今のシャッチモーノ=トチーノの言葉を聞き落とすほど、ここにいた連中は甘くはない。だがハルシャの思考は、別にここにいるのが誰であろうと送り込んだのは本体ですらなく、どうでもいいのだ。周りにいるのが敵だろうが、味方だろうが、戦闘になるなら相手の念の情報を事前に手に入れられるので良し、そうならないのなら自分が人形を送り込んだとバレないので良し。どちらに転んでも問題はない。故に誰かの話しに気など配りもしなかった。シャッチモーノ=トチーノの話も、念について考えることで頭がいっぱいでまるで聞いていなかった。
バショウが目の前に立つと威圧感がある。ハルシャの身長が低いせいでもあるが、やはり鍛え抜かれた身体であることがはっきりとわかるせいであろう。

「驚いた。そんなことすら気づいてねぇとは。それはフェイクか、それとも」

バショウはふいに懐に手を入れて手のひらより少し大きい板を取り出す。よくよく見ればそれは厚紙であったわけだが、ハルシャはその用途を知らない。だがバショウが取り出した筆で何かを書きつけた途端にそれらが微量のオーラを発して、ハルシャはほぼ反射的に引き金を引いた。銃弾はバショウの持つ厚紙から一直線に右目を狙っていた。だがこの至近距離にも関わらずバショウはそれをぎりぎりで避けたのである。確かに動きを隠そうとはしなかったから、バレても当然だが、この至近距離で避けるかと少しだけハルシャは感心した。
バショウはその勢いで床を一回転して身体を起こすと、かすかに銃弾の掠った目元を拭う。一筋血がついていた。ハルシャは特に殺気を飛ばすこともないが、銃口をバショウに向けたまま。当然ハルシャの動きにトチーノを覗く全員が身構えた。トチーノは最初からこうなることを予想していたのか、あくまで身は守るつもりでもハルシャに対し攻撃を仕掛ける様子はない。

「だから、何の話よ」

ハルシャはバショウよりもクラピカの方がまだ話が通るだろうと、視線を向けるとクラピカはしばしハルシャの瞳をじっと見て「あなたは、違うな」と小さく呟いた。

「だから何の話なのっ!!!」
ハルシャ、気づかなかったのか?今さっきこの男は「君たち五人ならこの屋敷を無事脱出できるだろう」と言ったんだ。ここにすでに屋敷に雇われているというトチーノを覗いた人間は六人いる。トチーノの言葉を自然に捉えるなら、この中の誰かもまた屋敷に雇われた人間であるということだ」
「ああ」

ハルシャは銃口を下ろしてポンと手を打った。その動作と、それからクラピカがハルシャを知った仲であるというように話すことで多少なりとも部屋の空気は緩和される。

「先ほどのトチーノの言葉に何の気もかけずに表へ出ようとしたから、ハルシャが疑われた。それはこのことを事前に知っているからと思われたのだろうが、君は違うのだろう」
「違うわね。今金ないわけだし」
「それはあまり理由にならないんだが・・・・」

クラピカはハルシャの言葉に至極真面目に言葉を返すとしばし沈黙をしてからすっと鎖を纏った右手を持ち上げた。先ほど黒子との戦闘の中でも銃弾を避けるのに使っていたが、なかなか汎用性が高いようだ。

「私が調べよう」

原理はわからない。クラピカは黙ったまま部屋に残ったトチーノを除く全員の前に立って手をかざした。薬指から伸びる鎖と、球状の錘はハルシャの前に来てもしんと静まり返ったままで、クラピカは安心してふっと表情を緩める。そしてそのまま同じように手をかざして、最後に一人、スクワラの前までくると鎖が急に不自然なゆれ方をして、同時にオーラの流れが変わったのがわかった。ハルシャ以外のものも皆気づいているのだろう。当然クラピカも、だ。クラピカの瞳に若干鋭い光が宿る。

「いたな・・・お前が「潜入者」だ」

原理は不明。ハルシャもじっと観察していたものの、クラピカが何をもってスクワラを潜入者としたのかはわからなかった。鎖はあくまで揺れただけなのだ。鎖が揺れたのはあくまで外見的な話であろう。スクワラが潜入者であると見抜く本当の能力そのものではないはずだ。その他に何かがある、がそれはまだわからない。ハルシャはクラピカの手元をじっと凝で観察していると、クラピカが若干居心地悪そうに視線をこちらに向けた。

ハルシャ、悪いんだが・・・そのあまり詮索は避けて欲しい」
「えー・・・・。だって念能力者にあったらまず詮索するもんじゃないの?」
「確かに、そうなのだろうが」


クラピカは口ごもる。そうであっても詮索される身として居心地が悪いのはわかる。ぶぅ、と唇を突き出して不満を表しながらもハルシャは凝をやめた。

「お、おいお前ら勝手にオレのことを潜入者だなんだと言ってるが、その鎖が揺れたからなんだってんだ!!それを信じる根拠は!?」
「あら、あるわよ。あなたの心音、典型的な嘘つきの旋律をしてる」

センリツのことを女だ、とハルシャが断定したのは、わずかな関節の動きからはじまる男女の細かな骨格からくる違いのためである。ハルシャはサソリほどではないにせよ、人形師としてもかなりの実力を持つ。男女の違いをたとえ個体差があるにせよしっかりと把握できなければ、真実味のある人形を作ることはできない。
センリツは心音をなぞるように手を動かして、他の誰にもないあなただけの音よ、と落ち着いた声で言った。彼女の能力もいまいちわかりづらいが、聴力は人間離れしているようだ。生活が大変ではないだろうか、とハルシャは少しだけ余計なことを思う。
とどめ、とばかりにバショウが自分の念で自白を迫れば結局スクワラは自分もまた屋敷の主に雇われた身だ、と白状した。最後のヴェーゼの能力もあって、屋敷脱出に関する情報を得られた5人だったが、ハルシャにとってはやはり相手の念能力を見ることができたという事実の方が得られたものとしては大きい。
これでもう十分だろうと五人揃って屋敷を出れば、犬たちは大人しく屋敷から出て行く五人を見送ってくれた。

「疑って悪かったな」
「ん?何が?」

一瞬バショウとハルシャの間に奇妙な沈黙が流れたが、クラピカがさっとハルシャに耳打ちをしたおかげで「ああ!」とハルシャは先ほどのことを思い出した。記憶力が悪いわけではないが、ハルシャにとって先ほどのことはさして重要なことではなかったのだ。大体ここで出会ったといっても、とってこいと言われたものを手に入れられなければ仕事仲間にすらならないだろう。そのため完全に他人扱いだったのだが、存外向こうはそうでもなかったようだ。

「あー・・・ところであんた名前は?」
ハルシャエトナ
「オレの能力はさっき見せた通りだが、あんたらはどんな能力の持ち主なんだ?」
「えっ、言ったら命取りよそんなの」

バショウの言葉にハルシャは顔をしかめたが、ハルシャの言葉にバショウもまた同じように顔をしかめた。二人の表情の意味合いはおそらくクラピカが一番よくわかっているだろう。ヴェーゼとセンリツは沈黙したままだ。
ハルシャにとって自分の念能力を知られることはすなわち命を握られているに等しい。だがここにいる大半にとってはそうではない。念能力をお互いに知ることで協力が容易になると考えている。それは間違いではない。念能力者とて、熟練といいがたいならば、連携プレーが上位の能力者に勝る場合もある。だが念能力者としての熟練度が上がればあがるほど、自分の能力を知られることが弱点となるのだ。ハルシャは少なくいとも後者だった。ハルシャ自身が傀儡師として最高峰にいるとは本人も思っていないが、それでも能力の弱点は知られないに限る。そして今は自分が人形であるということもだ。
バショウは肩をすくめた。もう屋敷の門は近く、そのまま自然と言葉を交わすこともなく分かれれば、最後に残ったのはハルシャとクラピカだけとなる。

ハルシャ、一つだけ聞きたいんだが」
「何?」
「それは・・・人形か?」
「わかったんだ?」
「以前見た虹彩と少しだけ違う気がした・・・それに肌があまりにも均質だ」
「うげっうそっ。相当鏡見て調整したんだけどまだダメ?」

考えてみればこの人形は一度も誰にも見せずに自分だけで鏡と向き合いながら作り上げたのだから、細かな違和感に気づけないのも無理はないのかもしれない。それにしても虹彩のわずかな光の加減でばれるとは思っておらず、ハルシャはため息を吐く。

「そうよ、本人はってこの格好で言うのもすごく違和感だけど別のところよ。1kmぐらいだったらどうにでもなるし。ってかクラピカの能力って何?」
「言ったら命取り、じゃないのか?」
「私は言わないけど他の人はいいじゃない」
「自分勝手だな君は」

クラピカは苦笑しながらそう言ったものの、念能力に関してだけは一言もしゃべろうとしなかった。ハルシャとてそれは想定の範囲内で、まさか話してもらえるとも思っていなかったので、クラピカのそれからの話は適当に聞き流しながら本体のいる町へと向かう。いい加減ハルシャの本体のいる部屋のクーラーが埃くさくてかなわなくなってきたのだ。だが、自身の身代わりを送り込むような精密な動きをするときは他の事に気をとられるとすぐに動きがぎこちなくなるので、気を抜けない。臭いクーラーを我慢しながらクラピカの話に耳を傾ける。

「それで、サソリは見つかったのか?」
「えっいや無理だなー。ってかだからあそこに来たっていうのもあるんだけど」
「?」

クラピカが少し首をかしげる。

「あそこのボスって人体収集家でしょ。かつヨークシンオークションには父さんの人形が出回る。今までほとんど出回ったことのないそれがこのタイミングで出るってことは、出展者に直接当たれば父さんにつながりそうだし」
「なるほどな」

人体収集家という言葉にほんの少しクラピカの瞳に影が落ちたが、ハルシャはあまり気に留めなかった。

「ならハルシャは・・・・サソリの人形をボスに渡すのか?」
「まさか!んな勿体ないことしないって!私だってそれなりに伝はあるんだから。じゃ、頑張ってね、案外同じ仕事に就いてるかもね」
「それは私の台詞だ」

バイバイと手を振ったハルシャが入ったホテルの三階に、クラピカが目をやればそこではハルシャの本体が同じように手を振っていた。曇った窓ガラス越しににこりと笑って、ハルシャはそれからカーテンを閉めた。

2014.04.27

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