ヨークシンにて毎年開催される、ドリームオークションまで一ヶ月となったある日のこと。
ハルシャは己の傀儡を千耳会に教えられた場所へと送りこんだ。
そもそも傀儡師の利点は、現地に自分の代わりを送りこむことができる、という点にある。
ハルシャもサソリも気づくと現場にいるので周囲はあまり警戒していないのだが、本来はこうして表に出てきている
ハルシャやサソリが実は傀儡で作られた別物ではないか、ということを常に警戒しなければならないのだ。
ハルシャもそしてサソリも常に身代わり人形、と呼ばれる己そっくりに作り上げた傀儡を持っている。人から作った場合もあるが、
ハルシャの場合はすべて手作業で作り出した、完全な人工物だ。身代わり人形はさすがに人間から作ると微妙な差異が生まれてしまう。ならばいっそ鏡を見ながら自分で一から削りだしたほうが、修正が楽なのだ。
ヨークシンから随分と離れた場所にある、ノストラードファミリーの所有する一件の屋敷の門を叩いたのも、そんな
ハルシャの身代わり人形だった。
ゆるいウェーブと、瞳の色、表情それらはすべて
ハルシャそのままである。身代わり人形はできる限り本人に近しくするため、表情筋や指先の表現に気を使いその分仕込みの武器は少ない。戦うにはあまり適さずあくまで敵情視察が目的とされる。本物の
ハルシャは、少し離れた小汚いホテルの一室から、自分の身代わりを通して屋敷を見回した。
(犬・・・・それにもう能力者はついてるわね)
屋敷からは幾分人の気配がする。屋敷の大きさに対して、人の気配が少ないのはここがノストラード所有でありながらも実際はほとんど稼動していないダミーの屋敷であるからだろう。身辺警護を依頼するということはそれなりに命も狙われているということだ。何かあってもすぐに捨てられる屋敷をいくつも持っていてもおかしくなかった。ここはあくまで中継地点。ということは集めてすぐに身辺警護の仕事に就けるというわけではなさそうだった。
ふと自分の足元を見下ろしてやたらめった自由な服装で着た気がして
ハルシャは少しだけ顔をしかめた。まさか、一般企業のようなスーツで来いというわけでもあるまいが、顔合わせの時点でこんなに適当でいいのかは気になるところである。といっても集合時刻と定められた時間までそうないので、もう何をしようにも間に合わないのだが。
ハルシャが屋敷の扉のすぐ目の前まで進むと扉は自動的に開いた。案内にしたがって進んで、一つの部屋に案内され、そこで見知った顔を見つけた
ハルシャは少しだけ目を見開く。同じように、部屋の中に居たクラピカも最後に入ってきた
ハルシャを見て驚いたような表情をした。
「
ハルシャ、君も・・・・・・」
「うん、というかそれ以外ないし」
「いや、元よりここの人間ではないか、とも思ったのだがどうやら違うようだな」
ゆるく笑んだ口元は、一体何を意味しているのだろうか。どの道居場所もないので、
ハルシャはクラピカの隣に腰掛ける。クラピカは座っていなかったが、遠慮なく
ハルシャは座った。クラピカは一瞬
ハルシャを見て、少しだけ目元を歪めた。
ハルシャはそれを視界の端で捉えて気づかれたのだろうか、とも思ったが
ハルシャから特に何も言うことはない。観察力の優れた人間ならばあまりにも統一された肌の質感に違和感を覚えることもあるだろう。
部屋の中をぐるりを見回したところで、さして力のある念能力者はクラピカを除いていないようだった。そのクラピカも、念を覚えた、とはいえやはり初学者であるが故の荒さは存在する。それでも、ハンター試験からの日数を考えればこれだけの間にきちんと念の基本的なところを押さえて来たということは感嘆に値する。クラピカの手元の見なれぬ鎖は十中八九クラピカの発に関係するものと思われたが、その能力までは判然としない。
(・・・操作系・・・うーん。具現化系)
どっちだろうか、と
ハルシャは頭の中でさまざまな状況を考えるも結局決定打となりそうなものは何も思い浮かばない。情報はあまりに少なすぎた。
「お待たせいたしました」
唐突に部屋の中に響いた声に、全員が声の主を探して顔を上げた。初老の男性が、扉の前に立っており、後ろでに扉と鍵を閉める。その行為に果たして何の意味があるのか。若干震えた老人の声が、モニターを見るように告げたので結局老人の行動について考えるのをやめ、
ハルシャもまた他の人間と同じようにモニターに視線を移す。
モニターに映し出された雇い主の話も、渡されたデータカードのことも
ハルシャはあまり熱心に耳を傾けることはない。適当に聞き流して、データカードの内容は説明書きも読まずにさっさと画像だけを流していく。その中で、ふと目に止まったのはその画像にあまりにも見覚えがあったせいだ。
「おっなんだ、姉ちゃんそんな難しいのを狙うのか」
浅黒い肌の男が、相変わらずソファーに座ったままの
ハルシャの肩越しにデータカードを覗き込んで言った。男は
ハルシャの視線に気づいたのか「スクワラだ」と名乗ると、データカードに書いていない幾分余計な情報を口にした。それを余計だと思ったのは、スクワラの話した相手が
ハルシャだったからである。
「人形師"赤砂"のサソリ。表でも裏でも有名な人形の造形師でありながら、同時に自らも人形の操者として類まれな腕を持つという。死体を人形に作り変える技術を持ってるらしいぜ。出回る人形の大半は元は人間だったってんだから、たいそうな気狂いだって話だ。サソリの人形は手に入れがたいぜ」
「ふぅん」
ハルシャはつまらなそうに頷くだけ頷いた。スクワラはあまりよくない
ハルシャの反応に肩をすくめると、すでに部屋を出ようとしている人間たちの波に乗る。
ハルシャだけは相変わらず部屋の中央のソファーに座ったままで、皆が扉を開けるのをじっと見ていた。
(来る、ぞっ)
部屋はそれなりに広さがあるが、いざ8人も集まると暴れまわるには手狭だった。そもそもあまり体を動かすと、さすがに人形であることがばれるので好ましくない。関節の駆動範囲も含めて自身とそっくりには作ってあるものの、怪我をしても血は出ないし、痛みに表情を歪めるのすらも一瞬遅れてしまう。傷を目で見るまで認識しにくいのも、人形の欠点では仕込が少ないのもそうだが、やはり戦闘になるとバレてしまうのである。
ハルシャはバショウが扉を開けようとしたところで入ってきた連中の銃撃を全てソファーを盾にすることで避けた。これは窓から逃げ出した方がいいかもしれないと思ったが、窓の外の犬がわずかに得体の知れないオーラを纏っているのに気づいてやめる。さすがに傀儡といえども空は飛べないし犬よりも早く走るのは無理だ。特に
ハルシャ仕様に変えてあるから、そんなのは余計に、である。
銃弾が一発ソファーを貫通したものの、それ以外は全てソファーが盾になってくれた。ソファーの陰よりぬっと現れた黒子は人間らしい動きをしていない。実際に人間なのかそうでないのか、まではわからないものの少なくとも操られていることだけは動きの一つ一つで明白だった。銃口の照準を、その操られた黒子が合わせるよりも早く
ハルシャの銃が火を噴いた。
ハルシャの銃は最悪銃口が対象にさえ向いていれば、照準のズレなど後でいくらでも修正できるのだ。これだけの近距離だと弾の速度が速すぎて完全に進路を急所に合わせる前にぶつかるだろうが、それでも大きな問題ではない。
パンと軽い音と共に黒子が弾けた。
ハルシャの銃弾は頭部に命中し、それと共に黒子自身が崩れ落ちたのである。
(!?)
驚きつつも
ハルシャは黒子が取り落とした銃を拾って残りの弾数を確認した。壁といわず椅子といわずに銃弾がめり込んでいるが、今はもうほとんど銃を使っている黒子はいないようだ。
ハルシャは剣を振りかぶってこちらへ突進してくる黒子にもう一発、今度はぴたりと照準を合わせて引き金を引く。黒子の持っていた銃は軽い分反動が大きい。弾はまだ二発ほど残っていたものの、使いこなすのが面倒だとそのまま床に捨てた。
それとほぼ同時にクラピカが、ここに集まった仕事を希望する人間の一人に小刀を突きつけた。その男、シャッチモーノ=トチーノは逃げられないと観念したのか、クラピカの気迫に気圧されたのか「オーケイ」と言って両手を頭の上に上げた。
「わかったよ。これでいいだろ」
トチーノがそういうと同時に黒子人形が纏っていた布を残して崩れ落ちた。というよりも突如として中身をなくしてしまったかのようだった。
ハルシャが崩れ落ちた布を拾い上げてひっくり返すとそこには神字が刻まれている。
「おいおい、念の詮索は勘弁してくれないか」
「あら、いいじゃない。残るような形にしてるのが悪い」
ハルシャがにやりと笑う。それから手に取った布をトチーノに投げて寄越せば、トチーノはそのまま無事だったソファーに腰を下ろした。
「オレはシャッチモーノ=トチーノ。ここではあんたらの実力を見ろと言われてた。オレも一応ハンターでな。すでに館の主人に雇われている」
「えっ面倒くさくないそれ」
「悪く思うなよ。オレだって命令なんだ。まっ精精頑張ってこの館から出るこった。君たち五人なら無事館から出れるだろ。まさかオレもこんなに早くバレるとは思ってもなかったしな」
「ふぅん」
ハルシャは頷くと、それならさっさと行こうとくるりと背を向けた。だが、今のトチーノの言葉をまったく気にしなかったのは
ハルシャだけだ。ふいにおい、と肩をつかまれて振り返るとバショウがじっと
ハルシャを見下ろしていた。
「何?」
「気づかないか?今あんたが一番疑われてるんだぜ」
「・・・・・何で!?」
2014.04.27
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