ゴンとキルアとズシを送り返して数日後、
ハルシャが朝一番から起きてソファーに座っているのは非常に珍しい光景だった。彼女は朝が弱い。起きれないわけではないが、朝早く起こすとたいてい不機嫌だったし、彼女一人ならば起きてこないだろうことは簡単に予想できた。
明るい朝の日差しを浴びながら、シャルナークが先日印刷した資料を見てうなっているところを見ると、今後の動向について考えているのだろう。コーヒーはいる?と聞けば無視。どうやらシャルナークの話を聞く気はまるでないようである。
ハルシャには
ハルシャの思惑がある。そしてシャルナークにもシャルナークの思惑があった。椅子の背にひっかけてあったチェックのワイシャツに袖を通しながら、シャルナークは
ハルシャがこれから先どのように動くかを考える。シャルナークの思惑通り行けば、彼女はシャルナークに何らかの伝を求めてきて、そしてそうなったら後はさりげなくオークションに関わりつつ蜘蛛の仕事を被らない条件の場所を突き出してやればいいだけだった。
ハルシャが蜘蛛と接触すれば確実に両者が共に興味を持つ。
ハルシャは多分傀儡にしたいと言い出すだろうから、そうなれば確実にどちからが潰れるまで動きは止めないだろう。シャルナークは蜘蛛も
ハルシャもどちらも潰す気はなかった。蜘蛛と接触せず、かつ
ハルシャの思惑を満たせるような団体はすでにいくつか検討をつけてある。あとは
ハルシャが、それを口にしてくれればいいだけであって、シャルナークは数日前からそれをじっと待っていた。
シャルナークがここで自ら進言してもいいのだが、まず裏があると勘繰られるのが落ちだ。
ハルシャはシャルナークのことを決して嫌ってはいない。むしろ人間としては、彼女の中では好いている部類なのだが、いかんせん
ハルシャは自由人だった。縛られるのも面倒で、ずっと誰かと一緒にいることもあまり好まない。サソリはともかくも、それがまた別の人間ならたとえ信頼があっても、ある程度一緒に何かしたらその後は放っておいてくれとばかりの態度を急に取る。それは
ハルシャ本人のそのときの気分次第だった。その理由はいつだって不明瞭で、時には空が青いから誰かと一緒に歩くのが嫌になることすらもある。
ハルシャはシャルナークがこちらをそっと伺っている視線を気にも留めず唐突に立ち上がる。そして「斡旋所行って来る」と一言言うなり、あっという間に玄関へ向かってしまったのである。
「ちょっ!
ハルシャ!!」
「何?」
若干慌てたような声のシャルナークに、
ハルシャは怪訝そうな表情を向ける。照明など必要ないため用意していない玄関は暗く、奥の窓から差し込む光で逆行になったシャルナークの表情の細かな動きが読み取りづらい。
「斡旋所って・・・何しにいくのさ?」
「仕事の斡旋」
あんた馬鹿なの?とばかりの声音で聞き返されればシャルナークは色々と思うところがあって言葉に詰まった。まず第一に多分お前よりは馬鹿じゃない、といいたかったのだが、それを言ったら多分ここで大喧嘩になることは目に見えているので言葉を飲み込む。
「シャルナークがサソリの情報くれたでしょ。だからそれでよさそうなところ探してもらうの」
「・・・オレが探してもいいのに?」
「・・・なんで急にそんなこと言うわけ?」
シャルナークの提案に、
ハルシャは一層怪訝そうな顔をした。これだから自分から提案するのは、シャルナークは嫌だったのだ。今までシャルナークも
ハルシャも自分から何かやってあげるよ、と言うことは基本的になかった。お互いに、その時お互いが本当に必要としているものが何かわからない以上、それは好意の押し付けになりかねない。少なくとも
ハルシャやシャルナークのようにお互い色々な思惑を持って動いている人間はそうなる可能性が高く、それ故に「何かに関してやって欲しいから報酬どうする?」と聞くことはあれど「何かしてあげる」と提案することはほとんどありえなかった。
ハルシャは珍しいを通り過ぎて、どう考えても別の意図があるだろうシャルナークの提案を「自分で探すし」と一刀両断し、扉を開ける。
「・・・やられた」
ばたん、と閉まった扉を見つめて、シャルナークは綺麗な金髪をがしがしと手でぐちゃぐちゃにして、ため息を吐く。まだ扉の向こうで
ハルシャが廊下を歩く足音がかすかに聞こえていた。シャルナークは回転の速い頭で、こうなったときの最善の案を一瞬のうちに模索すると、シャツにジーンズというひどくラフな格好のまま扉を開けて外へ飛び出した。
それでも携帯だけは忘れない。階段のところで
ハルシャに追いつくと、
ハルシャは何やってんの、と聞いて来たが、「オレの思惑」と一言だけ返して
ハルシャの後ろをついて歩いた。
ハルシャは特にそんなシャルナークの行動を言及することはなかった。
千耳会、というのはいわゆる裏の世界の仕事斡旋所であった。この他にも斡旋所などいくらでも存在するが、マフィア関連の仕事に強いのは千耳会で間違いない。
バーンハートの片隅にちょこんと用意された一室で、全身に刺青を入れた女が今日も来訪者を待っていた。
『いらっしゃい』
黒い扉を開けて、薄汚れた暖簾をくぐれば、その先が一室しかないオフィスである。千耳会の本部がどこにあるのかは知らないが、大抵どこの支部でもたった一室の真ん中にパソコンと担当者が座っている。知らなければ見つけにくいこの場所は、大抵暇なようで、女は眠そうにあくびをしながら、ゆっくりと指を上げてオーラでそんな文字を描いた。
ハルシャとシャルナークは慣れた様子で凝をし文字を読み、「どうも」とだけ呟いた。
「久しぶりねぇ・・・・
ハルシャ=
エトナ。あんらぁ・・・後ろの金色さんはどなたぁ?」
間延びした声が耳障りだと
ハルシャは常々思っていたが、そのことを会話しにきたわけではないので黙っている。ここはサソリがたびたび大金と人材を得るために利用している斡旋所でもあるため
ハルシャはある意味顔見知りであった。
シャルナークは問うた女ににっこりと余所行きの笑顔を向けただけで特に何も答えなかった。
「えーっと、人体関連の何かを集めてる奴で、ヨークシンのオークションに参加するコネ持ってる奴っていない?」
「人体、ヨークシン・・・・オークションは地下競売の方ねぇ・・・」
「そうそう」
女はいくつかキーを打ち込んでから十ほど、雇い主を口にした。画面をひっくり返してくれたのでそれを覗き込めば、雇い主の所属ファミリーと、競売対象、その他の細々としたいくつかの事項が掲載されている。
「まぁあんたならぁ・・・・一応前歴もあるわけだし、そこそこどこでも雇ってくれるんじゃないかしらぁ?え・・あ、ハンターになったわけ。んならもう少し増やせるわよぉ」
「競売対象、人体とか人形に出来れば絞って」
「あんらぁ・・・まぁでもこういうところのは趣味がいい奴も多いしねぇ。護衛はどうなのぉ」
「OK」
「そんなら、ノストラードか、アベルか、・・・」
「こん中で権力とあと金持ってるのは?」
「あらぁあんたそんなに貧困してるわけぇ?新参ではあるけど、こん中じゃノストラードが一番よぉ」
「そんじゃそこでいいや」
ハルシャはそう頷いてから、パーカーのポケットからしわくちゃになった金を出す。千耳会はいわば組織的な情報屋だ。情報を買う側にも金がかかるが、主に雇い主側、つまり千耳会にデータを登録する側から主に金を取っている。そのため雇い主を探す
ハルシャのような人間はそこまで高額を支払わなくても問題は無い。
「あ、100足りない」
普通こんなところでそんなことを言えば、そのままバラバラにされてゴミ箱にぽいとされてもしょうがないところだが、女はくすくすと笑っただけだった。どうせ、オフィスの裏に居る護衛が束になったところで返り討ちがせきの山だ。待つか、請うかした方が幾分マシだった。
「はい、100ね。その代わり今度仕事手伝ってよ」
「うわっ、超重たい100Jね」
ハルシャはシャルナークが差し出した小銭を確認することなく受け取って、そのまま女に渡した。女はまたくすくすと笑ってそれからシャルナークをちらりと見る。
「ここから先聞くならあなたからも情報量とるけどぉ」
「いいよ」
「あれっ、何?シャルナークもなんか仕事探してたわけ?」
「オレの思惑もあるってこと」
シャルナークは斡旋所に来てから携帯をいじりっぱなしだったが、そのときようやっと顔を上げて携帯をポケットにしまった。そして変わりに財布を取り出して、
ハルシャより幾分マシな金を女に渡す。
「オークション開催の一月前に、契約に関する説明がここであるわぁ・・・。千耳会からの紹介、といえば通るはずよぉ」
小さな手のひらサイズの紙の上に書かれた名前は知らない地名だった。
ハルシャはそれを確認してから、女の机の上にあった、ライターを勝手に手にとって燃やす。
「サソリによろしくねぇ」
女の間延びした声に背を向けて、
ハルシャは一度だけ手を振って千耳会の斡旋所を後にした。
2014/03/26 3rd.人形師の町編 【完】 4th.ヨークシン編へ続く
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