除いて特に死体に対して攻撃をしようとはしなかったため死体の一体一体がハルシャの目になっていることには気づかれなかったようだ。
すでにヒールは脱ぎ捨てている。あんなに動きにくいものを履いていてとても戦える気がしなかった。ドレスに身を包み武器の携帯を許されなかった今、手になじんだ銃がないのは痛いが、素手で戦えないわけではない。むしろそこは操作系の醍醐味でもあって、たとえ自分自身の鍛錬が足りず思うように体を動かせずとも、知識さえあれば己を操作することが可能なのである。ハルシャは人体のどこを押さえれば動けなくなるかをよく知っていた、座学として医学を学んだことはないが経験として人体というものを熟知している。そしてそれと同時に自分の体の関節がどこからどこまで動き、筋肉を最大限活用したときの力までも把握していた。それさえわかっていればあとは計算とタイミングの問題だ。きちんと相手の攻撃を認識することさえできればそれに対し自分の肉体を操作して反応させることは十分に可能であった。
そこから先はお互いの集中力がどこまで持つかの勝負である。フェイタンはどこに隠し持っていたのかわからないが、いつの間にか握っていた刃物をハルシャの目を狙って大きく振る。幾分大振りに見えるが、ハルシャの避ける選択肢を削るその動きに飲み込まれて、必然的に頭をずらした先にはフェイタンのもう片手に握られた刃物が迫っていた。

「クソっ!」

言葉遣いが汚いのは養父であるサソリのせいだ。上半身のみ後方に引いたせいでこれ以上体を動かすことができなかった。フェイタンの手はまっすぐにハルシャの急所を狙っている。それを認識した瞬間ハルシャは左手を急所の前へ持っていく。手と指は傀儡師にとっては命のようなものだから、本当ならば何があっても手を使ってかばうようなことはしたくないのだが、今回ばかりはそうも言ってられないだろう。ハルシャは流に関しては絶対の自信がある。相手の攻撃を見極めて適切な箇所に適切なだけオーラを、できる限り早く回す。念使いの中でも高度な技術とされるそれは傀儡師にとっての基本である。しかもそれを日常的に、自分自身ではなく自分自身から念糸を通して繋がる人形に対して行っているのだから、自分自身の流が苦手なはずがないのだ。
ずぐっぶち
肉に深く食い込んだ刃も骨を貫通することはできなかった。目の前で噴出した血がフェイタンの視界を邪魔したのは好都合だ。自分の手に刺さったナイフごとつかみ、体勢を整えて後方へ跳ぶ。できる限り手首からの出血を抑えるようにオーラを集中させながら柄も何もないただの刃の塊を引き抜く。手の感覚はほとんどなかった。
ハルシャは対ヒソカ戦とは違う窮地に、つ、と背筋を冷や汗が流れるのを感じた。
さて、どうしようか。
2014.11.03

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