無事何事もなくヨークシンに到着した一行だったが、一人、護衛団のリーダーであるダルツォルネだけは浮かない表情をしていた。クラピカはその表情から、移動途中なにかあったことに気づいたようだが、特に何も口にすることはなかった。時折電話をかけながら険しい表情をしているダルツォルネを目の端でとらえながら、部屋の端で残りのメンバーについて考える。
計10名、うち新入りが5名。シャッチモーノ=トチーノ、イワレンコフ、スクワラ、リンセンそして護衛団のリーダーであるダルツォルネが一体いつからこのノストラードファミリーに所属しているのかは知らないが、少なくとも五人とも念は使える様子である。そしてクラピカを含めた新入り五名もまた念は使える。そこまでは問題ない、むしろ一般的な基準での護衛を考えれば大なり小なり念が使えるものがここまで集まれば少数精鋭と言っても問題ない。実際にネオン=ノストラードのさらに上、ノストラードファミリーのボスもまた娘につける護衛としてはこれで十分だと考えているのだろう。クラピカとて通常の護衛であればこれで万全を期した、と考えたであろう。

(ならなぜこんなところにハルシャがまぎれている?)

ハルシャの目的はハンター試験のときから「養父であるサソリの捜索」であった。今もそれが変わってないとすれば、今回開催されるオークションでサソリに関する何らかが出てくる可能性があるからこそ、ハルシャがオークションの地下競売に関連するこのノストラードファミリーに所属しているとも考えられる。地下競売に関係して出てくるサソリにつながる「何か」が競売に出された品であるだけならばいい。それよりもサソリか、もしくはサソリに関連する人物が地下競売に関与してくるとなるとこの護衛は考えているよりもはるかに危険度が増し、さらに言えば現在のメンバーでは力も人数も不十分であることが容易に考えられた。

(現時点でトップクラスの念能力者はハルシャだけだ。そもそもいざ敵となったら・・・・)

ヨークシンへ来る途中、ハルシャが言った言葉を思い出す。あのときのハルシャの表情を見る限り彼女は特に何の思惑も無く発した言葉なのだろう。だがそれが今になって妙にクラピカの心を締め付けた。

(仮にハルシャが敵になって勝てるか?)

どんな状況を想定しても、どのような策を練ったとしてもハンター試験の最終試験の時点のハルシャですら越えられる気がしなかった。クラピカとて自分の念にそれなりの自信はある。まだ覚えて半年であるため、鍛錬が不十分なことは確かだが発としての完成度はそれなりのものであるということはクラピカの念の師匠も認めるところだった。だがその念などハルシャが十数年かけて積み上げてきたものに比べれば小さなものだ。念を覚えたからこそ、ヒソカやイルミそしてハルシャがいかにハンター試験でズバ抜けた能力を持っているかがわかる。凝をすればハルシャの圧倒的に安定した纏が、ひと月ちょっと前に会った時には人形であると見破ったものの念糸に気づけないほどの隠が、そして一挙手一投足に付きまとう流が恐ろしいほどに洗練されたものであることがはっきりとわかる。無知の知とはよく言ったものだ。念を覚えた当初は自分が念を覚えたからこそ、いかに自分が無力であるかを痛感させられた、そして今は半年の期間を経てもなお縮まった気がしないハルシャとの距離に恐怖も畏怖も覚える。

(・・・・勝てるとすれば、・・・もしも・・・ハルシャが幻影旅団であるならば)

クラピカの回転の速い頭は周囲の様子に気を配りながらも、ずっと仮定の話を繰り返していた。どのような状況ならば勝てるのか、という想定を繰り返した結果、脳が導いた答えはクラピカを構成する全てに行き着く。その瞬間にカッと全身に火がついたように熱くなった。

(仮定の話だ)

眼球の奥がひどく熱く感じる。頭を振って消しきれないその可能性を拭い去ろうとした。所詮可能性、だというのに一度考えてしまうと変な妄想に取り付かれてしまう。高ぶった感情を必死で収めながら、クラピカはゆっくりとした呼吸を繰り返す。
この時点でクラピカは幻影旅団の実力を知らなかった。個々人が洗練された念能力者であることは、過去の盗みの経歴とメンバーの数から考えても容易に想像できるが、その実力の上限は所詮クラピカの想像でしかない。クラピカの知る上位の念能力者はクラピカの師匠を含め断片的ではあるがイルミ、ヒソカ、ハルシャだけである。特に後者三人の実力は突出しているものがあるだろう。果たしてそれが念能力者のトップに数えられるもの達の実力なのか、と言われるとクラピカにはまだそれはわからない。
もう一度大きく息を吸ってクラピカはきつく閉じていた目を開いた。自分の憎しみが一つ、発という形になったことで蜘蛛に対し過剰な反応をすることは昔に比べてかなり減った。大丈夫だ、と小さく呟いて顔を上げるとちょうどダルツォルネが地図を持って護衛団の待機する部屋に入ってきたところだった。


ж ж ж


「今夜午後9時セメタリービルでコルコ王女のミイラが競売にかけられる」

ダルツォルが背を向ける、一面ガラス張りの壁の向うはすでに暗くなりヨークシンの街の明かりが輝いていた。その中でもひときわ高いビルが、今回の地下競売が開催される場所だ。すでにその周辺は黒尽くめのスーツたちであふれかえっていたが、まだハルシャたちのいる場所からはその様子は見ることができない。
ダルツォルネはじゅうたんのひかれた部屋の真ん中、小さな机の上に持ってきた地図を広げた。そこには地下競売の開催されるセメタリービルとその周辺が広がっている。ダルツォルネは赤いマジックをポケットから取り出して、その周辺の三箇所にいくつかの印をつけた。

「この競売では、買人側は男女一組各ファミリー最大二組しか入場できない。そしてさらに会場は武器の携帯は勿論、通信機器の使用や記録装置すらも持込を許されていない。全て『信頼』で成り立つマフィアンコミュニティーが全責任を持つ空間だと覚えておけ。この競売、イワレンコフ・ヴェーゼ、トチーノ・ハルシャで参加してもらう」
「夜9時?競売に参加できるような格好なんて今持ってないわよ?」
「競売って普通の格好じゃだめなわけ?」
ハルシャ、この場合の普通は正装だ」

ヴェーゼの言葉にハルシャが疑問を投げかけ、そこにクラピカが訂正を入れた一連の流れを見てダルツォルネはため息を吐く。この競売はマフィア間のある種見栄の張り合いでもあるため、女性ならば容姿端麗なものの方が良い。その一方男性は体格の良いものが参加することが多かった。勿論会場内では一切の揉め事はない、過去にもそうして何か揉め事があったということはほとんどないが、そこで少しずつ広がるさまざまな噂に戸を立てることはできない。そのための選択肢としてハルシャを選択せざる得ないのは不安な要素もあったが、クラピカの「とりあえず何もしゃべらないでトチーノに全て任せておけば問題ない」とすでにこの護衛団内のさまざまな人間関係を理解したらしい一言にハルシャが頷いたのを見て、ダルツォルネが少しばかり安心したのも事実である。新入りと古株を組ませたのは、今後古株に万が一のことがあった場合、来年再来年の地下競売に参加経験のないものを放り込むことになりかねない可能性を事前につぶすためでもあるのだ。ハルシャ・ヴェーゼはそのためにはずせない人員でもあった。
その後の流れはひどく手早く決まった。ダルツォルネはひと月前に一度新入りたちを集めたときにハルシャを除いてほぼ全員の能力を大まかではあるが把握している。それを把握した上での人員配置は確かに的確なもので、それぞれの人間関係もよく掴んでいるように思える。

「全員配置は覚えたな?基本的には俺が指示を出すが、いざと言うときは臨機応変に動け。ハルシャ・ヴェーゼは会場内ではイワレンコフとトチーノに従え。着替えは別室に準備してある、十分な時間の余裕を持って準備しろ」

それでは、任務開始
一瞬ピシっと空気が張り詰めたように感じた。それぞれが各自配置につき、ハルシャとヴェーゼは事前に用意されたドレスを着るために別室へと移動する。

ハルシャってさ、こういうパーティーとかにもぐりこむ仕事とかしたことないわけ?」
「んー・・・ないわ」
「ふぅん」
「なんで?」

ヴェーゼの言葉にハルシャが聞き返すと「あんまりにもマナー知らないみたいだったから」とごく当然の言葉を返された。

「こうやって女が護衛業とか便利屋とかやってると必ずあるのよ。パーティーに同伴とか、そもそも仕事とるためにパーティーマナー知ってる必要があるって条件のところも多いし」
「へぇ」
「今まで護衛とか便利屋とかそういうの中心にやってたわけじゃないってことね」
「うーん・・・まぁあんま仕事してなかったし」

今まで何やってたわけ?というヴェーゼの言葉にハルシャはさすがに言葉を濁した。一般的な生活は送ってないが一般常識は知っている。何が一般的に法律違反で悪いとされることなのか、ぐらいの知識を持っていれば少なくとも日常的に人の財布から金を盗んで生活していることがまっとうな生活でないことはすぐにわかるのだ。それを言ってしまえばマフィアもまっとうなのか怪しいが、わざわざ好き好んで自分の評価を貶める必要もないだろうと、適当な嘘を重ねて、それから用意された一着のドレスを手に取った。

「・・・・ところでこれってどうやって着るの?」
「あんたって本当になんも知らないわけね」

2014.07.24

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