長針が9を示す。開始よりも少し早い時間にセメタリービルに集合したイワレンコフ・トチーノ・
ハルシャ・ヴェーゼの四人は招待状を手に入場を待つ。若干背の低い
ハルシャは三人においていかれないよう、かつヒールが脱げないように苦戦しながら、大理石の床を歩く。車の中でヒールをへし折ってやろうと思ったのだが、それは先に気づいたヴェーゼにとめられた。
近代的なビルの一階はすでに多くの客で溢れ返っている。地方の小さなファミリーも含めればその数はかなりのものになるだろう。全員が全員、身内としか話をしないため広い空間にこれだけの人数が集まっているにも関わらずささやき声しか聞こえないほどやけに静かな空間だった。開場は15分前、今は順番に受付のものが招待状と持ち物のチェックをしながら順次客を入場させているところである。
ハルシャたちもその列に並び待っているところだった。
トチーノにはあまりじろじろと他人を見るな、と言われていたのでやたらめった顔を動かすことは控えているものの、職業柄、と言おうかつい周囲に視線が向いた。三人の会話にほとんど耳を傾けることもなく、スーツの男ドレスの女、一人ひとりの一挙手一投足を観察する。会場に集まっているものたちは念が使えるものもいたし、念が使えないものもいた。振る舞いも明らかに素人のものもいれば、その一方で経験をつんでいると思われるものもいた。とはいえこの時点で
ハルシャの敵になりそうな人物はおらず、銃のひとつも持っていない
ハルシャはそのことに安心しながら、すぐ目の前に迫った受付に向き直る。
ゾワリ、と寒気が走ったのはそのときだ。
ハルシャのいる位置からでは身長の関係もあって、このビルの入り口の様子が伺えないが、今確かに「誰か」が入ってきた。それは
ハルシャが知る限りイルミやヒソカ、シャルナークそして養父であるサソリに匹敵する念能力者だった。背筋を駆け上った寒気は一瞬だが今しがた入ってきた客の円にとらわれたからだろう。その感覚はわずか数秒後にはなくなっていたが、気持ち悪いさだけは腹の奥にずっしりと残っていた。
ハルシャは周囲にまぎれるように、周囲の念能力者と同じ程度の纏しかしていなかったため今の円でどれだけのことに気づかれたのかはわからないが、少なくとも念能力者の数はあっちが全て把握したはずだ。その利点は、と考えたところで
ハルシャはトチーノに呼びかけられる。
「
ハルシャ、何してるんだ行くぞ」
「ちょっと待って、戻ろう、ちょっとまずいかも」
「?」
トチーノのいぶかしげな表情に彼が、いや残り二人も含めて彼らが「何も気づいていない」ことに気づく。いっそ自分一人ヒールを脱ぎ捨てて走り出した方がまだマシなのではないかと思ったが、人の流れに逆らいきれずにそのまま地下の会場へと押し込まれてしまう。
武器はない、ハンター試験の対ヒソカ戦よりもはるかに条件が悪い。相手は自分と同じか軽く見ても自分よりほんの少し下であるだけの念能力者だ。近接戦闘を苦手とする
ハルシャが敵う相手かどうかは、実際に相手を見ていないのでわからないが、
ハルシャほどのレベルの念能力者で近接戦闘が苦手な者は比較的数が絞られてくる。はっきりと言えばここは
ハルシャにとってあまりにも不利な環境で、できることなら一刻も早く抜け出すべきだった。だがここで得られるかもしれないサソリの情報とを天秤にかけるとどうしてもすぐにきびすを返して逃げる気にもなれず、やきもきとする間に地下の会場へと案内される。
武器はだめ、だが念はダメだとは言われていない。マフィアに所属する全員が全員、念能力者ではなくしかも念を知る者となればこちらも限られてくるのだからそんな指示が無くても当然だ。
ハルシャは指先から念糸を伸ばす。床に、壁に、念糸を幾重にも重ねて貼り付けた。隠によって隠された念糸は下位の念能力者では触れても気づくことすらできないほど、周到に隠されている。先ほど円を使った人物ならどうかはわからないが、それでも相当な念能力者ですら
ハルシャの念糸には気づけないはずだった。
人の流れに沿って席に着くまでに部屋に張り巡らした念糸は百に満たない。だが今手持ちの傀儡が一切ない
ハルシャにはそれが最大の武器だ。
(どうしようかな)
多少緊張感のある空間で、光が落とされた。
ж ж ж
「うげぇ」
「おうどうしたシャル」
時間は少しだけさかのぼる。
ハルシャがセメタリービル一階で誰かが円を使った、と認識した瞬間同じ場所でシャルナークがサングラスの下で盛大にその綺麗な顔をゆがめた。ウボォーの隣にはマチが、そしてシャルナークの隣には適当なところで引っ掛けてアンテナを刺して操っている女性がたたずんでいるが、その女性はぴくり表情を動かさない。スーツとドレスに身を包んだシャルナーク・ウボォーギン・マチとそれから名も知らぬ女性はビルには入ったものの入り口付近でたたずんたまま、受付へと移動する人の流れを観察しているだけだった。
シャルナークたちの役割はビルの管理体制の制圧と、競売品の確保、それから退路妨害である。そもそも退路を確保しようなどという発想は幻影旅団には存在しない。セメタリービルへの進入と競売品の簒奪はスマートに行こうと誰かが言えば、その後は大暴れしようと誰かが言う。最後の最後まで静かに誰にも気づかれずに、というのはあいにくとヨークシンに集まったメンバーでは到底不可能な話だった。
シャルナークは端正な顔をサングラスで隠したまま大きくため息を吐いた。先ほど円をしたときに円の中に高等な念の使い手を捉えた。おそらく向うも円を使ったことに気づいているだろうほどの相手だ。通常シャルナークの円だけであれば対象の位置やオーラの動き程度しか捉えられないものの、今はできればここにいて欲しくないと思った相手を捕らえたものだから、シャルナークには円で捉えたその念能力者が誰かということに気づいてしまって落胆する。できるだけ
ハルシャの動きと蜘蛛の仕事が被らないようにと考えてはいたものの、蜘蛛の仕事の大詰めに追われて
ハルシャを雇った人物の情報を集め切れなかったのは痛かった。まさかこんな最悪のタイミングでカチ合うことになるとは思ってもおらず、作戦開始までの時間を壁にかかった時計で確認して口元をゆがめる。
「・・・・俺も地下競売の会場行こうかな」
「はぁ?何言ってんだおめぇ。堅でフランクリンの念弾全部受けきる自信あんのか?」
俺はあるぜ、とウボォーギンは幾分満足げな表情でそんなことを言った。フランクリン本人に聞かせたら試してみるかとでも言われそうな台詞だが、幸い彼はフェイタン・シズクと一緒に地下競売の会場制圧に向かっている。シャルナークとてさすがに何の準備もなしにそのような無謀なことはするつもりもなかった、戯れである。
ハルシャとシャルナークはそれなりにつながりがあるものの、一旦距離を置いてしまえば他人に近しい。ある意味流星街の外にいながら流星街で培われる関係に似たものを形成していた。シャルナークも蜘蛛と
ハルシャの目的が一致しないように事前に最大限手は打つつもりでいたが、その一方でやむを得ず重なることがあったのならば・・・そのときはシャルナークも蜘蛛を優先すると決めているし、
ハルシャもそれに対し何も言わないだろう。
ハルシャもまた蜘蛛がどうなろうと自分の目的のために動くはずだ。それが蜘蛛にとって不利益になることならばシャルナークとぶつかることもあるに違いない。
「それだけは避けたいけど、ただ...」
シャルナークが言葉を続けようとしたとき、悪魔のような翼と尻尾のついた携帯の画面内の時計が9時になった。それと同時に時計の長針が12を示す。
「さっきからぶつくさ、なんかあんのか?」
「いや、ちょっと個人的な話。俺達もさっさと仕事を始めよう、下のは大半は大したこと無いけど、もしかしたらちょっと時間かかるかもね」
ないだろ、というマチの言葉に苦笑しながらシャルナークは
ハルシャともうひとつの違和感について考えた。
入場は締め切りましたので、と少しばかりおどおどとそんなことを口にした受付の男は一瞬で絶命した。おそらく本人も何が起こったのかわからなかっただろう。シャルナークはそれを運が悪いな、と一言呟いて片付けた。
「じゃあ俺、管理室に向かうからあとよろしく」
「おーいシャル、この女どうすんだ?」
ウボォーギンがシャルナークのペアにとつれてきた女を指差して言う。いまだアンテナを刺されて沈黙を守っている女は何も言うことがない。
「いらないよ、アンテナだけ抜いといて」
シャルナークのその言葉が女の最後になった。
2014.07.24
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