四階から子供の人形と同じようにして廊下に飛び込んできたのは、三人にとっては見知らぬ男だった。金髪碧眼、背は高く筋肉質だ。凝をしてわかるのはその男の纏があまりにも安定していて、むしろ不気味なくらい揺るがないことである。


ハルシャー?見つけたよ。あの黄色いの?」


男は子供の人形も、三人も、そして鬼のような形相を浮かべるカナリアもまるで気にせずに手に持った猫耳のついた携帯に話しかけた。携帯越しではハルシャが何を言っているのかわからなかったが、代わりに彼女の傀儡がちょうど男が現れたのとは逆の廊下の端に姿を現した。


ハルシャ!!!なぜなの!!!なぜまた邪魔をするの!!!!」


カナリアはヒステリックな叫び声をあげて自らの髪を引きちぎらんばかりに握り締める。ぶちぶちとところどころ髪がちぎれる音が聞こえた。


「なぜ!!!」


カナリアが叫ぶと同時に、三人の周囲を囲っていた子供の人形がそれぞれシャルナークとハルシャの傀儡に向き直る。ハルシャの傀儡はほんの少しだけ体を前に傾けて、そこから一気に跳躍して、腕に仕込まれた大振りの鎌で子供の首から上を刈り取ってしまった。粉砕された頚部よりワイヤーがむき出しになる。そしてワイヤーから外れた頭部は廊下を転がり、それきり動かなくなった。胴体はまだ動こうとしているが、それに追い討ちをかけるようにハルシャの傀儡が腕をつかみその真ん中を貫いた。
金髪の男はつかみかかってくる子供の人形をまるきり相手にせずに軽く跳躍した。あまりに自然なその動きにキルアもまた一瞬出遅れ気づけば男はキルアの真後ろにいたのである。三人が見ている目の前で男はふいに女の首筋に手をかざした。右手には相変わらず携帯を持ったままだ。そして男がほんの一瞬かざした手を退けたとき、カナリアの瞳から光が消え、その場に崩れ落ちる。
それからようやっと男が三人の方を見た。だがそれも一瞬のことで、すぐに男の緑色の瞳が外を向く。


ハルシャ!終わったよ!!」


その金髪の男、シャルナークがどこに向かって声をかけたのかはすでに匂いでハルシャが近くに来ていることを悟ったゴンしかわからない。向かいのビルの中にふいに一つ気配が現れて数分後にはハルシャが荒い息を着きながらゴン・キルア・ズシとそれからシャルナークのいるマンションの廊下に姿を現した。
その頃には廊下に居た子供の人形は全てばらばらになっており、シャルナークが半ば無理やりカナリアが入ろうとしていた部屋のドアをぶち破ったせいで、中から出ようとしていた子供たち(の人形)もまた潰されていた。通路の様相はさながら殺戮現場のようであったが、血の一滴も流れずただばらばらになった人体が転がっているのは気味が悪かった。
ズシが思わず息を呑む。だがそれは殺害現場に慣れているはずのキルアも同じだった。いやむしろ、対象が物言わぬ人形であるからこそ余計に不気味なのだ。
呼吸を整えながら、こちらへ向かうハルシャは足元に転がった人形に見向きもしなかったが、踏みつけることもなかった。それは人形となった犠牲者を憐れむものではない。カナリアの作り出した人形への敬意だった。シャルナークはわざわざそうする理由がわからなかったが、そのようなものなのだろうと適当に流す。しゃがみこんでカナリアの首筋より、三人から見えないようにアンテナを抜き取るとハルシャがカナリアのところまで来るのを待った。


「この女、どうするの」

「殺しはしないわよ。殺すと面倒だし。今回はカナリアの正当防衛だから、殺したら私が追い出されるし。・・・・ちょっとカナリア、起きなさいよ」


随分な物言いだが、カナリアはそのことについては何も言うことなく、ゆっくりと目を開き憎憎しげにハルシャを見つめる。それだけだった。


「残念ね。あなたのお人形はちょっともろすぎだわ」


ハルシャはそう言うと喉の奥で少し笑った。サソリにそっくりだった。それからくるりと身体を回転させて、ゴン・キルア・ズシの三人に向き直る。三人は一瞬身をすくませたが、ハルシャから殺気は感じられずにすぐに身構えるのをやめた。だが次の瞬間振ってきた怒声に思わず首をすくめる。


「ちょっとあんたたち!なんでここにいるのよ!!あんたたちがここにいるせいで私が呼び出されたじゃないのよ!!」


一気に言い切ったハルシャは若干息を切らしてそれからふん、とそっぽを向いてしまった。その後ろではシャルナークがなにやら面白がってハルシャのその様子を動画に収めていたわけだが、次の瞬間には、ハルシャに銃口を向けられデータ削除をさせられていた。


「ごめん・・・ハルシャ、でもオレたち・・・・」


キルアは殺気がないというのにも関わらず妙に重苦しい空気の流れる空間で声を上げる。だがその言葉が尻すぼみになったのはハルシャとシャルナークが同時にこちらを向いたせいだ、少なくとも、そう思いたかった。キルアは乾いた口の中でそれでもツバを飲み込んで心を落ち着かせた。


「ごめん、でも、操作系の念能力を教わりたく・・・て・・・・」

「・・・・・・・・・それで私のところへ来たわけ?」

「うん」


ごめんなさい、とゴンとズシも謝った。何もそれ以上三人の真意を疑うわけではないし、疑ったところで意味もないから探るつもりはなかったのだが、ハルシャは少々あきれざる得なかった。あまりにも行動が軽薄すぎるのだ。これはイルミが心配するわけだ、と思いながらため息を吐く。


「一つだけ言っておく。私たちから念を学ぼうなんて思うのは馬鹿げてる」

「でもッ」


ズシの言葉を軽く手で制すと、あきれたように額に手を当てた指の隙間からじっと三人を見つめた。
その瞬間、三人は背筋がぞっとする嫌な感覚を覚えたのだった。純粋にハルシャの瞳に恐怖を感じたのだが、ふと気づけば今度は自分の身体が自分ではないような奇妙な錯覚を覚えたのである。
ぐるり、と身体が勝手にその場で一回転して、しゃがんで、軽いステップを踏む。


「えっ・・・えっ、えええ!?」


まるでピアノでも弾くように指が動いたかと思えば、今度は新体操の選手のように逆立ちをする始末。


「待ってください!?これどういうことっすか!?」

「くそっ・・・!」


キルアはいち早く自分の身体に何が起こっているのか気づいたようだが、それでも勝手に動いてしまう身体の動きを自分で制するには、まだ四大行は不十分だった。そしてとどめ、とばかりに勝手に動くズシの身体はこぶしを作って片腕で逆立ちをするゴンの頬を思い切り殴りつけたのである。


「ゴンさん!!ごめんなっ・・僕じゃ・・・!」


慌てたようにズシが謝るのを聞きながら、ついにハルシャの後ろにいたシャルナークが笑い出した。


「・・・・結構まじめな話をするつもりなんだけど」


ハルシャの額に青筋が浮かんだが、ツボに入って笑いが止まらなくなったらしいシャルナークは腹を抱えてしゃがみこんで、呼吸の合間合間に「ごめん、ごめん」と誤った。その頭を思い切り蹴りつけてから、ハルシャはすっかり身体の感覚が自分のものに戻ったであろう三人に向き直る。


ハルシャ・・・今のって・・・まさか」

「そうそう、今ので殺そうと思ったら三人とも殺せたのよね」


ハルシャは笑った。純粋なその笑みはまるで子供のようだったが、口にする内容はひどく残酷で、ぞっとする。
嫌な沈黙がその場を支配した。ハルシャは黙って三人の反応を見つめたが、それ以上何も言わないことを確認してからようやっと口を開く。


「あなたたちが学ぼうとしているこの念は、人殺しの術よ。あなたたちが求めるものなんてここにはない」

「人・・・・殺し・・・・・・・ハルシャさんは・・・なんでそんなもの・・・・を・・・」

「そんなもの?失礼ね、私にとっては何よりも大切なものだけど。これは裏の世界で私を生かす技術よ。私はこれに生かされているの」


ハルシャは胸を張って答えた。サソリから受け継いだその技術は本物だ。ハルシャはそれらを使用することに対し一切の迷いがなかった。人を殺さねばならぬ罪悪感は、全て己が生きることへの執着とし、それが表からすれば異質な存在と知りながらも決して悪とは考えなかった。ハルシャはサソリと生活する中で、自然とその考え方が刷り込まれ、他者の命を奪うということへの葛藤は少なかった。イルミが、ビジネスとして殺すのと同じように、ハルシャは生きる過程の中に自然に殺すということがあった。ただそれだけなのである。
ハルシャの生き方は、表世界の一般から考えれば「悪」である。それでいい。でも本人は決して自分の生き方を「悪」とは考えていない。そして「善」とも考えていなかった。表一般からずれていることを本人は知っている。だから、今、ハルシャは自分の生き方を他人に勧めることはないのである。
完全に沈黙した三人は、ハルシャをどのような目で見ていたのだろうか。少なくともキルアはそうして生きてきたハルシャには何も感じることはなかったが、一方で念を覚えた程度では超えられない実力の壁をはっきりと感じていたのだ。ここでハルシャに何か教わるとしたらそれは同じ操作系に属するズシだけだ。ゴンとキルアはあくまでそれに付随して何か学ぼうと思っていたが、ハルシャはその程度の人間には決して何も教えてはくれないだろうということが、簡単に予想がついた。


「出口まで送るだけ、送ってあげる」


ハルシャはほんの少しの笑顔を浮かべたまま、そう言って三人の背後を指差した。










2014/01/21

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